第12話 狩りと動物と魔物

 リクルをお姫様抱っこの体勢で抱えたまま空を飛ぶこと数分。

 紅葉が真っ只中で、色鮮やかな様相を見せる山の直上に至る。


「綺麗、です。世界ってこんなに綺麗だったんですね」


 五歳児の体にしがみつきながら歓声を上げるリクル。

 どうやら俺と少女契約ロリータコントラクトを結んだことで拡張された認識と、それによって鮮明に見えた世界に感動しているようだ。

 そんな彼女を微笑ましく思いながら、少しずつ高度を下げていく。


「悠なる根源に我はこいねがう。『探知』『広域』の概念を伴い、第四の力を示せ。〈無窮〉之〈探界〉」


 改めて探知の祈念魔法を使用し、周囲の気配を探るのも忘れずに。


「そう言えば、ご主人様。何で狩りになんか来たんです? 一応、子供、ですよね?」

「何だ。子供だって分かってたのか。子供がご主人様でいいのか?」

「それは全く問題ありませんです。あの時あの場にいて助けてくれたのは、ご主人様ですから。だから、ご主人様に出会わせてくれた切っかけが知りたいんです」


 そう真っ直ぐに言われると少し照れる。

 しかし、切っかけについては余り楽しく話せる類のものではない。

 ここはオブラートに包んでおくとしよう。


「色々事情があって、母さんがちょっと気落ちしててな。熊肉が好物だって話を聞いたから、狩りに来たんだ。それで励ませればと思って」


 余り気にさせないように口調も軽めにしておく。そのおかげか――。


「そうだったんですか」


 何故だか嬉しそうな顔を浮かべるリクル。

 とりあえず、彼女に無駄に気を使わせずに済んだようだ。

 折角、楽しそうな顔を見せている人外ロリの表情を曇らせる必要もない。


「ご主人様、母親想いで優しいです」

「……まあ、生んで貰ったんだから、親孝行しないとな」


 一度死んだこの身に二度目の生を与えてくれたのだから特に。

 母親の意図したものではないにしても。


「でも、お母さん、かあ」


 ポツリと呟くリクル。

 人間の感情の集積体たる魔物。

 それらは思念の蓄積を切っかけとして発生するのが基本だ。

 だが、その魔物のイメージによっては生殖による繁殖が可能な種類もいるらしい。

 とは言えスライムの場合は、思念の蓄積以外だと分裂で増えるのみだ。

 親という感覚はないのだろう。

 その辺、認識が拡大したことで少し思うところができたのかもしれない。


「降りるぞ」

「あ、はい。です」


 一先ず生物の気配のない場所を目指し、そのまま着地する。

 それからリクルを降ろす。


「着地です!」


 彼女は無邪気に笑いながら、両手を上げてポーズを決めた。

 短い時間の飛行だったが、余程楽しかったのだろう。

 人外ロリの楽しげな様子は見ていて癒される。

 これが見れただけでも契約してよかったと思える。


「さて、と」


 それはそれとして。

 これから狩りを始める訳だが、その前にやっておかなければならないことがある。


「リクル。祈念魔法で気配を隠すから」


 そう言いながら手を差し出す。


「はいです」


 リクルは何の躊躇いもなく手を握ってきた。

 スライムっぽく少しひんやりとして、女の子らしく程よく柔らかい。

 うん。少女征服者ロリコンの役得だな。

 とは言え、今日は紅葉狩りデートを楽しみに来た訳ではない。

 ここは一旦置いておいて。


「光の根源に我は希う。『纏繞』『幻影』の概念を伴い、第四の力を示せ。〈日輪〉之〈纏幻〉。風の根源に我は希う。『振動』『抑制』の概念を伴い、第四の力を示せ。〈天父〉之〈防振〉。風の根源に我は希う。『纏繞』『停滞』『維持』の概念を伴い、第四の力を示せ。〈天父〉之〈滞気〉」


 光学的に姿を消し、己が発する音を緩和し、そして匂いが拡散しないようにする。

 ここまでする必要はないかもしれないが、念のためだ。


「よし。行こうか」

「了解、です」


 リクルと手を繋いで山を行く。

 当然、山道などある訳もなく、獣道を辿るしかない。

 祈念魔法を用いて探知や身体強化を行っていなければ、素人がこんな真似をするべきではないだろう。


「っと、こっちにでかいのがいるな」


 色々と探知に引っかかっている中で、目立つ存在に意識の焦点を合わせる。

 形状と動きからして熊っぽい。


「ちょっと距離があるな。リクル、悪いけどもう一回お姫様抱っこするぞ」

「あ、はいです」


 リクルの返答を受けて、ひょいと抱き上げる。

 軽い口調通り、彼女は特に羞恥を感じたりしていないようで、むしろ自然な感じで嬉しそうにしがみついてきた。

 いや、まあ、体格差で傍から見ると相変わらず不自然だろうけどな。

 五歳児が見た目十代前半の女の子をお姫様抱っこしてるとか。魔法って凄い。


「しっかり掴まってろよ?」


 一言断って、熊らしき気配の方向へと一気に駆け出す。

 探知を用いて周囲の障害物との位置関係を把握しながら。


 そうして祈念魔法の効果で対象に気づかれずに、視認できる距離に到達する。


「お、いたいた。やっぱり熊だったか」


 大き過ぎず小さ過ぎず、割と若い個体のようだ。

 リクルを降ろして身を潜める。


「…………その命、いただきます」


 狩る前に、手を合わせながら小さく告げる。

 普段から動物の肉を食しておいて、殺せないと言うつもりはない。

 この場で解体する訳でもなし、過度の拒否感もない。むしろ――。


「氷の根源に我は希う。『収束』『制御』の概念を伴い、第一の力を示せ。〈氷雪〉之〈冷凍〉」


 最初から祈念魔法で氷漬けにするつもりだったせいか、余り罪悪感がなかった。

 一瞬で氷の中に囚われた熊は、時を止められているかのようで死の気配に乏しい。

 そのせいか、既にことをなした後も大きな感情の起伏は生じない。

 これが手に武器を持って直接殺すんだったら別かもしれないが……。後は、風属性で切り刻んだり、土属性で撲殺したり。


 いただきます、と口にしたのは思ったより気持ちに波風が立っていなくて、これはちょっとまずいかもしれないと考えた結果だ。

 たとえ実感が薄くとも、命を奪う行為をなす事実を自分の心に示しておきたかった。

 ……のだが、結局のところ上辺だけで効果は小さそうだ。

 なので、後で解体現場を見ておいた方がいいかもしれない。

 何にせよ、ここで氷漬けの熊を眺めていても仕方がない。


「よし。帰るか。リクル、背中に負ぶされ」


 リクルを一旦降ろし、彼女に背を向ける。


「はーい、です」


 と、彼女は楽しげに返事をして飛び乗ってきた。

 元の世界なら潰れるだけだが、この世界なら女の子の一人ぐらい軽く支えられる。


「さて」


 それから俺は、瞬間冷凍された熊が入った氷のブロックに手を触れた。


「風の根源に我は希う。『纏繞』『収束』『制御』『維持』の概念を伴い、第四の力を示せ。〈天父〉之〈天翔あまがけ〉」


 そして飛行の祈念魔法を発動し、背中のリクルと氷漬けの熊ごと空へと飛翔する。


「しかし、生まれたての魔物じゃなくてよかったな」

「ですです。魔物の熊は年数が経ってないとスカスカで食べるとこないですし」


 スライム時代に食べたことがあるのか、経験者のように語るリクル。


 魔物は感情の集積体。

 それだけに野生生物への思念が集まれば、例えば熊の形をした魔物も生まれる。

 ただ、生まれたばかりの魔物は中身が虚ろで、倒すと血肉も残らず消え去ってしまう。

 しかし、食事によって徐々に動物と似た身体構造ができていくため、それなりに長い年月を経た魔物なら普通の動物と同じように食べることのできる部位ができるのだ。

 半端な年月だと、倒した瞬間諸々欠損した塊になるため、大変グロテスクな光景が広がってしまうらしい。

 これは類似の野生生物がいない他の魔物でも同じだ。


「けど、これは立派な熊です! お母さん、喜んでくれるといいですね!」

「ああ」


 少女契約以来ずっと楽しそうなリクルに、僅かに頬が緩む。

 彼女の言う通り、きっと母親は喜んでくれる。そして体調もよくなるはずだ。

 近づいてくるヨスキ村を視界に収めながら思う。

 そして俺達は一旦村の手前で降り、村を出た時と同じ要領で中に戻ったのだった。

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