第23話 五年後の状況と村の子供達

 サユキとの別れの日から五年の月日が流れた。

 俺も間もなく十一歳になる。

 しかし、この五年。特筆すべきことはほとんどなかった。

 勿論、サユキを想う余り無為に過ごしてきた訳ではない。

 ……そりゃあ半年程はふとした時に寂しさを感じ、落ち込んだりもしたけれど。

 今も机の上の写真もどきを見ては、再会できることを祈っていたりするけれど。

 日々、救世の転生者として鍛錬を続けている。


 兄さんの件に関する進展はと言うと――。


「新しい目撃証言があった。フレギウス王国でアロンらしき人間が、少女化魔物ロリータを複数引き連れて村を襲ったらしい。死者は出ていないそうだが……」


 何度か目撃情報が他国であったぐらいだ。

 その度に父さんがしている母さんへの報告、母さんとの会話はイリュファを介して聞いているが、その時の二人は普段から考えられない程に張り詰めている。

 いや、親として当然ではあるのだろうが、俺やセトの前では普通に笑顔を見せたり、詰まらない冗談を言ったりもしているから落差が大きい。

 幼い子供にはそういう部分を必死に見せないようにしているのか、あるいは俺達と触れ合う時間だけが唯一心休まる時間だからなのか。

 いずれにしても、そこは気づかない振りをし続けた方がいいだろう。

 この件については今、俺は動くに動けないし。


「なあ、イリュファ。救世の転生者だったら早く村を出て、積極的にガラテアを追った方がいいんじゃないか?」


 兄さんを探し出して連れ戻すと両親に宣言した手前、何か行動した方がいいのではないかとイリュファにそう尋ねたこともあった。

 しかし、返ってきた答えは――。


「いけません。今のイサク様では確実に命を落とします。そうなれば、人の社会は滅びるでしょう。敵に対抗できるだけの少女化魔物達と心を通わせなければ」


 そんな忠告だった。

 位階に縛られた祈念魔法。それら全てよりも遥かに強大な複合発露エクスコンプレックス。そしてアーク複合発露エクスコンプレックス

 最低でも敵と同じ位階を用意できなければ、無力も同然だ。

 どんな相手に対しても常に勝機を確保しようとするなら、最上位の力が不可欠になる。


「私もリクルもイサク様の力になるつもりではありますが……私はカウンタータイプと言えば聞こえはいいですが、扱いが非常に難しい複合発露です。対象を設定せずに常時発動しようとすると光や音も反射して五感が奪われてしまいますし」


 イリュファの複合発露〈呪詛アヴェンジ反転リトリビュート〉。

 攻撃を攻撃者に返す異能。

 戦いの中で五感を潰す訳にはいかない以上、相手の攻撃を認識してからでなければ発動できない。反射神経を上回る攻撃や認識の外からの攻撃は防げないのだ。


「リクルはリクルで未だに複合発露の詳細が分かりませんし」

「い、一応、それらしい状態にはなれるようにはなったですけど……です」


 五年の鍛錬を経て得た成果。

 少女化魔物が複合発露を発動すると、元の魔物の特徴が体に現れる。

 それがリクルにも生じるようになった。

 気合いを入れると女性型スライムのように半透明のゼリー状になるのだ。

 が、それだけだ。効果は特にない。

 何か特殊な発動条件があるのか。皆目見当がつかない。

 あるいは、体がプルプルになるだけの能力なのか。


「このような半端な状態で派手に動くことは得策ではありません。掟に従う一般的なヨスキ村の子供として都市へ行き、様々な少女化魔物と出会うべきです」

「つまり後一年と少し。十二歳になるまでは大人しくこの村で牙を研げってことか」

「はい。以前にも申し上げた通り、救世の転生者は世界と人々から望まれたが故に現れるもの。少なくとも戦力を整えるだけの猶予はあるはずです」

「………………まあ、それ以前にガラテアを探す術もないしな」

「ええ。下手に動けば、イサク様が転生者であることを察知されて命を狙われる可能性もあります。慎重を期すべきでしょう」


 とは言っても、祈念魔法はほとんどマスターしたと言っていいし、体術や武器の扱いに関しても最近は伸び悩んでいる感がある。

 少女化魔物……と言うか、複合発露が戦力の要である以上、村で鍛錬するだけでは自身の大幅な成長はもう見込めない気もしている。

 それでも、やはりイリュファの言う通り今は雌伏の時と考えるしかないのだろう。

 そんな感じもあり、最近の俺はイリュファとの鍛錬はそこそこに別のことをしていた。

 今日もまた一通り鍛錬をした後、そのために村の広場に向かい――。


「あ、お兄ちゃん!」


 そんな俺の姿を認めて、弟のセトがタックルするように抱き着いてくる。


「訓練、終わったの?」

「ああ。今日はもう終わりだ」


 既に俺も十一歳なので、武器の扱い方の練習に関しては影の世界ではなく普通に外で行っている。内容は素振りと、たまに父さんと軽く手合わせする程度だが。

 ちなみに父さんは決して弱くはない。むしろ、ヤバいぐらい強い。

 しかし、天才肌で指導力は皆無だ。

 壁を感じている理由はその辺りにもある。

 十一歳児レベルの祈念魔法で挑んでも基本ぼこぼこにされるばかりで、正直成長を実感できないのだ。

 悪いところとか擬音で駄目出しされても困る。どこの終身名誉監督だ。

 まあ、それは今はいい。


「じゃあ、遊んでくれる?」


 上目遣いで尋ねてくるセト。

 その表情は弟にしておくのは勿体ないぐらい可愛らしく、自然と表情が緩んで無意識に頭を撫でてしまう。

 母さんに似たのか顔立ちが中世的と言うか女性的で、男に使う言葉じゃないかもしれないが、まるで天使のようだ。いや、天使に性別はないはずだから別に構わないか。

 何にせよ、セトは間違った育て方をすれば、確実に男の娘になれるぐらいの逸材だ。

 勿論、万が一両親がその道に進ませようとしたら全力で阻止するけど。


「今日は何をして遊ぼうか」

「あんちゃん! 俺、鬼ごっこがいい!」


 と、そこに横から元気のいい声が響く。


「僕はかくれんぼがしたい」


 更にその傍から別の少し落ち着いた声。

 セトと同じ時期に生まれた子供達だ。


 一人目はダン・ルムン・ヨスキ。昔、家の影を借りていたアベルさん家の息子さんだ。

 後から知った話だが、実はアベルさん。父さんの弟だったらしい。

 つまりダンは俺やセトの従弟に当たる。

 声の通り、元気いっぱいな五歳児だ。


 そして二人目はトバル・クレーフ・ヨスキ。

 この村の日用雑貨屋……のようなものを営んでいるエノスさん家の息子さんだ。

 こちらは大人しい性格だが、年の割には賢い感じ。


 同い年ということでセトと基本一緒に遊んでくれている。仲良し三人組だ。

 俺はそんな彼らの兄貴分として、こうして積極的に遊びにつき合っている。


「じゃあ、今日は二つ合わせて隠れ鬼ごっこでもしようか」

「隠れ鬼ごっこ?」

「そう。最初はかくれんぼと同じように隠れるけど、見つかってもタッチされなければ捕まったことにならない。逃げてオッケー」

「隠れなくてもいい?」「隠れ続けてもいい?」


 俺の言葉に対照的な質問をするダンとトバル。性格が出ている。


「自信があるならな」


 そう答えながら黙っているセトを見る。

 セトはどう動くのがいいかじっくり考え込んでいるようだ。

 真面目な顔も可愛らしい。


「よし。じゃあ、いつも通り俺が鬼をするから。百秒立ったら捜しに行くからな」

「「「はーい」」」


 元気よく返事をする三人に微笑みながら頷き、目を閉じる。と同時に――。


「光の根源に我は希う。『纏繞』『散乱』の概念を伴い、第三の力を示せ。〈極光〉之〈迷彩〉」

「悠なる根源に我は希う。『纏繞』の概念を伴い、第三の力を示せ。〈永続〉之〈纏勁〉」

「風の根源に我は希う。『振動』『抑制』の概念を伴い、第三の力を示せ。〈大気〉之〈防振〉」


 三者三様の祈念魔法が使用される。皆、位階は第三。

 五歳児が使うものとしては破格のレベルだ。

 遊びで有利になるからと興味を持たせるようにして、俺が二年近く教え続けた成果だ。

 勿論、家族には最初に伝えたし、イリュファにも手伝って貰って安全には十分配慮している。ちょっとやり過ぎて一般的な五歳児から逸脱してしまったが。


 しかし、救世の転生者なんてものが生まれ、人形化魔物ピグマリオンガラテアが動き出した以上、これから先は混迷極まる時代になりかねない。

 そんな世界を生き抜き、幸せになるには最低限力が必要だろう。

 先達たる者、後進を教え導くべし。

 その前世からの教えに従って、セト達三人のためにこうしているのだ。

 ……十分強くなったら、いざという時に味方になって欲しいというのも少しある。

 危険には巻き込みたくないが。


「――九十八、九十九、百! 皆、捜しに行くぞー」


 宣言通りに百まで数え終わり、目を開けて周りを見回す。


「あんちゃん! 勝負だ!」


 と、すぐ近くで待ち構えていたダンが視界に入って苦笑する。

 まあ、そういうやり方もいいだろう。


「いい度胸だ。行くぞ、ダン」


 俺が頷くや否や踵を返して駆け出すダンを、ほぼ常に施してある祈念魔法第四位階の身体強化で追いかける。少しだけ加減しながら。

 彼らが村を出るまで七年ある。

 その間に色々と経験して学んでいけばいい。


 そんな感じで、あれから五年後の俺は弟と弟分達をそれとなく鍛えることに尽力していた。

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