3 雪像づくりに潜む罠

「んもお、何でこの子たちを連れて来ちゃったのかしら……。あれ? そういえば、前にもこんなことがあったような気が――」


 我らがご主人さま、高校一年生のレオナちゃんが雪像づくりのためにいつものチェックスカートから学校ジャージに着替えて、この街の“大通”と呼ばれる地域にやって来た。

 耳が取れてしまうかも――っていうくらいの気温の中、ボクと先輩はレオナちゃんのジャージの上に重ね着された、防寒用ジャケットのポケットの中でぬくぬくしていた。学校でレオナちゃんに見つけられてしまったボクらは、「寒いバッグの中にこの子たちを置き去りにできない!」という理由で、雪像づくりの会場に一緒に連れて来られたのだ。


 当り前だが、ボクたちぬいぐるみにだって温度感覚はある。

 冬真っ只中の今日は、間違いなく寒い日だった。いつも部屋の中で過ごすボクらにとってみれば、この街の冬の時期の外はいつだって寒い。でもレオナちゃんが言うには、今日はお日さまが出ている分、少し暖かいくらいなのだそうだ。

 ボクにはとても信じられないことだけれど……。


 でもとにかく、今日は任務が最優先なのだ。

 ボクは、震える体をレオナちゃんの上着のポケットの中で暖まりながら、寒空の下、自分が活躍するの夢見ていた。


(えらく寒いぞ。コーハイ、なんとかしろ)


 聞こえてきたのは、先輩の我儘わがまま千万せんばんな要求だった。

 人間には聞こえない周波数の声だったとはいえ、何とも情けない限りである。しかもどう考えても一匹の子犬のぬいぐるみに対して、無理難題な注文だ。

 ボクは、鼻水を垂らして寒がる先輩の顔を想像しながら、あっさりとそれを聞き流すことにした。

 そんなときだった。

 レオナちゃんがぽつりと呟いたのは。


「そういえば昨日、ここで変な絵の付いた紙を拾ったんだっけ――」


 それが聴こえた途端、ボクはレオナちゃんの左ポケットから少しだけ顔を出し、外を覗いてみた。もちろん、レオナちゃんにバレないようにではあったが。恐らく反対側のポケットでは、鼻だけちょこんと出して外の様子を窺っていることだろう。

 見ると、ボクの前には美術部の仲間たちとレオナちゃんが作っているらしい、雪像があった。正確にいえば、今はまだただの雪の塊にしか見えない、やがて雪像となるであろうキノコ形の白い物体だった。大きさは、ちょっと大きめの冷蔵庫ぐらいだろうか。

 その隣では、レオナちゃんたちよりも少し大人のお姉さんやお兄さんが、せっせと別の雪像を造っている。少し気になったのは、レオナちゃんたちの雪像とそのお姉さんたちの雪像の間にある、ちょっとこんもりした程度の小さな雪山だった。

 誰が、何の為に積み上げた雪山なんだろう――。


 そんな場所に佇んで、レオナちゃんはぽつりと呟いたわけだ。

 恐らく夏の頃だったら、この辺りは緑いっぱいの芝生が広がる公園らしい公園なんだろう。でも今は、緑の葉を落とした木々と真っ白な雪しかない、そんな単調な世界だった。


「そういえば、昨日この辺りで拾った変な紙、どこ行っちゃたんだろう? 家に持ち帰ったことまでは憶えてるんだけどな……」


 レオナちゃんが、再び呟いた。


(やっぱりあの厚紙は、レオナちゃんがここで拾ったものだったんだ!)


 と、先輩の推理の正しさを痛感した、そのときだった。

 今は同じ美術部に所属する、中学生のときに同じ塾を通って以来仲良しになったカナちゃんが、雪像づくりの場所からレオナちゃんに向かって声を掛けてきたのだ。


「んもう、レオナちゃんってば! 時間もないし、早くこっちに来て手伝ってよ!」


 眼鏡のフレームと同じピンクパステル色のスコップを右手に持ち、小さな仁王様のように立ってこちらを睨んでいる、カナちゃん。上下つなぎの防寒スーツも淡い青色で可愛らしい。

 いつもはレオナちゃんの方がせっかちで、おっとりした性格のカナちゃんを急かすことが多いらしいのだけれど、今日はどうも逆だった。それほど、スケジュール的に切羽詰まっているんだろう。


「ごめーん、カナちゃん。今、行くから!」


 と、レオナちゃんが自分たちの雪像へと駆け寄ったときだった。

 お隣のお姉さんお兄さん集団の方が、何だか騒がしくなったのだ。


「あれ? まだヒロミ来てないの?」

「ちょっと、遅すぎますよね……ヒロミさんに何かあったんでしょうか?」

「そんな……変なこと言わないでよ! こら、そこのヒロミの彼氏かれし君、彼女、今日来れなくなったとか聴いてる?」

「いや……俺は聴いていない。誰か、携帯で呼び出してみてよ」


 どうやらその団体は、大学のサークル仲間らしかった。女子二名と男子一名、計三名の男女が、がやがやとやり出したのである。

 そのやりとりを聞いた、反対側のポケットにいる先輩が、びくりと動いた気がした。

 幸運なことに、レオナちゃんは全く気が付かなかったようだけど……。


(コーハイ、聞いたか。彼ら、“ヒロミ”という言葉を使ったぞ)


 先輩の声は、珍しく興奮していた。

 しかしながら実はボクも、驚いていたのだ。先輩の推理が正しければ、この雪像づくりの会場で“ヒロミ”という名の方が事件に巻き込まれていることは全然不思議ではない。でもやっぱり、改めてそういう場面を目の当たりにすると――不謹慎だが心が躍る。

 ボクは人間でいうテレパシーで先輩との会話を続けた。


(そうッスね。確かにそう聞いたッス。あの暗号の主は、このお姉さんたちの関係者に違いないッスね)


 と、カナちゃんからの苦情を受けて雪像づくりに邁進まいしんするのかと思わせたレオナちゃんが、そわそわし出した。


「ヒロミ……さんですって!? 昨日の紙切れの暗号に書かれていた名前に一致するってことね……。ごめん、カナちゃん。何だかお隣さんが騒がしいから、ちょっとそっち見てくる!」

「ちょ、ちょとぉ……レオナちゃん、こっちだって人手が足らないんだからぁ!」


 好奇心旺盛のレオナちゃん。

 彼女の発言からして、リーバー先輩の解いた暗号はもう既にレオナちゃんも解いていたようだ。カナちゃんの制止を振り切り、レオナちゃんが隣の団体の雪像づくりの現場に突っ込んで行く。

 風を切って大通公園を走るレオナちゃんの背後で、カナちゃんの溜息が聞こえた。


「すみませーん、何かあったんですか?」


 物怖じしない性格は、誰から遺伝したのか――大学生と思われるお姉さんたちの輪の中にひとり突っ込んで行った、レオナちゃん。

 けれど意外とお兄さんお姉さんの素振りはそっけないものだった。


「いやいや、何でもありませんよ」


 得体のしれない小娘的JKなど取り合わない――ということなのだろうか。

 派手なカーキ色のスキーウエアに身を包んだ唯一の男性が、冷たい調子でそう答えた。


「あ、そうですか……」


 しかし、レオナちゃんは諦めない。

 レオナちゃんたち美術部の雪像よりは進捗が早いものの、よく見れば高さ二メートルほどの溶けかけたアイスキャンディーといった感じの雪像の製作作業をせっせと行うお姉さんたちの傍を、レオナちゃんは決して離れようとはしなかったのだ。

 そして今、レオナちゃんの目前には階段状の作業用の足場がある。それは、お姉さんたちが上に登って作業するためのものだった。


「やっぱり遅いわね……。私、ヒロミを呼び出してみるわ」


 グループの中では年配と思われる彼女がスマホを取り出し、携帯を自分の耳に当てたときだった。

 こもったような電子音が雪像の設営会場全体に轟いたのだ

 電子音の発生場所――それは、さっき気になった雪がこんもりと積もった小山だった。

 顔を蒼くして、顔を見合わせた大学生たち。

 その中の男性が、慌てて雪山を掘り始める。


「ヒロミちゃん!」


 雪山から出現したのは、白いロングコート姿の、仰向けに横たわる若い女性だった。

 まるで毒りんごで眠らされた白雪姫みたいに、雪と見紛みまがう程の生気のない両手足の蒼白な肌を外気に無防備に曝している。

 その態勢から見れば、背中から激しく倒れて後頭部を打ったという感じに見える。

 その後、その体を覆い隠すかのように、誰かの手によって純白の雪が体の上へ盛られたのだろうと推測される。


「まだ息があるわ。救急車を呼んで……早く!」


 雪山に埋もれた彼女の傍に寄ったレオナちゃんが叫ぶ。

 数分後、現場に救急車がやってきた。

 周りの人々も巻き込んだ、大騒動。騒然とした空気の中、彼女は病院へと運ばれていったのだった。

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