第4話 聡い?メイドさん
更に数ヶ月の月日が流れた。
イリュファのおかげで最低限の言葉と文字との照合もほぼ終わり、後は辞書があれば大概の文章を読み進めることができるレベルまで来た。
彼女には本当に感謝している。
何せ母親が文字を読めなかったからな。
それはともかく。
今は二歳も半ば。
ここまで来れば使って不自然じゃない語彙が一気に増えるし、周りの人間も多少は自我の芽生えを認めてくれる。
おかげで意思を伝え易くなる訳で――。
「ママ、ご本、読む」
「そうかそうか。うむうむ、イサクは本当に賢い子じゃなあ。ちゃんと明るいところで読むのじゃぞ?」
「うん!」
こうやって、どこで何をするかちゃんと伝えれば、母親も少しは安心してくれる。
実際、別に外に行く訳でもなく書斎で本を読んでいるだけなのだから。
数日も同じ行動パターンを取れば、四六時中心配して見守る必要もなくなる。
勿論、彼女だけでなくイリュファも頻繁に様子を見に来るが、廊下は結構音が響くので察知できる。その時だけ絵本に切り替えてカムフラージュすればいい。
これで好きな本を選び放題だ。
厳密に言えば、背が届く範囲にある中で、という枕詞がつくが。
ようやく本格的に情報収集できる。
「下から三段目、いや、背伸びすればギリギリ四段目までいけるか? まあ、十分十分」
以前に比べれば、俺も結構大きくなったものだ。
何はともあれ、とりあえず地図でも見るとしようか。
二段目と低い位置にあった『世界の歩き方』を手に取って開く。
最初のページに世界地図が載っていたが――。
「……って、地球じゃねーか!」
思わず本を床に叩きつけようとして思い留まる。本に罪はない。
心を落ち着かせて、もう一度最初のページを開いて再確認する。
当然、内容が変わるはずもない。
大陸の配置は完全に見知ったものだった。
ユーラシア大陸。オーストラリア大陸。アフリカ大陸。北アメリカ大陸。南アメリカ大陸。南極大陸。ご丁寧に、名称の大陸という部分以外は日本語と全く同じ読み方だ。
しかし、この星の呼称は地球ではなくアントロゴスだし、半島やら山脈やら地方やらの名称はこの世界の共通語たるプレバラル語的な語感になっている。
意味分からん。
前菜のつもりだったのに新たな疑問が増えてしまった。
「ま、まあ、一先ず保留しておこう。さて、次はいよいよ本命だ」
地図を本棚に戻し、本命の『ロリータとロリコン』を手に取る。
ついに父親のロリコン発言の真意が分かる時が来た。
恐る恐る表紙を開いて最初のページを――。
「それ程までにロリータについてお知りになりたかったのであれば、私に言って下されば、いくらでもご説明致しましたのに」
「ひゃい!?」
読み始めようとしたところに、いきなりイリュファの声がして飛び上がる。
心臓が止まるかと思った。
これだけ驚いたのは、前世でエロ本(内容は察してくれ。あ、勿論二次元だぞ?)に夢中になって親の接近に気づかなかった時以来だ。
慌てて周囲を見回す。が、彼女の姿はどこにもない。
廊下からも音は聞こえなかったはずだが……。
「イ、イリュファ? どこ?」
「ここです」
と、足下の影が不気味に蠢き、その中からイリュファが姿を現した。
「は、はへ? 何がどうなって……イリュファ、一体何者?」
登場の仕方から、まさか人間ではないのかと問いかける。
「私はしがないロリータですよ」
そら、イリュファは外見的に幼くて可愛いらしいけどもさ。
答えになってないっての。
……いや、もしかしたらロリータという単語には俺が想像し得ない特別な意味があるのかもしれない。何故か日本語な大陸名のように。
それはそれとして今は――。
「えっと、もしかして…………聞いてた?」
「はい。バッチリと。イサク様、ご両親の前では余り口汚い話し方をなさらないようにお気をつけ下さいね?」
「ああ、うん。……じゃなくて、おかしいと思わないのか?」
「しばらく前から薄々察していましたから」
「いや、察してたって……」
「ええ。転生者であると」
サラっと言うイリュファ。
前例があり、周期的にそろそろだった訳で。
疑われた時点でアウトだったのだろうが……。
「どうして――」
「中々上手に演技してましたけど、不自然な目線の動きが多かったですからね」
「そ、そんなのよく分かったな」
「伊達に長く生きてませんから」
「長くって、イリュファ何歳だよ」
「百から先は数えてません」
これは笑うところか? 冗談なのか?
反応に困って一瞬言葉に詰まる。
しかし、イリュファの真面目な顔を見る限り、嘘ではなさそうだが……。
しばらく沈黙が場に満ちる。
いつまで経っても「冗談です」とはならなかった。
やはり人間ではないのか。
「はあ……まあいいや。とりあえず、このことは父さんや母さんには――」
「はい。秘密にしておきます」
「い、いいのか?」
あっさりと言われ、少し困惑する。
「実際、転生者であることを知る者は少ない方がいいですから」
まあ、そうだろうけども。
随分好意的な反応だが、何の対価もなく口止めするのは何とも不安だ。
その旨を伝えると、イリュファは困ったように微苦笑を浮かべた。
「では、イサク様。世界最強のロリコンを、英雄を目指して下さいませ。そして私をそのための専属メイド、いえ、道具としてお使い下さいませ。それだけが私の望みです」
「せ、世界最強のロリコン? ってか、道具って」
「英雄としての道行きには手駒が必要でしょう」
「仲間って意味なら、まあ、そうなんだろうけど、道具はちょっと」
人聞きが悪過ぎる。勘弁して欲しい。
一般日本人的な感性ではドン引きだ。
「私のことは捨て駒にして下さっても構いません」
「いや、だから……」
「のんで下さらなければ、転生の件、ご両親にお伝え致します」
「お、おいおい」
対価で縛ろうとするのは、裏を返せば相手を完全に信用していない証でもある。
イリュファに無茶苦茶な脅迫をされてしまったのは、彼女の申し出を無下にし、その善意を信用できなかった一種の代償とも言えるだろう。
それに、まだ両親に伝えて貰ったら困るのも事実ではある。
なので――。
「…………はあ、分かった。分かったよ」
この場は甘んじて受け入れるしかない。
少なくとも、もう少し情報を得て両親に真実を明かすべきか否か判断できるような段階になるまでは。
ただ、いずれにしても、脅迫して奴隷のような立場に収まろうとする不自然さには、別の意味で信用できない部分もある。
何か目的を隠しているかもしれないとは思っておこう。
黒髪美少女な人外(仮)ロリが専属メイドだ、ひゃっほう、とか全く考えていない。
「じゃあ、色々知りたいことがあるから、教えてくれるか?」
「はい。私の主様のためでしたら、喜んで」
冗談めかして微笑むイリュファ。
どっと疲れてしまうが、その表情自体は本当に可愛い。
人外ロリっぽいことも相まって目に毒なぐらいだ。俺には特に。
まあ、何はともあれ……。
こうして俺は秘密を知る最初の味方(?)を得たのだった。
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