第十二話 閃影

①遊びに行こう

 双子がラディア宅に滞在するようになってから一週間が過ぎた。

 未だにMPリングの分析に進展はなく、メルとクリアの表情も優れない。

 睡眠不足と肉体的な疲労も重なっているためか、あからさまにフラフラしている。

 勿論、そんな様子を見てはさすがに放置することなどできる訳もない。雄也達も何度か休むように言っている。

 しかし、二人は「大丈夫です」の一点張り。それも曇った顔を隠すように笑顔で返されるものだから、どうにも強く窘められずにいた。

 そして現在。アイリスが作ってくれた夕食を食べ終わった後も、メルとクリアはすぐに部屋に戻ってMPリングの分析を再開していた。


「さすがに心配だよ。このままだと本当に倒れちゃうんじゃないかい?」


 食卓に肘をつきながら、フォーティアが困ったように溜息をつく。


【無理し過ぎ】


 洗いものを終えて食堂に戻ってきたアイリスも会話に参加してくる。

 彼女は雄也の隣の席に座り、しかし、食事の時よりも近い位置に椅子を移動させていた。


「少し過剰ですわよね。何か事情があるのでしょうか」


 プルトナもまた心配そうにしつつ、そう言って首を傾げる。

 しかし、それを知るだろうラディアは仕事中。

 それ以前に、突っ込んだ話を聞いていいものかどうかも迷う。

 事情を知って解決できる話とも限らない。

 皆が同じ疑問を持ちつつも、少なくともこの場では答えを得ることはできず、一時的に沈黙が場に満ちていた。


(こんなに皆を心配させて)


 一人一人を見回しながら、そう思って嘆息する。

 プルトナは難しい顔をし、フォーティアは上半身を食卓に投げ出して頭をかいている。

 アイリスも表情が乏しいなりに琥珀色の瞳に憂慮を浮かべていた。

 当然、雄也も同じ気持ちだった。


(……本当に困った子達だ)


 心配をかけさせまいと強がって、結局は周囲に心配をかけさせてしまう辺りは、あくまでも十二歳の子供というところか。

 意識しての言動なのか、無意識でのものなのかは分からないが。


(でも、そうなんだよな。十二歳なんだ)


 子供の時分に余り睡眠を蔑ろにすると成長に影響が出かねない。

 世の中には幼い外見を好む者もいるが、健康を害してまで目指すものではない。

 何にせよ、その部分に関しては当人達の本意でもないだろう。


「……こうなったら強引に休ませるか」


 雄也は腕を組み、眉間にしわを寄せながら呟いた。


「それができればそうすべきだと思うけど、どうするんだい? あの子ら、言って聞くような感じじゃないよ?」

「……それは――」


 フォーティアに問われ、少し言い淀む。

 自由を信条とする身としては、正直積極的に取りたくない手法だったからだ。

 しかし、そこを敢えて曲げて口を開く。

 己の信念に言い訳をするならば、あくまでも自分自身の精神衛生を保つため。

 その結果、責任を取ることを要求されるならば、それは甘受しなければならない。

 そこまで考えてから再び口を開く。


「闇属性の魔法で無理矢理眠らせようと思う」


 精神干渉を行い、眠気を増大させる。疲労を蓄積した今の状態ならば、それで彼女達は睡魔に負けて夢の世界に旅立つはずだ。

 後は思う存分、体力が回復するまで眠ればいい。


「成程。それでしたらワタクシの出番ですわね!」


 腰に左手、反らしたふくよかな胸に右手を当てながらプルトナが言う。


「早速行ってきますわ」


 彼女はそう続けるや否や立ち上がり、食堂を出ていってしまった。

 兵は拙速を尊ぶとでも言わんばかりの素早い行動だ。


「ちょ、待――」


 若干慌て気味にその後についていく。


「入りますわよ」


 そうして一言断ってメルとクリアの部屋に入っていくプルトナ。

 彼女に続いて扉を潜るが、二人は全く気づかない。

 やはり物凄い集中力だ。


「危険な作業は……していませんわね。では……〈フィールドラウジー〉」


 プルトナは早速、彼女達へと手をかざして闇属性の魔法を使用した。

 その魔力は空間を伸びていき、やがて二人に到達しそうになる。正にその瞬間――。


「え?」


 それは二人の周りで急激に薄れ、彼女達に触れつつも何の影響も及ぼさなかった。

 しかし、魔法を向けられた感覚はあったらしく、メルとクリアはようやく雄也達に気づいて作業を止めた。


「一体どういうつもりですか?」


 クリアが眉をひそめながら若干敵意の滲んだ声で問うてくる。

 メルもまた不満げに唇を尖らせながら、こちらを半ば睨むように見ていた。


「あ、いえ、その……」


 抗議の意思の強い四つの目を前に、実行犯であるプルトナはしどろもどろになりながら振り返り、視線で助けを求めてくる。

 押しの強い彼女も、自分より幼い子供には弱いようだ。

 突っ走り癖はどこまで行っても変わらないようだが。


「えっと、今のは?」


 助け舟になるかは分からないが、誤魔化し気味に尋ねる。すると――。


「自分に向けられた闇属性魔力を散らす魔動器の作用です。精神干渉への備えとして、私達が作りました」


 クリアは、ポケットからキーホルダーのようなものを取り出しながら答えた。

 どうやら、それが彼女の言う魔動器のようだ。


「って、話を逸らさないで下さい」


 少し怒ったように言うクリア。

 割と落ち着いている彼女も、珍しくハッキリと不機嫌そうだ。

 突然魔法をかけられそうになったのだから、当然と言えば当然だろう。

 諦めて正直に話すことにする。


「二人共そろそろ体力の限界っぽかったから、少し休んで貰おうかと思って」

「そんな、大丈夫だって言ったじゃないですか! もう!」


 雄也の言葉にメルが頬を膨らませながら抗議する。


「大丈夫そうに見えないから問題なんだ」


 相変わらず自分の状態を顧みない彼女の様子に呆れつつ、一拍置いて静かに諭すように言葉を続ける。ちゃんと伝わるように、少し屈んで彼女と視線の高さを合わせながら。


「メルちゃん、クリアちゃん、いいかい? 無理をしたいなら、誰かに悟られるようじゃ駄目だ。最後まで周りを騙し切れないなら、そんな真似はしちゃいけない」


 彼女達が想定していた説教と趣が違ったのか、二人は目をパチクリさせた。

 単純に心配だからの一辺倒で来ると予想していたのだろう。

 だが、頑なになっている時にそう来られると、逆にもっと頑固になって拒絶してしまうものだ。余計なお世話だと思った経験が雄也にも何度かあった。


「他人に心配をかけたら、こんな風にお節介を焼かれたりするんだ」


 それに、周囲に隠す程度の余力もない無理は大抵失敗に終わるものだ。


「だから、ある程度折り合いをつけて周りに迷惑をかけない程度に抑える方が、かえって自由にやれる割合が大きくなることもある。勿論、全部無視して強硬に自由を貫こうとするのも選択肢としてはありだけど」

「で、でも……」


 メルが群青の瞳を揺らす。真正面から目を逸らさない雄也に動揺したようだ。

 そんな弱々しい様子のメルの頭を軽く撫で、今度はクリアに視線を移す。と、彼女は真っ直ぐこちらを見詰めてきていて、必然目と目がバッチリ合った。


「だったら、私達が好きにするのも構わないはずです」


 そして強い視線と共に、クリアはそう反論してきた。


「そうだね。ただし……俺達の余計なお世話を防げたら、ね」


 雄也はそう返しながら、やや簡単に崩したいつもの構えを取った。


「君達に休んで貰わないと、俺達の精神衛生によくないからさ」

「また魔法ですか? 申し訳ないですけど効きませんよ。私達自身、魔力はAクラスですし、この魔動器もあります。Sクラスの精神干渉も散らす自信があります」

「井の中の蛙、大海を知らず。まあ、俺だって偉そうに言えないけど……アサルトオン」

《Change Satananthrope》


 電子音が部屋に響き、体が急激に変質していく。

 暗闇が人の形を取ったが如き異形。

 魔人サタナントロープが進化した姿とされる真魔人ハイサタナントロープと同じ外見を持つ存在へと。


「そ、その姿は!?」


 それを目の当たりにし、驚愕を言葉に表すクリア。

 隣にいるメルも目を見開いていた。

 彼女達がそうしている間に、雄也の全身を純白の鎧が覆い、黒銀の紋様が走っていく。


「オ、オルタネイト?」


 突然の展開に混乱した様子を見せる二人を余所に、雄也は右手を掲げ――。


「さて、じゃあ、お休み。二人共。〈フィールドラウジー〉」


 そう告げてプルトナが使用したものと同じ魔法を発動させた。

 しかし同時に、メルとクリアが作った魔動器が作動し、魔力が散らされていく。

 オルタネイトとなったことで感覚的にそれが分かる。

 とは言え、その程度で常識から逸脱したオルタネイトの魔力が全て防がれるはずもない。


「あ……」


 結果、二人の瞼は瞬く間に落ち、意識を失ったようにその体がグラリと傾く。


「おっと」

《Change Anthrope》《Armor Release》


 雄也は変身を解除すると共に、慌てて彼女達を抱き留めた。


(……小さいな)


 こうして至近距離から触れ合うと、十二歳の女の子だと強く実感される。

 メルは言わずもがなという感じだが、普段は大人びた印象のあるクリアでさえ、眠っている顔はとてもあどけない。疲れているからか酷く無防備だ。


「アイリス」


 そう名前を呼びながら振り返ると、アイリスは予測していたように既に雄也のすぐ隣に来ていた。そのまま彼女は近くの側にいたメルに両手を伸ばす。


【任せて】

「ああ、頼む」


 そんなアイリスにメルを預け、雄也はクリアを抱きかかえた。

 余りの軽さに少し戸惑いながら。

 身体能力の向上以上に、彼女達の華奢さを感じる。

 だから、雄也はガラス細工を扱うように慎重にベッドへと運んでいった。


(ごめんな。無理矢理)


「……お休み」


 罪悪感を吐き出すようにしつつ、もう一度告げて彼女の頭を一つ撫でる。すると――。


【クリアちゃん、ずるい】


 早々にメルをベッドに横たわらせ、その様子を見ていたアイリスが不満げな顔をした。

 ちょっとその反応の意味は分からない。


「確かにずるいですわ」


 首を傾げた雄也を余所に、プルトナが同意するように頷いた。


「まー、こればっかりは小さい子の特権だね」


 仕方がないと言わんばかりのフォーティアも、二人の意図を理解しているようだ。


「えーっと、もしかして、これ?」


 直前の行動を思い出し、再度クリアの髪に軽く触れる。


【そうされながら寝入りたい】


 どうやら正解だったらしく、アイリスはさらに不満を強めながら文字を作った。


「いや、少なくともアイリスは俺より後に寝るんだから無理だろうに」


 雄也の指摘に、彼女は葛藤するように微妙に渋い顔をした。

 実際アイリスが普通に眠っているところを見たことはない。

 夜は最後まで起きているし、朝は誰よりも早い。正直頭が下がる思いだ。

 そんな彼女のお願いなら聞いて上げたいし、自分自身そうしたい気持ちもある。


「じゃあ、たまには俺が消灯とかするか?」

【それは駄目。家事は正妻の仕事。我慢する】


 雄也の問いに対して、アイリスは苦渋の決断をしたように文字を改めた。

 その辺は彼女にとって大事な拘りらしい。

 そんな姿に苦笑しつつ、同じく不満げだったプルトナに視線を移す。と、彼女は若干気まずげに目を逸らした。

 我慢したアイリスを見て、彼女も自重することにしたようだ。


「さて、皆でメルとクリアの寝顔を鑑賞しててもしょうがないから、一先ず出よっか」


 そのやり取りをニヤニヤと見ていたフォーティアが手を叩いて促す。

 そんな彼女に従って双子の部屋を出て、雄也達は一旦談話室に戻った。

 そうして、それぞれ席に着いてからフォーティアが再び口を開く。


「とりあえず眠らせたのはいいけどさ。このままだと繰り返しになるんじゃないかい? 双子が起きたら無理しないように説得しないと」

「ああ、まあ、確かにそうなんだよな」


 彼女の言葉を受け、どうしようかと頭を捻る。


「……遊びにでも連れ出してみようか」

「それがいいと思いますわ」


 同意するプルトナから残る二人に目を向ける。

 顔を見る限り、彼女達も同じ意見のようだった。


【とりあえず学院長に相談してみないと】


 そして、そういうことになり、ラディアの帰宅を全員で待つ。

 それから数時間後。大分夜も深まった頃に、彼女の魔力の気配が庭に生じた。

 やはり行方不明事件の関係で忙しいのだろう。早朝から出ていくこともあるし。


「今帰ったぞ。……っと、珍しいな。全員起きているとは」


 玄関に集まった面々を見て驚いたように言うラディア。

 彼女の言う通り、この時間帯だと普段はアイリスが起きているかどうか、という程度だ。


「ラディアさん、メルとクリアのことで少し」


 驚くラディアにそう切り出し、全員で再び談話室へ。

 そこで、まず二人を眠らせたことを報告し、それから彼女達が無理をする理由を尋ねる。


「お前達も中々無茶をする」


 ラディアは苦笑いしながら言い、それから表情を引き締めて言葉を続けた。


「あの二人も家庭環境に少々問題があってな」

「家庭環境、ですか?」

「うむ。細かいところは省くが、育児放棄のような状態にある。そういうこともあって、役に立たなければ捨てられる、という強迫観念を持っているのかもしれん」

「強迫観念……」

「私に対しても、恩返ししないといけないと強く思い込んでいるのだろう。その辺り、無条件で傍にいてくれるような、理想的な家族のような存在がいてくれたらと思う」


 腕を組み、目を閉じて少し悔いるように言うラディア。

 恐らく、メルとクリアが苦しんでいる時に手を差し伸べたのだろうが、逆にそのために気安い関係を作ることができなかったのだろう。


「何にせよ、遊びに行かせるのは賛成だ。二人を頼む」


 真剣な様子で頭を下げるラディア。

 そんな彼女に、雄也は「はい」と真摯に頷いたのだった。


 そうして彼女の許可を取って翌日の昼下がり。

 魔力吸石集めの日課を終え、訓練の途中、一旦双子の様子を見にフォーティアの〈テレポート〉で家に帰ってきたところで――。


「ユウヤさん! 腕輪をどこに隠したんですか!」


 玄関を飛び出してきたメルが、プンプンと怒りながら詰め寄ってきた。

 昨夜の内にラディアに協力して貰って移動させておいたのだ。


「素直に白状して下さい」


 遅れて、不機嫌そうなクリアも彼女の隣に並ぶ。

 二人共〈テレポート〉の魔力の気配を感じて飛び出てきたようだ。

 朝、家を出た時は二人共ぐっすりだったが、自然と目が覚めたようだ。


「……じゃあ、ユウヤ。後は頼んだよ」


 雄也の肩を軽く叩き、フォーティアがポータルルームに戻っていく。

 二人を遊びに連れていくのは、結果的に眠りの魔法をかけた張本人となった雄也と、家で一番多く接していたアイリスだ。そういう風に昨日決めたのだ。

 ちなみにフォーティアとプルトナは、戦闘力で大幅にアイリスに劣っているため訓練を優先した方がいいと全員で判断した。


「「ユウヤさん、答えて下さい」!」


 去っていくフォーティアを余所に、二人がぶつかりそうになるぐらいに近づいてくる。

 魔法をかけられたことを根に持って、完全に雄也だけにロックオンしているようだ。

 しかし、何と言うか怒りのおかげで逆に遠慮がなくなった感はある。


「答えて欲しかったら、買いものにつき合って貰おうか」


 そんな二人に、用意しておいた交換条件を突きつける。


「「は、はい?」」


 戸惑いの声をシンクロさせ、同時に首を傾げるメルとクリア。

 意味が分からないとでも言いたげだ。

 正直、言っている当人でも腑に落ちる理屈ではないと思うが、ここは押し通させて貰う。


「アイリス」


 雄也は後から外に出てきた彼女の名を呼び、そうしながら視線で合図を送った。


【ん。二人共、出かける準備して】


 アイリスはそう作った文字を見せ、メルとクリアの背中を押して家の中に戻っていく。

 彼女達は突然の展開に理解が追いついていないようで、されるがままになっていた。

 家に入って見えなくなるまでポカンとした顔のままだったのが、実に印象的だった。


(よし。じゃあ、俺も用意するか)


 そうして雄也もまた玄関を潜り、自室へと向かったのだった。

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