第25話 母の懸念
「ママ! ご本読んで!!」
「おお。よしよし。セトもイサクお兄ちゃんに似てお利口さんじゃのう」
夕食と風呂の後。
無邪気に母さんに甘えるセトの姿に、自然と表情が緩む。
エノスさんのところで聞いた話で少し乱れた心が落ち着く。
「うむ。ならば、書斎に行くぞ」
長年の学習の結果、ようやく母さんも文字を完璧に習得できたようで、最近では嬉々としてセトに読み聞かせをしていた。
夢が叶ったという感じで、それはもう心底嬉しそうに。
…………何か、セトの方が親孝行してる気がするぞ。
ま、まあ、子供は三歳までに一生分の親孝行をするとか言うしな。
そこからまた成人するまで苦労をかける訳だけど。
「折角じゃ。イサクも一緒にどうじゃ?」
その様子を微笑ましく見ていると、母さんがハッとしたようにそう提案してくる。
何だろう。あれか? 弟を構い過ぎて拗ねるとでも思われてるのか?
いや、まあ、これでも転生者だし。全く問題ないぞ。
と言うか、セトが生まれて五年も経ってるし、兄弟仲は良好だし、別の話か。
「イサク様にも読み聞かせをしたかったのでしょう」
と、耳元でイリュファが囁く。
ああ、成程。俺は早々に一人で読めるようになったからな。
十一歳で読み聞かせというのは恥ずかしさもあるが……。
「お兄ちゃんも!」
手を掴んでくるセトの愛らしい様子を見ていると羞恥など霧散する。
俺はそんな彼の頭を柔らかく撫で、それから母さんに頷いた。
これも一つの親孝行だろう。
そうして二人の後に続いて書斎へ向かい、机の前ではなくフローリングの床に座布団を敷いて母さんを真ん中に三人で身を寄せ合って座る。
「では、読むぞ。『勇者ジャスティンと魔炎竜フレム』昔々あるところにジャスティンという勇敢な若者がいました。彼はある日人々を苦しめる竜を退治するために――」
内容はオーソドックスな勧善懲悪もの。
勇者と呼ばれるような存在の活躍にセトは目を輝かせている。
いつの時代、どの世界でも人々のために戦う勇敢な人間は子供達の憧れのようだ。
「……こうしてジャスティンは魔炎竜フレムを討伐し、勇者の称号を得たのでした。めでたしめでたし」
一冊の絵本を読み切り、母さんは少し満足そうな顔をする。
「よし。次はこれじゃ。『一人ぼっちのゴースト』昔々あるところに死ぬことも生きることもできない憐れな幽霊がいました。彼女は――」
それから興が乗ったのか、更に数冊の本を読み続ける母さん。
そうこうしている間に……。
「おっと、眠ってしまったか」
いつの間にかセトは、母さんにもたれかかって寝ついてしまっていた。
天使のようなあどけない寝顔に、俺も母さんも自然と表情が和らぐ。
そんなセトを母さんは寝室に連れていき――。
「……イサクよ。今日はどうしたのじゃ?」
俺もまた流れで後についていくと、母さんがセトを布団に寝かせながら一転して真面目な口調で尋ねてきた。
「えっと、何が?」
「何か、いつもと違う感じがしてな。心配ごとでもあるのではないか?」
見抜かれていたか。
さすがは親と言うべきか。
あるいは、読み聞かせに誘ったのもそのためだったのかもしれない。
「うん。ちょっと――」
まだ自分自身昇華し切れていない部分があるので、誤魔化さずに原因を話す。
別にエノスさん達からも口止めされている訳でもない。
「子供にそのような話、何を考えておるのじゃ。賢いかどうかの問題ではなかろうに」
眉をひそめて苦言を呈する母さん。
口を滑らせたのはエノスさんだが、聞き返したのは俺だ。
余り彼らを責めないで欲しいところだ。
「
「……奴らの言い分、余りに過激なのは事実じゃが、そこに至った理由は理解できぬ訳でもない。少なくない
「………………母さんも?」
無神経だとは思う。だが、今このタイミングしか聞く機会はないだろうと尋ねる。
それに対して母さんは少しの間だけ目を瞑り、苦々しい表情と共に口を開いた。
「魔物や少女化魔物には脅威度というものが設定されておる。
説得と即時討伐。余りにも対応が違う。
少女化魔物の
「……全て言い訳じゃがな。しかし、半端な知識と共に生まれた妾を殺さんと迫ってくる人間達。それを前に妾はただ生きたかった。じゃから全て返り討ちにした。途中からはその感情一つに囚われ、訳も分からず殺し続けた」
「でも、それは……」
家族だから擁護したいという気持ちも勿論あるが、そうでなくとも正当防衛と言えるものじゃないかと思う。
「それを止めてくれたのが妾の
父さんとの馴れ初めにも繋がる話なのか。
恐らく、そこだけは忌々しい過去の中に輝く記憶なのだろう。
一瞬だけ大切な思い出を振り返るように遠くを見る。
しかし母さんは、すぐに悔いるように目を伏せた。
「じゃが、妾がそれまで何人もの人間を殺してきたことは紛うことない事実じゃ。理由はどうあれな。特に、遺族とっては関係あるまい」
その実例の一つこそが人間至上主義者達。
母さんが自ら口にした言葉を否定することはできない。
「故に、妾はいつかその贖いを求められるような気がしてならないのじゃ。アロンのことも、発端は妾の犯した罪にあるのではないかとも思う」
「それは……それは違うよ」
アロン、兄さんのことは
全く別の話だ。
定期的に現れる災害のようなものでもあるし、あれこそ人間の業に起因するものだ。
それでも尚、何かとこじつけるなら救世の転生者たる俺の方が関係ありそうだ。
「たとえそうだとしても、それで母さんが傷つけられるのは絶対に嫌だ。相手が正しくても、俺は母さんを守るよ。父さんも、セトも守る。兄さんも救ってみせる」
「……そうか。ありがとうな、イサク」
母さんは少し瞳を潤ませながら頭を撫でてくる。
「じゃが、妾は罪への購いとして殺されたとしても相手を恨まぬ」
「え?」
そうしながら口にした母さんの言葉に、動揺して一瞬固まる。
「か、母さんが恨まなくても、俺は、恨むよ。復讐する。と言うか、抵抗してよ!」
「無論、抗いはする。妾とてむざむざ殺されるつもりなどない。お前やセトが大きくなるまでは、母親として守り続けねばならんからな」
俺の叫びに応じて返ってきた答えに、僅かながら安堵する。
最初の言い方だと、仇を討とうとする者が現れたら命を差し出しそうに聞こえたから。
「ただ、お前がどう行動するにせよ、妾を理由とするなと言いたかっただけじゃ」
「復讐するな、じゃなくて?」
「少女化魔物として人間の思念を基に生まれたこの身。人間の感情を否定することなどできん。自分自身の感情と意思で選んだことなら、妾は如何なる選択であれ寿ごう」
「……うん」
そう言えば、兄さんのことで母さんが憔悴した時、形式的な親孝行のために村を出たら烈火の如く怒られたっけ。
あの時、自分の意思だと本気で強く主張していたら、もしかしたら一つの選択として認めてくれたのだろうか。
もっとも、実際のところは母さんの覇気に恐れをなしてすぐに謝ってしまい、上っ面の意思でしかなかったことがバレバレだった訳だが。
「さて、イサクもそろそろ寝るがよい。そして明日もよく食べ、よく遊ぶのじゃ。まだまだ子供なのじゃから今は余計なことを考えず妾に守らせてくれ」
「う、うん……」
そんな風に母さんの過去を少し知り、その意思と愛情を確認した翌日。
何かを暗示するように、強大な少女化魔物が現れたからと母さんは家のことをイリュファに任せて父さんと共に村を出ていった。
優れた戦闘系の
おおよそ三泊四日の工程とのことだった。
前世のオタク的知識がある俺としては、一種のフラグかと思った。
その予感は半分当たっていた。
だが、それは両親の命に関わることではなく……。
更にその翌日。
最大の戦闘力を持つ二人が不在の村を、
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