④技術革新と交換条件

『雄也』のやらかしをウェーラに明かしてから十日。

 彼女は取り憑かれたように実験を行っていた。寝る間も惜しんで。

 当然『雄也』にまで強要することはなかったが、『雄也』の方から手伝いを申し出たところ馬車馬のように働かされてしまった。

 意思を尊重した後は割と容赦がない。

 向上した生命力のおかげで今のところは耐えることができているが、結構きつい。


(そこは、まあ、自分から言ったことだからしょうがない。けど……)


 大分疲労が蓄積している『雄也』とは対照的にウェーラはケロリとしていて、生命力の等級差の前では性別など何ら関係ないことを思い知らされる。


(……ちょっと不条理だし、見た目はあれだけど、優秀なのは間違いないんだよなあ)


 現実に、上層部から疎まれていても尚、彼女がこの国において特別な立ち位置にあることもまたその証明となるだろう。

 一例を挙げれば研究費。

『雄也』がこの世界を訪れてからの四ヶ月こそ諸々の事情で余り実験を行わなかったために出費が少なかったが、本来研究というものは恐ろしく費用がかかるものだ。

 貧乏では最低限の器材すら揃えられないこともある。

 だが、彼女が一声かければ、およそ手に入らないものはなかった。

 彼女の研究開発は、当人の存在が煙たかろうと投資に値すると判断されている訳だ。

 とは言え、勿論、全ては国の財産。

 ここ最近の激しい金や物の流れが落ち着けば、ほぼ確実に査察が入るだろうが。


「うん。おおよそ、データは揃ったわね」


 と、一息ついたウェーラが満足そうに言った。

 彼女が優れているのは当然ながら生命力だけではない。

 それに加えて魔力も共に一等級だ。

 そして、その強大な魔力を活用すれば作業効率は恐ろしいことになる。

 実際、ウェーラは『雄也』がそれなりに苦労した魔力結石の液体化も僅か数分で完璧に再現することができ、それを用いて数百を超える動物実験を繰り返していた。

 その彼女の顔を見るに、現時点で出た結果は十分納得がいくものだったようだ。


「副次的に魔力吸石の作り方も分かったし、久々に充実した時間だったわ」


 満たされたように言う様子は可愛らしいが、内容が内容だし、髪がいつも以上にボサボサだしで残念度合いも非常に高い。

 実のところ最近は風呂も入っていないし。

 ただし、さすがに臭かったりまではしないが。


(魔法で清潔にはしてるみたいだからな)


 取っ散らかっているこの部屋も一応は研究室である以上、魔動器の力でクリーンルーム並に清浄さを保ってはいるらしい。

 本人含め、見た目が酷いだけで。


「……何か変なこと考えてるでしょ」

「え、いや、そんなことは……」

「嘘。もう四ヶ月以上も一緒に暮らしてるんだから、少しくらい分かるわよ」


 いつも通り目は開いていないものの、瞼の下でジト目っぽくなっている気配が眉の辺りの微妙な動きから何となく分かる。

 そうした変化を『雄也』でも敏感に察知できるぐらいだから、彼女もそうだろう。

 とりあえず、この場は曖昧に笑って誤魔化しておく。


「まあ、いいわ」


 そんな『雄也』の態度に少し不満げな声を出すウェーラだったが、それよりも実験に一区切りついたことに対する充実感が勝っているのだろう。


「この辺りで一回整理しましょ」


 そう切り出すと、一拍置いてから再び口を開いた。


「魔力結石は魔力的低圧状態において液体になり、それは生物を構成する物質に触れると激しく反応し、生物を異形へと変化させる」


 そこまでは『雄也』がやらかした実験だけでも予測できることだ。

 勿論、再現実験ができなければ科学的には認められないが。


「異形化は元となった魔力結石の属性、純度、大きさに依存し、複数の属性を組み合わせることで異形化の方向性を変えることが可能ね」


 ここからはウェーラの成果。

 特にこれについては、彼女の強大な魔力がなければ、この短期間で一定の法則のようなものを見出すことなどできはしなかっただろう。


「近しい属性のものを使えば、それぞれの動物の長所を伸ばすこともできたし――」

「一世代程度じゃあり得ない進化をさせることもできたな。これは革命的じゃないか?」

「うん。私もそう思うわ」


 モルモットに近い哺乳類に翼が生えたのも単なる偶然ではなく、これもまた完全に再現することができた。

 それ以外にも水棲適応化、外骨格形成、腕部の増加、葉緑体の発生などなど。

 正気度が低下しかねない変化もあって何度か吐きかけたのは内緒だ。

 全く平気そうなウェーラは流石だった。


「ただ、液化魔力結石と呼称したそれによる異形化は、経皮吸収では安定せず、接触部分のみの変化に留まり易いようね。静脈から投与するのが最も安定していたわ」


 色々思い出して微妙な気分になった『雄也』を余所に、彼女は話を戻す。

 これについては、血液を介して全身に行き渡るから、と考えて間違いない。


「生命力や魔力の増加も見られることから、理論的には、異形化を利用して基人アントロープを疑似的に真人化させることも可能なはず。恐らく他の種族でも」


 データから彼女はそう結論するが、当然まだ人体実験には及んでいない。

 それをするのは今後被験者を募集し、十分に説明して相手の意思を確認してからだ。


「外部から働きかけて増加分の魔力を強制排出することで、異形化した実験動物が元の姿に戻せたことを以って、人間に使用しても安全に元に戻せると予測できる。あるいは真人達を強制的に元々の種族に戻すことも可能かもしれないわ」


 不可逆的な変化ではないことは非常に助かる。治験の説明もし易い。

 自分自身を実験台にすることも十分現実的になる。


「液化魔力結石の生物への影響はこんなところかしらね」


 と、ウェーラはそこで一旦区切り、次の成果の確認へと移行した。


「もう一つ。今まで強大な魔物を討伐することでしか回収できなかった魔力吸石の確実な作製方法が分かったのは、重大な発見だわ」


 彼女はそう言いながら、近くに転がっていた赤い魔力吸石を手に取る。

 色合い的に火属性のものだ。


「〈フロート〉〈ディプレッシャー〉」


 それを魔法で少し浮かせ、魔力の結合を解いて液化させる。


「〈オーバープレッシャー〉」


 そこに更に魔法を重ねると――。


「一度液化した魔力結石。言わば液体状の魔力に、逆に一定の力、速度で加圧を施していくと再び魔力結石になる。それ以上に急速加圧すると魔力吸石になる」


 彼女の掌の上のそれは、小さい小さい赤い宝石に変化していた。

 最初の魔力結石の状態でも小さかったが、それに輪をかけて小さい。

 一応魔力吸石ではあるが、六等級の魔力も蓄えられない屑石でしかない。


「もっとも、どの程度の魔力吸石を得られるかは、元になった魔力結石の等級と製作者の魔力次第ではあるけど」


 ウェーラは手の中の魔力吸石を摘み上げ、窓から差す光にかざしながら言う。

 そうしながら彼女は、少し考え込むように僅かに眉間にしわを寄せた。


「……この技術は公開しない方がいいわね。異世界人の需要が増えるだけだわ。私でさえ今のままじゃ二等級ぐらいの魔力吸石を作るのがやっとだし」


 アテウスの塔や傀儡勇者召喚の失敗を思い浮かべているのだろう。

 統制者があれでは、そんな不信に満ちた表情をするのも不思議ではない。

 正直、『雄也』としても、できれば何の技術も渡したくないところだ。

 が、国から補助を受けている手前、何かしら成果を報告しなければならない。

 そうである以上、公にする情報は厳選する必要がある。


「最低でも、最上級の魔力吸石を安定的に量産できる魔動器でも作らないと」


 ウェーラは彼らに対する呆れの感情を滲ませるが、しかし、仕事が増えたことについて面倒臭いといった様子は微塵もなかった。

 それどころか、次なる目標が目の前にある喜びのようなものも感じられる。


「後は、液化魔力結石の方もどういう風に魔動器に適応すればいいか」


 実際、ここからが本番だ。

 理論は技術転用して実用化しなければ社会には還元されない。

 ウェーラも好奇心を満たして悦に浸るのは己の本分ではないと言っていたし、『雄也』もどちらかと言えば彼女の側の人間だ。


「ユウヤは何か案がある? 勿論、これらに囚われず、広い視野を持って別のアイデアを出してくれてもいいけど」


 そして彼女は、極自然な感じでそう問いかけてきた。

 今回のことで助手として一定の信頼をしてくれたのかもしれない。


「えっと、まあ、一応は」

「うんうん。いい心がけね」


 そんなウェーラに若干虚をつかれながら慌て気味に答えると、彼女はどことなく嬉しそうに微笑んで二度頷いて言った。


「研究者たる者、常に新しい発想を心の内には秘めておかないとね」

「……そう言うウェーラはどうなんだ?」

「私? 当然あるわ。具体的には――」


 と、そこで唐突に言葉を止め、ウェーラは家の玄関口の方へと視線を向けた。


「このタイミングで来客? だとすると……」


 彼女は呟きながら『雄也』へと顔を向け直し、それから僅かに迷いの表情を浮かべる。

 そうしている間に、『雄也』でもハッキリ感知できるぐらい気配が近づいてきた。

 恐らくウェーラと同等。生命力、魔力共に一等級の基人アントロープだろう。

 更に少しして玄関のノッカーが大分強く鳴らされる。


「ユウヤ、先に謝っておくわ。ごめんなさい」


 その音を合図に顔を上げたウェーラは、そう言いながらエントランスに向かった。

 彼女の意図はよく分からなかったが、一先ず『雄也』もその後に続く。


「これは王国騎士団団長。何か御用ですか?」


 そしてウェーラは扉を開けると、そう余所行きの言葉で問うた。

 訪問者は『雄也』が異世界召喚された際にいた騎士風の男と、似たような意匠の少し簡素なプレートアーマーを身に着けた部下らしき二人の合計三人だった。

 一番しっかりした鎧の見覚えある男こそ、ウェーラの言う騎士団長なのだろう。


「他でもない。その異世界人を渡して貰おうと思ってな」

「何故です? 彼は私の研究素材とすることを陛下から許可を頂いているはずですが」


 彼の有無を言わせぬ言葉に、惚けるように首を傾げるウェーラ。

 こうなる可能性があることは、既に彼女の口から『雄也』に語られている。


「状況が変わった。ここで異世界人を遊ばせておく訳にはいかない。言っておくが、これは陛下のご指示でもある」

「し、しかし、彼は戦力に数えられる程の強さなど持っていませんよ!?」


 この慌てた様子は演技だろう。


「相応の負荷をかけなければ強さなど得られる訳があるまい。我らが教練に参加すれば使いものにはなろう。幸いにして生命力も魔力も多少は改善されているようであるし、耐えられずに命を落とすようなこともあるまい」


 ウェーラの指摘を受けてそう返した騎士団長の口調には、以前ウェーラから感じられたものとはまた別種の焦りのようなものを感じ取ることができる。


『成程……どうやら、真人の進化が思ったより加速してるようね』


 当然ながら彼女もまたそれを察していて、そこから導き出される結論を『雄也』にのみ届く〈テレパス〉で呟いた。

 恐らくギリギリのところで踏み止まっていた均衡が、崩れ始めているのだろう。

 今更『雄也』を担ぎ出そうとしているくらいだ。

 敗北へと突き進んでいる明らかな実感を伴ってのことに違いない。


「分かったな? 連れてくぞ」


 相も変わらず『雄也』自身の意思は欠片も考慮する気がないらしい。

 このまま言いなりになっては、それこそ傀儡勇者召喚で共に呼ばれたあの女の子のように意思を奪われた人形にされてしまうかもしれない。

 だが、相手は相応の強さを持つ騎士団の人間だ。

 力づくでは拒絶できない。

 よしんばそれができたとしても、ウェーラの立場が悪くなるだけだ。

 自分の中には打開策がなく、『雄也』は縋るように彼女を見た。


『ユウヤ、ごめん』


 と、ウェーラはもう一度謝罪を〈テレパス〉で伝えてくる。

 やはり意図が分からず、彼女に問いかけようと口を開くが――。


「待って下さい」


 その前にウェーラは、そう言いながら騎士団長と『雄也』の間に一歩進み出た。


「陛下のご意思だと言ったはずだぞ」


 対して威圧するように見下ろす騎士団長。

 その圧力は、彼女に庇われる形になっていて尚、『雄也』が圧倒される程だった。

 今にも尻餅をついてしまいそうだ。


「理解しています。しかし、彼はこのまま私の下に置いておいた方が、間違いなく国家のためになります。その根拠をお聞きになれば、陛下のお考えも変わることでしょう」


 そんな騎士団長の視線の圧力をものともせず、ウェーラは淡々と返す。

 背中からでは分かりにくいが、彼女のそうした態度もまたある種の威圧感を持つようだ。


「…………言うだけ言ってみろ」


 少しの時間の後、彼は折れて一つ深く嘆息してから促した。


「ありがとうございます」


 ウェーラは頭を下げると、早速言葉を続ける。


「国も把握しているでしょうが、最近私達は盛んに実験を行っておりました」

「ああ」

「そして既に一定の結果が出ておりますが、恐らくこれは即座に戦況を押し戻すことのできる技術になると思われます」


 それを耳にして、騎士団長は軽く眉を動かした。

 その内容に興味をひかれたようだ。。


「それは?」

「人工的、疑似的な真人への進化」


 彼は、自身の問いに対するウェーラの答えに驚愕で大きく目を見開いた。


「詳細は報告書に纏めますが、それを発案したのはここにいる彼です。異世界人としての発想が私に新しい技術を生み出すきっかけを与えてくれました」


 それから、続いた言葉に考え込むようにしながら騎士団長は『雄也』を見据える。

 短くも、己の今後がかかる『雄也』にとっては長い長い沈黙の後。

 彼はもう一度息を吐いてから再び口を開いた。


「持ち帰って判断を仰ぐ。追って連絡するが、それまで不審な真似はしないことだ。例えば、その男をどこかに隠すといったことはな」

「分かってます」


 傲慢なもの言いにも、ウェーラは冷静に淡々と返す。

 騎士団長はそれに横柄に頷くと、部下達と共に去っていった。


「はあ……」


 そうして玄関の扉が閉じ、気配が十分遠ざかってから。

 彼女は疲れたように嘆息した。


「……ユウヤ、ごめん」

「えっと、何が?」


 少し間を置いてから、振り返って謝罪を繰り返すウェーラに首を傾げる。


「折角ユウヤが道筋をつけてくれた技術なのに、簡単に譲り渡しちゃって」

「い、いや、俺がここに残れるようにするためだろ?」


 ならば『雄也』が非難することなどできはしない。するつもりもない。


「それに、いずれあるだろう査察の時には、結局出さないといけない情報じゃないか」


 あくまでも遅いか早いかの問題だ。


「……うん」


 ウェーラは、そんな『雄也』の言葉に安堵したように頷いた。


「けど、また別にカードを用意しとかないと、次に同じことがあった時に交換条件を出せないな。と言うか、今回のだってこれで引き下がってくれるか分からないし」

「うん。早急に次の研究を進めないといけないわ」


 そして彼女は『雄也』の懸念に同意を示し、表情を引き締めて更に続ける。


「じゃあ、早速だけど話の続き」


 騎士団長が来る直前にしていた話のことだろう。

 次に何を研究対象とすべきか。

 今回得た知見を基にした魔動器の開発か。あるいは、全く新しい技術を目指すのか。

 横槍が入り始めた以上、素早く最善の選択をしていかなければならないが……。


「あの、さ。ちょっと作ってみたいものがあるんだけど」


 モチベーションを高めるためにも、少しだけ趣味に走りたい。


「珍しいわね。ユウヤが自分からそんなこと言うなんて」


 と、ウェーラが驚きを声色に滲ませる。

 確かにこれまでは、彼女に問われた時ぐらいしか望みを言わなかった気がする。

 その辺は居候故の遠慮が多少残っていたのかもしれない。


「まあ、いいわ。言ってみて?」

「うん。その……」


 内容が内容だけに、元の世界の常識が微妙に逡巡を生む。

 が、促すように言葉を待つウェーラの姿に『雄也』は意を決して口を開いた。


「変身ベルトを作りたいんだ」

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