三 涙と嘆きの種

第11話 ロストテクノロジー

 登校二日目。授業開始。

 二三〇年後の授業ということで少し身構えたものの、蓋を開けてみれば過去と何ら変わらない内容が数学、現代文、物理と三時間続いて次は四時間目。

 ようやく代わり映えのありそうな教科が始まろうとしていた。

 科目名は情報演習。内容はティアのプログラミングの実習だそうだ。

 やがてチャイムが鳴り、同時に担当の教師が教室に入ってきた。

 どうやら時間には厳しいタイプらしく、教卓に向かいながら号令を催促している。

 彼は昔と同じ制度なら大学を卒業したばかりだろう若々しい顔つきの男だったが、少し緩められて曲がったネクタイ、くたびれた背広は何ともだらしがない。

 時間を気にすることと格好に頓着しないことは両立可能だろうが、第一印象はよく分からないものになってしまった。


「では、授業を始めますか。……と、その前にこれから一年間、情報演習を担当する九条竜也です。よろしく」


 竜也はどこか気怠そうに教卓の両端に手をつきながら軽く頭を下げた。


「まあ、今日はパソコンを使いません。望月……えー、穹路君がどれぐらいティアに関する知識を持っているか分かりませんが、一先ずそれについて復習したいと思います。来年の大学進学試験では当然実技だけでなく基礎知識も問われますからね」


 それから竜也は一旦名簿に視線を落としてから、教室全体を見回した。


「では、最初の授業ですので、出席番号一番の相坂さん。そうですね。まずはティアの前身とも言われるAACSについて説明して貰いましょうか」

「あ、は、はい……」


 やっぱりか、という表情で翠は返事をして立ち上がった。


「えっと、AACSはAtomic Arrangement Converter Systemつまり原子配列変換装置の略で日本ではそのまま読んでアークスと呼ぶことが多いです。内部に高エネルギー状態を作り出すことで素材を分解し、それをほぼ自由に再構成できます。しかし、これは旧時代の技術であり、落涙の日にほとんどのデータが消されてしまったため、その詳細なところは分かっていません」


 そう答えて翠は教師の様子を伺いながら座った。


「はい。いいでしょう。……落涙の日にはデータが損なわれるだけでなく、多くの研究者が殺され、結果としてティアを抜きにした技術レベルは大きく後退してしまいました。失われた技術も多く、AACSもその一つです。素材の分解はまだともかくとして、それを再構成する技術については謎に包まれています」

「十年程度前には当たり前だった技術が、ロストテクノロジー、か」


 穹路は竜也の言葉を受けて口の中で呟いた。

 これでもし歴史まで断絶していたら、それによる生成物はオーパーツ扱いされていたに違いない。


「次にティアについて……後ろの桐生君、説明して下さい」


 再び名簿を確認しつつ竜也は武人を指名した。

 どうやらここからは出席番号順ではなく、列ごとに当てるつもりのようだ。


「はい」


 武人は一切戸惑ったような素振りを見せずに机の脇に立った。


「ティアは西暦二二三〇年に望月想永博士によって発明された技術です。一般に極限まで小型化されたAACSと考えられています。専用のアダプターでプログラムを書き込むことができ、その指示に従った形状を取って様々な機能を発揮できます。その際、周囲の物質を取り込んで形状を変化させていると考えられていますが、その詳細はAACS以上に分かっていません」


 武人は迷いなく言葉を並べ、そのまま続ける。


「博士の研究資料から、ティアは独立型、連関型、進化型の三つに分類されています。独立型と連関型は通常一つ、旧時代製のものでは二つのプログラムを、進化型は最低二つ最大三つのプログラムを記録できます。連関型はかつて同型のティアとネットワークを形成して情報を共有し、共有ネットワーク上に保存された全てのプログラムを自由に起動できましたが、落涙の日以降その機能は失われています」

「落涙の日……」


 穹路は武人の説明を聞きながら、小さく呟いた。


「独立型と進化型はリンク機能を持たない点で共通していますが、この二つにおいては書き込めるプログラムの数以外では独立型が連関型と同様に青く、進化型が黒いという色の違いしか分かっていません」


 そこまで淡々と言い、武人は静かに席に着いた。

 黒という色が進化型の特徴なら、螺希や真弥が首から提げているあのティアは進化型に分類されるのだろう。

 しかし、態々そのような名をつけて区別する理由は全く分からなかった。


「書き込めるプログラムの数を、かつての記憶媒体にちなんで一層式、二層式のように表すこともありますね。進化型については絶対数が少ないこともあり、その特性は謎に包まれています。旧時代でもその製造方法は知られていなかったという話です。まあ、現在では一層式の独立型ティアしか製造できませんがね」

「……仕組みが分からない技術なのに、今もティアを製造できるのか?」


 疑問に思って螺希の方へとさりげなく体を近づけながら小声で尋ねると、彼女は顔を前に向けたまま視線だけを穹路に向けた。


「ティアを製造するプログラムが書き込まれたティアが残されてるから」


 そして、簡潔に囁くような声で答えを返してくる。

 成程、と思いながら、顔を正面に戻すと竜也と目が合ってしまった。


「穹路君、質問があれば私にして下さい」

 困ったように竜也に言われ、穹路は、すみません、と頭を下げた。

 下げながら、どうせだからと質問を考える。


「あ、なら、先生、落涙の日の詳細を教えて頂けませんか?」

「落涙の日、ですか。……分かりました。それは――」


 竜也は少しの間、考えを纏めるように目を閉じ、それから口を開いた。


「旧時代の末期に、ある連関型ティアに書き込まれたドラビヤという名のAIによって引き起こされた事件の名です。最終的に想永博士が自らの命と引き換えにそのティアを破壊し、事件は終息したとされています」


 彼は再び頭の中で内容を吟味するように間を取って、更に続けた。


「しかし、それまでの間、AIによって全ネットワークが支配され続け、それに伴い連関型ティアが暴走し、結果として多くの人命が失われました。正にこのAIが旧時代を終焉に導いたと言っても過言ではないでしょう」


 竜也の言い方は、まるでティア自体には罪がないと言いたいがためにAIを槍玉に上げているかのようだった。

 しかし、そこまでAIという言葉が強調して繰り返されると、逆にわざとらしく感じられて歪な印象を受けてしまうが。

 彼はそこで言葉を一旦切ると、視線を天井、その遥か先にある何かに向けるように顔を上げた。


「特に、軌道エレベーターをデブリや隕石などから守るために配置されていた衛星兵器がAIによって操られ、地上へ行われた攻撃が物理的な被害としては一番でしょう。もっとも現在ではそれも天橋立を守る蒼穹のいかずちしか残っていませんが」

「蒼穹の、雷……」


 妙に耳に残った単語を小さく繰り返す。

 瞬間、視界の全てが青い光で包まれ、かつて写真で見たものよりも遥かに雄大な地球のイメージが脳裏に飛び込んできた。

 その余りにもはっきりとした像に驚き、小さく首を振る。

 まるで自分の目で直にそれを見たかのような鮮明さだった。


「どうかしましたか?」

「い、いえ、何でもありません。でも、妙な名前ですね」

「確かに少々格好をつけている感じはしますね。科学者というものはどこか子供染みたところがありますから、そういう名前は多いかもしれません」


 科学者はよくも悪くも心は子供ということが多い。そうでなければ確実に結果が出る保証などない研究を何年も続けられないだろうから。

 その成果などに凝った名前をつけたがるのも理解できなくはない。

 しかし、それはまるで地上を撃つことを想定した名前ではないだろうか。

 青空を貫く一筋の雷。その名前に込められた本当の意味は、もしかしたら旧時代末期の状況の、特に影の部分を表しているのかもしれない。


「では、現在、リンク機能を失ったティアを活用するために作られた技術、エグゼクスについて……螺希さんに説明して頂きましょうか」

「……はい」


 いきなりパターンを変えて指名されたにもかかわらず、螺希はさして動じた風もなく、ゆっくりと立ち上がった。


「エグゼクスはティアの外づけ拡張装置のことでexternal extenderを略してそう呼ばれています。これをブランクがあるティアに接続することで複数のプログラムを一つのティアで使えるようになります。ただし、それの所持には免許が必要です」

「はい、そうですね。まあ、これは実物を見た方が分かり易いと思いますが」


 竜也は背広の懐に手を入れ、何かを取り出した。

 そして、それを教室全体からよく見えるように高く掲げる。


「これが携帯用のエグゼクスですね」


 それは拳銃の銃身がないような形状のもので、本来銃身があるべき場所にはティアが輝いていた。拳銃の形式としてはリボルバーのように見えなくもない。


「えー、そして、これが――」


 竜也はエグゼクスを操作すると回転式弾倉に当たる部分を取り出した。

 そこにはUSBメモリを小型化したようなものが六つ填め込まれていた。


「プログラムを書き込んだ記憶装置です。このエグゼクスの場合、最大で六つまでそれを装着することができます。そして、トリガーを引くことで所定の位置にある記憶装置のプログラムを起動します」


 それを再びエグゼクスに戻すと、続いてグリップの部分からオートマチックの弾倉のようなものを取り外した。


「ティアはそれ単体で使用する場合、所有者の意思、つまりは神経を流れる電気信号を感知して起動するとされていますが、その動力は太陽光エネルギーや熱エネルギーなど世界に溢れる余剰エネルギーを吸収し、蓄えて賄われると考えられています。しかし、エグゼクスでプログラムを使用するには別に動力が必要になり、これがその電池になります」


 説明を終えた竜也は、その電池をオートマチックの弾倉よろしく勢いよくグリップ内に入れた。

 ガチャンと響くその音は正にリロードの音を聞いているかのようだ。とは言っても穹路の記憶にあるそれの音源は映画やドラマのみだったが。


「では、早速起動してみましょう」


 竜也はそう言うと撃鉄を起こし、エグゼクスを構えるとトリガーを引いた。

 その瞬間、ティアがそれ自体の色と同じ青色の輝きを放ち、小さな果物ナイフ程度の刃が丁度ティアに連なるように生み出された。


「これは授業用の簡単なプログラムなのでこの程度ですけどね」


 そう言いながら、竜也がもう一度そのトリガーを引く。

 すると、生成されたナイフは分解され、瞬く間に消滅した。


「しかし、プログラムの内容次第で、ティアは無限の可能性を示してくれるのです!」


 興奮したように語気を強めた竜也は、ハッと我に返ったように教室を見回してから、こほんと一つ咳払いをした。


「さ、さて、皆さんは理系のクラスですから、大学進学試験の受験資格としてエグゼクスを扱うための免許が不可欠です。試験は年末なので勉強は怠らないようにしましょう」


 その後は試験内容の説明やその対策、自身の体験記、そして現在大学で行われている研究内容などが語られ、竜也の授業は終了した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る