第10話 スライムと……
視界にはスライムに追われる少女。
助けに入るべきだとは思うが、あるいは楽しい追いかけっこの最中かもしれない。
元の世界では下手に行動すると事案になるので、ちょっとばかし迷う。
「いいいいやあああああっ! たあああすうううけえええてえええええっ!」
まあ、顔の必死さを見るにピンチなのは間違いないだろう。
体は五歳児だが、先達たる者、後進を守らなければならない。
その誓いこそ前世との最後の繋がりとも言えるものなのだから。
「君、助けが必要か?」
だから、走る少女に並ぶように高度を落として飛びながら問う。
「へ? て、天の助けっ!?」
すると、彼女は縋るような涙目をこちらに向けてきた。
「た、助けて下さい、ですっ!」
「えっと、とりあえず、あのスライム達を追っ払えばいいんかな?」
「ですですっ!」
「よし。分かった」
俺は頷いてから、追走してくるスライム達を振り返った。
位置関係を確認し、やや減速して彼女とそれらの間に入る。
「悠なる根源に我は
翻訳の祈念魔法を使用しつつ、警告を伝える。が、弁解どころか反応もない。
スライム達は変わらず追いかけてきている。
「警告は、したからな」
問答する意思すらないのなら、こちらも遠慮はしない。
「火の根源に我は希う。『広域』『成形』『維持』の概念を伴い、第四の力を示せ。〈焦熱〉之〈壁炎〉」
俺達とスライム達の間に眩い輝きを放つ炎の壁を作り出す。
火属性第四位階。このレベルの魔法に耐えられる魔物などいない。
やや待って炎を消すと、スライムの姿は
ほとんどが突如として現れた炎の壁に突っ込んでしまい、その場で蒸発してしまったのだろう。しかし、気配の上では敵は全滅していない。
「す、凄いです……」
呆けたように立ち止まる少女。完全に油断している。
次の瞬間、そんな彼女を戒めるようにその足元の地面が盛り上がり――。
「え?」
咄嗟に地中に潜って炎の壁を回避したらしい数体のスライムが彼女に襲いかかった。
「ひゃわああああああっ」
「氷の根源に我は希う。『広域』『制御』の概念を伴い、第四の力を示せ。〈紅蓮〉之〈凍壁〉」
気配から奇襲は察知していたため、そのタイミングで発動するように事前に詠唱を開始しておいた祈念魔法で現れたスライム全てを氷漬けにする。
「ひ、ひえええ」
スライムから伸びた触手がほとんど自分に届きそうになっていたことに怯える少女。
「離れてろ」
自発的に距離を取る彼女にそう言いながら、入れ違いに凍ったスライム達に近づく。
それから先程それらを焼き尽くした祈念魔法を再度使用し、残党を処理する。
「ふう」
それを確認し、更に周囲を一通り見回してから俺は一息ついた。
ここら一帯に残る気配は後、俺と彼女のみだ。
「あ、ありがとうございました、です!」
ペコペコと頭を下げる少女。
自然な青色のお下げ髪とピンと立ってるアホ毛がピョコピョコ動いている。
顔を上げて俺を見詰めてくるクリクリした青く綺麗な瞳も子供のような無邪気さに溢れていて、実に可愛らしい顔立ちの女の子なのだが……。
「って、君。凄い恰好してるな」
「ふえ? そうですか?」
可愛らしく小首を傾げる少女。
改めて見ると天女のような透明色の衣を身につけている。
まるで水を纏っているみたいだ。
にもかかわらず、その下は……もったいぶらずに言ってしまえば全裸。
ただ、屈折が激しくてまともには見えないが。
しかし、だから安心かと言えばそうではない。
むしろ、ぼやけたピンクのぽっちと肌色は無駄に想像力をかき立てられる。
モザイクのかかったエロ動画みたいで変に卑猥だ。
「インナーぐらいつけろよと」
「インナー?」
不思議そうに逆側に首を倒す少女。
特異な格好と知識に乏しい様子に「あ」と察する。
察するが、俺も急ぎの身だ。
もう少し会話をしたいが、今はそんな状況じゃない。
「まあ、いいや。じゃあ、俺は行くから。風の根源に我は希う。『纏繞』『収束』『制御』『維持』の概念を伴い、第四の力を示せ。〈天父〉之〈
俺はシュタッと手を上げ、そそくさと飛行の祈念魔法を発動させて浮かび上がった。
そのまま、この場を去ろうと方向転換するが――。
「ま、待って下さいです!」
少女はガシッと俺にしがみついてきた。
「ちょ、あ、危なっ。こら、やめんかい!」
一人の想定で発動したのだから、そんなことをされては制御が乱れて墜落しかねない。
まだ本格的に高度を上げる前だったからいいものの、割と真面目に危険な行為だ。
慌てて着陸し直す。
「一体何だ? 助けたんだから、もういいだろ?」
「いえ、あの、その……お願いがあります! です!」
そう言いながら、少女が勢い込んで身を乗り出してきた。
ちょっと顔が近い。
「お、お願い?」
「はい! 私のご主人様になって下さいです!!」
そんな台詞が彼女の口から発せられ、一瞬言葉を失う。
俺の精神年齢と彼女の外見年齢から考えると、かなり犯罪的だ。
十代前半の女の子が五歳児に言っていると見ると、実にシュールになるが。
「ご主人様? 君、一体……」
惚けるように問う。もっともオチは予想できている。
改めてよく見ると彼女の幼い顔立ちは確かに可愛らしいが、イリュファに通じる人知を超えた何かを感じる。
服装も含めて、どこか非現実的(元の世界基準で)な存在を目の当たりにしているかのようで、それはつまり――。
「わたしはリクル。スライムの
やはり少女化魔物だったらしい。予想通りの正体だ。
「どうか私のご主人様になって下さいです!」
そして繰り返されるお願いに、さてどう対処しようか、と俺は頭を抱えた。
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