②三十秒の超越

「〈ワイドエアリアルサーチ〉」


 その魔法を発動させた瞬間、体内に蓄えられていた膨大な魔力が、薄く引き伸ばされて周囲に広がっていった。

 普通ならば精々半径数十メートルが限度の全域探知魔法。

 しかし、オルタネイトとしての規格外の魔力と、切り札の副次的な効果で向上した魔力制御によってそれは街の隅々、どころか街の外郭を超えた場所にまで行き渡っていく。

 とは言え、所詮探知魔法は探知魔法。魔動器によって魔力を遮られてしまえば、特定の人物の居場所を把握することはできない。だが――。


「見つけた」


 雄也は口の端を吊り上げた。


「アサルトレイダー!! この空白に向かえ!!」


 通常使われる魔力パターンを用いたピンポイントの探知とは違い、〈ワイドエアリアルサーチ〉は一定範囲に存在する物体の配置を大まかに把握する魔法だ。

 だからこそ逆に魔力を遮る不自然な空間を見つけ出すことができる。そして、今の状況であれば、その中心にこそ目的の存在はいるはずだ。


「街の外、アネモイ平原の中央。移動してるのか?」


 街中の拠点に戻るのは危険と考えての行動だろう。アレスも知らない隠れ家があるのかもしれない。しかし、さすがに、このタイミングで位置を特定されるとは思うまい。


「遮るものの少ない平原じゃ空中からだと、かえって目立つか。地上から行くぞ」


 一旦街の中で地上に降り、魔動機馬を走らせて東門から街の外に飛び出す。


「〈エリアサイレンス〉〈エリアデオドライズ〉」


 己の周囲に発生する音と匂いを魔法で消すと共に、空白の進行方向から敵の向きを判断して背後まで迂回してから近づいていく。


(そろそろ見えてもいいはずだけど……)


 塵一つ見逃さないように目に力を込める。と、チラチラと明滅するように複数の人影が見えた気がした。しかし、ハッキリとは視界に捉えられない。

 影の大きさからして、ここから見えなくなるなどあり得ないはずなのだが……。


(これは……もしかして認識阻害って奴か?)


 変身状態で魔力の底上げがなされていなければ、あるいは、気づくことができなかったかもしれない。それ以前に、オルタネイトの力なくして探知も不可能だったが。


「アサルトレイダー、合図をしたら突っ込め。もう一度切り札を切る」


 やや速度を緩め、その準備を整える。


「今だ。行け!!」


 その言葉に合わせて魔動機馬が一気に駆け出す。魔法の効果で全く音もなく。

 見る見る影が近づき、徐々に姿がハッキリとしていく。やはりと言うべきか、距離に依存して認識阻害の効力は変わるらしい。

 中心にはアレスに似た年上の男。周りには超越人イヴォルヴァーらしき女性的な特徴を残した異形が十人。その虚ろな様子を見るに、間違いなく〈ブレインクラッシュ〉の影響を受けている。

 その内の一人がアイリスを肩に担いでいた。彼女は気を失っているのか、ピクリとも動かない。その様子に怒りの感情が尚のこと燃え上がっていく。


「なっ、貴様は――」


 至近距離に入り、アンタレスを囲む超越人イヴォルヴァー達が気づき出したことで、ようやく彼もまたこちらを振り返った。

 そして、瞬時に真超越人ハイイヴォルヴァーへと姿を変え、アイリスを奪い返させまいとしてか彼女に近づこうとするが――。


(もう遅い!)


「〈オーバーアクセラレート〉!!」


 魔法を発動させると共に、アサルトレイダーから飛び降りる。

 使用したのは、身体強化魔法〈フルアクセラレート〉をも遥かに超える身体の強化を実現する魔法〈オーバーアクセラレート〉。体にかかる負担は〈フルアクセラレート〉の比ではなく、生命力Sクラスだろうと下手をすれば死に至る。

 しかし、切り札の副次作用たる精密な魔力制御のおかげで、僅かな時間に限定されるが雄也はこの魔法を支配できるようになっていた。


《Sword Assault》


 極限をさらに超えて強化された身体の恐るべき速度を以って、アイリスを抱える超越人イヴォルヴァーにアンタレスよりも先に近づく。

 そして雄也は手にした剣の横薙ぎによって、その超越人イヴォルヴァーの胴体を上下真っ二つに切り裂いた。と同時に投げ出されたアイリスを咄嗟に受け止め、その衝撃を殺すように片膝をつきながら抱き締めた。

 そのままの状態で、大剣を構えて間合いを詰めてきた真超越人ハイイヴォルヴァーの動きを見極める。


「オルタネイトオオォッ!!」


 裂帛の気合いと類稀なる技巧と共に鋭く振り下ろされる両手剣。しかし、〈オーバーアクセラレート〉のおかげで動体視力も向上しているため、軌道の把握は不可能ではない。

 それ故に、力と速さしか特筆すべきところのない雄也の拙い剣であっても、無理矢理に合わせて弾き返すことが可能だった。

 その一撃に大きく跳ね返された剣に引っ張られ、アンタレスは僅かに体勢を崩す。そこへ雄也は返す刀で力任せに切りつけた。しかし――。


「ぐっおおおっ!!」


 敵の技量をさすがと言うべきか、アンタレスは僅かに体を反らして雄也の一撃を回避していた。そのまま彼は大きく跳び退って体勢を立て直す。

 だが、今正に見せつけた力を警戒してか、アンタレスは即座に反撃に出る様子はない。


《Change Therionthrope》《Bullet Assault》


 念のため武装をハンドガンに変更し、その銃口を敵に向けて牽制しておく。

 彼我の距離は十数メートル。Sクラスなら一足飛びの間合いだが、それでも威力を確保できるなら銃の方が有利だ。


(しかし、〈オーバーアクセラレート〉でこれか。……まあ、いい。それより――)


 敵が動かぬ間に、と雄也は敵への意識を残しつつも腕の中のアイリスに視線を向けた。

 今の攻防で揺さぶられたせいで、彼女は今にも意識を取り戻しそうだ。


「アイリス、アイリス」


 覚醒を助けるように名前を呼びながら、その体を軽く揺する。

 果たして雄也の呼び声に答えるように彼女は目を覚まし、ボンヤリとした瞳をこちらに向けてきた。その焦点がしっかりと定まった瞬間、アイリスはハッとしたように目を見開く。そして、口を「ユウヤ」と動かして勢いよく抱き着いてきた。

 そんな彼女を片手で抱き締め返し、その背中をポンポンと軽く叩く。


「大丈夫か?」


 雄也の問いに顔を上げ、僅かに頷くアイリス。しかし、彼女の瞳には見る見る涙が溜まっていき、頬を一粒二粒とこぼれ落ちていく。


「ア、アイリス?」


 初めて見るアイリスの泣き顔に少し動揺する。


【私は、大丈夫。でも、メルティナが、アイツに】


 彼女の掌に作られた大きく乱れた文字に、雄也はおぼろげに何があったのかを察した。

 メルティナ。メイドの中でも接する機会が多く、面倒見のよかった水棲人イクトロープの女性。特にアイリスは彼女から料理を教わっていて、姉妹のように親しくなっていたはずだ。

 そんな人を失ったとなれば、深い悲しみに囚われてしまうのも無理もないことだ。


【他のメイドの人達は、超越人イヴォルヴァーに】


 絶え間なくアイリスの頬を伝う涙を前に、このまま思う存分泣かせて上げたいと思う。

 雄也自身、できるならこの場でアイリスと共に彼女達を悼みたかった。

 しかし今雄也の心にあるのは、アイリスにそんな顔をさせ、メルティナ達を殺した存在への憤怒だけだった。それが他の感情をせき止めている。


「アイリス。今は下がっててくれ。これ以上の犠牲を出さないためにも、俺が仇を討つ」


 彼女から体を離し、立ち上がる。


【でも】

「大丈夫だ。俺を信じろ」


 アイリスの琥珀色の瞳を真っ直ぐに見詰めながら諭すように告げる。彼女は躊躇いを見せながらも頷き、後方で待機する魔動機馬の傍に駆け寄った。


「アサルトレイダー、アイリスを頼む」


 その言葉に答えるように、その純白の装甲に覆われた頭部から光が放たれ始める。

 やがて背に乗ったアイリス諸共、球形の薄い膜が両者を包み込んだ。

 触ってみると弾かれる。結界を張ったらしい。謎の機能だ。


(公平なゲーム、か。まあ、今は感謝しておこう)


 銃口を真超越人ハイイヴォルヴァーと化したアンタレスに向けたまま立ち上がり、正面から対峙する。

 距離は変わらず十数メートル。牽制も多少なり意味があったというところか。

 何にせよ、比較的有利な間合いで戦闘を再開できる。


「秘密結社ストイケイオ代表アンタレス。俺を殺したいそうだな。……やってみろ!」

《Change Phtheranthrope》


 風属性を特化させると同時に新緑色の弾丸を解き放つ。

 相手の属性は土と闇。当たれば威力は絶大なものとなる。


「ちっ、小鬼人ゴブリントロープ共、やれ!」


 大剣を盾として使いながら、残る九人の超越人イヴォルヴァーに指示を出すアンタレス。

 どうやら、まだ〈オーバーアクセラレート〉を警戒しているようだ。


超越人イヴォルヴァーを捨て駒に使うか、アンタレス!)


 小鬼人ゴブリントロープ。ファンタジーに登場するゴブリンのように醜悪な姿に変ぜられ、人格を失って反抗もできない彼女らは、恐れもなく突っ込んでくる。新緑の光弾を避け切れずに小さくない傷を負いながらも、本能に従うが如く。


「……すぐに、解放して上げます」


 操り人形のような虚ろな姿に奥歯を噛み締めながら、雄也はさらに弾丸を放った。

 属性の優位によって一体、二体と、数発の命中を以って力尽きて爆散していく。

 だが、数に勝る彼女らの何人かは、飛来する銃弾をかい潜って間合いを詰めてきた。


「……〈エアリアルライド〉」

《Twinbullet Assault》


 小鬼人ゴブリントロープ達の手がこちらに届くか否か、というところで雄也は大きく跳躍した。

 両手に銃を顕現させながら、翼人プテラントロープの特徴たる魔力の翼を展開して空を翔ける。

 彼女達は突然のことに一瞬こちらの姿を見失ったようだった。


「……どうか安らかに」


 ポツリと呟き、その頭上から二倍の弾丸を降らせる。それらは隙を晒した小鬼人ゴブリントロープ達に余すことなく命中し、全員を爆散させた。

 その様子に空虚さを感じながらも、余韻に浸る間もなく――。


「っ! 〈ジェットドライブ〉!!」


 雄也は圧縮して放った空気を推進力に、緊急回避を行った。と、直前までいた空間を真超越人ハイイヴォルヴァーの両手剣の巨大な刃が通り抜けていく。

 さらに、避けた先へと追いかけるように斬撃が迫ってきた。

 対して、魔法によるジェット推進で連続して軌道を変え、無理矢理大きく距離を取る。

 属性の相性の問題で、こちらの攻撃が有効なら相手の攻撃もまた有効だ。

 一撃貰うだけで致命傷になりかねない。


「どうやら〈オーバーアクセラレート〉の使用には制限があるようだな。効果時間も極めて短いと見た。……ならば、恐れるに足らん」


 空中に作った足場の上で、アンタレスが歪んだ笑みの気配を湛えながら言う。


「〈マルチロックランス〉」


 そして彼は魔法で生成した複数の石の槍を撃ち出してきた。実体ではあるが、土属性の魔力に満たされているため、その威力は計り知れない。

 当然、受け止める選択肢はない。空を翔けて回避する。

 しかし、その魔法は牽制に過ぎなかったらしく、アンタレスは魔法で生成した足場を以って中空を走り、再び馬鹿でかい両手剣で攻撃してきた。


「〈グラントルネード〉!」


 それに合わせ、互いの間に巨大な竜巻を発生させる。

 元の世界での常識なら、回避不可能な絶妙のタイミング。

 だが、敵は寸前で急転進し、荒れ狂う暴風を迂回して再び接近してきた。恐らく足場を作って三角跳びの要領で後退したのだろう。

 とは言え、この世界に既に慣れた雄也は想定済み。二丁の拳銃を構え、狙い澄まして銃撃した。吸い込まれるように新緑の弾丸が向かっていく。が――。


「甘いっ!!」


 その叫びの通り、それで決まる程真超越人ハイイヴォルヴァーは甘くない。

 アンタレスは飛来する光弾を全て剣で弾き、そのまま突っ込んできた。


「だったらっ!!」

《Machinegun Assault》


 二丁拳銃を放り、フォーティアとの特訓の中で新たに得た武装の一つ、重機関銃を生み出す。

 ハンドガンに比べ、遥かに巨大で無骨なそれを両手で構え、即座に引き金を引く。

 魔力の弾丸を撃つ形であるため、実在するそれとは性質が異なり、一発一発の威力よりも手数を優先させる遠距離武器となっている。反動はないが、一発に集中力を割けないため、照準は不確かで散らばる感じだ。

 それでも属性の相性がよければ脅威となるぐらいの威力はある。それが散らばって面で迫ってくる形となるのだから、相手にとってみれば厄介極まりないだろう。


「〈グランストーンプランク〉!」


 アンタレスは、襲いかかる弾雨を前に魔法で巨大な岩の盾を作り出して直撃を防いだ。

 しかし、その裏から飛び出せずにいるようで、防戦一方になっている。


(このまま押し切れるか?)


《Convergence》


 魔力の収束を開始し、重機関銃を乱射しながらその完了を待つ。そして十秒後。


《Final Machinegun Assault》

「ヴァーダントアサルトラピッド!」


 蓄えられた魔力が一発一発の威力を底上げし、放たれた無数の光弾が敵の盾を削り落としていく。やがて、アンタレスを守る岩の壁は破壊し尽くされ――。


《Final Greatsword Assault》


 その間際にさらに上空へと急跳躍した真超越人ハイイヴォルヴァーは、そこから上段に構えた両手剣を振り下ろし、琥珀色の衝撃波を放ってきた。

 属性など関係なく、当たれば間違いなく致命傷となる威力を持つと直感する。

 故に、迫り来る暴威を前にして、雄也は咄嗟に重機関銃を前に放り出して逃げを打った。

 加減なしに圧縮した空気に指向性を与えて解放し、軌道上から離れようとする。が、タイミングが一瞬遅く、完全には避け切れない。


(や、やばっ)


 雄也の視界の中で、重機関銃が真っ二つにされる。と、刹那の猶予が生まれた。


「く、おおおおおおおっ!」


 その僅かな空隙を利用し、無理矢理体を反らしてダメージを最小限にとどめようと試みる。

 結果、肩口を僅かに切り裂かれながらも、直撃だけは免れることに成功した。


(体を反らしてなかったら、最低でも腕が吹っ飛んでたな……)


 大きく距離を取ったところで逆噴射により制動をかけて空中に留まる。そこでようやく激しい痛みが襲いかかってきた。


(ぐっ、肩が、熱い。痛いな……)


 元の世界で平凡に生きている分には感じる機会などそうないはずの大きな痛み。それを前にして、恐怖心の防波堤となっている憤怒が揺るがされる。


「はあ、はあっ」


 息が荒くなる。心臓の音がうるさい。

 すぐ傍を通り過ぎて行った死の気配に、確かな恐れが鎌首をもたげている。


(それが……どうしたっ!!)


 雄也は心の中で自分自身を一喝した。


(こんなもの、超越人イヴォルヴァーにされた人達に比べたら!!)


 痛みは生の証だ。恐怖は自我の証明だ。人格を奪われ、それすら感じられなくなった者を思えば、痛みや恐怖を感じられることに感謝してもいいぐらいだ。


(ああ、そうか)


 そこでようやく理解した。最も恐れるべきは痛みや恐怖心そのものではない、と。

 真の恐怖とは自由を、意思を奪われることだ。

 ならば、今ある恐怖などもはや恐れるに足らない。

 そんなものは己の状態を知るバロメーターに過ぎないのだ。

 勿論、そう納得しても即座に恐怖心を御せるようになる訳ではない。

 それでも、より大きな恐怖に気づいた今となっては、もはや痛みや戦いへの恐怖は呑み込むことができる程度の小さいものだった。


「ふううっ。……〈ランドヒール〉」


 乱れた心身を落ち着かせるように息を吐き、土属性の治癒魔法を発動させる。光属性や闇属性の治癒魔法には及ばないが、止血ぐらいは可能だ。

 尚残る鈍痛は己の覚悟の証として受け止め、憎むべき敵の姿を見据える。

 対するアンタレスは離れた空からこちらを見下ろしていた。視線が交錯する。


「粗い。余りにも粗過ぎる。まるで力の使い方がなっていない。にもかかわらず、この俺の、真超越人ハイイヴォルヴァーを上回る単純な性能のみでここまで食い下がるか。忌々しい」


 その口から発せられたのは憎悪にも似た侮蔑の言葉だった。


「何故、貴様のような存在が力を得る。何故、この世界の基人アントロープには可能性すら与えられない。何故、たゆまず研鑽を積む者にチャンスが与えられない」


 アンタレスは両手剣を握る手に過剰に力を込め、その刃を震わせていた。ドクター・ワイルドから何をどう聞いたのか、オルタネイトに対する屈折した感情もあるようだ。


「不条理だ。変えなければならない。正さなければならない。基人アントロープの不遇を」

「……まあ、その言い分は理解できなくもないけどな」


 努力をしただけ成果が出る。そう単純には世界はできていない。

 どうしようもない才能の差は普通の人間しかいない元の世界ですら厳然とあって、しかし、その理不尽を誰もが当たり前のものとして諦めてきた。

 それでも尚、そこに立ち向かおうとする意思自体は悪ではないはずだ。


「けど、やり方が余りに情けなさ過ぎるだろ。ドクター・ワイルドに尻尾を振って、施しを受けようってか? 全く大した理念だな」

「黙れ! 俺が何もしてこなかったとでも思っているのか!? かつて真基人ハイアントロープが滅び去って以降、基人アントロープがその力を取り戻すために講じた手段は全て調べ尽くした! 試せる術は全て試した! だが、何一つ成果はなく、手がかり一つ得られなかったのだ!」


 激昂したアンタレスは大剣の切っ先をこちらに向けた。


「貴様にこの苦しみが分かるか? 力への渇望を持ちながら、どれ程努力を重ねようとも亜人共の生まれ持った才能の大きさに敗北してきた者の気持ちが!」


 雄也は亜人という言葉を耳にし、片眉を上げた。


「そのためなら他者に媚び、人間を超越人イヴォルヴァーに変え、その人格を奪うのも辞さない、と?」

「過程になど、もはや拘らん。それに、亜人などものの数ではない!」

「……ああ、そうかい。改めて理解したよ。お前が人類の自由の敵だってな!」

《Machinegun Assault》《Convergence》


 再び重機関銃を両手で持つと共に、魔力の収束を開始する。


「人には自由に生きる権利がある。それを穢す奴は俺が許さない!」

「ふん。その理屈なら、何をしようが俺の自由だろう!」


 対するアンタレスもまた両手剣を構えた。そして、空を駆けて間合いを詰めてくる。


「他人の権利を奪っておきながら、自分の権利を主張か? 身勝手だな。なら、言い直そうか。俺はお前が気に食わない。だから、邪魔をする。それは俺の自由だ」


 銃口を敵に向け、引き金を引く。新緑の光弾をばら撒き、敵を牽制する。

 アンタレスは再び岩の盾を作り出し、しかし、今度はそれと共に迫ってきた。恐らく彼もまた《Convergence》によって魔力を収束させていると考えていいだろう。


「〈ジェットドライブ〉」


 雄也は前方に空気を噴出して後退しながら高度を下げ、そのまま地面に降り立った。


(十秒)


《Change Ichthrope》《Convergence》

「〈グランアクアスフィア〉!!」


 属性を水へと変え、岩の盾ごとアンタレスを包み込むように水球を生み出す。近くに水場がないので、込めた魔力に反して以前より規模は小さい。


(水の中で窒息すれば儲けもの、だけど――)


 次の瞬間、彼の大剣が琥珀色と黒色の入り混じった輝きを帯び、水中にありながら恐るべき速さで振り下ろされた。直後、水球が弾け飛ぶ。


(ま、だろうな)


 目的は足止めなので構わない。再び空中をこちらへと駆け下りてくる真超越人ハイイヴォルヴァーの勢いは、確実に減じられていた。


(十秒)


《Change Drakthrope》《Convergence》

「〈ヒートヘイズフィギュア〉!」


 間合いを詰めたアンタレスは、上段に構えた両手剣を叩きつけてこようとする。が、その刹那、彼は突如焦ったように振り返り、後ろの空間を薙ぎ払った。


「何っ!?」


 驚愕は彼の声。

 切り裂かれたのは紅に染まった影。魔法が生み出した陽炎。

 性根はどうあれ、剣技は達人級に優れるアンタレスは、優れているが故に突如として後方に発生して迫ってきた雄也の魔力の気配を敏感に察知したのだ。

 結果、その幻影に攻撃を繰り出し、彼は隙を晒してしまっていた。


《Sledgehammer Assault》

「ぜりゃああああああっ!!」


 雄也はそこへ紅に染まり上がった巨大な鎚を叩き込んだ。

 龍人ドラクトロープの性質に沿った新たな武装。純粋な威力という点では最強の近接武器。

 その人間程の大きさを持つハンマーヘッドの一撃を受けたアンタレスは、空中へと弾き飛ばされた。しかし、大剣で攻撃を受けたのかダメージは少ない様子だ。


(十秒)


《Change Therionthrope》《Gauntlet Assault》《Convergence》


 土属性に移行すると共に両手に新たな兵装を生む。

 オルタネイトの装甲を纏った雄也の腕よりも三倍近く太く頑強そうな手甲だ。


「〈マリオネットクレイドール〉」


 アンタレスが体勢を立て直す前に魔法を発動させる。と、目の前にオルタネイトを模した土人形が現れた。その腕にもまた武骨なミトンタイプの籠手が備わっている。


「行け」


 生み出された土人形は雄也の意思に従って動き出した。そして、地面に着地して再び両手剣を構えた真超越人ハイイヴォルヴァーへと〈フルアクセラレート〉に近い速度で突っ込んでいき――。


「はあっ!!」


 タイミングを合わせて、雄也はその後方で拳を繰り出した。と、土人形はその動きを完全にトレースし、アンタレスへと殴りかかる。

 当然と言うべきか、容易く回避されて反撃の直撃を受けてしまうが、同じ土属性であるがために破壊されるには至らない。時間稼ぎには十二分だ。


「卑怯な真似を!!」

「人質を取ろうとした奴の言う台詞かよ!」


 嘲りの気配を声に乗せて言ってやる。そこでようやく最後の十秒が経過した。

 四属性全てにおいて魔力の収束が完了したのだ。


「そんなにガチンコがお望みなら……つき合ってやるよ、三十秒だけな。そして、これで終わりだ。アンタレス」

《Change Anthrope》


 全身を覆う装甲を解除しないままに雄也は基人アントロープに戻った。と同時に、各属性において限界まで収束させた魔力、その全てを一気に解放する。瞬間――。


《Maximize Potential》


 電子音が鳴ると共に、純白の装甲の表面を四色の魔力の光が走っていく。

 フォーティアとの特訓で得た切りMaximize Potential

 Sクラス以上の魔力四属性分を同時使用し、生命力に四段階以上の補正をかける奥の手。

 しかし、消費魔力の激しさから、三十秒しか持たない正に「最後の切り札」だ。


「〈オーバーアクセラレート〉〈エアリアルライド〉〈エクスプローシブブースト〉〈ハイエフィシエントクーラント〉」


 さらに四つの魔法を並列で発動させ、直後雄也は大地を蹴り砕いた。

 体を〈オーバーアクセラレート〉で過剰強化。〈エアリアルライド〉で体勢を整えつつ空気抵抗を減じ、火と風の複合魔法である〈エクスプローシブブースト〉で超加速、急転進を行う。そして、これらに伴う体温上昇を〈ハイエフィシエントクーラント〉で強制冷却。

 この四魔法を以って雄也は自身が出せる最大速度に到達する。


「なっ!?」


 驚愕の声はアンタレスのもの。その目はこちらを捉え切れていない。

 雄也が土人形の影から飛び出したことによって、初動を見逃してしまったこと。

 先程まで雄也の速さに慣れつつあり、突然の緩急の変化に対応できなかったこと。

 そして、既にアイリスが安全圏にいるがために、雄也が遠慮なく全力を出せること。

 これらが彼の敗因だった。


「貴様――!!」


 ようやくアンタレスの目がこちらに向いた時には、雄也は巨大な手甲に覆われた拳を彼の鳩尾に叩き込んでいた。その威力に真超越人ハイイヴォルヴァーの体が僅かに浮き上がる。


「が――」


 空気を吐き出させる暇は与えない。次の拳で相手の顔面を捉える。その一撃でアンタレスは大剣を取り落とし、完全に大地から引き離された。


「おおおおおおおおおっ!!」


 全身の力を引き出すが如く咆哮し、殴打を繰り返す。魔法により重力に反した力を生み出し、真超越人ハイイヴォルヴァーを絶え間なく殴りつけながら空を翔け上がっていく。

 殴る。殴る殴る。


「おおおおおおおおおああああああああっ!!」


 殴る殴る殴る殴る。殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る。

 そのまま十分な高度となったところで反転。今度は重力を味方につけ、打撃を繰り出す速度をさらに高めながら真下へと加速する。

 そして、敵が地面に叩きつけられた瞬間を狙い――。


「うおりゃああああああっ!!」


 最高速度からの渾身の一撃を叩き込んだ。

 落下した衝撃の反作用で跳ね上がろうとしていたその体躯に交差するように加えられた攻撃は絶大な威力を誇り、衝撃はアンタレスの体を貫いて大地を砕いた。


(三十秒)


《Change Therionthrope》


 時間切れとなり、自動的にデフォルトの土属性に戻る。


「はあ、はあ」


 雄也は息を荒げながら、己がなした結果に目を向けた。

 アンタレスは仰向けに倒れたまま動かないが、まだ息はあるようだ。


(しぶとい奴)


 しかし、真超越人ハイイヴォルヴァーの装甲は破壊し尽くされ、変異した肉体が露出している。その体にしても傷だらけの血塗れで、どの生物の特徴を持った姿なのか分からない。虫の息だ。


(とどめを)


《Change Phtheranthrope》《Launcher Assault》《Convergence》


 力なく横たわるアンタレスの傍らに立ち、グレネードランチャー状の武器を作り出す。

 命中率も弾速も最悪な武装だが、遠距離武器の中では最大の威力を誇るものだ。

 魔力寄りの風属性なら、《Convergence》状態での威力はこれが最大となる。

 瀕死の真超越人ハイイヴォルヴァーならば、その一撃を受ければ間違いなく死に至るだろう。


(〈ブレインクラッシュ〉を受けてない人を殺すのは初めて、だな。けど――)


 銃口を仰向けに倒れるアンタレスに向ける。今更躊躇うつもりはない。


(人類の自由の敵は倒す。それだけだ)


 覚悟を持って引き金に指をかける。


《Final Launcher Assault》

「ヴァーダントアサルトエクスプロード!!」


 そして、解き放った特大サイズの新緑の光弾は――。


「おおっと、クライマックスはまだこれからであーる」


 突然現れたドクター・ワイルドによって容易く弾かれてしまった。

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