4 レオナ、秘密の扉を開く
美穂先生の授業が終わった途端だった。
レオナちゃんが机の上に並ぶボクたちをむんずと掴み、スクールバッグの中へ文房具と一緒に突っ込んだ。そして、先生への挨拶もそこそこに、急いで席を立った。
すぐにバッグのチャックの閉まり具合を確認した、リーバー先輩。
レオナちゃんに見つからないよう用心しながら、外の景色が覗けるようにと、鼻の先をチャックの隙間に押し込み、その隙間を広げる。
その甲斐もあって、少し広がった隙間から、カナちゃんがレオナちゃんに合わせるように慌てて席を立つ様子が見えた。
とたとたとた――。
レオナちゃんが歩く足音だ。
てとてとてと――。
今度は、カナちゃんのらしき足音がした。
そうしてしばらく廊下を歩いた二人が、とある部屋の前に立ち止まる。
「よし、行くよ!」
カナちゃんの声に背中を押されるように、レオナちゃんがドアをノックした。
「どうぞ」 中年男男性の声が、ドアの向こう側から聞こえた。
「失礼します」 ミックスされた二人の声が、廊下に響く。
ドアを開け、二人して中に進む。
すると彼女たちの前に、落ち着いた感じの角刈りの髪型をしたおじさんが現れた。
歳のほどは、五十歳に届くか届かないか――。いつものレオナちゃんの話からして、それが大林塾長だということがボクらにもすぐに理解できた。
スチールの肘掛椅子にもたれながら、ゆったりとした動作で塾長が口を開く。
「どうしました? 二人そろって」
「数学でどうしてもわからない部分があって、質問しに来ました」
かわいらしさもアピールしつつ、ハイトーンボイスでカナちゃんが塾長にお願いをする。その横で、まるで保護者のように寄り添ったレオナちゃんが、ぐっと声を低くして言う。
「ワタシは付き添いです」
「付き添い? 一緒に帰宅したい、という事ですね。うーん……まあ、いいでしょう。ですがもう遅い時間ですし、お答えできる質問は少しですよ。いいですか?」
「はい、けっこうです」
とか言いつつも、カナちゃんは矢継ぎ早に数学問題に関する質問を浴びせ続ける。
すると塾長は、五つ目の質問あたりでうまく言葉で説明できなかったことが発生したらしく、部屋の奥にある黒板を使って説明しようと席を立った。
こちらに背を向けた、その瞬間。
(今だ!)
レオナちゃんの、心の声が聞こえた。
塾長が向こうを向いている間に、レオナちゃんが机の上にあった何かを右手で素早くかすめ取る。
(ああ、やっちまった……。レオナちゃん、開かずの間に潜入する気だな)
リーバー先輩が、テレパシーでボクに聞こえるように嘆く。
ってことは、さっきレオナちゃんが手に掴んだのは開かずの間の扉を開ける鍵に違いない。
「あ、教室に忘れ物してました。 取りに行ってきます!」
少しうわずった声で、レオナちゃんが白々しくそう言った。
塾長が何か言いたそうに、口を開きかける。
が、カナちゃんがそこですかさず質問を浴びせかけ、発言を食い止めた。レオナちゃんは、迷いも無くボクらの入ったスクールバッグを持ちあげると、すぐに部屋を飛び出たのである。
(頼むわよ、カナちゃん。少なくとも五分は時間を稼いでね!)
そんなレオナちゃんの心の声が、ボクにははっきりと聴こえた。
鼻息を荒くして、そのまま塾の廊下を突き進んだレオナちゃん。あまりの勢いの良さに、まるで天変地異が起きたかのようにスクールバッグが上下に激しく揺れた。当然、ボクと先輩の体がバッグの中で大暴れだ。
(いで、いでっ) ボクの心の悲鳴。
(ぐあ、ぶほっ) 先輩の心の
やがて天変地異が収まると同時に、レオナちゃんが呟いた。
「ここね……開かずの間は」
自慢の長い耳の激痛がまだ冷めやらぬとき。
レオナちゃんが、開かずの間のドアノブにさきほど塾長室からくすねた鍵を差し込んでくるりと回した。
――ぎいぃ。
部屋の扉が開く。
レオナちゃんは、開かずの間に遂にその足を踏み入れたのだ。
――ぱちっ
レイナちゃんが、部屋の電気を点けた。
蛍光灯の青白い光で部屋が満たされる。
「なんか、生臭い気がする……」
部屋に入るなり、むせるようにしてレオナちゃんが囁いた。
と、リーバー先輩が素早く反応。テレパシーでボクに語りかけてくる。
(これは――魚の臭いに違いない)
(さ・か・な? 開かずの間で魚のにおいがするってどういうことッスか?)
先輩は、ボクの質問に答えない。
その代わりに、バッグのチャックの隙間から部屋を眺めまわす。先輩が思いっきり首を隙間に突っ込んでいるせいで、ボクには視界が開けない。
(なるほどな……。そういうことか)
(そ、そういうことかって、どういうことッスか。先輩、ずるいッス……ボクにも部屋の様子を見せてほしいッス!)
するとリーバー先輩は「仕方ないな」と鼻の先をチャックの隙間にぐりぐり押し込んで、ボクにも部屋が見えるよう、隙間を拡げてくれたのだ。
ようやくボクも部屋の中が見えると覗き込もうとした、そのときだった。
ボクらの入ったバッグをレオナちゃんが乱暴に床に落としたせいで、スクールバッグの世界が、上や下への大騒ぎになってしまったのである。そのときの衝撃といったらなかなかのもので、ボクなんてあともうちょっとでバッグから飛び出し、外に投げ出されてしまいそうだったほどだった。
(あいたたた……)
あまりの体の痛さに未だ動けずにいたボクら。
それを尻目に、レオナちゃんが問題の事務机の引き出しを別の鍵を使って開け始めた。やがて抽斗の開く音がして、レオナちゃんが抽斗の中から紙の束を取り出した。
その内容を見たオナちゃんが、思い切り
「なんか見覚えある気がする……。もしかしてこれ、この前のウチの学校のテスト問題じゃないの? あ、これは別の学校のヤツみたいね……。でも、どうしてこんな小さな紙に縮小されて印刷されているのかしら……」
それを聞いたリーバー先輩が深く頷き、「これですべてわかった」という眼をした。
まだ良く意味のわからないボクが、「どういうことッスか?」と問いただそうとしたその瞬間だった。
「そこまでです。レオナさん」
ガン、という乱暴な音とともに部屋のドアが開くと、そこには首根っこを掴まれ大人しくなった猫のような格好のカナちゃんと、カナちゃんを鬼の形相で脇に抱え込んだ大林塾長が立っていた。
「ごめん、レオナちゃん……。作戦、バレちゃった」
てへっ、と可愛く舌を出したカナちゃん。
予想外の出来事だったのか、顔を青くしたレオナちゃんが金縛りにあったかのように動かなくなる。
カナちゃんののほほんとした雰囲気とは裏腹に、恐らくこの状態は、二人にとってものすごいピンチなのだろう。
チャックの隙間から、そんな張りつめた空気がボクたち二匹のぬいぐるみにもヒシヒシと伝わって来たのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます