第2話 転生者の宿命

 俺が転生を果たしてから二年の月日が経った。

 母親の容姿から薄々予感していたが、どうやらここは異世界だったらしい。

 家は大正時代な感じの日本家屋(木造庭つき一戸建て。百坪程度)だったけど。

 両親めっちゃ魔法使ってるし。

 生活用水を出したり、明かりを点けたり。

 最初に見た時は、それはもう興奮したものだった。

 俺もオタクの端くれだから当然だろう。


 しかし、この世界について分かったことは限りなく少ない。

 どうも両親は俺を溺愛しているらしく、特に母親は片時も目を離してくれないからだ。

 勿論、それだけの愛情を向けてくれるのはありがたいことだが、これではまともに調査できようはずがない。

 ……まあ、片時も、というのは言葉の綾だけど。

 それでも、歩けるようになって一年弱程度のこの体でかい潜れる隙じゃないのは確かだった。メイドさん(!)も目を光らせているし。


「おお、こらこら。ちょっと目を離せば、すぐにどこかへ行こうとしおって」


 今日もまた母親に見咎められ、小さい体に似合わない力でヒョイと抱え上げられてしまった。そして、そのまま平たい胸元に程よい強さで抱き締められる。

 見上げると、困った口調とは裏腹に愛おしげに微笑む母親の顔があった。


「全くヤンチャ坊主じゃな、イサクは」


 そして頬っぺたに二度三度とキスをされ、さらに頬擦りされる。

 正直こそばゆい。


「うむうむ。イサクは今日もかわゆいのう」


 お察しの通り、俺の新たな名前はイサクだ。

 ちなみに母親の名前はファイム。父親の名前はジャスター。

 他に兄のアロンというのもいるらしいが、村の掟とやらに従って都市にいるらしい。

 俺は二男に当たる訳だ。

 これも数少ない分かったことの一つである。

 いや、その程度しか分かっていないと言うべきか。


 調査が難航した理由は他にもある。

 あれは生まれて間もない頃。

 両親のある会話を聞いたためだ。


『しかし、イサクはいい子じゃのう。アロンの時とは違い、夜泣きも少ない』

『もしかするとイサクは救世の転生者様かもしれないな』


 驚愕を顕にしなかった当時の俺を褒めたい。

 まさか普通に転生者などという言葉が出てくるとは思わなかった。

 とは言え――。


『前回世界を救われた転生者様がお隠れになってから約百年。確かにそろそろじゃのう』

『百年ごとに一人。次で六人目の転生者様だな』


 百年の一人の珍しい存在のようだが。

 どうも話を聞く限り、百年周期で世が乱れ、転生者が現れて人々を救うらしい。

 既に前例が五人もいる以上、間違いないのだろう。


(つまり俺の行く末には……)


 世界レベルの困難が待ち構えていることが確定的という訳だ。


『しかし、転生者様は世界を救った暁には……』

『確か五人共例外なく姿を消して……? そ、そんなのは嫌なのじゃ! いなくならないで欲しいのじゃ、イサクうううぅ!』

『いや、イサクが転生者様だと決まった訳じゃないだろ?』

『イサクはこんなにもかわゆくて賢いのじゃぞ! 可能性は高いではないか!』


 取り乱す親バカな母の姿に、転生者であることを隠そうと心に決めた瞬間である。

 問題の先送りでもあるが、世界レベルの困難が何を意味するのか分からない。

 俺が転生者であることを知ることが、その人に不利益を生むかもしれない。

 慎重に行動する必要がある。

 故に大胆な調査はできず、ずるずると今日まで来てしまっていたのだった。


「それで今日はどうしたのじゃ?」


 抱っこされたまま覗き込むように問いかけてくる母ファイム。

 大きな隙ができないなら、細々と疑われない範囲で調査するしかない。


「まま、ほん!」


 だから、二歳児らしい片言を装った言葉で要求を伝える。

 まあ、幼児が相手なので読んでくれるのは絵本だが、何もしないよりはいい。


「今日もご本を読んで欲しいのか? むう。仕方ないのう」


 残念そうに唇を尖らせて呟くファイム。

 と言うのも、彼女は文字が読めないからだ。

 目下勉強中だそうだが、子供に間違った言葉を教えてはいけないと泣く泣く読み手を諦めているようだ。

 兄アロンの時は、彼が余り絵本を好まず覚えようと思わなかったらしい。

 しばらく前、引くぐらい深く深く後悔している姿が目撃されている。

 それはともかく、そんな母親の代役はと言うと――。


「イリュファ」

「はい。ファイム様、ここに」


 どこからともなく現れた、これまた十代前半ぐらいの少女。名はイリュファ。

 美しいセミショートの黒髪に吸い込まれそうな黒い瞳。

 見る度に懐かしく思う日本人に近い顔立ち。しかも見目麗しく愛らしい。

 日本風な家に反してクラシックなエプロンドレスを着ているが、それがまた似合う。

 我が家の可愛い可愛いメイドさんだ。


「では、行きましょうか。イサク様」


 名残惜しそうなファイムから抱っこ役を引き継いだイリュファは、そう言うと書斎へと歩き出した。

 ……何か母親がずっとこっちを見ているが気にしないでおく。


 しかし、母親に続いてメイドまで幼い少女。

 父親のロリコン疑惑が深まるばかりだった。

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