③戦乱の発端と新技術の芽

「生命力は四等級、魔力は全ての属性で三等級か。大分上がってきたわね」


 日課の能力測定を終え、ウェーラは満足そうに頷きつつも何故か憂いの滲んだ顔をする。


「ウェーラの言う通り、大分ペースが上がってきたけど……もしかして焦ってるのか?」


 そんな彼女に『雄也』はそう尋ねた。

 異世界召喚に巻き込まれてから四ヶ月。

 ウェーラから知識を貰い、助手見習いを始めてから三ヶ月。

 確かにこの調子なら当初の予測値を満たせるが、上昇曲線的にもっと早い段階で到達してしまいそうだ。いや、勿論早々に強くなることができて悪いことなどないが。


「ちょっと、ね」


 対してウェーラは困ったように曖昧に答える。


「どうした?」

「うん…………ユウヤも感じてるかもしれないけど、どうも戦争が激しくなってるみたいなの。それで、下手をすると嫌な横槍があるかもしれないから」

「それってつまり……一緒に傀儡勇者召喚されたあの子と同じように、戦いを強要させられるかもしれないってことか?」

「そう。……まあ、彼らのことだから、まずは教練を受けてからって言うと思うけどね」


 ウェーラの言葉に不穏な空気を強く感じて地面を睨む。

 とりあえず、今の力なら教練を受けても死にはしないはずだ。

 だが、言いなりになって人間の命を、自由を奪うことなどしたくはない。

 かと言って、この程度の力ではそうしたことを強要する全てと戦うことなどできはしないし、それどころか拒絶することすら難しいだろう。

 確かに早急に力を蓄えるべきなのは間違いない。


「…………そう言えば、そもそも何で戦争なんてしてるんだ?」


 色々な想定を巡らし、ふと気になって『雄也』は問いかけた。


「確かこれ、種族間の戦争だよな?」


 世界的な情勢もおおよそは最初に教わっている。

 だが、現在の状況に留まり、根本的な原因については聞き及んでいない。

 それだけ戦乱から離れた平穏な日々を過ごしてきた、ということでもあるが……。


「ユウヤに幻滅されたくないから言わなかったんだけど――」

「いや、今更だけどな」


『雄也』の問いに随分としおらしい様子で躊躇いがちに言い淀むウェーラに、そう思わず突っ込んで話の腰を折ってしまった。

 実際、身嗜みと言動その他諸々で、心の中では残念美少女認定してしまっているのだ。

 新たな残念要素が出てきても、そこまで影響はない。


「酷いなあ、もう」


 ウェーラは少し唇を尖らせて文句を言い、それから息を吐いてから再び口を開いた。


「実のところ、私が原因の一つなの」

「ウェーラが?」

「うん。アテウスの塔については教えたわよね?」


 ウェーラの問いに頷いて答える。

 アテウスの塔は彼女が理論を作り、五年程前に国の力を借りて作り上げたという巨大な塔の形をした超大型魔動器だ。

 一定範囲内にいる人間から魔力を集め、それを用いて個人では扱えないような魔法を制御する、という機能を有している。


「あれは世界が定めた限界を超えるための力。人間がより高度な自由を手に入れるための踏み台。アテウス神に反逆するための塔。だけど――」


 ウェーラはそこまで言って、苦虫を噛み潰したように顔を歪めた。


「その第一歩として作り上げた魔法。人を縛る空間の理を超越するために、物理法則を限定的に歪めることで可能となる空間転移魔法が世界を急激に広げてしまった。別々に暮らしてた異種族の生活圏が大きく重なってしまう程に」


 それから苦渋に満ちた声色で、絞り出すように彼女は言う。


「それまで国家間の交流はなかったのか?」

「さすがに全くないって程じゃないけど、微妙なところね。大体海を隔ててるし、同じ大陸にある妖星テアステリ王国も深い深い森の中にある排他的な国だったし」


 彼女は更に「いずれにせよ、戦争をする旨みは乏しかったわ」とつけ加えた。

 つまり今は旨みがあるということだが……。


「どの国が何を求めて始めたことなんだ?」

「この唯星モノアステリ王国が発端よ。そして目的は、土地ね」

「土地?」

「現時点ではまだ余裕があるけど、人口増加の速度を見るに瞬く間に足りなくなる。そういう予測がアテウスの塔を作る前から立ってたの」


 ウェーラの返答に納得する。

 魔法という常識外の力が実在するのだ。

 乳児死亡率も低いだろうし、病死も少ないだろう。

 元の世界で言えば中世ぐらいの時代に、人口爆発が生じても不思議ではない。

 そして、そうとなれば新たな土地を求めるのも理解できる話だ。


「ただ、さっきも言った通り、ほとんどの国は海の向こう。加えて基人アントロープは戦力のバラツキが他の種族に比べて大きいから、全面戦争になったら確実に負ける。そういうこともあって、産児制限とか対症療法で何とかしようとしてたんだけど……」


 アテウスの塔が完成し、空間転移魔法が発明されたことで変わってしまった、と。

 とは言え、色々と疑問があるが、とりあえず順序立てて尋ねてみることにする。


「全面戦争になったら負けるって、そんなに種族として弱いのか?」

「生命力と魔力の平均値は低いわ。ただ、基人アントロープは複数属性の魔法を使えることもあって理論上、強さの上限は最も高い種族だと思う。魔動器作りも得意だしね」


 それだけ聞くと、兵士を選別すれば十分な戦力になりそうだが……。


「けど、一番の問題は数。他の種族は力の平均値が高いのは勿論、実のところ繁殖力も物凄く高いの。だから、彼らの方が数で上回ってるのよ」

「ああ……」


 戦いは数とはよく言われていることだ。

 その上、平均値まで劣っているとなれば非常に厳しい。

 それこそ基人アントロープの最上位が他種族に抜きん出ていなければ、拮抗すら難しいだろう。


「加えて、彼らの中には種族の限界を突破した存在がいるわ」

「限界を突破した存在?」

真龍人ハイドラクトロープ真水棲人ハイイクトロープ真獣人ハイテリオントロープ真翼人ハイプテラントロープ真妖精人ハイテオトロープ真魔人ハイサタナントロープ。真人と総称される異形へと進化した彼らは、それこそ基人アントロープ最強の人間と同等かそれ以上に強い。しかも数も同等以上にいる」

「さ、さすがにそれじゃ無謀過ぎやしないか?」


 それこそ、たとえ空間転移魔法が存在していても。

 旨み以前の問題だ。


「転移ができるようになったからって、そんな状態で勝機があると思ったのか? 上層部は阿呆なんじゃないか?」


 だから『雄也』は首を捻りながら問いかけた。


「まず、真人の本当の強さを知ったのは戦争が本格化してからってことも、誤った判断をしてしまった一つの原因だと思う」


 前提がそうならば、と少し納得する。

 最終的に判断ミスをしている統治者達だ。それ以前からして表層的な力しか見ていない愚か者なのも、仕方がないと言えば仕方がないか。


「それに、空間を無視できるのは確かに優位性があるからね。単身敵地に乗り込んで敵国の主要人物を暗殺、なんて真似も不可能じゃない。そうお偉方も考えてた訳」


 ウェーラは微妙な顔をしながら続けた。

 実際、本来なら海や山、深い森を越えていかなければならないことを考えれば、破格の簡便さと言うことができるが……。


「まあ、魔力で転移の気配が分かるから、厳密には一旦遠くの場所に出現した後で、気配を消しながら対象に近づかないといけないけど」


 更に彼女はどこか不機嫌そうに補足する。

 総じて、既に誤りという結果が出た理屈と方針を口にするのは憚られる、という感じか。


「でも結局失敗、したんだよな?」


 現状を鑑みて、確認の意味を込めて尋ねる。

 そうでなければ、今も戦いが続いているはずがない。

 そうした『雄也』の視線を受け、ウェーラは首を縦に振ってから口を開いた。


「アテウスの塔の魔力収集は現状国内規模。だけど、法則の歪曲は世界規模。だから基人アントロープ以外も空間転移魔法は使えるの。何度か暗殺が成功した段階で相手側に気づかれて、逆にこの大陸に前線基地を作られる始末よ。各国王都の防備も転移を前提に考え直されたし」


 彼女はそう言って深く深く嘆息する。

 そこまで考えが至らなかった国の首脳部を蔑むように。

 間違いなく、ウェーラには諸々の情報が来ていなかったのだろう。


「他の国の目的は、復讐か?」

「それもあるかもしれない。けど、さっきも言った通り、彼らの方が繁殖力で勝ることもあって当然人口問題は彼らの方が深刻だったの。だから各々、唯星モノアステリ王国に対してだけでなく侵略を仕かけ、当初はもう滅茶苦茶だったわ」


 その当時の混乱を思い出してか小さく嘆息するウェーラ。


「最終的には属性の有利不利があるから、同盟を結んだりして膠着状態。大体、唯星モノアステリ王国対残り六国って感じに今は落ち着いたけどね」

「……それでよく均衡を保ててるな。敵も転移を利用して攻撃してくるのに」

「そこは、まあ、私が転移妨害の魔動器を作ったから。後、気に食わない話だけど傀儡勇者召喚のおかげで戦力も均衡させることができてる」

「……それだけ、その儀式は有効ってことか」


 ならば、人道をかなぐり捨てて実行に移す者が出てきても不思議ではないか。

 そもそも人道、人権なんて考え方が異世界のこの時代に存在するかは疑問だが。


「…………傀儡勇者召喚もウェーラが作った魔法なのか?」

「ベースとなる召喚魔法はそう。異世界のものを召喚する理論も作りはした。けど、それは異世界の人間を召喚するためのものじゃないし、対象の人格を壊す効果もなかった」


『雄也』の問いに、苦しげに答えるウェーラ。

 これもまた、彼女の預かり知らないところで使い方を捻じ曲げられてしまったのだろう。


「言い訳に過ぎないかもしれないけれど」

「それは……」


 技術は結局使う人間次第で有益にも有害にもなるものだ。

 しかし、存在しないものを使うことなどできないのもまた事実。

 故に元の世界では、近年研究者、技術者には悪用の可能性も見据えた高い倫理観が要求されていた。

 正直、少々責任を押しつけ過ぎている感もあるが、それだけ技術というものが社会を一変させる強大な力を持つ証とも言える。

 いずれにせよ、自分の価値観がキッチリ定まっている彼女が自ら悔やんでいるのに、全く責めないのは誤りだ。上辺だけに感じて何も響きはしないだろう。


「……ウェーラに責任が全くないとは言わない」


 だから『雄也』はそう認めた上で、更に言葉を続けた。


「けど、ウェーラだけのせいじゃない。それは間違いない。こればかりは馬鹿な判断をした奴らが何よりも罪深い。相手の意思や自由を尊重する心が少しでもあれば、こんなことにはなってないんだから」


 傀儡勇者召喚なんてものを嬉々として行う連中だ。

 最初から望むべくもない話ではあるが。


「それに、ウェーラだって座して見てる訳じゃないだろ?」


 こうして『雄也』を引き取ってくれたことも含めて。

 マッドサイエンティストの顔の裏で、少しでも状況を改善しようとしているのは確かだ。

 勿論、実験好きでマッドな部分も本当だろうが。


「ユウヤ……ありがとう」


 ウェーラはそういった言葉を心のどこかで望んでいたのだろう。

 彼女は感謝を口にしながら、気を許した柔らかい笑みを浮かべる。


「と、とりあえず話を戻そう」


 そんな彼女の姿に、『雄也』はそう照れ隠し気味に返した。


「感情を排して評価すれば、こと戦争において傀儡勇者召喚が有用なのは間違いない。よそから優秀な兵士を魔力だけを対価に連れてこられるんだから。気に食わないけど、活用すれば戦況は有利になるはず」


 続けた言葉にウェーラは頷いて続きを促す。


「なのに、何で膠着したまま戦火だけが広がってるんだ?」

「二つ要因がある。一つは魔力の蓄積に時間がかかるから、そう簡単に異世界人を召喚できないこと。もう一つは異世界人の強さに呼応するように、真人達も急激に増え、そして強くなっていってること。特に後者の要因が大きいわ」

「そんなことが……」


 戦争の中で科学技術が進歩していくというのであれば、元の世界でもよく見られる話だ。

 しかし、人間自身が肉体の劇的な変化を含めたある種の進化を果たす、などということは当然ない。


「それも進化の因子の影響なのか?」

「そうとしか考えられないわ」


 肯定するウェーラに、改めて異世界の特異さを実感させられる。


(ここから先、元の世界の常識に縛られていては対処できない事態も来るかもしれないな)


 あるいは恩人であるウェーラにも、『雄也』も彼女自身ですらも全く予測できない危難が唐突に及ぶ可能性すらある。

 そうなった時、最後の最後で頼ることができるのは自らの力だろう。


「ともかくユウヤの鍛錬のペースを上げてるのはこういう現状があるから」

「うん、それは理解した。けど……」

「今の話を聞くと、このペースでも足りない気がする、でしょ?」


 ウェーラの問いかけに首肯を以って答える。

 実際切迫した気配も肌で感じ始めている今、すぐにでも強さが欲しいところだ。


「実際、その通りだわ。かと言って普通に鍛錬を続けてても傀儡勇者召喚された正規の異世界人には敵わない。根本的に違う方法を考えないと」

「根本的に違う方法……?」

「方向性は分かってる。多分、進化の因子を極限まで活用し、魔動器をも利用した力」


 ウェーラは『雄也』の問い気味の言葉に応じるように言い、しかし、俯いてしまった。


「ただ、ユウヤの協力のおかげで進化の因子については大体解明できたけど、その応用方法が分からないの。後一歩だと思うんだけど」


 悔しげに唇を噛んだ彼女は、重苦しくのしかかる閉塞感を振り払うように首を横に何度か振ると顔を上げた。


「愚痴を言っていても始まらないわ。そんな暇があったら、ひたすら試行錯誤よ。新しい閃きはその積み重ねの中で生まれるんだから」


 それから彼女は無理をしていることが分かる笑みを浮かべ――。


「ユウヤも何か思いついたら言ってね?」


 更にそうつけ加えるウェーラ。

 そんな顔をされるぐらいなら、いつもの微妙に狂気の混じった残念な笑顔の方がいい。


「ええっと、だったら……」


 だから、ここ一ヶ月本格的に助手をしながら、ふと彼女のいないところで試して大失敗してしまったために黙っていた実験について言ってみることにした。


「何かあるの?」

「ちょっとやらかしてしまって黙ってたんだけど、魔力結石が液体にならないか少し前に実験してみたんだ」

「魔力結石を液体に?」


 ウェーラは首を傾げ、どうしてそんなことを考えたのかと言いたげな顔をした。


「物質の三態ってあるだろ? 魔力結石にもあるのかなって」

「魔力の塊に三態……それは、考えたことがなかったわ」


 当然と言うべきか、持ち運びや扱いの観点から言っても固体の方がいい。

 わざわざ液体にしようと考える人間はまずいないだろう。

 余程変な好奇心を発揮しない限りは。


「それで?」

「魔力結石は高密度の魔力の中で生じるって聞いたから、一種の高圧状態で生成されるものなのかなと思って、内部を魔法で少しずつ疑似的な低圧状態にしてみたんだ。そしたら予想通りに液体になった」


 イメージ的には圧力の高低と言うより、こんがらがった糸の塊を少しずつ解いていく感じだったが。

 やり過ぎて魔力となって雲散霧消したことも何度もあった。


「け、結構凄い発見なのに、何で黙ってたの?」

「いや、その、成功した時に驚いて吹っ飛ばしちゃって、それで近くの檻にいたロスロドドにかかっちゃったんだけど……」


 ロスロドドとは元の世界で言うモルモットに近い小型の哺乳類だ。

 性格は非常に温和で、モルモットと同じように実験動物として使われている。


「慌てて檻を開けたら、風属性の魔力結石を液体化したものだったからなのか分からないけど、いつの間にか翼が生えてて飛んで逃げちゃったんだよ」

「翼? 飛んで?」

「慌てて追いかけたんだけど、結構な騒ぎになっちゃって……変化したロスロドドは騎士に掴まってたから回収することもできなくて……」


 さすがに騎士と揉めるのはウェーラに迷惑がかかるだろうし、居候の手前ばつが悪くロスロドドを一匹逃がしてしまったと言い訳することしかできなかった。


「……あの謎生物の騒動はユウヤのせいだったの」


 呆れ気味に、しかし、余り人のことは言えないという感じにウェーラは呟く。


「ごめん」

「……まあ、被害が出てないし、次から気をつければいいわ。実験試料は丁寧に扱わないと自分自身が怪我するかもしれないんだから。それより――」


 彼女は『雄也』が黙っていたことを咎めず、諸々雑な扱いをしたことへの注意をして終わりとしてくれたようだ。

 少しホッとする。


「生物の異形化。進化。真人。ユウヤのおかげで道が開けたかもしれない」


 それからウェーラは、胸を撫で下ろした『雄也』を余所にブツブツと自分の考えに没頭し始めた。

 己を苛む焦りを一気に解消できる可能性も見出したのだろう。

 声色も表情も通常運転に戻りつつあった。


「進化の因子と――新しい魔動器に――」


 ところどころ彼女の言葉が耳に届き、新たな技術の誕生を予感する。


「それを人間に使えば、あるいは……」


 そんな感覚を抱きながらも、特撮で言えば完全に悪の組織側の発想が出てきていることに『雄也』は苦笑せざるを得なかった。

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