②方便とプレゼント

「で、買いものってー、何を買うんですかー?」


 ラディア宅から繁華街への道すがら、唇を尖らせながらメルが尋ねてきた。

 昼下がりの青々とした空とは対照的な不満顔だ。

 声の調子もぶーたれる子供のようだ。


「と言うか、〈テレポート〉で行けばいいんじゃないですか?」


 その隣から、クリアが不機嫌そうにジト目を向けてくる。

 二人共、魔法学院の夏服をさらに女の子っぽくアレンジしたような服装だった。

 とは言え、外行きの特別な服という訳ではない。

 この上から白衣を羽織っているのが彼女達の普段着なのだから。


「そうですよー。ちゃっちゃと行きましょうよー」


 クリアに同意して、メルが駄々をこねる。この辺は外見相応な反応だ。


【たまにはのんびりもいいもの】

「そういうこと」


 アイリスの文字に同意しつつ、雄也は子供っぽい様子を見せる彼女達に笑いかけた。

 二人からはさっさと終わらせたい雰囲気がヒシヒシと感じられるが、それでは困る。

 少しの間、二人を腕輪の分析から離すことが目的なのだから。


「はあ……まあ、いいです。私達も聞きたいことがあったので」

「聞きたいこと?」


 おおよそ予測できるが、様式美としてとぼけておく。


「オルタネイトのことですよ! それと、わたし達の魔動器が効かなかった魔力とか!」


 もーと言いたげな感じの表情と共に、声を大きくするメル。

 見上げてくる彼女の顔が大分近い。

 子供の微笑ましい生意気さのようなものが出てきている気がする。


「あの力は一体何なんですか?」


 若干棘を含んだクリアの声も似たような幼さを感じる。

 素っ気ない雰囲気を出しつつも、興味津々という感情が滲み出ている辺りが特に。

 ラディアの話を聞いた後だといい傾向のようにも思える。


「教えて下さいってば!」

「……ああ、あれは――」


 急かすようにぴょんぴょん飛び跳ねるメルに、雄也は苦笑しながら口を開いた。

 目の前で変身しておきながら、今更隠すのも不義理な話だ。

 なので、自分が異世界から召喚されてきたことを含めて一から説明する。

 ラディアが連れてきた子達なのだから、信用はできるはずだ。


(そもそも、多分腕輪の分析を依頼した時点で巻き込んだも同然だし)


 今の今まで説明していなかったことの方が、それこそ不義理かもしれない。


(ラディアさんも深く関わらせたくなかったんだろうけど、正直半端な関わり方が一番危うい気がするしな。……メルティナ達のことを考えると)


 これまでのことを考えると、ドクター・ワイルドはそうしたメタな視点での判断をしそうな感じがする。モブに厳しいのは特撮の常でもあるし。


「――で、あの腕輪が送られてきたって訳」


 一通りの説明を終え、改めてメルとクリアの顔を見る。

 二人は神妙な顔をして雄也の話に聞き入っていた。

 あれだけ騒いでいたメルも真剣な様子で考え込んでいる。


「MPドライバー……人間を変化させる装置?」


 クリアの呟きから、彼女達が特にどこに関心を持って聞いていたかが分かる。

 どうあっても腕輪の分析が頭に残っているようだ。


「同じドクター・ワイルドの作なら――」

「こらこら。今はそれはなしだ」


 パンパンと手を叩いて二人の意識をこちらに向けさせながら言う。

 すると、メルとクリアは同時に立ち止まり、雄也とアイリスもまた歩みを止めた。


「なら、後でユウヤさんの体を調べさせて下さい! それなら我慢します!」


 そして、そう強く言いながらジッと見上げてくるメル。隣のクリアの視線も鋭い。


「我慢って、君らね……」


 楽しめない余暇では意味がない。だが、さすがにこの反応は歪過ぎる。

 本意ではないが、今日のところは我慢して貰おう。

 大きく溜息をつきつつも、交換条件を受け入れることにする。


「分かった分かった。痛くしないなら調べていいから」

「え?」

「こらこら。え? って何だ」


 キョトンとするメルの姿に顔が引きつる。


「麻酔をすれば大丈夫ですよ」

「一体何をするつもりだよ……」


 軽く言うクリアに俄然不安になる。

 言葉とは裏腹に真顔過ぎて、冗談に感じられない。

 二人共、一歩間違えれば本当にマッドな方向に転落してしまいそうだ。

 ここらで軌道修正をかけるためにも、今日のお出かけは意外と重要かもしれない。


【ユウヤを傷つけたら、め】


 微妙にプレッシャーを感じている雄也を余所に、お姉さんのように人差し指を立てて彼女達に注意をするアイリス。


「……はーい」「善処します」


 対して渋々という感じで返事をするメルと、余り了承している感じのないクリア。

 そんな二人に再度深く息を吐きながら、雄也達は繁華街へと再び歩き出した。


「で、結局、何を買いに行くんですか?」


 と、一先ず文句を言うのはやめたらしいメルがそう問うてきた。

 アイリスとクリアの目もこちらに向く。

 双子を連れ出すための単なる方便に過ぎなかったため、深く突っ込まれると困る。


「えっと、それは……」


 視線が泳ぐのを自分自身で感じつつ、何とか誤魔化すために頭を回転させる。

 途中、アイリスと軽く目が合い――。


(ああ、そうだ)


 丁度いい理由を思いつき、雄也はメルとクリアを交互に見ながら二人に対して〈クローズテレパス〉を使用した。


『ちょっとアイリスには内緒なんだけど』


 そして、そう前置きしてから言葉を続ける。


『いつも世話になってるからプレゼントでも贈りたいなと思って。けど、女の子にそういうことをする経験が残念ながらなくてさ。二人に助けて貰いたいんだ』

『はあ、プレゼント、ですか』

『と言うか、恋人に一度もプレゼントを上げてなかったんですか?』


 呆れの目を向けてくるクリア。


『い、いや、その、まだ恋人じゃないんだよ。厳密には』


 慌てて弁解するが、彼女の視線がジトッとするだけだった。

 とは言え、色々と既成事実的なものが積み上がってはいるものの、互いにしっかり告白をして確認した訳ではないのだから恋人とは言えないだろう。

 もっとも、アイリスはその段階を一気に通り過ぎようとしている感があるが。

 しかし、それでも、どうしてもけじめをつけなければならないことがあるのだ。


『さっきは省いて話したけど、今アイリスが話せなくなってるのはドクター・ワイルドの呪いのせいなんだ。それを解くまでは、ね』

『無用な感傷じゃないですか?』

『引け目を感じるような関係は、駄目だと思うからさ』

『…………そう、ですね』


 クリアは一転して同意し、己を顧みるように視線を下げた。


【内緒話?】


 そんな彼女の様子を見て、アイリスが少し不機嫌そうに文字を作る。

 突然会話が止まった上でこのクリアの反応だ。

 雄也やメルも、全く表情を変化させていなかった訳でもない。

 いくら〈クローズテレパス〉を使用しているとは言え、気づかれて当然だろう。


【私に言えないこと?】

「ああ、うん。アイリスに何かプレゼントしようと思ってさ。その内容の相談」

「ちょ、内緒じゃなかったんですか!?」

「サプライズ台なしです!」

「いや、そこまで隠すつもりはなかったし」


 そもそも方便だし、むしろサプライズだからとひた隠しにして擦れ違う方が嫌だ。

 そんな類の話をいくつ見てきたか分からない。

 こういう場面はさっさと暴露するのが吉だ。

 果たしてアイリスは機嫌の悪そうな顔をやめ、緩々と頬を紅潮させる。そして、彼女はにやけそうになる顔を隠すように少し視線を逸らした。

 しかし、その行動に反して歩く位置は雄也と触れ合うぐらい近くなっている。


「悪いけど、何をプレゼントするかは内緒にさせてくれ」

【ん。分かった】


 互いの距離はそのままに、アイリスはそんな文字を作りながら素直に頷いた。


『これで恋人じゃない?』


 その様子を見て、クリアが訝しげに首を傾げながら揶揄するような口調の言葉を〈クローズテレパス〉で伝えてくる。


『何か恥ずかしいです』


 彼女の隣ではメルが顔を赤くしていた。


『と、とにかくプレゼントの話だ。どうすればいいかな?』

『……もう首輪がいいんじゃないですか?』

『く、首輪!?』


 元の世界的な感性では完全に倒錯系な提案に驚いて、聞き間違いかとクリアを見る。


『ネ、ネックレスとかチョーカーみたいな奴のこと?』

『いえ、首輪です。しっかりした厚い革の』

『な、何で首輪』

『……本当にユウヤさんは異世界人なんですねー』

獣人テリオントロープにとって首輪を渡すことは求婚を意味するそうですから』

「きゅ!?」


 想定外の言葉に驚いて、思わず普通に声に出しかけてしまう。

 当然それはアイリスの耳に届き、彼女は首を傾げてこちらを見た。

 それに対し、雄也は手で口を抑えながら誤魔化すように曖昧な笑みを向けた。それからメルとクリアに若干睨み気味の視線を移す。


『あ、あのなあ』

『選ぶのはユウヤさんですよ』


 からかうように言うクリアに小さく嘆息する。

 何だかんだ言って楽しんでいる感じがするのはいいことだが、勘弁して欲しい。


(しかし、求婚、か。獣人テリオントロープだと婚約指輪じゃなく婚約首輪になるのか)


 獣人テリオントロープの求婚は場合によっては決闘の申し込みを兼ねる訳だが、それはこの世界の多分にもれず男女どちらからでもあり得ることだ。

 つまり、女性が男性に首輪を送る事態も考えられる。

 やはり、元の世界の感性だとSMクラブ的なものしか思い浮かばないが。


『ええっと……他にはないのか?』

『後はアクセサリーとか、当たり障りのないものしか思いつきませんけど』

『あ、わたしはぬいぐるみとか貰ったら嬉しいです』

『姉さんったら、いつまでも子供っぽいんだから』

『クリアちゃん、ずるい! クリアちゃんだって、ぬいぐるみを抱いて寝るぐらい大好きなのに! わたしばっかり子供扱いして!』

『ちょ、姉さん!』


 妹から可愛いもの好きを暴露されたクリアは、慌てて睨むようにこちらを見た。


『ち、違いますからね! 私はただ安眠のために抱き枕があるといいだけで、決してぬいぐるみじゃないと駄目な訳じゃ――』

『分かった分かった』


 焦った口調に苦笑する。まだ十二歳なのだから、別に許容範囲内だろうに。

 いや、丁度複雑なお年頃、という奴なのかもしれない。

 そうこうしている内に繁華街に入り、人の流れが多くなってくる。


『そう言えば、二人って基人アントロープ? 水棲人イクトロープ?』

水棲人イクトロープですけど、それが何か?』


 微妙に刺のある問い返しをしてくるクリア。さっきの会話が尾を引いているようだ。


『いや、獣人テリオントロープだと首輪ならそれ以外だと何あるのかなって思って』

『え? もしかして口説いてます?』

『少女愛者ですか?』

『何でそうなる!』

『だって獣人テリオントロープにとっての首輪に当たるものを聞きたいんですよね?』


 からかうようなクリアの尋ね方は一種の仕返しのつもりか。

 何だかメルの顔も楽しげだ。


『ちょっと気になって聞いただけだよ!』

『本当ですかあ?』

『本当だって!』

『はいはい。それより、ほら、アクセサリーショップはあそこですよ』


 ニヤニヤしつつ宥めるように言いながら、とある方向を視線で示すメル。


『ああ、うん……じゃあ、一人で買ってくるから。アイリスを頼む』

『分かりました』


 少し柔らかくなった表情でクリアが頷き、ほぼ同時にメルがアイリスへと顔を向ける。


「アイリスさん、ユウヤさんがアイリスさんのためにプレゼントを買ってくるそうなので、ちょっとあっちを見てきましょう!」

「姉さん、少しはオブラートに包んであげたら?」


 そう言いながら悪戯っぽい表情を交わし合う二人。

 家を出る当初とは違って、かなり素が出ているような気がする。


(ギャルゲー的に言うなら、一度好感度を一定以下に下げておかないとルートに入れないキャラ、みたいな子なんかな)


 何にせよ、幼い子が年齢相応の行動を取っているのを見るとホッとする。不相応な義務感に縛られている様子も今は感じられないし。


「さ、行きましょう、アイリスさん」

【ん】


 笑顔で促すメルに小さく微笑み、それからアイリスはこちらを振り向いた。


【ユウヤ、楽しみにしてるから】


 そうしながら浮かべた文字はいつもより微妙に大きく、また若干躍っており、彼女の期待が滲み出ているかのようだった。尻尾も分かり易く元気がいい。


【また後で】


 そして彼女はメルとクリアに連れられ、足取り軽く別の店へと歩いていった。

 どうやらそちらは服飾店のようだ。


(服もよかったかも……いや、サイズとか測るのにアイリスが一緒じゃないと駄目だからサプライズ要素が完全消滅するか? ……まあ、また今度にしよう)


 そんなことを考えながらアイリス達を見送り、彼女達の姿が完全に見えなくなってからメルに教えられた店に入る。


(割と男もいるな)


 アクセサリーショップと言うと女性が多いかと思ったが、店の中を軽く見回した限り結構男性の姿もあった。腕輪などを実際に自分で身に着けてみているところを見るに、プレゼントという訳でもなさそうだ。


(ってか、あれ、魔動器だな)


 見たところ、所持者の魔力を吸って任意のタイミングで光らせることができるものらしい。元の世界で言う懐中電灯の役割を持つ魔動器だろう。

 近くにあった説明によると消費魔力は微弱とのことなので、魔法が使えないぐらい魔力が低い人間用のもののようだ。

 他にもネックレス型の通信機や録音機、ごついカメラらしきものもある。

 アクセサリーショップと言うより雑貨屋、ギフトショップという感じか。勿論装飾品も売っているが、クリアがそこを殊更強調したのは一種のからかいに違いない。

 何にせよ、そういった機能は必要ないので純粋な装飾品のコーナーへと向かう。

 そのままメルとクリアに提案された通りに首輪のある場所へ。


(二人が言ったこと、嘘じゃなかったみたいだな)


 ちゃんと店頭ポップに、獣人テリオントロープへのプロポーズにも、と書いてあった。しかし、、という辺り、この世界アリュシーダにも倒錯系の趣味が存在することを示唆しているのかもしれない。

 勿論、そんな趣味があるから見に来た訳ではないし、適当な気持ちで来た訳でもない。

 もう一方の目的に用いるだけの思いはちゃんとある。

 雄也はそれを一度自分の胸に手を当てて確かめ直し、それから目を引いた一つを手に取った。琥珀色の落ち着いた感じの首輪だ。


(値段は……割と高いけど問題ないな)


 何だかんだで金銭には余裕がある。賞金稼ぎバウンティハンターとして賞金のかけられた魔獣を何度か倒したこともあるし、お金を使う用事はほとんどなかったからだ。

 なので後顧の憂いはない。目をつけた首輪を手に取ってじっくりと眺める。

 一応、他のものにも一通り目をやるが、これ以上によさそうなものはなかった。


(うん。これが一番だ)


 もう一度手の中のそれを確認し、雄也は迷いなく頷いた。何となく気に入った。

 アイリスの髪や瞳の色に合っているし、きっと似合うだろう。……元の世界の感覚からすると、果たして似合っていいものなのか微妙な気持ちになるが。

 とにもかくにも、琥珀色の首輪に決めてカウンターに持っていく。

 すると、ものがものだからか、店員から意味ありげな目を向けられてしまう。

 正直居心地が悪い。

 獣人テリオントロープにプロポーズしようとしていると思われたのか、あるいは倒錯系の性癖を持っていると思われたのか。

 その二択なら前者だと信じたいが、どちらにせよ落ち着かない。

 だから、雄也は速やかに支払いを済ませると、箱に入れて貰った首輪を受け取ってそそくさとカウンターを離れた。

 そして、そのまま店を出ようとして――。


(……メルとクリアにも何か買った方がいいか)


 そう思い直して一旦踵を返す。

 半ばからかい目的とは言え、アドバイスをくれたのだからお礼は必要だろう。

 そうして、何故か戻ってきた雄也に対する店員の訝しげな視線に耐えながら彼女達へのプレゼントも購入する。

 それから、今度こそ雄也は足早に店を出たのだった。


(女の子へのプレゼントを買うのって、意外と精神力が必要なんだなあ。いや、まあ、俺の経験不足のせいかもしれないけど)


 そう心の中で深く溜息をつきながら。

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