第20話 雪妖精の友達

 サユキとの出会いの日から数日後。

 珍しく晴れているが、世界の白さは変わらない。

 今日もまた、俺は彼女が待つ村外れの平地を訪れていた。

 最近遊んでばかりな気がするが、誰からも文句は言われない。

 雪妖精スノーフェアリーの凶悪化を防ぐのが、今の俺に課せられた重大な役目だからだ。

 もっとも、俺はそんな余計なことを考えて彼女に接しているつもりはないが。

 遊ぶなら全力だ。


「イサク!」


 サユキは待ち切れないとばかりに駆け出し、半ば突進するように俺に抱き着いてきた。

 そんな天真爛漫な彼女を前にすれば、自然と俺も純真だった頃に戻ることができる。


「イサク、今日は何して遊ぶ?」


 眩しい笑顔と共に見上げてくるサユキ。

 白銀の髪は陽光を反射して輝き、白銀の瞳も宝石のように煌いている。

 太陽の光が苦手そうな白い肌をしているが、生物ならぬ彼女には問題ないようだ。


「うーん」

「どうしたの?」


 俺の唸り声にサユキが小首を傾げる。

 容姿も端麗だし、仕草も可愛らしい。

 だからこそ、俺には一点だけ気に入らない部分があった。


「その白い靄みたいな服? どうにかならないかな」

「服?」


 サユキはそう問うように言いながら、今度は逆側に首を傾けた。

 改めて見ても、彼女の白い靄を身に纏った姿は余りにシュールだ。

 アニメの入浴シーンの湯気じゃあるまいし。


「折角可愛いんだから、それに見合った服を着ればもっと可愛いだろうに」

「可愛い? サユキ、可愛いの?」


 嬉しそうに、同時に少し照れたようにはにかむサユキ。

 どうも彼女、俺がつけた名前を相当気に入ったらしく一人称が「わたし」から「サユキ」に変わってしまった。

 このまま成長してしまったら、と少し将来が心配に――。

 ああ、いや……彼女はこの冬しか存在できないんだった。

 その事実を思い出して微妙に気分が沈む。


「イサク?」


 俺の変化に不思議そうな目を向けてくるサユキ。

 っと、いけない。こんな気持ちを表に出しちゃ駄目だな。

 俺は彼女の頭を優しく撫でて、誤魔化しにかかった。


「えへへ」


 どうやら、それで有耶無耶にできたようでサユキは気持ちよさそうに目を細めた。

 そうした小さな動作の一つ一つに無条件の信頼を感じる。

 友達と言うか妹みたいだ。

 何にせよ、彼女の質問には胸を張って答えられる。


「サユキは可愛いよ。うん。可愛い」

「本当?」

「勿論。けど、だからこそ、似合った服を着てるとこが見たいんだ」

「そういうもの?」

「そういうものだ」

「うん、分かった。でも、どうすればいいの?」


 乗り気になった様子のサユキは、しかし、自分の白い靄を見ながら首を傾げる。

 しばらくして何か思いついたように手を一つ叩いて――。


「って、何してるんだ?」

「まずはこれ、どかさないと」


 手で白い靄を払おうとするサユキ。


「ちょ、待っ! 駄目駄目!」


 慌てて手首を掴んで止める。

 いや、それで靄を散らせるとは思わないが、振り払えたら振り払えたでヤバいことになりかねない。規制とか規制とか規制とか。

 その辺のことがまるで分かっていない純粋なサユキは、再び小首を傾げるばかりだった。


「と、とりあえず、俺に考えがあるから」

「分かった」


 サユキはそう言って頷くと、楽しそうに笑って俺の腕に抱き着いて頬擦りしてきた。

 そんな彼女を微笑ましく見ながら、一先ず手に感じるちょっと冷たい温もりは考えずに意識を集中する。


「光の根源に我は希う。『投射』『制御』の概念を伴い、第四の力を示せ。〈日輪〉之〈映幻〉」


 光属性第四位階の祈念魔法を発動させ、俺は空中に虚像を作り出した。

 サユキに似合う服をと考え、白を基調とした着物を身に纏った彼女の立体像だ。


「サユキ。よーく見て、こういう服を着た自分を強くイメージするんだ」

「イメージ?」

「そうだ。きっとそうすれば、その白い靄はこの服に変化するはずだから」


 魔物は人の感情の集積体。大まかな形は人間の共通認識。

 そして、詳細な姿は発生時に間近にいた観測者の認識に依存すると推測される。

 実際、彼女の顔は俺の理想を幾分か幼くした感じだから正しいと思う。

 服装がこんな曖昧な感じだったのは、彼女が何者か分からなくてイメージが湧かなかったからだろう。

 そうでなくとも、顔に比べれば服は余り強く意識しないしな。

 誰かを思い浮かべる時に真っ先に出てくるのは基本顔だし。

 結果、白い靄だったのは単に冬だったためと思われる。


 雪妖精について知った今も尚そのままなのは、サユキの方で己の形をそのように認識してしまったからだろう。

 これらの予想が正しければ、俺とサユキの認識次第で彼女の姿を変化させられるはずだ。

 既にはっきりした形になっている容姿はともかく、曖昧な白い靄ぐらいなら。


「むー……」


 そうしてサユキが俺の作った映像を真剣に睨むこと数分。

 果たして、白い靄が薄く引き伸ばされていき、同時に確かな形を持ち始めた。

 そして――。


「おお」


 仮説は正しかったようで、白を基調に雪の結晶をイメージした模様が描かれた着物がサユキの体を包み込んだ。

 本当に雪の妖精のようで、とても可愛らしい。

 いや、和風だから精霊と言った方がいいかもしれない。


「わあ。何だか、面白い服」


 着物が気に入ったようで、サユキは両手を広げながらその場でクルクルと回った。

 遠心力に従って袖が舞う様は、何と言うか日本的な懐かしい雅さを感じさせる。

 しばらくして目が回ったのかフラフラしてしまったのは、ご愛嬌というところか。

 そのままサユキが倒れそうになってしまったので抱き留める。


「あうあう。……えへへ、ありがと。イサク」


 恥ずかしげに白い頬っぺたを赤くしながら体を預けてくるサユキ。

 一々反応が愛らしい。

 思わずギュッと抱き締めてしまう。

 サユキは嫌がったりはせず、尚のこと肌を紅潮させながら嬉しそうに笑った。

 そんな彼女のひんやりとした体温を十分堪能してから体を離す。


「でも、イサク。この模様、何?」


 と、サユキは袖を俺に見せながら問うてきた。

 そこには樹枝六花や扇六花、星状六花を中心に、様々な雪の結晶の形が描かれている。


「何って、雪だぞ?」

「雪?」

「そう。空から降る雪を拡大して見ると、こんな形をしてるんだ」

「えー、嘘」

「嘘じゃないって。よし。証拠を見せてやる。水の根源に我は希う。『微細』『散布』『広域』の概念を伴い、第四の力を示せ。〈海神〉之〈霧雨〉。氷の根源に我は希う。『微細』『制御』『広域』の概念を伴い、第四の力を示せ。〈紅蓮〉之〈成晶〉」


 水属性第四位階の祈念魔法によって上空に霧状の水を撒き、氷属性第四位階の祈念魔法を用いてそこに局所的な冷気を発生させる。

 そうして人工的な雪を作り出す。


「わあ……イサク、凄い。雪を降らせられるなんて」


 はしゃぐサユキを視界に入れつつ、さらに続けて祈念魔法の発動を試みる。


「光の根源に我は希う。『制御』『拡大』『投射』の概念を伴い、第四の力を示せ。〈日輪〉之〈拡映〉」


 光を操り、眼前を舞う人工雪を拡大した虚像を空間に映し出す。

 位置によってランダムに冷気の温度を設定していたため、様々な形状の結晶が降る様が見て取れた。

 針状や角柱状の結晶もあれば、丁度よく六花の結晶もある。


「凄い……綺麗。イサク、もっと」

「ん、よし」


 なるべく六花の結晶だけが生じるように祈念魔法に調整を加える。

 確かマイナス十度から二十度で水蒸気をさらに増やしてやれば――。


「可愛いのだけになった! どうして?」

「雪の結晶の成長は、外気温、過飽和度、不純物の有無とかに依存する。その辺を制御すれば、ある程度は意図的に望んだ形の結晶を作り出すことができるんだ」


 俺の言葉に不思議そうに首を傾げるサユキ。

 どうやら理解できなかったようだ。


「どれぐらい寒いか。どれくらい空気が湿ってるか。それと水以外の塵がどれぐらい混じってるか、だな。塵が混じってるとそこから凍り易くなるし、湿度で結晶の大きくなり易さが変わる。そんで、寒さで大きくなる方向が違ってくるんだ」


 少し平易な説明になるように心がけてみるが、そもそも一定の教養が必要な話だ。

 魔物に近い存在であり、教育を受けていないサユキには理解できないだろう。

 実際、尚のこと混乱したように彼女は首を傾げる角度を大きくしていた。


「よく、分かんない」

「そっか。ま、いいんだ。分かんなくたって。この世界じゃ原理よりイメージの方が遥かに大事なんだから。綺麗だと思う気持ちが一番大切だ」

「うん。結晶、綺麗。好き」


 そう楽しそうに笑って、サユキは抱き着いてきた。


「イサクも大好き」


 唐突に好意をぶつけてくる彼女に少し面を食らい、割と真面目に恥ずかしくなる。


「イサク、顔赤い」


 面白そうに、嬉しそうに尚のこと笑顔を輝かせるサユキ。

 俺も釣られて自然と表情が綻んでしまう。

 そんな感じで仲よく寄り添い合いながら、今日の俺達は飽きることもなく雪の結晶を観察し続けたのだった。





 それからの数ヶ月。

 俺は毎日サユキと共に過ごした。


 冬の遊びは何でもやった。

 二人でじゃれ合うような雪合戦もした。

 雪だるまも何個も作った。

 雪ウサギも作った。

 雪祭りの雪像にも引けを取らない立派なサユキ像を作ったりもした。

 かまくらを作って二人でまったり過ごしたりもしたし、木の板を祈念魔法で成形してアグレッシブにスキーをしたりもした。


 あるいは転生してから、いや、前世で成人してから、ここまで何も考えずに楽しく過ごせたのは初めてのことだったかもしれない。


 しかし、時は無情に過ぎ去っていくもの。

 やがて視界に映る白の面積は小さくなり、新たに雪が降り積もる頻度も少なくなった。

 それは即ち、サユキとの別れが間近に迫っていることを意味していた。

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