エピローグ

 その夜、ボクはレオナちゃんのお宅の洗濯物干し場のところにいた。

 寒さの厳しい冬、気温がマイナスとなって凍ってしまうため、この街では外に洗濯物を干せないのだ。部屋の中に物干し用の器具を置き、そこで洗濯物を干すのが主流なのである。


 雪まつり会場での事件を見事解決し、カナちゃんに怒られながらもせっせと雪像をつくったレオナちゃんは、もう帰宅したときにはへとへとになっていた。

 それでも、体中に塩の吹いたボクを洗面所で丁寧に水洗いをすることを忘れなかった、レオナちゃん。ボクを洗ってから自分もお風呂に入り、「今日は早く寝るわ」とママさんに告げてから自室へと戻っていった。


 レオナちゃんのお陰で、吹き出していた塩もスッキリきれいにとれたようだ。

 ちょっと中の綿が湿っていて寒いけど……痒みが取れただけでも、まずは一安心である。ありがとう、レオナちゃん!



 ――そして、人間たちが寝静まった深夜。

 自慢の長い両耳を大きな洗濯バサミで挟まれ、ボクは部屋干し用の物干し器具に吊るされる格好となっている。

 レオナちゃんの「一晩こうして干しとけば、朝には乾いてるでしょ」という考えに基づき、一晩じゅうこのままの状態でいろということらしい。

 折角のぬいぐるみの時間に遊べないのは残念だが、生乾きの状態で遊んだら埃とかが体にまとわりつく可能性もあるので致し方ない。


 ところが、こういうときふざけようとするのがリーバー先輩なのだ。

 大人しく空中でぶら下がるボクの姿を床から見上げたリーバー先輩が、妙ににやついた顔をしてこう言った。


「おお、随分と楽しそうだなコーハイ! 高い場所にぶらぶらとぶら下がれるなんて、羨ましいゾ」


 その垂れ下がった目とニタニタと緩む頬が、カチンとくる。

 ボクは思わず声を荒げてしまった。


「ナニを言ってるんスか。全部、先輩のせいッスよ!」


 リーバー先輩の背後には、いつの間にやら仲間のぬいぐるみたちが集まっていた。皆、こちらを見てケタケタと面白そうに笑っている。

 リーバー先輩だけじゃなく、他のみんなまで笑うなんて――ヒドイ。

 ちょっと傷付いた気分になっていると、不意に先輩がくるりと後ろを向き、まるでアメリカンヒーローみたいな口調で言った。


「ふん! そんなことは、この“しっぽ”に言いな!」


 意味はよく解らない。

 解らないけど、先輩の長くてふさふさしたしっぽが憎たらしいほどピンと誇らしげに立っていた。口惜しいけど、しっぽの短いボクにとっては、先輩のしっぽはずっと憧れなのである。


「な……何スか、それ? 新しいアメリカン・ジョーク、なんスか?」


 それを聞いたぬいぐるみたちが、どっと笑った。

 ちょっと納得いかないが、笑いで満たされたぬいぐるみワールドは良いものである。人間にとってはタダの暗闇で妄想的世界なのであろうが、ボクたちぬいぐるみにとって今は現実かつ幸せな世界なのだ。


 その後、物干しにぶら下がったボクをとり残し、皆それぞれ自分の好きな場所へと散っていった。


(くっそぉー、今日は酷い目に遭ったッス……。それにしてもレオナちゃん、高校生ともなるとずいぶん頼もしい感じになるんスね。ぬいぐるみの立場としたら、ちょっと寂しい気もするけど――)


 ふと、窓辺に視線を向ける。

 するとレースのカーテンの先に、この街の冬の時期には珍しく綺麗な三日月が凛とした佇まいで青白く輝いているのが見えた。

 その気品ある姿に、しばし見惚れてしまったボク。


(あの月に行ってレオナちゃんや先輩と一緒に遊べたら、どんなにか楽しいだろう)


 今夜一晩、そんな想像をして過ごすことにする。

 だって、こんな風にぶら下がったままでも朝まで楽しく過ごせるような、そんな気がしたんだもの――。


 蒼い月は増々輝きを増し、この部屋をいつまでも優しく照らし続けていた。



  第四話 雪像づくりに潜む罠 ―完―

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