第13話 この世界の母親
「とりあえず熊は庭に置いて、と……」
「ここがご主人様の家ですか? 立派です!」
「これからはリクルの家でもあるぞ」
はしゃぐリクルを微笑ましく思いつつ、玄関の扉に手をかけ――。
「え? えっと、これは……」
中から恐ろしい程の圧迫感を感じ、思わず俺は躊躇った。
魔力とかそういうものは存在しないので別の何かなのは間違いない。
探知の祈念魔法が持続しているので、そのせいかもしれない。
直前まで笑顔を浮かべていたリクルまでもが、打って変わって怯えを見せているのは
物凄く躊躇われるが、意を決して扉を開く。
「た、ただい……ま?」
そして威圧感に圧されて囁き気味に言いながら、俺達は家に入った。
「イサク。……どこに、行っていたのじゃ?」
と、地獄の底から響くような声と共に鬼のような形相をした母親が待っていた。
「ひ、ひぅ、ですぅ」
正に
正直俺も逃げ出したいぐらいだが、人外ロリの前で情けない姿は見せられない。
「……どこに行っていたのじゃ、と聞いておる」
「え、えっと、その……狩り、に。……母さん、熊肉のシチューが好きだって……聞いたから」
正直に答えるが、口調はたどたどしく声は微妙に震えてしまった。
結局、ヘタレな反応をしてしまったが、割と頑張った方だと思う。
何せ、ここまで怒りを顕にしている母親は初めて見るのだから。
「そうか。狩りか」
感情を抑えたような声が特に恐ろしい。完全に嵐の前の静けさだ。
「書き置き一つで誰にも何も言わず、勝手に村の外に出た訳じゃな?」
書き置きって何のことだ? と疑問に思いながらも、イリュファには言ったと反論するために口を開こうとするが――。
「この、大馬鹿者がっ!!」
母親の叫びに阻まれてしまった。
背中に隠れるリクルがガタガタ震え出す。
失禁しそうな勢いだ。
俺は俺でそんなリクルに意識を移して逃避しかかる程、恐怖を感じていた。
この存在感。
恐らく、敵対する少女化魔物だったなら、瞬時に殺されていたことだろう。
圧倒的な格の違いを突きつけられているかのようだ。
これが真性
「妾がどれだけ心配したと思っているのじゃ!!」
しかし、それ程までに強大な力を持つだろう彼女は今、怒鳴りながらも目に涙を溢れんばかりに浮かべていた。
そんな母親の姿を目の当たりにし、動揺しつつも状況を一から見直す。
イリュファ以外は俺を五歳児だと思っている。
イリュファ以外は俺が第四位階の魔法まで使用できることを知らない。
精々ちょっと早熟な五歳児程度にしか思っていないはずだ。
そんな子供が勝手に村の外へ出てしまった。
しかも、この世界には普通に魔物がいる。
……ああ。そりゃ怒る。そりゃ心配する。当たり前だ。
落ち着いて考えれば、どうやって村の外に出たんだと疑問に思うかもしれないが、母親はアロンのことで冷静じゃなかったしな。
それに、たとえ村の出方を教えた存在に思い至ったとしても五歳の子供が突然いなくなれば、親ならば普通は心配するものだ。
まさか、そんな当然のことを失念していたとは。
自分が五歳児だって頭で理解はしていたけど、どうも感覚的には薄れてたみたいだ。
体も多少成長し、祈念魔法も習熟したことで年齢に対する自己認識が、精神年齢に引っ張られてしまったのだろう。
完全に俺の落ち度だ。
「アロンだけでなく、お前までいなくなってしまったら妾は、妾は……!!」
母親は、遂には涙を流して俺を抱き締めてきた。
その姿を見て、俺の目も潤んできてしまう。
今世では親孝行をするなどと言っておきながら、ここまで母親を心配させてしまったことに罪悪感を抱いて。
「……ごめんなさい、母さん」
だから、素直に謝る。すると、彼女の腕の力が強まった。
外見が幼いとは言え、身長は五歳児の俺より高い。
必然、顔を平たい胸に押しつけられる形になる。
すると、どこか懐かしく仄かに甘い香りがしてくる気がする。
そう言えば、もっと幼い頃は頻繁にこうして抱き締められてたっけ。
最近はとんとされなくなったけど。
いや、俺が無意識に回避していたのかもしれない。
これもどこかで俺の感覚が五歳児じゃなくなってた証拠かもしれないな。
それ以前に、生まれ変わったその時から母親を記号的に捉えてしまっていた部分もあったのかもしれない。
母親も父親も、前世で果たせなかった親孝行のための代替的な存在としてしか見ていなかったのかもしれない。
「ごめんなさい」
色々な考えが脳裏を駆け巡り、自然ともう一度その言葉が口から出る。
それに応えるように頭に頬を乗せられ、後頭部を柔らかく撫でられる。
その温もりに愛情を再確認する。
この人こそ今生の俺の母親なのだ、と。
単なる親孝行の対象ではなく、生きた存在としての母親。
分かっていたことだけど、改めて思う。
だからか、無意識に俺の方からも母さんを抱き締め返していた。と、そこへ――。
「それだけ子供に心配をかけたファイム様も悪いのですよ?」
イリュファが現れ、母さんにそんな言葉をかけた。
その一言で俺は理解した。イリュファに謀られたことを。
捏造した書き置きと実際に俺がいなくなっていることを利用して、母さんの前で騒ぎ立てる彼女の姿が目に浮かぶようだ。
だが、まあ、今回は気づけなかった俺が馬鹿だった。
目が曇っていた俺が愚かだった。間違いなく。
イリュファを責めることはできないな。
「貴方は母親なんですから、もっとしっかりしないと」
「それは……その通りじゃな。いくらアロンのことがあったからと言って、イサクのことを蔑ろにしていい訳がない。本当に、母親として情けなさ過ぎる」
俺から体を離し、悔いるように視線を下げる母さん。
そうは言っても実の息子が行方不明になったのだから仕方がない部分もある。
それだけ子供を愛している証拠だとも言えるし。
だから、そんなに自分を責めないで欲しい。
「母さん。アロン兄さんはきっと生きてるよ。村から出たら、僕が絶対探し出すから」
「イサク……」
五歳児ができるフォローはこの程度だろう。
他人だったら、大人だったら無責任な発言だと責められるかもしれないが、そこはそれ。身内の、しかも我が子からの言葉であれば、いくらか慰めにもなるはずだ。
「そうか。……そうか。ありがとうな、イサクよ」
母さんは元通りとは言えないが、久し振りに小さな笑みを見せてくれた。
精神的な影響故に、もう体調も心配なさそうだ。
……ちびりそうな程の覇気があったしな。
「ところで……その娘子は誰じゃ?」
そう母親に問われ、ハッとして振り返る。
すると、リクルが立ったまま気絶していた。
すっかり忘れて放置してた。すまん、リクル。
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