第8話 悪い知らせと村の掟
「イリュファ、母さんは?」
母親を寝室に連れて行き、戻ってきた彼女に問いかける。
「まだ目を覚ましていません。ですが、これ以上の処置は不可能です。一先ず安静にしておくしかないでしょう」
「病気、なのか?」
「いえ。恐らく精神的なショックを受けたせいだと思われます。
「…………成程」
どうやら、薬やら手術やらで回復するような話ではないようだ。
イリュファの言う通り、今は安静する以外の選択肢はないのだろう。
「けど、精神的なショック? 一体何が……」
そう自問気味に呟くとイリュファが、拾ってエプロンドレスのポケットに入れていたらしい紙を取り出しながら口を開く。
「この手紙を読んだせいでしょう」
「……そう言えば母さんの傍に落ちてたな。何が書いてあったんだ?」
「はい。イサク様のお兄様、アロン様が
「は? 兄さんが死んだ!?」
淡々としたイリュファとその内容とのギャップに戸惑い、思わず叫んでしまう。
とは言え、転生者である上にまだ見ぬ兄だ。
そんな彼の不幸を前にして一般的なレベルで悼む気持ちは生じても、中々家族としての実感は湧かないが……。
「兄さんが……母さん、大丈夫かな」
さすがに母親の気持ちを思えば胸が重苦しくなり、縋るようにイリュファを見る。
しかし、彼女は全くいつも通りの顔をしていた。
状況が状況だけに少し眉をひそめる。
「……イリュファは冷静だな」
「まだ死んだと確定した訳ではありませんので」
「ん? そう、なのか?」
「はい。現場にいた仲間の朦朧とした状態での断片的な証言から判断して、最も確率が高いのがそれというだけです。その人物もすぐに意識を失って目を覚ましていないようですし。……切手の消印は三日前なので今現在どうなのかは分かりませんが」
三日前の情報なのか。
それでも地球よりは技術が進歩していないだろう異世界と考えると、思ったよりも格段に早い。郵便事業が結構発達しているらしい事実に驚くが……今は関係ない話だ。
しかし、そんな不確かな情報を送ってこられても困る。
そう不満を突きつけたいところだが、その辺りはマスメディアを通して(一応)精査された(はずの)情報に触れているあの時代の人間だからこそ言えることだろうか。
いずれにせよ、その半端に過ぎる情報で母親は強烈なショックを受けてしまった訳だ。
が、確定情報でないとは言え、内容が内容だ。
親たる者であれば、当然だろう。
どうにかしてあげたいところだが……今は動きようがない。
こと母親の体調に関しては、それこそ時間に解決して貰う以外なさそうだ。
「と言うか、そもそも何で兄さんは村の外に? 村の掟とは聞いてたけど、掟って一体どういうものなんだ? 誰も教えてくれなかったけど……」
「昔、激しく抵抗した子供がいて被害が出たので村を出るまで教えない決まりになっているのです。私がお教えしなかったのは……申し訳ありません。救世の転生者の道程で当たり前に達成されるものだったので教えた気になっていました」
「どういうことだよ」
関連性が分からず首を傾げる。
すると、イリュファが「説明致します」と言って更に続けた。
「村の掟とは、十二歳になったら村を離れる。そして、一定以上の強さを持つ少女化魔物と心を通わせ、嫁として迎え入れるまで決して村に帰ってはならない、というものです。当然、親が会いに行くことも許されません」
「よ、嫁?」
「真性
「真性少女契約……そうか」
ヨスキ村。通称ロリコン村。
男は皆、真性
それを維持するための掟ということか。
「でも、何でそんな掟が?」
「転生者が生まれ易く、強く健全に育ち易い環境を作るためです。この国には、そのための似たような村がいくつか存在します。同じくショウジ・ヨスキに作られた村が」
「救世の転生者に、生まれながらに強力な
「はい」
どうやら、そういうことらしい。
つまり極論――。
「転生者のための掟のせいで、兄さんが……母さんまで……」
「イサク様。イサク様が責任を感じる必要は全くありません。その掟は、人類の危機に立ち向かうために大昔の人々が定めたことですから」
フォローしてくれるイリュファに「……そうだな」と力なく頷く。
それは分かるし、彼女の言う通りだろう。
問題はそんな遠因にも程がある理由で身内が危険に晒された事実にある。
「アロン様も、まだ死んだと確定した訳ではありません。あくまでも速報です。後程、ジャスター様が詳細な事実を確認するために都市へと赴くことになるでしょう」
「うん……」
「…………イサク様。ファイム様の体調やアロン様の安否以外に何か懸念があるのですか? そのようなお顔をされては私はどうすればよいか分かりません」
心の底から心配そうに顔を覗き込んでくるイリュファに「ああ」と顔を上げる。
「…………なあ、イリュファ」
「はい?」
「俺は転生者だ。前世の記憶がある」
「はい」
「俺が前世で死んだ時両親は健在だった。つまり親に先立つ不孝をした訳だ。そのこともあって、俺はイサクとして目覚めた時、今生は孝行息子になると誓った。今世の母さんからも父さんからも愛情を感じたから尚更だな」
イリュファは俺の言葉に黙って頷き、続きを促した。
「だから不安になった。このままじゃ、また親孝行できずに終わるんじゃないかって」
世の中何があるか分からない。
いつ何があって両親と離れ離れになり、親孝行できなくなるか分からないのだ。
深く愛してくれているだけに、前世のように何も返せないのは辛い。
「イリュファ、何をすれば一番の親孝行になる? 教えてくれ」
「……イサク様はまだ五歳です。今はただ健康であることが最大の親孝行ですよ」
「それじゃあ俺が納得できないんだ。自分勝手だろうけどな」
真剣に、苦々しさを滲ませて告げる。
すると、イリュファは少し考え込むように目を閉じた。
「……それでも、やはり今のイサク様にできることはファイム様を大切にし、日々鍛錬を続ける以外ないでしょう。そして、なるべく早く掟を果たし、村に帰ってくる」
彼女はそこまで言うと何故かほんの一瞬だけ矛盾に苦悩するように表情を歪ませ、しかし、即座に真摯な顔に戻して続ける。
「それでも、真性少女征服者の大半は悪さをする少女化魔物を退治する危険な仕事をすることになりますから、真に安心はできないでしょう。となれば、強くなってリスクを減らす。つまり一人でも多くの少女化魔物と真性少女契約を結び、最強の少女征服者となる以外にありません」
「一人でも多く真性少女契約って、それは問題ないのか?」
嫁と言い換えられるぐらいだから、結婚に相当する契約だろうに。
「全くありません。真性少女契約を複数と結ぶことなど一流の少女征服者であれば普通のことです。一途にファイム様を想っておられるジャスター様が特殊なのです」
「ってことは、この世界、一夫多妻も普通なのか?」
「勿論です。この村にも何人もいますよ」
そうだったのか。
父親の例しか知らなかったから、前世と同じ一夫一妻制だと思ってた。
さすがに余所様の家族構成まで調べようとは考えなかったし。
「むしろ優秀な少女征服者であれば少女化魔物との間により多くの子を設けることすら推奨されていますし、英雄となるべきイサク様であれば積極的に真性少女契約を目指していくべきでしょう」
「そして、それが親孝行にも繋がる、か」
…………まあ、そこは今は考えないでおこう。
相手が少女化魔物と言えども男女の話だ。
互いの感情次第で最も収まりのいい形に自然となっていくに違いない。
母親が意識を失って安静にしているというのに、正直状況にそぐわない方向に話が進んでしまった気がするので、一先ずここで思考も打ち切ることにする。
「……どうやらファイム様が目を覚まされたようですね」
と、祈念魔法で様子を見ていたのか、母親を寝かせた部屋を向いてイリュファが言う。
何はともあれ、母親が無事でいなければ親孝行も何もない。
そうして俺達は母親の容体を確認しに、その部屋へと向かったのだった。
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