③家族のように

 アクセサリーショップから出てアイリス達と合流した後、雄也達は少し座って落ち着くために喫茶店に入っていた。

 と言うのも、アイリスがそわそわしっ放しで散策どころではなかったからだ。

 どうもメル達と行った服飾店でも、うろうろするばかりでウインドウショッピングとも言えないような状態だったらしい。

 クリアから「浮かれ過ぎでしたよ」と溜息と共に呆れられる始末だった。

 そして現在は、オープンテラスの席に雄也とアイリス、メルとクリアが互いに向かい合う形で座っていた。

 それぞれの前には紅茶と焼き菓子が並び、ティーブレイクの態勢に入っているはずなのだが――。


『あ、あの、ユウヤさん。アイリスさんがジッと見てますよ』


 メルが〈クローズテレパス〉を用いながら、視線でもアイリスの様子を示してくる。

 彼女は平静を装っているつもりなのか表情を変に硬くしながら、しかし、尻尾を大いに揺らしてテーブルの中央を凝視していた。

 そこに置かれているのは、雄也が買ったプレゼント入りの箱だ。

 さすがに抱え込んだまま紅茶を飲むのもどうかと思うし、かと言って地面に置くのも嫌なので、消去法的にテーブルに仮置きしていたのだ。

 そんなつもりはなかったが、少々これ見よがしのようになっていたかもしれない。


『ユウヤさん!』

『わ、分かってるって』


 言われずとも、正面に座す雄也にはアイリスの様子が丸見えだ。

 どうにかして逸る気持ちを隠そうとしながらも全く隠せていない姿から、彼女がどれだけ楽しみにしてくれているかが分かる。

 しかし、こう改まると何だか気恥ずかしい。切っかけが何とも掴めない。


『あれですか? 焦らしプレイですか?』

『ちょ、そんな言葉どこで覚えた!?』

『そんなことはどうでもいいですから!』

『あー、はいはい』


 メルとクリアから急かされ、雄也は一つ咳払いをしてから意を決して口を開いた。


「えっと……と言う訳で、アイリスにプレゼントを買ってきた。その、すっかり当たり前になっちゃったけど、毎日家事を頑張ってくれてるアイリスには感謝してる」

【それは、私自身がしたかっただけだから】

「それでも、だ。何より、俺が召喚魔法の精神干渉から解放されて精神的に参ってた時、傍にいてくれて本当に救われた。ありがとう」


 一度話し出すとすんなりと心の内を告げることができ、雄也は自然と最後の感謝の言葉に柔らかい微笑みを重ねていた。

 それによって偽りのない本心として言葉が伝わったのか、アイリスは頬を赤くしながら満たされたような小さな笑みを返してきた。

 さっきまでのそわそわした気持ちも和らいでいるようだ。


「だから……気に入るか分からないけど、受け取ってくれると嬉しい」


 そして雄也はそう言いながらプレゼントの入った箱に手を置くと、それをテーブルの中央からアイリスの前へと移動させた。


【開けていい?】

「勿論」


 問いの文字に頷くと、彼女は大切な宝物を扱うように丁寧に箱を手に取った。

 そして、ゆっくりとその蓋を開ける。

 次の瞬間、アイリスは目と口を開いた。まるで文字を作るのも忘れ、「あ」と驚きの声を上げようとするかのように。

 少しの間、固まったようにそれを見詰め、それから彼女はおずおずと文字を作り始める。


【ユウヤ、獣人テリオントロープの私にこれを送る意味、ちゃんと分かってる?】

「メルちゃんとクリアちゃんから教わった。まあ、色々とけじめをつけないといけないことはあるけど、その、アイリスに持っていて欲しいなって」


 先程までと打って変わり、その言葉は口にするだけで一日分の精神力を消費したような気分になった。緊張で胸が苦しくなってくる。

 いくら普段から彼女の好意をひしひしと感じていても、不安なものは不安だ。

 アイリスが俯いて顔を隠すものだから尚のことだった。しかし――。


【ありがとう。凄く、嬉しい】


 それは照れ隠しだったらしく、そんな文字が彼女の前に浮かぶ。

 琥珀色の髪の間から僅かに垣間見える彼女の肌は、初めて見るぐらい真っ赤になっていた。完全に茹で上がって蒸気でも出そうな程だ。


「アイリスさん、真っ赤だね」

「全く、こっちまで恥ずかしくなってくるわ」


 楽しげなメルとクリアの感想に、二人の存在を思い出して雄也もまた顔が熱くなった。

 途中から完全に彼女達のことを忘れていた。

 アイリスもそこで二人の前だったことに気づいたようだ。

 それによってさらに羞恥を煽られたのか、彼女は既に小さくなっていた体をさらに縮めようとするかのように肩に力を入れている。


「ア、アイリス?」


 プルプルと震え出した彼女は、その呼びかけにピクリと反応してパッと顔を上げた。

 そして、もう開き直ることにしたのか、彼女は素早い動きで箱の中から琥珀色の首輪を取り出すと、自身の首に着けた。

 犬耳+メイド服に加えてのそれは、殺人的な組み合わせだ。

 獣人テリオントロープがそうする意味合いも考えると、尚のこと胸に来るものがある。

 その上、僅かに首を傾げたアイリスからいつも以上に柔らかい笑みを向けられては、うるさいぐらいに心臓が鳴るのも仕方のないことだろう。

 しかし、同時に心が温かく満たされてもいて、異なる感情の交錯に頭が茹りそうだ。


「ユウヤさん、よかったですね。受け入れて貰えて」


 純粋に喜んでいる感じに笑うメルだが、それは無自覚な追い打ちだ。


「お幸せに」


 対照的に意地の悪い口調で言うクリアは、完全に自覚ありに違いない。

 本来は彼女達のための外出だったはずが、とんだ展開になってしまった。いや、むしろいい切っかけになったかもしれないが。

 何より、そのおかげで双子との距離もさらに縮まった気がする。

 ネタにされるような雑な扱いは気安さの裏返しだ。


「私達のアドバイスのおかげですね」


 そう言って鼻高々なクリア。その隣ではメルもうんうんと得意げに頷いている。

 彼女達に限って言えば、子供らしい生意気さが僅かなりとも見えると微笑ましく感じるし、とても安心できる。

 表情を見る限り、それこそが彼女達の自然体だろうから特に。


「……そうだな。二人のおかげだ。なら、二人にもお礼しないとな」


 彼女達がそういう顔をもっと見せてくれることを期待して、雄也はそう切り出した。


「お、お礼、ですか?」

「そ、そんなつもりで言った訳じゃ……」


 しかし、二人は慌てたように遠慮する素振りを見せる。

 色々言ってもまだ壁が残っているのだろう。


「いいからいいから。もう買っちゃったし。〈アトラクト〉」


 少し強引に言って、プレゼントを魔法で転移させ始める。

 デフォルメされたシャチらしき生物を模ったぬいぐるみだ。

 割と大きいので一旦魔法で家に送っておいたのだ。それを一つずつ呼び寄せて――。


「はい。メルちゃん。クリアちゃんにも」


 二人が戸惑っている間に押しつけ気味に手渡す。

 彼女達はそれを受け取って、尚のこと困ったように視線を彷徨わせた。


「あ、あの」

「……もしかして気に入らなかった?」

「い、いえ、凄く可愛いと思いますけど」


 そう言いながらギュッと全身で抱き締めた辺り、メルの言葉に嘘はなさそうだ。

 隣のクリアも周りの目を気にしてか微妙に体から離してはいるが、しっかりと掴んだままでチラチラと何度も盗み見ている。

 ぬいぐるみ好きな彼女の趣味にも合ったようだ。


「返品は、受けつけないからね」

「さすがにそんな失礼な真似、しませんよお」


 雄也は軽く言ったが、メルは慌てたようにそう言った。


「じゃあ、部屋に送っておくといい。まだ色々見て回るから」

「は、はい。〈トランスミット〉」


 メルはあたふたしながら、ぬいぐるみを魔法で転移させた。

 僅かに遅れて少々名残惜しそうにしながらクリアも同様にする。


「クリアちゃんも気に入ってくれたみたいでよかった」

「ベ、別に、そんな…………」


 否定しようとしつつも、すぐに声を小さくするクリア。

 貰ったプレゼントである手前、さすがに自分を偽って大人ぶろうとするのは礼儀を欠くと思ったのだろう。


「ありがとう、ございます」


 そして最終的には感謝をする辺り、根がいい子だとよく分かる。


「けど、あんなにいいものを貰ってそのままって訳には……」

「そうです。わたし達もお礼しないと」

「お礼のお礼って君らね」


 お歳暮やらお中元やらではないのだから、と軽く呆れを込めて言う。


「そんなの必要ないって」

「それは駄目です! 大したこともしてないのに対価が大き過ぎます!」


 雄也の言葉に対し、クリアは身を乗り出して強硬に主張する。

 メルもまた同じ考えなのか、ジッとこちらを見詰めていた。

 これは何か彼女達に要求しないと二人共納得しなさそうだ。

 チラッとアイリスを見ると、彼女も少し困ったようにしながら頷いた。


「じゃあ、二人共。丁寧語をやめてくれないか?」

「え? て、丁寧語を、ですか?」

「そう。そういうの。距離を感じて何か、さ」


 遠慮気味に問い返すメルに対し、雄也は首肯しながら言った。


「それに、俺の友達と微妙にキャラが被ってるんだよ」


 それから冗談めかしてつけ加え、さらに言葉を続ける。


「だからさ。もうちょっと砕けた喋り方、できないかな?」

「「え、ええと」」


 その雄也の問いに、メルとクリアは互いに困り顔を見合わせた。

 これまで見た限り、彼女達が気安い口調を使うのは双子同士で話をしている時だけだ。

 当たり前のこととも言えるが、それこそ二人でいる時しか気が休まらないのではないかとも思ってしまう。あの頑なさを見ていると特に。

 以前透けて見えた義務感。その原因の一端は、そこら辺にある気がするのだ。

 それを、話し方を矯正することで解消できないかと思った訳だ。


「でも、その、ユウヤさん年上ですし、失礼になります」

「俺が失礼だと思わなければ失礼じゃないって」

「で、ですけどお」


 間延びした語尾に彼女の困惑がよく表れている。

 そんなことを要求されるとは思いもよらなかったのだろう。


「折角一緒に暮らしてるんだからさ。もっと家族みたいにできればなって思って」


 雄也がそう言うと、メルとクリアは動揺したように視線を揺らした。


「家族……」


 そしてポツリと呟かれたクリアの言葉に、雄也は首を縦に振った。


「そうそう」


 噛み締めるような彼女の声色を気にしつつも、この場はわざと軽く言う。


「二人は妹。俺が兄だな」

【ユウヤがお兄さんなら私は義理の姉。ユウヤの正妻的な意味で】


 平たい胸を張りながら文字を作るアイリスは一先ずスルーしておく。


「そんな訳で、俺のことはお兄ちゃんと呼ぶように」

「あ、あのお、さっきと内容が変わってますけど」

「お兄ちゃんだと思って話してくれってこと」


 尚のこと当惑したように言うメルに、雄也は人差し指を立てながら言った。

 ごっこ遊びでも長く長く続けていれば、そのつもりになるものだ。


(思い込み。自己暗示って奴だな)


 本当の兄妹とまではいかなくとも、少しは心の壁が薄くなってくれるかもしれない。


「ですけど……」

「お礼のお礼、してくれるんだろ?」


 まだ渋る彼女達に、少し意地悪な笑みを浮かべながらそう問いかける。


「……はあ、もう」


 すると、クリアが色々と諦めたように少々雑な感じで溜息をついた。


「クリアちゃん?」

「姉さん。私達が言い出したことなんだから仕方ないわ。兄さんは最初、そんなの必要ないって言ってた訳だし」


 クリアはメルにそう諭すように言うと、僅かに顔を赤くしながら視線をこちらに移した。


「これでいいんでしょ? 兄さん」


 そして恥ずかしさを不機嫌さで覆い隠すように唇を尖らせつつ、ジト目を向けてくる。


「うん。ばっちりだ。クリア」


 そんな彼女を雄也は妹を呼ぶように呼び捨てにして、その頭を柔らかく撫でた。

 クリアは少し鬱陶しそうにしつつも、頬の赤みを強めながら目を閉じて受け入れていた。

 そんな不満を装った姿に微苦笑してから、雄也はメルを振り向いた。


「メル?」

「あう、そ、その」


 メルは妹の様子を見て、少し躊躇うように視線を彷徨わせていた。

 それから彼女は覚悟を決めたように一つ頷いて――。


「お、兄、ちゃん?」


 上目遣いと共に若干問い気味にそう呼びかけてきた。

 二人の性格に合った異なった呼び方は何だかグッとくる。

 だから、雄也は自然と顔が綻ぶのを自覚しながら、クリアと同様にメルの青い髪の流れに手を沿わせた。そうすると、彼女もまたはにかむように俯きながら頬を赤く染めた。


「うー、恥ずかしいよお」


 そして、全身を縮こめるようにもじもじとするメル。実に可愛らしい反応だ。

 年齢相応の愛らしさが十二分に見え、何となくホッとする。


「……変な人」


 むくれながら呟くクリアの表情も実に子供っぽい。

 これが彼女の自然な顔なのだと改めて実感できる。

 それを微笑ましく見ていると、クリアが誤魔化すように一つ咳払いをした。


『と、ところで兄さん。アイリスさんが拗ねてるけど、いいの?』


 それから彼女は呆れを含んだ言葉を〈クローズテレパス〉で伝えてきた。

 言われてアイリスを見ると、確かに彼女は所在なさげにチビチビと紅茶を飲んでいた。


「ア、アイリス?」


 名前を呼ぶと、アイリスはティーカップを置いて顔を少し上げた。

 しかし、その視線は斜め下の方を向いていて、目を合わせてくれない。


【無視された】

「いや、そういう訳じゃ――」

【三人で楽しそう】


 完全に不貞腐れているようだ。


【首輪、くれたのに】


 普段ならこれぐらいで拗ねる彼女ではないはずだが、作られた文字の通り、プレゼントを貰った直後だっただけに殊更気になってしまったのだろう。

 何にせよ、こういう彼女は初めてで一体どうフォローすればいいものかと困り果ててしまう。だから、雄也は無意識にメルとクリアに視線で助けを求めていた。すると――。


「もう。仕方のない兄さんね」


 クリアがやれやれと言わんばかりに肩を竦め、メルに目で合図を送る。

 そのアイコンタクトだけで伝わったのか、はたまた〈クローズテレパス〉で伝えられたのかは分からないが、彼女は妹の意図をしっかり受け取ったようで首を縦に振った。


「えっと……アイリスお姉ちゃん、お兄ちゃんが困ってるよ?」


 そして、メルはアイリスを覗き込むようにしながら言った。

 そんな彼女の行動に、アイリスはばつが悪そうに逆方向に目を逸らす。

 スルーされていた自分の発言を受けて「お姉ちゃん」と呼ばれたのだから尚更だろう。


「アイリス姉さん。機嫌、直して?」


 そこへ続けてクリアからも宥められては、さすがにアイリスも不機嫌を保つことはできなかったようだ。諦めたような表情と共に前を向いて、少しの間だけ目を閉じる。

 ちょろいと言うよりは、最初から本気ではなかったのだろう。


【ん。私も大人げなかった。正妻の余裕が必要】


 自戒するように文字を作ったアイリスは、雄也の目を真っ直ぐに見ると頭を下げた。

 そうしながら【ごめんなさい、ユウヤ】と宙に浮かべた字を改める。


「いいよ。むしろ、そういう反応も新鮮だったし、少し嬉しくもあるから」


 好意故のその態度だと分かるから、決して不快などではない。

 無表情をツンツンしていると誤解するのではなく、可愛らしく機嫌が悪い彼女を見ることができるのも一種の特権と言うものだろう。

 そんな雄也の言葉に、ホッとしたように小さな笑みを浮かべるアイリスの姿もまた。


「さて、と……そろそろ出ようか」


 話題も一段落という雰囲気になり、雄也はそう言って全員を見回した。

 何だかんだで、割と喫茶店に長居してしまった気がする。男故の感覚かもしれないが。

 それはそれとして、以前何度かここで超越人イヴォルヴァーと遭遇したことを考えると余り長々と留まりたくない。余計なイベントが発生してしまいそうな気がする。


「他に何か見たいのがあるの?」


 そうメルに問われ、雄也は「ああ」と彼女に答えながら言葉を続けた。


「魔動器をちょっと見たいんだ」

「既存のもの? オーダーメイド?」


 魔動器という言葉に反応し、少し早口で問うてくるクリア。魔法技師のさがという奴か。


「既製品としてあるかは分からないな。こういう機能ってイメージはあるんだけど」

「そういうことなら私達の出番ね。技術として確立されてるものなら、既製品じゃできない細かいカスタムまでして見せるわ。勿論、新しい技術でも挑戦するし」

「お金は応相談だけどね」


 申し訳なさそうにメルが補足するが、それは当たり前のことだ。


【次の行き先は決まり】


 そうして雄也が会計を済ませて喫茶店を出て、先導するメルとクリアに続いて街を行く。

 いつものようにアイリスは雄也の隣に来るが、また一段と距離が近い。

 何度もぶつかってしまう手と手でそれが分かる。

 と言うか、頻度的にアイリスが意図的に触れている節がある。

 そう感じられるだけに断続的な接触はかえって恥ずかしく思う。

 だから、雄也は思い切ってアイリスの手を捕まえて軽く握った。すると、彼女の手は驚いたように一瞬逃げようとするが、すぐに力を抜いて柔らかく握り返してくる。

 しかし、よくよく見て掴んだ訳ではないため、少々しっくりこない。

 互いに収まりがいい形を探り、そうこうしているといつの間にか指を交互に絡めるいわゆる恋人繋ぎになっていた。必然的に腕を組むように距離がさらに縮まる。

 それに気づいてしまうと先程の比ではない強烈な気恥ずかしさを抱くが、今更やめるのも躊躇われ、そもそもやめたい訳でもないので結局そのままになる。


「えっと……アイリス?」


 とは言え、相手があることなので一応意向を確かめるために呼びかけて視線を向ける。

 すると、彼女はこれが自然な形だと言わんばかりの澄まし顔でこちらを見上げてきた。

 しかし、顔の赤さで感情の揺れが丸分かりだ。


「はあ、もう。熱い熱い」


 そんな雄也達に対し、先頭を歩くクリアは振り返って呆れ気味に口を開いた。


「全く、妹の前でそういうのは自重してよね。兄さん、アイリス姉さん」

「まあまあ、クリアちゃん。記念すべき日なんだから大目に見てあげようよ」


 次いで、同じく前を行くメルがフォローにならない追い打ちをしながら楽しげに笑う。


「二人共、ちゃんと前を見ないと危ないぞ」

「「はーい」」


 からかい気味の言葉をスルーして注意すると、メルとクリアは子供っぽい間延びした返事をしながら前を見た。

 しかし、結局それはその場限りのことで、二人は道中冷やかすような視線を何度も向けてくる。そんな双子の反応も幼い妹がしていると思えば悪くはない。


【本当に妹ができたみたい】


 アイリスも同じ気持ちらしくそう文字を作るが、それでも恥ずかしいことに変わりはないので若干困ったような微苦笑を交わし合う。

 それでも互いに手を離したりはしなかった。


(妹、か。……本当の家族みたいに二人が気を使わなくて済むようになって、あの頑なな感じが完全に消えてくれたらいいな)


 逆に自分の心が満たされるような感覚を抱きながら、そう思う。

 掌に感じる温もりと眼前を仲よく歩く二人の姿に、異世界アリュシーダでの自分の居場所がより確かなものになった気がしてくる。

 だから雄也はアイリスの手を握る力を少し強め、それに応じてしっかり握り返してくる彼女を確かに感じつつ、新しくできた妹達の背中を追いかけたのだった。

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