第3話 絵本と文字の学習
「では、今日はこの本をお読み致しますね」
書斎に着くと早速イリュファが本棚から一冊の絵本を取った。
タイトルは『百万回分裂したスライム』だ。
この世界にはスライムのみならず、ファンタジーに登場するような魔物がいるらしい。
他の絵本を読んで貰った時に、その危険性を軽く教えられた。
ちなみに、その本に登場した魔物はゴブリンやオークなど元の世界の有名どころだった。ちょっと見てみたい。
勿論、身の安全を十分確保した上での話だけど。
「昔々あるところに無限の分裂能力と融合能力を持つスライムがいました。一匹だったそのスライムは、その分裂能力で増殖し――」
イリュファが文字を指でなぞりながら語り聞かせてくれる。
教育的観点から文字に慣れさせようとしてくれているのだろう。
俺としても助かる。
数少ない学習のチャンス。
逃さないように真剣に言葉と文字を照合する。
「――やがて無数に増えたスライム達は世界に散り散りになり、それぞれ多くのことを学んでいきます。しかし、喜びと悲しみの天秤が釣り合うことは極稀でした」
実のところ(と言うか、当たり前だろうけど)、この世界の言語は日本語ではない。
文字は楔形文字のような形の見覚えないもので、発音も全く聞き覚えのないものだ。
じゃあ、何で最初の日に両親の言葉を普通に理解できていたのかと言うと、それは魔法によるものだったらしい。
何でも、この世界では赤ん坊に愛情を直接伝えるため、慣習として生後一週間程度は翻訳の効果がある魔法を用いて話しかけるのだとか。
そんな便利なものがあるのなら、そのまま使い続けてくれてもいいんじゃね? とも思ったが、どうも翻訳魔法を使い続けると言葉の学習が疎かになるのだそうだ。
よくよく考えずとも、当然の話だ。
そんな訳で、全くゼロから二年弱かけて話し言葉を一通り覚えた。
最近ようやく文字と照合し始めているところだ。
正直、脳内の日本語が邪魔をして手間取った感がある。
それでも、若干舌足らずなことに目を瞑れば、既に普通に話すことも不可能じゃない。
が、転生者であることがばれないように自重している。
かなり恥ずかしいけど。
幼児プレイみたいで。
それはさて置き。
今は文字の学習の時間だ。
少しの間、イリュファの声と指先に集中しよう。
「喜びは喜びを生み、希望となり、悲しみは悲しみを生み、絶望となる。その融合能力により、天秤が喜びに傾いたスライムの集まりはスライム勇者となり、悲しみに傾いたスライムの集まりはスライム魔王となりました」
……これ、本当に子供向けか?
ところどころ小難しいと言うか、大仰と言うか。
「悪逆の限りを尽くしたスライム魔王を見かね、スライム勇者はその討伐に向かいました。そして、絶望に染まったスライム魔王と、希望に満ち溢れたスライム勇者との戦いが始まったのです」
いや、まあ、絵本は子供が読むものと決まっている訳じゃないし、初期の絵本はむしろ大人向けが主流だったらしいけど。
「戦いは熾烈を極め、スライム勇者は最後の手段を取ります。それはスライム魔王と融合し、自身の中の希望で絶望を中和することでした」
ほおほお。それで?
「その目論見は成功しました。しかし、その果てに残ったのは絶望も希望もなくした一匹の、まっさらなスライムだけ」
うん? えっと、この展開だと……。
「そして、記憶を失い、力の使い方しか知らない彼は言ったのでした。『よし。この能力を使って世界中を見て回ろう。そして世界の全てを知ろう』……おしまい」
やっぱり無限ループじゃねえか!
ああ、もう。もやもやするな。
いや、絵本って意外とビターな感じの終わり方も多いけどさ。
全く。せめて仲間の一人でもいれば、繰り返しにはならなかっただろうに。
……おっと、当初の目的を忘れて熱中してしまった。
意外と侮れないよな、絵本って。
とにもかくにも、こんな感じで今は文字を学ぶのに専念している。
もう少し体が成長して不自然でなくなったら、書斎の本を全て読み尽くすつもりだ。
まず知りたいのは、折角ファンタジーな要素を持つ異世界に来たんだから、やっぱり魔法について……と言いたいところだが、実は違う。
どうしても耳を離れない父親のロリコン発言の真意だ。
何故なら――。
「次はこちらをお読みしましょう。イサク様、しっかりと勉強して、ジャスター様のような立派なロリコンになって下さいね」
これである。
両親からだけでなく、会う人から言われる。
しかも、話し言葉をちゃんと学ぶ以前から、ロリコンだのロリータだのという単語は明瞭に聞こえてくるのだ。
つまり、この二つの言葉は完璧に日本語と発音が同じなのだ。
全く意味分からん。
最優先でロリコンの謎を解き明かさないと気になって仕方がない。
そのためにも。
勿論それとは別に、今生こそ十分に親孝行するためにも。
まずは文字を完璧に習得しないとな。
そう決意を改めて、俺は再びイリュファの声と彼女の指がなぞる文字に意識を集中させたのだった。
「『ウォーロックを探せ』昔々あるところに透明になる魔法を開発した魔法使いが住んでいました。彼はその魔法を悪用し、一人また一人と誰にも知られず――」
……って、今度はサスペンスホラーかい。
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