【6 ぬいぐるみは番犬になれるのか? (リーバー最後の事件)】

プロローグ

 もう九月も半ばに差し掛かろうというのに、まだ陽射しは夏のそれだった。


 近頃の北の大地は、まるで本州の一部のようになったかのよう。午後二時の気温は軽く三十℃を越えていた。

 遠くから聞こえるのはセミの断末魔的叫び声――いや、鳴き声か。

 街を歩く人々の足取りは、まるで溶けたアイスクリームのような粘着性の液体でできた靴底のついた靴を履いているかのような、ぎこちなさ。

 そのほとんどの顔には、「こんな日は働きたくない」という文字が書かれていた。


 だがそんな今日こそが俺にとって好都合な日なのだ。

 なにせこれから、他人様ひとさまの家に侵入しようというのだから。人々の気が散漫な時ほど、俺は見つかりにくいわけである。

 立て込んだ住宅地の、裏側。監視カメラの無いことはもちろん既に調査済みだ。そこから、マンション三階のベランダへと躍り出る。


 日射しを真面に受けたベランダ床からの照り返しが、深く被った帽子の下の肌を焼く。

 ガラス切りを使ってサッシのクレセント錠周りのガラスを丸く切り取った俺は、作業用のゴム手袋の手でガムテープを使って静かにガラスを外し、そこにぽっかりと空いた空間に手を挿し込んでクレセント錠のストッパーを降ろした。


(よし、開いたぞ)


 この家の住人は、四十代の夫婦と一人の女子高生の三人住まいであることもあらかじめ調べてある。夫婦は共働きであり、娘も今は学校へ行っている時間。

 今現在、誰もこの家にはいないことも、当然知っている。


 ベランダ窓を静かに開け、体を潜らせるようにして侵入する。

 侵入先の部屋は、どうやらこの家の主人の書斎らしき六畳間だった。


「書斎か……。ここは最後だな」


 リビングや寝室、その他の部屋に片っ端から忍び込み、棚や小物入れなどほぼ見える範囲の物、すべてを物色した。

 予定通り、最後に書斎部屋に取り掛かる。


「……これで、よし」


 満足げな声が、俺の口から飛び出した。

 そして、書斎からもう一度ベランダへと舞い戻る。


 明るい未来がもうすぐ俺にやってくる――そんな気がした。

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