第24話 複製師と亜人と噂
「はっ!」
イリュファが祈念魔法で作った影を目がけ、訓練用の刀を振り下ろす。
対して影もまた手に持たされている刀で受け――。
「あ……」
次の瞬間、打ち合った衝撃で双方共に刀が圧し折れてしまった。
所詮練習用のナマクラ。
ちょっと本気の祈念魔法で身体能力を上げると、すぐに壊れてしまう。
「イリュファ。予備ってまだあったっけ?」
「少々お待ち下さい。……ああ、申し訳ありません。補充し忘れていました。エノスさんのところに行って作って貰ってきて下さいますか?」
自分の落ち度のように言うが、実際は俺が補充の予定を軽く上回るペースで壊し続けてしまったせいだ。進んでおつかいに行くべきだろう。
「ん。了解」
そんな風に考えながらイリュファに頷き、他の折れた刀も集めて荷車に乗せる。
そして、それらをしっかりと固定してから俺はエノスさんの家を目指した。
「リクル、もっと気合を入れなさい!」
「無理です、無理ですうっ! 何か色々出ちゃいますうぅ!」
後ろからリクルの悲鳴が聞こえてくるが、振り返らない。気にしない。
もう日常的な光景だ。
とは言え、彼女の
「エノスさん。こんにちは」
そうして雑貨店に入り、カウンターに立つ筋骨隆々とした短髪の男性に声をかける。
「ん? イサクか。もしかしてまたか?」
「はい。折れちゃいました。全部」
ほぼ柄だけになった刀を一つ手に取って示しながら言う。
対してエノスさんは深々と溜息をついた。
「そりゃあ刃は潰してあるし、練習用ではあるがな。それでも第三位階相当の
ただ、文句を言いながらも怒っている雰囲気はない。
単に呆れているだけという感じだ。
「全く、ジャスターそっくりだな。イサクは」
そこへ隣の作業場から奥さんである
「そうですか?」
「ああ。アイツが子供の頃、俺達はもうこの店をやってたけどよ。アイツ、俺が作ってやった剣を何本折ったか知れないぜ」
俺の問いにガサツな口調で答えるクレーフさん。
文章に起こすとエノスさんとどっちが話したか分からないかもしれない。
似た者夫婦という奴だろう。
クレーフさんの言葉から分かる通り、二人共、父さんよりも年上。
しかし、そんな口調のクレーフさんも外見は十代前半の少女……どころか亜人(ドワーフ)の少女化魔物である彼女は背が非常に小さい。小学校低学年ぐらいだ。
ちなみに亜人という存在だが、この世界ではあくまでも魔物に分類される。
エルフやらドワーフやら様々いるが、それらは決して人間ではない。
人間はホモサピエンス(この世界においてもショウジ・ヨスキが命名したため、この名)以外存在しないのだ。差別ではなく厳然たる事実として。
それらしい外見で、人間が想像したような生活らしきものを営んでいるように見えるが、心はない。コミュニケーション不可能なので哲学的ゾンビとも言いにくい存在だ。
人間の想像の産物が実体化しただけで、観測者としては低位の存在に過ぎない。
勿論、少女化魔物になれば、その限りではないが。
「いつかイサクはジャスターを超える村一番の
「あはは、ありがとうございます。でも、そのためには鍛錬に使う武器がないと」
「っと、そうだったな。じゃあ、折れた刀全部作業場に持ってきてくれるか?」
「分かりました」
クレーフさんに言われた通り、荷車に乗せたまま奥に運んでいく。
ドワーフ(の少女化魔物)の作業場のイメージに反し、整理整頓がキチンとなされていて小奇麗だ。酒も転がっていない。
と言うか、ものを作って売っているのに工作機器は全くない。
原材料らしき塊が棚に収められ、近くに作業机があるだけだ。
「いつも通り、刀を多目に剣と槍辺りを作ればいいんだろ?」
「はい。お願いします」
俺が頷くとクレーフさんはエノスさんに目配せし――。
「分かっている」
エノスさんは一つ頷くと別の部屋から刀と両手剣、片手剣、そして槍を持ってきた。
「さて、始めるとするか」
そして、クレーフさんがそう告げると二人の体に変化が現れ始める。
複合発露を発動したようだ。
元になった魔物がドワーフなので、
古典的ドワーフと言うべきか。女性だろうが剛毛だ。
そんな状態になった彼らは、片方の手でエノスさんが持ってきた武器に触れ、もう一方の手を俺が持ってきた使いものにならなくなった武器に置いた。
壊れた武器の下には金属のインゴットが敷いてある。
次の瞬間、そのインゴットが破損した武器に吸い込まれると共に粘土細工のようにぐにゃりと変形し、一度エノスさんが持ってきた武器と全く同じ形状となってから更に少しだけ形を変えた。
対象の模造品を作り出す複合発露を基本に、真性
この系統の複合発露を持つ者は複製師と呼ばれ、非常に重宝される。
基本的には日用雑貨を中心に複製したり、祈念魔法で新たに作ったりして販売しているため、名目上は村の日用雑貨屋さんでもあるが……。
「よし。できたぜ」
その真価は祈望之器を複製した時に発揮される。
祈念魔法や複合発露で直に武器や道具を作っても祈望之器にはならないが、祈望之器を複合発露で複製すると祈望之器になるのだ。
新造ではなく、複製だからだろう。
ただし、ほぼ確実に位階の低下などの劣化が生じる。
今回のこれも第四位階相当の祈望之器をベースに複製を行っているため、第三位階相当の武器にしかならないのだ。
エノスさん達の場合は真・複合発露の効果によって、複製した上で訓練用に刃を潰すなどのちょっとした手を加えることができるが。
「そう言えば、もっと上の位階の武器ってないんですか?」
「まあ、あるっちゃあるけど、鍛錬に使う分には第三位階までで我慢しとけ。第四位階以上だと祈念魔法の身体強化を貫いてくるからな。ちょっと危険過ぎる」
「ああ……そう、ですね。分かりました」
正直、駄目元で聞いただけなので別に構わない。
そもそも上位の祈望之器があると言っても、第四位階か第五位階が精々というところ。
国宝並に希少な第六位階の祈望之器がそこらに転がっている訳がない。
転がっていたら、さすがにイリュファが教えてくれるはずだ。
「ところでイサク。トバルの調子はどうだ?」
と、仕事が一段落したからかクレーフさんが話を変えて尋ねてくる。
遊びと称した鍛錬については伝えてあるので、それに関する話だろう。
「トバルは祈念魔法が得意です。イメージがしっかりできてるみたいで、同じ位階でもセトやダンよりも威力が出てます」
「そうか」
俺の答えに、少し安心したようにエノスさんが頷く。
……何か気がかりなことでもあるのだろうか。
「どうかしたんですか?」
「いや、この前、都市に原材料を買いに行った時、ちょっとキナ臭い噂を聞いてな」
「キナ臭い噂?」
「ああ、いや……」
十歳の子供には話すのが躊躇われる話なのか、少し言葉を濁すエノスさん。
「いずれ知ることだし、構わないだろ。イサクは賢いしな」
対してクレーフさんはそう言うと、エノスさんが逡巡した部分を口にし始めた。
「俺達少女化魔物の生まれ方は千差万別だ。自我の強さも含めて。だから、中には感情に流されるまま訳も分からず悪事をなす少女化魔物もいる」
本題ではなく前提の話から始めるつもりらしい。
頷いて続きを促す。それはいつかイリュファからも聞いた話だ。
「その悪事の中には洒落にならないものもある。有体に言えば……殺人だな」
少女化魔物による殺人。当然、想像はできた話だ。
しかし、ハッキリ言葉にされると少なからずショックがある。
「勿論、俺はそんなことしたことないぜ? 大半の少女化魔物もそうだ。……まあ、チンピラ紛いのことをした記憶は朧げながらあるけどな」
クレーフさんは若気の至りを恥じるように頬をかく。
元が人間の欲望を主体とした思念の集積体であることを考えると、自我が乏しく感情の抑制が難しい状態では仕方がない部分もあると思うが。
「ともかく。少女化魔物の中には殺人を犯してしまった者もいる訳だ。ただ、この国では法律で
「え? ちゃんとした自我を持ってる少女化魔物でも?」
「どれ程、強い自我を持っているように見えても、野良の少女化魔物は元になった魔物を構成する思念、感情には逆らえない。だから基本、どの少女化魔物でも、だ」
あの無害そうなリクルも何かしらの思念、感情に囚われていたのかと首を傾げる。
もしかしたら、依存とか甘えとかそういう類のものだったのかもしれない。
勿論、少女契約した今はそれなりに自立心が芽生えているように見えるが。
「薄らとだけど契約以前の感覚を記憶してる身としちゃ、あの状態の責任を取れと言われても正直困る。けど、まあ、軽い怪我をさせたぐらいの話なら相手も理解はしてくれるかもしれないけど、さすがに後遺症があったり、死なせたりしちゃな……」
クレーフさんは苦々しい顔を浮かべながら更に言葉を続けた。
凶悪な犯罪を犯しても精神鑑定の末、責任能力なし。無罪。みたいな状態になる訳だ。
いや、どちらかと言うと幼児は刑法で罰せられない、という感じかもしれない。
しかし、いずれにしても被害者側からすれば割り切れるものではないだろう。
少女化魔物発生の原因が人間の思念にあるのだから、人外ロリコンな俺としては人間の業こそが元凶という立場を取りたいところだが……。
「そうした背景もあって被害者の中には少女化魔物を深く憎む奴もいる」
まあ、そういう人が出てくるのは当然だろう。
「その果てに人間至上主義に傾倒する奴もいる訳だ」
「人間至上主義?」
「少女化魔物を含め、人間以外の存在は低位の観測者として蔑み、人間こそが至高の存在であるとする考えさ。そうした思想の組織は大小いくつかあるけど、その中でも飛び切り危険なのが人間至上主義組織スプレマシーだ」
「危険、なんですか?」
「一体でも多くの少女化魔物を殺し、少女化魔物を擁護する愚か者を断罪する。それが奴らの目的の一つだからな」
一連の話に思わず眉をひそめる。
人間原理は嫌いではない。しかし、この思想はいくら何でも行き過ぎだと思う。
実際に少女化魔物から被害を受けた末でそうした思想に至っただけならば、それもまた一つの考え方と認めざるを得ないのかもしれない。
だが、罪のない少女化魔物や彼女達との共存を望む人間まで傷つけいいと考えるのならば、実際に傷つけようとするならば俺は決して容認することはできない
「で、ようやく本題だ」
そのクレーフさんの言葉を前に、心に生じた怒りとも少し違うやり切れないような苦い感情を一旦抑え、彼女の声に耳を傾ける。
「どうも、そのスプレマシー内部で派閥争いが起きているらしい。その余波で少女化魔物や
「……奴らの思想を考えるとヨスキ村にも手を出してくる可能性もあるからな」
と、それまで黙っていたエノスさんがつけ加えた。
クレーフさんに説明を任せたのは、少女化魔物自身の口から語らせた方がいいと判断したが故のことかもしれない。
「戦力が揃ってる村に何かしてくることはさすがにないにしても、村の外で個人を狙ってくることは十分あり得る話だ」
「ああ。特に村から出た未熟な子供達は危険だな。一番危険なのは後一年と少しで村を出るイサクだが…………親としてトバルが心配なんだ」
成程と思う。
正直、俺としても俺自身よりも弟のセト、弟分のダンやトバルの方が心配だ。
親であるクレーフさんは尚更だろう。
危険があるところに子供を送り出したくないというのが本音だろうが、掟を破ることは村の弱体化に繋がる。結果として、より大きな災厄を呼ぶことになるかもしれない。
もどかしいだろう。
「都市に行く七年の間に落ち着くか分からないし、それどころか一層激化する可能性もある。もし落ち着いていたとしても別の問題が起きるかもしれないし……どう転んでも力があって損はない。だから――」
クレーフさんはそこで話を切り、それから表情を和らげて俺を見た。
「イサクには感謝しているんだ」
「ありがとな。トバルを鍛えてくれて」
更に続けて「俺達は教えるのが苦手だからな」と苦笑いする二人。
父さんもそうだったが、こちらも感覚派なのかもしれない。
しかし、そうまで感謝されるとむず痒い。
「トバルは弟みたいなものですから」
だから、簡潔に答えるだけに留める。
年上として当たり前のことをしているだけだ。
「じゃ、じゃあ、訓練用の武器の修復、ありがとうございました」
とは言え、ちょっと恥ずかしさが勝ってしまったのでお暇することにする。
「ああ。いつでも直してやるから、また来い」
「けど、いくら何でも同位階の武器で打ち合ってるのに壊れ過ぎだ。特に刀。どっか振り方に無駄があるぞ。その辺意識して練習しろ」
「は、はい」
最後に一つアドバイスを貰い、そうして俺はエノスさんの店を出て、直して貰った武器を家に持って帰ったのだった。
しかし、人間至上主義組織スプレマシーか。
記憶に留めておいた方がいいかもしれないな。
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