エピローグ
「良かったな、コーハイ! ほんのちょっぴりのハゲで済んで」
真夜中のリビング。
レオナちゃんたち人間が寝静まってぬいぐるみの時間となった今となって、ニマニマと気持ち悪い笑みを顔面に湛えたリーバー先輩が、ボクの額の辺りを覗き込んでそう言った。
「ちっとも良くないッス!」
ブーメランが直撃した額が、まだズキズキと痛む。
右の前足で
あまりの衝撃的な出来事に、呆然自失となる。
それにしても、ブーメランの衝撃はすごかった。しばらく気絶してしまったくらいに。
やはりあれは武器そのものである。何とかしてこの部屋から排除せねばッ!
そう、心に誓ったときだった。
「大丈夫よっ! ぜんっぜん、目立たないから」
ミミまでもが、ニヤニヤしてボクに話しかけてきた。
慰めているのかもしれないけど、やっぱり腹が立つ!
(くっそぉ、ミミまで……。あれ、そういえば他のぬいぐるみたちはどこにいる?)
辺りを見回せば、メメとカメとコーの三匹はリビング奥のローテーブルの所にいつの間にか移動していた。もう一体のぬいぐるみであるギンはどこかを走り回っているらしく、見当たらない。
部屋の照明がない中、蒼い月明かりが差し込んでローテーブルを照らし出した。
テーブルの上で仲良くメメとコーが並び、故郷のオーストラリア談義に花を咲かせている。沖縄出身のカメはそれを楽しそうに聴いている。
ふとメメが、テーブルの上にあった一枚の紙を前足で指しながら、首の短い頭をちょこちょこと頻りに上下させた。どうやらコーに、リーフレットのコアラの写真を踏み付けて皺を寄せたことを詫びているらしい。
「ああ、ああ。なんもだ(どうってことはない)」
おっとりとしたこの辺りの方言で話す、コー。
彼が、ぽんと優しくメメの肩を叩くと、メメがほんわかと優しい笑顔を浮かべた。
――実は、コーがさっき話してくれたんだ。
本当は、新しい仲間のみんなと話をしたくてウズウズしていたのだけれど、日本に来た初日に自分が覚えた日本語がかなり訛っていることに気付き、その訛りが恥ずかしくて話すことができなかった、ということなのだ。
ちなみにその方言は、前にオーストラリアのおみやげ屋さんの店先にいた時分に、たまたま日本から来た観光客の人たちが話していた言葉を聞いて覚えたそうである。
さすがはぬいぐるみの優秀な言語能力!
そして、訛ってるぬいぐるみって可愛いらしくない?
――そんな風にボクが考えていると、横でぽつりとリーバー先輩が呟いた。
「コーも無事に皆と仲良くなれて、一件落着だな」
そしてそのとき、ボクは気付いてしまったのだ。
最近、難しい顔ばかりしていた先輩が、元の明るさをすっかり取り戻しったってことを。
多分それは、コーが増えた今でも、レオナちゃんが以前と同様にボクたちを分け隔てなく優しくしてくれることがわかったからだと思う。
言葉には出さなかったけれど、やっぱり先輩もメメやボクらと同じように、レオナちゃんが新しい仲間――楽しかったオーストラリアの思い出――ばかりをかわいがるんじゃないかと気になっていたに違いない。
いつもクールな先輩とはいえ……そこはやはり子犬。可愛いよね。
仕方ない……。
そんな先輩に免じ、ブーメランのせいでボクのフェルト生地の頭に小さなハゲが増えたことは忘れることにしよう。うん、気にしない。気にならないよ……多分。
チ、チクショー! コーの奴、憶えとけよ!
そのとき、部屋の窓から耳の付いた二つの黒い影が伸びていることに気付いた。
(きっと、窓の外にあの猫さんたちがいるに違いない!)
二匹に挨拶したくて、ボクは急いで窓に近寄った。
けれど、既にあの猫さんたちの姿はそこになかった。きっとボクたちがなんだかんだあった後に仲直りするのを見て、ほっとして帰って行ったんだろう。
(いつか、お外にいる猫さんたちとも遊べるといいな!)
黙りこくったままこちらを見下ろす、お月様。
その淡い光りを全身に浴びながら、ボクはそう思ったんだ。
第五話 オーストラリアからの刺客 ―完―
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