第21話 プレゼント
「イサク、どうしたの?」
沈鬱な気分が顔に出ていたらしく、サユキが俺の顔を心配そうに覗き込んできた。
三月も下旬。
暑さ寒さも彼岸までと言うが、元の世界の日本で言う春分が過ぎてから特に春の気配を感じる機会が多くなった。
しかし、普段なら喜ばしいそれも今はサユキとの別れの予兆にしか思えない。
今日もまた、気が早い
少しサユキとの距離が近くなり過ぎたかもしれない。
「イサクが悲しい顔すると、サユキも悲しいよ」
今にも泣き出しそうに目を潤ませる彼女に、慌てて笑顔を取り繕う。
「大丈夫大丈夫。何でもないよ」
「本当?」
「勿論」
サユキを安心させるように微笑みを向ける。
だが、彼女の表情は沈んだままだった。
この頃、サユキもまた時折落ち込んだような、どこか当惑したような顔を見せることが多くなっていて心配が募るばかりだ。
「サユキこそ、最近どうしたんだ?」
「うん。……何か変な感じがして」
「変な感じ? どんな?」
「……どこか別の場所に行かなきゃいけないような気持ちになるの」
その言葉に思わず息を呑む。
既にサユキ自身にも兆しがあったらしい。
それを知り、尚のこと気が重くなってしまう。
俺も今日まで全く何もしてこなかった訳じゃない。
だが、イリュファに聞いても、家にある限りの本を手当たり次第読んでも、
結局のところ、分類上では雪妖精は単なる魔物の一種に過ぎず、ルールに縛られる側の存在に過ぎないことが分かっただけだった。
サユキが
それでも悪足掻き的に自我を意識するような質問をしたり、世界についての知識や祈念魔法の基礎を教えたりして、いわゆる観測者に少しでも近づけないか試してみた。
しかし、この様子では効果はなかったようだ。
やはり、全人類の思念が定めたルールは個人では覆せないということなのか……。
「イサク様、お夕飯の時間ですよ」
互いに消沈したまま時は過ぎ、別れの時間が来てしまう。
結局今日は楽しい思い出も作れず、サユキの悲しげな顔しか記憶に残らなかった。
「イサク様? どうかなさいましたか?」
鬱屈した感情を引きずったままイリュファと共に帰り道を歩いていると、彼女からも気遣わしげに問われてしまう。
「……思った以上にサユキに入れ込んでたみたいだ」
俺の返答に、イリュファは一瞬だけ見せた痛ましげな視線をジト目で隠し、呆れを装うように深く息を吐いた。何とも器用で不器用な心配りだ。
「ですから、たちの悪い魔物だと申し上げたのです」
「そう、だな」
「にもかかわらず、仲を深めたのはイサク様ご自身の判断です」
「うん……その通りだ」
発破をかけるような強い口調で言うイリュファに頷く。
「であれば、なすべきことは決まっているでしょう」
最後だけ少し柔らかく告げたイリュファの言葉を咀嚼するように目を閉じる。
出会いをなかったことにはできない。
ならば、最後まで楽しい思い出を。
始まりの日に俺が思ったことだ。
「俺が望んだことだしな。今更できませんじゃ恰好がつかないよな」
自分の頬を両手で張って、ネガティブな感情を追い出す。
そんな俺の姿を見て、イリュファは安心したように表情を和らげた。
さて、そうするともっとサユキを喜ばせて上げないといけない。
今までのように楽しく遊ぶのは当然として、ここは何か特別な趣向が必要だろう。
「母さん、何かいらない金属ってない?」
だから俺は、家に帰ってすぐ母さんにそう尋ねた。
「金属? あるにはあるが、何に使うのじゃ?」
「サユキにプレゼントを作ろうと思って」
「ふむ…………そうか。分かった」
女の子に執心する息子。
母親なら格好の茶化しの対象としそうだが、母さんはそんなことはせず、ただ憐れみを隠そうとして失敗したような顔で頷いた。
その辺り、イリュファよりも大分分かり易い。
何にせよ、母さんもそろそろ時期だと察したようだ。
「イサク。これをお前にやろう。好きに使うといい」
それを不憫に思ったのか、母さんは夕食の後で大量の銀食器を持ってきた。
本当に使いものにならないものでよかったのだが……。
新品同然で気が引ける。だが、まあ、折角の母さんの厚意だ。
素直に受け取っておこう。
食卓に並ぶのは和食器だし、貰いもので本当に使っていないのかもしれないし。
ともかく、その銀食器をイリュファと協力して自室に運び込む。
よし。やるとしよう。
「土の根源に我は希う。『成形』『緻密』の概念を伴い、第四の力を示せ。〈地母〉之〈細加工〉」
早速、俺は土属性第四位階の祈念魔法を使用し、机に並べた銀食器を加工し始めた。
本当はゼロから作り出したかったが、祈念魔法というものはあくまで現象らしい。
物質を生成したように見えても発動している間だけの仮初。
その間は存続するが、効果が切れれば基本的には消失する。
……基本的にと言ったのは、己の血肉とかその物質に対応した何かとかを消費すれば形を残すことができるからだ。
俺としてはサユキへのプレゼントだから特別なものを上げたいのだが、さすがに自分の血肉を消費して物質を生成するのはヤンデレみたいで気が引ける。
子供の体では無理をすると命に関わりかねないしな。
この銀食器で凝った細工を作るとしよう。
「いつも傍でお仕えしているメイドには何もなしですか。そうですか」
と、真後ろから不機嫌そうなイリュファの声が聞こえてきて肝を潰す。
どうやら彼女。まだ部屋を離れず、俺の作業を見守っていたらしい。
「やはり若い子がいいということでしょうか」
「うぅ、ご主人様ああぁ」
何か増えた。振り返ると、リクルもいつの間にか背後に立っていた。涙目で。
と言うか、イリュファ。それは余りにも語弊があるぞ。
俺は確かに人外ロリコンだが、いくら何でも今のサユキは対象外だ。
「年増は利用するだけ利用して捨てられるのでしょうね」
「ポンコツもきっと捨てられるのです……」
諦観漂う二つの声。
良心を狙って精神攻撃してくるのは勘弁して欲しい。
「分かったから。二人にも作るから。そんな声を出すのはやめてくれ」
早々にギブアップ宣言をする。こういう時、男は弱い。
「催促したみたいで申し訳ありません。いえ、勿論冗談でしたが」
嘘つけ。結構本気に聞こえたぞ。
まあ、二人のような可愛らしい女の子が嫉妬心らしきものを見せてくれるのは、正直に言って嬉しくない訳ではないけど。
「別にいいさ。実際イリュファには世話になりっ放しだからな」
「そう言って下さると、とても嬉しいです」
「リクルも、イリュファの扱きによく耐えてるし」
「もっと頑張ります! です!」
それでやる気を更に出してくれるなら、ちょっとの手間は安いものだ。
「ですが、イサク様。そうして頂けるのでしたら、できればご両親やセト様の分もお作りになった方がいいかと。雪妖精への同情心で我慢しておられましたが、ファイム様も相当羨ましそうにしておられたので」
で、母さんにだけ作ると父さんやセトが不公平、か。
まあ、それは確かに。
折角だからイリュファの意見に従うとしよう。
「分かった。何かリクエストはあるか?」
「イサク様に作って頂けるのでしたら、どのようなものでも」
「私も、私も! 何でも嬉しいです!」
「何でもいいはちょっと困るんだけどな……後で文句を言うなよ?」
「言いませんとも。イサク様がちゃんと私達を考えて作って下さるのでしたら」
「プレッシャーかけるなよ。適当にやるつもりは毛頭ないけどさ」
そんなこんなで家に帰ってからの時間をプレゼントの加工に充てること数日。
合間に皆の分も作って技術を高めつつ、ようやくサユキに似合う銀細工が完成した。
そして――。
「では、行ってらっしゃいませ。イサク様」
「行ってらっしゃい、です! ご主人様!」
星の模様が散りばめられた指輪を鎖に通して首にかけたイリュファと、液体が幾重にも捻じれて輪っか状になったような腕輪をしたリクル。
そんな二人に見送られ、俺はサユキの待つ空地へと向かったのだった。
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