エピローグ
なんだかんだあった塾の事件から、一か月。
私塾「合格一直線」は、美穂先生の通報により塾長の企みが世の中に露わになって自然消滅した。ボクらぬいぐるみに詳しいことまでは聞こえてこなかったが、塾長と結託していた学校関係者も何らかの処分を下され、学校から去っていったようだ。
夏期講習だけというパパさんとの約束も忘れ、レオナちゃんはカナちゃんとともに美穂先生が移った塾に通うこととなった。ちょっと家から遠いところが“玉に瑕”だったけど、楽しそうに通っている。
あ、そうそう――。
これが一番重要なことだけど、大林塾長が飼っていた三毛猫ちゃんは、カナちゃんの家で引き取ったということだ。確かに、あの日のカナちゃんの猫の可愛がりようは尋常ではなかったものな……。
今日の塾通いを終えたレオナちゃん。
少し遅い晩御飯を食べながら、リビングで寛ぐパパさんに向かって楽しげに話し出した。
「今日ね、カナちゃんと志望校のことで話したんだけど、実はワタシと同じ学校だったんだよ」
「へえ、そうなんだ。それは良かったね」
コップに入った琥珀色の液体を口に運びながら、パパさんが答えた。既にビールを何杯か飲んでいたので、もうすっかりパパさんは“ご機嫌”モードになっている。
そこへ、キッチンからリビングに移動して来たママさんが二人の話に加わった。
「ちょっと、パパ。ビールはもうそれくらいにしておいててね……。
それよりレオナ、カナちゃんとせっかく仲良くなれたんだし、カナちゃんと一緒の高校に通えるよう、勉強をがんばってもらわなくちゃ」
「うんうん、わかってるよ。ワタシ、がんばるから」
もぐもぐと口を動かしながらしてレオナが答えると、それを聴き終えたと同時くらいに、何かを思い出したようにママさんが言う。
「それにしても……あの塾の事件のことだけどね、美穂先生が預かったお金が消失した『密室』の謎は、まだ解けていなかった気がするの」
「ああ、そのこと? もう、とっくに解けてるよ。あまりに簡単だから、みんなわかってると思ってた」
「本当に? パパにはさっぱりわからないけど」
横から会話に割り込んだパパさんが、驚きの視線でレオナちゃんを見つめる。
「当然よ。それなら今から謎解きをするから、良く聴いてちょうだいね」
レオナちゃんはコホンと咳払いをすると、語り出した。
「美穂先生がお金を入れた筒を事務机に置いたとき、あの部屋の中に、実は三毛猫ちゃんがいたのよ。机の下のあたりとかにいたものだから、美穂先生はそれに気付かなかったのね……。
塾長の命により美穂先生が部屋から出されたあと、塾長の声を聞いたネコちゃんは運搬の仕事があるのかとでも思ったのか、机の上にひょいとあがって金属の筒を見た。そして、筒の中に紙が入っているのを確認したネコちゃんは、それを口にくわえると、部屋の入り口からは見えない、ベッド裏にでも移動したのよ。もしかしたらネコちゃんは、筒の入れ物が自分の所有物だと思っていて、それを隠したかったのかも。
そのときネコちゃんの首輪についた鈴が音をたてたかもしれないけど、塾長とやり合って興奮していた美穂先生には、良く聞こえなかったと思うわ。
そんなネコちゃんの動きを、塾長は部屋の入り口から眺めていたから、ネコちゃんが金属の筒を机の上から移動させたのを知っていた。だから、美穂先生のクビをかけて、机の上に筒があるかないかを賭けさせた。それはもちろん、秘密の部屋を見てしまった美穂先生を辞めさせたかったかったからよ。
当然、美穂先生は筒の入れ物が机上にある方に賭けるわよね。
ところが美穂先生が再度入ると、机の上には何もなかった。気が動転している美穂先生は、影に隠れているネコちゃんに気づかない。こうして美穂先生は賭けに負け、塾を去ることになった――。
ちょっとワタシの想像も混ざるけど、まあ、ざっとこんなところだと思うわ」
流石は女子中学生だ。
これだけしゃべっりつつも、同時進行した食事をしっかりと終えている。そんな娘を、両親が頼もし気に見つめた。
「おお……。やるな、レオナ。あんなに小さかったレオナが、こんなに成長してくれて、パパにとってこんなにうれしいことはないよ」
酔いのせいもあって、パパさんがいきなりオイオイと泣き出した。
またいつものが始まったとばかりに、レオナちゃんとママさんが肩をすくめる。遺伝子が近いせいか、その動きはそっくりだ。
こっそり横に目を向けると、人間には見えないほどに小刻みな動きで頷く、ゴールデンレトリーバーの子犬のぬいぐるみ、リーバー先輩がいた。先輩もレオナちゃんの成長に感動し、ぬいぐるみ探偵として彼女の推理の内容に同意をした、ということなのだろう。
その日の夜。
レオナちゃん一家が寝静まると、ボクとリーバー先輩は、またいつものようにレオナちゃんの部屋に潜入した。
「カナちゃん。一緒の高校に入れてよかったねえ……むにゃむにゃ」
夢の中では、どうやら既に志望校に入学し、カナちゃんと同じ高校に通っているようである。
「時間が経つのは早いな……。あの小さかったレオナちゃんが、来年高校生になるとは」
レオナちゃんが小小学生になったばかりの頃にこの家にやって来たというリーバー先輩が、その頃を思い出したのか、感慨深げにそう呟いた。
正直なところ、いつまでたっても成長しないボクらにとって、身も心も成長してゆく人間は本当にうらやましく思う。
「レオナちゃんも、すっかり大人だな……。オレたちぬいぐるみの出番は、もうないかもしれないな。淋しいけれど、仕方ない」
「そんなことないッスよ、先輩。レオナちゃんはきっと、いつまでもボクらを可愛がってくれるッス!」
僕の言葉に、確信はない。
けれど、そう思いたい気持ちでいっぱいだった。
そんなボクの言葉に先輩がちょっと元気を取り戻し、言った。
「うん、そうだよな……。よし、今度はギン、ミミ、メメ、カメたちと遊ぼうぜ」
ダッシュで、元のリビングへと向かう。
そこには、いつもと変わらない仲間のぬいぐるみたちの笑顔が溢れていた。
第三話 開かずの間の秘密 ―完―
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