第三十七話 人形

①オルタネイト誕生

 騎士団長がウェーラ宅を訪れてから更に一ヶ月。

 技術の一部公開と引き換えに国王の考えは変わったようで、強行に兵士達の教練に参加させられそうになった『雄也』の処遇は、現状維持ということで落ち着いていた。

 ウェーラの元に『雄也』がいる方が、戦場に立たせるよりも有益と判断された訳だ。

 それは即ち、実際にウェーラが提示した情報によって戦況が好転した証でもある。

 そして現在、事実として他種族との戦いは再び均衡を取り戻していた。

 もっとも、見かけの膠着とは裏腹に、戦闘は苛烈さを増しているようだが。


(……全部ウェーラからの受け売りだけど)


 ほぼ一緒にいるにもかかわらず、情報の保有量は段違いだ。

 どうも彼女は、この場にいながら戦場を見渡す手立てを持っているらしい。

 何かしらの魔法か魔動器、あるいはその両方の力によるものだろう。

『雄也』にはまだそれを扱うだけの力、または、それに頼らず別の手段を選べるだけの力がない以上、世界の情勢を知るにはどうあっても彼女の手を借りなければならない。

 人脈的にも彼女以外に頼れる人物もいない。

 依存とまではいっていないつもりだが、親鳥から餌を貰っているようで少し情けない。


(まあ、この世界の常識やら知識やら、今に始まったことじゃないか)


 それでも一応、この唯星モノアステリ王国が劣勢から持ち直す要因となったものについては目の当たりにしている。

 技術が実を結び、確かな形となった存在を。

 当然と言えば当然だが、実体を伴わない情報の影響力は余程のことがない限り局所的だ。

 戦略を左右する程の力にまで大きくなることはそうそうない。

 実在するそれらが戦場に現れ出たからこそ、このような変化が生じたのだ。


「少し不本意だけど、おかげで一気に臨床データが集まったわね」


 と、次なる実験の準備を行いながら、複雑そうな表情を浮かべてウェーラが言う。

 全ては液化魔力結石の人体実験の結果だ。

 あの後、王城に召喚されたウェーラが国のお偉方に技術の詳細を伝えるとすぐに、王立魔法研究所主導で治験が実施された。


「……国も、実際のところ相当追い詰められていたってことね」


 治験とは言いながら、主目的は唯星モノアステリ王国の戦力増強。

 そのため、被験者は末端の騎士達が中心だったし、少人数からスタートして安全を確認するということもなく、初っ端から大規模に行われていた。

 正直、性急としか思えない速度でことが進んだが、本当に幸いなことに今のところ副作用による死亡者が出るといった大きな不具合はない。

 その証拠に、既に多くの異形化した基人アントロープ達が戦場を駆けている。


「疑似真人。名付けて超越人イヴォルヴァー


 二人で定めた彼らの名を、改めて成果を確認するように口にするウェーラ。

 だが、その名は総称だ。

 動物実験を行った時と同じように、異形化の程度は液化魔力結石の属性と投与量、被験者の種族、能力などの条件によって変わる。

 そのため、研究データとしては細かく区分し、それぞれ名前をつけて記録している。

 例えば、特撮の敵怪人のモチーフとしてポピュラーな蜘蛛の特徴を得た超越人イヴォルヴァー蜘蛛人スパイドロープ

 改造人間の代名詞とも言える飛蝗男、飛蝗人ローカストロープ


(蝙蝠男、蝙蝠人バットロープ。蜥蜴男、蜥蜴人リザードロープなんてのもいたっけ)


 特撮から離れたところでは、元の世界のファンタジーに登場する人型の生物ゴブリンやオーガの如き小鬼人ゴブリントロープ鬼人オーガントロープなどなど。

 本当に様々な形態の超越人イヴォルヴァーが生み出され、ウェーラが言った通り、人間を対象とした場合のデータも十分過ぎる程に集まっていた。

 もっとも能力の優劣もあり、実際に兵士に適用されている形態は僅かしかないが。

 戦術上一つの部隊で全員同じ姿ということもあり得、部隊の名前などには総称ではなく、こちらの細かい呼称が用いられていたりもするようだ。


(一堂に集まったところは、中々凄い光景だったな)


 その超越人イヴォルヴァー達が出兵に際して王城の一角を埋め尽くしたところを思い出し、そう思う。

 念のため言っておくと、正気度に関わる話ではない。

 いや、それが低下しかねない異形化も臨床の途中には何度かあったが、可逆変化なので元に戻っているし、その彼や彼女も他の変化を得て戦場に出ている。

『雄也』が言っているのは、一特撮オタクとしての純粋な感想だ。

 あれだけの数の超越人イヴォルヴァー、特撮で言えば怪人が整然と並ぶ姿は実に珍しい。

 特撮番組でも劇場版ぐらいでしか、お目にかかれないだろう。

 しかも、悪の組織の一員たる怪人とは異なり、洗脳されている訳でもなく、正しく自由意思を保っているのだ。

 その前段階の人体実験にしても、言葉自体の印象は悪いが、全て事前に被験者から承諾を得た上で行われていたはずだし。

 そして、そうであるだけに酷く特異で、しかし、とても価値があるように感じられる。

 たとえ、その自由意思の向かう先が人間同士の争いであれ。


(……互いに心底納得して殺し合うなら、それは彼らの自由。生きる自由があるなら、死ぬ自由だってある。俺が口を出す話じゃない)


 ただし、一方あるいは双方が誰かに強要されているのなら話は別だが。

 いずれにせよ、争いそれ自体を否定するつもりはない。

 人の自由が侵害されない限り。


(これで戦力が整って傀儡勇者召喚が必要なくなれば、と思うのは……楽観が過ぎるか)


 だからこそ、その汚点は許せない。

 なくす以前に今そんなものが存在することが、容易くそんなことができる人間がいること自体が正直おぞましい。

 己の無力を重々承知しているが故に、なるべく考えないようにしてきたが。


(けど、本当によかったのか? 俺一人のために、あいつらなんかに情報を明かして)


 その一点については、未だに迷いのようなものがある。

 少なくともウェーラと『雄也』が知る限りでは、実験に関連して誰かの自由が侵害されるといったことはなかったが、今後は分からない。

 傀儡勇者召喚なる悪逆を繰り返すこの国の上層部を、信用することなどできはしない。


(既にそこに人類の自由の敵がいるってのに……)


 だが、対抗する力がなければ如何ともしがたい。

 現時点の『雄也』が信条に殉じようとしても、自分に酔って終わるだけだ。

 何の意味もなさない。

 だから、敵に新たな力を与える矛盾を前に苦虫を噛み潰したような気分になっても、今はまだ耐えるしかない。

 全ては不条理に対抗する力を得るためだ。


「ユウヤ。私の判断なんだから、貴方は気にしないで?」


 思わず眉間にしわが寄った『雄也』を労わるようにウェーラが言う。

 わざと視覚に頼らずに周囲を認識しているためか、相変わらずウェーラは機微に聡い。

 その上、自分自身も割と思い悩んでいた癖に、こちらを励まそうとしてくるものだから本当に困る。尚のこと自分が情けなくなる。

 彼女に心を煩わせないように、もっとしっかり自分を強く持たなければならない。

 ここから先は、もはや無力さを嘆く甘えも許されなくなっていくのだ。何故なら――。


「ほら、折角アレが完成したんだから、そんな顔しないの」


 ウェーラの言う通り、ここに力を得る手段があるのだから。

 彼女はそれを示すように、二つの魔動器が置かれた机へと顔を向ける。


「ああ……遂に、完成したんだよな」


 促されるように『雄也』もまた視線をそれへと移し、しみじみと呟いた。


「変身ベルト。MPドライバー」


 それは、特オタならば見覚えがあるだろう意匠が施されたベルト状の魔動器だった。

 勿論その出来は、いわゆる特撮番組の子供向けの玩具レベルではない。

 大人向けのプレミアムな感じのものと、見た目は同等かそれ以上というところだ。


(それも、これは玩具じゃない。本当に変身することができるんだ)


 たとえ鬱屈した気持ちが淀んでいても、特撮オタクたる者、こればかりは全く興奮しないでいることなどできはしない。

 さすがに色々と懸念事項がある内は不謹慎だろうと、表には出さないよう努めているが。


「駄目駄目! 思い描いていたものができた時の喜びは隠しちゃ駄目よ。それは技術開発の醍醐味であり、技術者にとっての心の栄養なんだから!」


 と、ウェーラは人差し指を立てながら『雄也』の態度を注意した。


「それを拒絶したら、次へと向かう気力がなくなっちゃうわよ」


 そこは確かに彼女の言う通りなのだろう。

 腐っていれば何かが解決する訳ではないのだ。

 これに限らず、メリハリは必要だ。


「既に試作型を国に提供して機能はほぼ実証済み。後は私達が身に着けるだけ。楽しみね」


 それからウェーラは自らの言葉を実践するように、ワクワクした声で言う。


「……うん。そうだな」


 だから『雄也』は彼女の望み通り、意識的に弾んだ声を出してそれを手に取った。

 超越人イヴォルヴァーへの変化は可逆的なものだが、まず異形化するために一々液化魔力吸石を投与しなければならないし、元の状態に戻るには過剰な魔力を排出しなければならない。

 なので、処置を行うまでは戦場から戻っても異形のまま過ごさざるを得ない。

 それを任意のタイミングで行えるようにするのが、MPドライバーの第一の機能だ。

 変身ベルトと言うからには、当然双方向で変身できなければならない。

 ちなみに、試作型の機能はここまでだ。


「どうする? 発案者であるユウヤに最初に試す権利があると思うけど」


 逸る気持ちを隠し切れない様子で尋ねてくるウェーラ。

 魔動器が二つあるのは、当然と言うべきか、彼女の分もあるからだ。

 それでも我先にと試さないのは、初期不良を恐れてのことではないと態度や口調からすぐに分かる。言葉そのまま、譲ってくれているのだろう。


「じゃあ、お言葉に甘えて」


 そんなウェーラの妙な気遣いに思わず苦笑しながら、『雄也』はMPドライバーを腰に巻きつけた。


「〈ペインキラー〉」


 ほぼ同時に、起動の影響で強い異物感を抱かないようにウェーラが魔法をかけてくれる。


《Now Activating……Complete》


 直後、明瞭に電子音が鳴り、次いで魔動器は分解されて腹部に吸い込まれていった。

 目を閉じて、そのまま体に馴染むまで数秒待つ。

 その間に、動作不良に対する僅かな不安感を握り潰し……。


「アサルトオン!」


 それから『雄也』はカッと目を見開いて、幾度となく真似をした特撮ヒーローのポーズを取りながら告げた。

 魔動器に登録し、これもまた何度も口にした合図となる言葉を。

 すると、一度分解された魔動器が再び腰の辺りで再構築されていき――。


《Change Therionthrope》


 再び鳴り響いた電子音と共に『雄也』の姿は狼の如き特徴を持ったものへと変質し、その上から琥珀色の装甲が全身を覆うように生み出された。


「成功、ね」


 その様を見て、ウェーラが感嘆を滲ませながら呟く。

 そんな彼女の声を耳にしながら『雄也』は装甲に覆われた手を見詰め、それから確かめるように己の体に触れた。


「本当に、俺が……」


 幾度も妄想した力を得たのだ。喜びがない訳ではない。

 だが、それ以上に憧れた特撮ヒーローに近づいて本当にいいのかという複雑な気持ちが強く、そうした混ぜこぜの感情を前にただ立ち尽くすことしかできない。


《Change Phtheranthrope》


 と、そう横から電子音が聞こえてきて、ようやく『雄也』は我に返った。

 振り向くと、そこには新緑のやや女性的な鎧を纏ったウェーラがいた。


「な、何だか、気持ちを持て余しちゃうわね」


 彼女は興奮気味に、挙動不審としか言いようがない妙な動きをする。

 この魔動器の作製は、彼女の中でも上位に入るぐらい充実したものだったのだろう。


「既存の別種族になるのも不思議な感覚」


 MPドライバーは超越人イヴォルヴァーになるための魔動器ではない。

 いや、厳密に言えば原理的には同じだが。

 異形化の傾向の内、基人アントロープのプライド故か表向きなかったことにされている六種族への変化を採用したものだ。


(まあ、裏ではスパイとか離間工作とかに使ってるかもしれないけど)


 勿論、『雄也』達が六種族の姿を採用したのは、趣味とか意趣返しとか非合理的な考えからではない。最も効率がいいと判断したからこそだ。

 まずMPドライバーは試作型とは異なり、装甲を発生させる機能を持つ。

 ウェーラの研究で魔力結石の構造を変化させることで硬度が極めて高くなることが判明したため、それを応用したのだ。これにより、武器の生成も行うことができる。

 しかし、この機能を十全に発揮させるには、MPドライバーに高密度、高純度の魔力吸石を大量に吸収させる必要があった。

 その生産に六種族の姿が最も適していたのだ。

 それぞれ、種族に対応した属性に限っては、超越人イヴォルヴァーよりも相性がよかった。


(いわゆる特化型って奴だな)


 更に、魔力吸石をMPドライバーに吸収させることは通常の基人アントロープ体にも恩恵があり、最終的な生命力や魔力の到達点が最も高くなる公算が大きいことも一つの要因だ。


「この状態を超越人イヴォルヴァーと呼ぶのも芸がないわよね」


 根本の原理は同じで外部装甲をつけ足しただけだが、別物と呼びたい気持ちは分かる。

 特撮の怪人とヒーローみたいなものだ。

 いや、どちらがどちらということはないが。


「何かいい名前ある?」

「じゃあ、ブレイブ――」


 問われたのに反応して半ば無意識に言いかけて、『雄也』はそこで言葉を止めた。

 憧れたヒーローの名を名乗るには自分は余りにも未熟過ぎる。おこがましい。


「いや、そうだな。……オルタネイト、とかどうかな」


 ヒーローなき異世界で、その存在を目指して理念を模倣する代理人。

 現時点ではそれすらも過大な肩書きかもしれない。

 狡猾にも、無力な身では立ち上がることのなかった臆病者なのだから。


「意味は?」


 そうウェーラに問われ、込めた思いをそのまま口にする。


「成程。理想の存在の写しみたいなものかしら」


 対して彼女は吟味するように呟くと首を小さく縦に振った。


「うん。悪くないと思う。それなりにいい魔動器だけど、まだまだ理想は先だものね」


 それから意気込むような仕草と共に弾んだ声を出すウェーラ。

 仮面の下ではきっと笑顔を浮かべているだろうと予想できる口調だ。

 少し自虐的につけた名称だったが、ウェーラはポジティブに捉えてくれたらしい。

 そんな彼女の反応を見ていると、相応しい名前をつけることができたような気になる。


「よし。じゃあ、早速この体のスペックを調べてみましょ! より理想に近づくために!」


 そしてウェーラは『雄也』の手を取って促した。

 胸の内に様々な思いはあれど、自らの力を正確に知らなければ活かしようがない。

 だから、『雄也』は彼女に頷いて、引きずられるまま研究室の奥へと向かっていった。




 こうして、『雄也』はようやく無力を言い訳にできないだけの力を得て、それと共に今の己の在り方を定義する名も定められた。

 オルタネイト。特撮オタクとして、特撮ヒーローの信条を代わって行う意図でつけた名。

 しかし、それはいずれ皮肉にも、別の存在の代理人を意味することにもなる。

 そう。この異世界での大恩人。今の『雄也』にとって最も大切と言って過言ではない少女の意思を継いでいくということを。

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