②そして全てが始まる夜

 王立魔法学院に戻った雄也は、ラディアの案内で学院長室を訪れていた。


「さて、これからのことだが……その前にユウヤには謝らなければならないことがあるな」

「謝ること、ですか?」

「ああ。我が学院の生徒によって突然異世界に連れてこられたこと。そして……」


 そこでラディアは言いにくそうに言葉を詰まらせた。


「元の世界に戻れそうにないこと、ですか?」


 雄也がそう問うと彼女は息を呑んだ。


「………………その通りだ。よく分かったな」

「いや、まあ――」


 お約束だし。何より、召喚魔法で事故を起こした張本人らしいあの女の子が送還できないと涙目で言っていたし。

 そう伝えると、ラディアは申し訳なさそうに視線を下げた。


「すまない」

「いえ、大丈夫です。そこまで元の世界に未練はないようなので」


 自分でも驚きだが、思った以上に元の世界に帰らなければという思いが弱い。

 ハッキリ言って、この異世界への興味の方が強い。


(……冷静に考えれば、おかしな心理状態だよな)


 元々フィクション的な非日常への憧れが強かったのは確かだが、こんなに薄情な人間だったのかと内心で微妙に落ち込む。

 両親も健在だし、友人もそれなりにいたのだが。


「それは召喚によってそう思い込まされているだけだ」

「え……も、もしかして人格に影響が?」


 何それ怖い。


「一部だがな。召喚魔法は本来この世界の生物を呼び出し、敵と戦わせるためのもの。故に、元の居場所に戻りたいという気持ちや戦闘への恐怖を減じ、召喚者への忠誠心を高める副次作用を持つ。後は召喚者の言語を理解したり、痛みに耐性がついたりもするな」


 つけ足すようにサラッと言われたが、どうやら召喚魔法の効果によって、この世界の言語を理解できるようになっていたらしい。

 改めて考えてみれば当たり前のことだが、異世界で日本語が通用する訳がない。

 それはともかくとして、今は意識への影響についてだ。


「ですけど、俺にあの子への忠誠心なんてありませんよ?」

「まあ、忠誠心に関しては知能が高ければ余り影響は強く出ない。とは言え、微妙にイクティナに好意を抱き易くはなっているはずだ」


「はあ。そんなもんですか」


 その程度なら問題ない……か?


「とにかく、だ。そうした部分も含めて謝罪させてくれ。ついては、この異世界での生活をサポートさせて貰いたい。一先ず我が学院への入学を考えているが、どうだろうか」

「それは助かります。元の世界に戻れないとすれば、この世界で生きていく術を学ぶ必要がありますから」


 ここで現実逃避せず冷静にそう結論できる辺りも、あるいは召喚魔法の影響なのかもしれない。とりあえず、無意味に取り乱さずに済んだとポジティブに考えておこう。


「うむ。では、明日からユウヤは王立魔法学院の生徒だ。……これでまず身分はクリアだな。後は住居か……。確か寮は空きがなかったな。となれば、私の家が妥当か」

「え? そんな、いいんですか? どこの馬の骨とも知れない男を……」

「問題ない。家のメイドも私もそれなりに強いからな。それを前提とすれば、手元に置いておいた方がむしろ他への危険が少なくなる」


(あ、二人きりって訳じゃないのか。そりゃそうか)


 ちょっとホッとする。別に残念とか思っていない。合法っぽいが、外見が外見なので外聞が悪いかと思っただけだ。うん。


「もっとも、お前が邪な者ではないことぐらい私には分かっているがな」

「はあ。もしかしてエルフとしての力って奴ですか?」


 創作のエルフだとそういう能力を持っていることもあった気がするが……。


「エルフ? 何だそれは」


 ラディアに訝しげに問われ、「あれ?」と思う。


「ラディアさんの種族じゃないんですか?」

「私の種族は妖精人テオトロープだ。エルフとかいうものではない」


 どうやらエルフという単語は存在しないらしい。

 しかし、よくよく考えてみれば、これも当たり前か。

 そもそもエルフという存在は地球人の創作だ。いくら外見が近い存在が異世界にいたとしても、名前がそのままという偶然はそうあるはずもない。翻訳機能も働かないだろう。


「だが、種族としての力というのは正解だ。我々妖精人テオトロープは思考……とまではいかんが、大まかな感情であれば読むことができる。先天的にそうした魔法が常時発動しているのだ」


 いわゆるパッシブスキル的なものらしい。

 常時というと若干面倒そうだが、少なくとも悪党に騙されたりはしなさそうだ。


「そういう訳で私としてはお前を居候させるのは問題ない。後はお前次第だ。どうだ?」

「えっと、なら…………よろしくお願いします」


 雄也が頭を下げると、ラディアは「うむ」とどこか安堵したように頷いた。強く責任を感じているようだ。


「では、我が家に向かうとするか」


 そして彼女は再度〈テレポート〉を使用した。

 瞬時に視界が移り変わり、白い小部屋に移動する。どうやら学院長宅の庭に〈テレポート〉してきたようで、部屋を出ると真正面に実に立派な石造りの豪邸が建っていた。


(見た感じ三階建てっぽいな。流石は学院長、って感じか?)


 チラチラと見上げながらラディアと共に中に入る。すると――。


「お帰りなさいませ、ラディア様」


 当然の如くメイドが並んでいて、慇懃に出迎えてくれた。


「そちらの方は?」

「うむ。今日からここに住むことになった異世界人のユウヤだ。居候ではあるが、私の身内として扱ってやってくれ。それと二階の空き部屋の一つを整えておいてくれ。ユウヤにはそこを使わせる」


 そんな感じにエントランスに集まったメイド達への紹介と指示が済んだ後、ラディア自ら屋敷を案内してくれることになり、雄也は彼女と共に一通り中を見て回った。


(しっかし、いかにもな洋館だなあ。あ、やっぱり暖炉があるのか。ってか、随分部屋が多いな。メイドさん達、住み込みかな)


 そうして最後に自室となる予定の部屋に連れていかれる。


(六畳ぐらいの広さか。一人なら十二分だな。さすがにテレビとかパソコンなんてないだろうし。うん。ベッドと机、本棚ぐらいは置けそうかな)


 案内が終わると、中々いい時間になっていてラディアと共に夕食を取ることになった。

 ファンタジーな食事を少しだけ期待したが、パスタがメインの普通の洋食だった。


(まあ、魔物的な生物の丸焼きとかが出てきても困るけど)


 味は申し分なし。美味しく頂きました。

 それから風呂(普通に浴槽に浸かる形式だった)に入り終えたところで一日の疲れがドッと出て、雄也は今日のところは早めに休むことにした。

 その旨を伝えるとラディアは「それがいい」と頷いてくれた。


「明日からは忙しくなるだろうからな」


 そう続けた彼女に就寝の挨拶をしてから、メイドが整えてくれた自室に入り、雄也はすぐにベッドに潜り込んだ。


(それにしても……異世界、か。これから何が待ち受けてることやら)


 そのまま目を瞑ると、待っていたように強烈な眠気がやってきたので身を委ねる。

 そんなこんなで異世界に召喚されるという激動の一日が終わろうとしていた。

 しかし、まだ波瀾万丈の異世界初日が完全に終わった訳ではないことを、眠りにつく直前の雄也は全く意識していなかった。





 余りの眩しさに目を覚ますと、雄也は大の字に仰向けになった状態で拘束されていた。


「な、にが……?」


 視界には手術室にある無影灯らしきものがあり、その光のせいで視線を動かしても周囲の様子は窺い知れない。


「よおおうやくお目覚めか。異世界の人間よっ!」

「その声は……ドクター・ワイルド!?」

「いいいかああああにも! ドクタアアアアーッ・ワアアアアイルドであーる!」


 相変わらずの暑苦しいハイテンションに文句の一つも言いたくなる。が、今はそんなことに突っ込みを入れている場合ではない。


「な、何のつもりだ!」

「貴様ならば、このシチュエーション。どういうことか分かるはずであろう?」


 拘束され、手術台の上。傍にはマッドサイエンティスト。


「まさか…………改造、手術か?」


 可能性としては人体実験とか色々とあるだろうが、雄也がまず想像したのはそれだった。

 何故なら雄也は、オタクはオタクでも特オタの成分が強いオタクだったからだ。

 特オタ。特撮オタク。

 特撮番組に夢中になるのは男の子なら多くが通る道だろうが、稀にそこに留まり続けてしまう者もいる。そうした子供心を大いに持ち続ける者の名を特撮オタクと言う。

 その一人である雄也は、数ある特撮の中でも等身大の変身ヒーローを特に愛していた。

 人生の大事なこと、男の生き様、その全てをそこから学んだと言っても過言ではない。

 そんな雄也が、この状況をそう真っ先に認識するのは無理もないことだろう。


「その通おおおおおり! これで貴様も晴れて変身ヒーローの仲間入りができる訳だ。よかったであるな、フゥウーハハハハハッ!!」

「何を言って――っ!」

「貴様の記憶を覗いた吾輩には分かっているのである。貴様が内に秘めているヒーローへの強おおおい憧れが!」


 ドクター・ワイルドの言葉に思わず口を噤む。


(ぐっ、悪かったな。二十歳にもなって、まだ中二病が完治してなくて!)


 とは言え、変身ヒーロー好きにもかかわらず、彼らのような存在への憧れを持っていない者などほとんどいないはずだ。大っぴらには口に出さないだけで。……多分。


「それを叶えてやるのだ。もう少し喜んではどうかな?」


 しかし、突然そんなことを言われても、額面通りに受け止められる訳がない。


「ドクター・ワイルド……一体何が目的だ」


 愉悦に塗れたその声に苛立ちを覚えつつも、雄也はその感情を押し殺して尋ねた。


「吾輩の目的は唯一つ。人類の進化である」

「進化、だと?」

「説明しよう! なのであーる」


 馬鹿にしたような台詞に眉をひそめながらも我慢して耳を傾ける。


「この世界アリュシーダには七種の人類がいる。即ち吾輩や貴様のような基人アントロープ、そして龍人ドラクトロープ水棲人イクトロープ獣人テリオントロープ翼人プテラントロープ妖精人テオトロープ魔人サタナントロープである。種族の詳細は省くが、基人アントロープ以外の人類は全て、基人アントロープが進化した姿なのである」

「進化した姿?」

「この世界には魔力が満ち溢れている。その魔力には火、水、土、風、光、闇の属性があり、基人アントロープを除いた六種族はそれぞれの属性に特化した人類なのである」


 そこで一旦言葉を切ったドクター・ワイルドは大きく息を吸い込み、大声で続ける。


「しかああっし! その進化は二千年もの昔に起こったこと。以来、人類は何一つ進化していない。特に、進化から取り残された基人アントロープに至ってはそれ以前からである! 結果、基人アントロープは生命力、魔力共に他の種族には勝てず、劣等種扱いされることもある」


(……俺達のような人間が、劣等種?)


 そこに違和感を持ってしまうのは、フィクションではいわゆる亜人が虐げられているのがテンプレだからか。学院長を思わずエルフと呼んでしまったことと言い、異世界もののステレオタイプに引きずられないように気をつけた方がいいのかもしれない。

 そんな感じに雄也の思考が現実逃避気味に横道にずれている間にも、ドクター・ワイルドの話は続く。


「だが、基人アントロープは文字通り全ての人類の基本となるもの。本来ならば、多種多様の進化が可能だったはず。故に、吾輩は基人アントロープを進化させる研究を進めてきたのである!」


 そこまで言い終えると、ドクター・ワイルドは雄也の視界を照らす無影灯を消した。

 それとほぼ同時に雄也が乗せられていた台が稼働し、頭の側から起き上がる。


「これは吾輩のこれまでの研究成果である」


 彼の言葉を合図に壁が動き、その奥から人を入れられる程の巨大なカプセルが現れた。

 続いてバックライトが光を放ち始め、その中に雄也と同じ人間、つまり基人アントロープの男が入っていることを示す。

 そう雄也が認識した瞬間、意識を失っている様子の男の首元に注射器が近づいた。それはそのまま彼の首に刺さって何らかの液体を注入していく。

 すると、彼は限界以上に目を大きく見開き、苦悶の表情を浮かべ始めた。そうしている間に、その体が少しずつ異形のものへと変化していく。


「な、何を――っ!」

「黙って見ているのである」


 やがて彼は蜘蛛と人間が混じり合ったような異様な姿を取り、しかし数秒の後、その体は端からボロボロに崩れ去っていった。

 後にはカプセルを満たす液体しか残っていない。


(死……んだ、のか? こんな、呆気なく、簡単に、人が?)


 突然の事態。非常識な状況。ドクター・ワイルドの演技がかった口調。加えて死体が綺麗さっぱり消えたがために目の前の光景に現実味がなく、呆然とすることしかできない。


「見ての通り、強制的に体を進化させても人間には耐えられない。だが――」


 ドクター・ワイルドが指をパチンと鳴らすと、そのカプセルは壁の奥に消え、新たなカプセルが姿を現す。その中にも基人アントロープの男の姿があった。

 そして、再び首元に注射器が現れ――。


「や、やめろっ!」


 同じ光景が繰り返されることを予想して、思わず叫ぶ。

 しかし、予想に反して、カプセルの中の彼は蝙蝠と人間が融合した姿で安定した。


「な、これは――」

「強制進化に用いられるこの液体の中心成分は、高濃度の魔力が結晶化することによって生まれし魔法結石を液化して超濃縮したものである」


 雄也の動揺を余所にドクター・ワイルドは説明を再開する。


「これに貴様の細胞をさらに添加することによって副作用を抑制し、人間を強制進化させることが可能となるのである。何故だか、分かるか?」


 そう問いながらも彼は返答を全く期待していなかったのか、すぐさま再び口を開いた。


「この世界の人類が強制進化に耐えられず、また千年以上もの間進化できずにいるのは進化の因子を失っているからである。しかあああっし! 異世界人たる貴様はそれを持っている。つまり、その因子を付与できれば新たなる進化が可能なのであーる!」


 そう言いながら喜悦で口元を歪め続けるドクター・ワイルドを視界の端に収めつつも、雄也はカプセルの中の彼に意識の焦点を合わせていた。


「この人は――」

「んん?」

「この人は……どうなる?」


 一度目とは異なり、目の前に結果が存在し続けているが故に、今度こそ確かな現実感が雄也を襲っていた。付随的に最初の男性の死もまた事実として突きつけられる。

 それを処理し切れぬまま雄也は弱々しく尋ねた。


「元に、戻れるのか?」

「発生させた魔力を抜き取れば元に戻るが、実質的には不可能である。ああ、心配せずとも貴様の場合は基人アントロープに戻ることは可能であるぞ。最初に変身ヒーローと言ったであろう」

「何故――」

「このモルモットには液化魔力結石と進化の因子のみを使用しているが、貴様の場合は魔力結石だけでなく魔力吸石をも併用した魔動器を使用する予定だからである」


 欠片も罪悪感を見せず嬉々として説明を続けるドクター・ワイルドの姿に、これまでの苛立ちが少しずつ怒りに転化していく。


「ちなみに魔力吸石とは対応する属性の魔力を注ぎ込むことで魔力を蓄積でき、任意で放出可能な石のことだ。加えて言えば、貴様用に用意した国宝級の超高純度高密度の魔力吸石と同等のものを用いねば、濃縮された液化魔力結石の効果は打ち消せないのである」

「そんなことを聞いてるんじゃない! 何故、こんな真似をする!?」

「言ったはずであろう? 人類の進化のためだと」


(くっ、ああ、そうだったな!)


 脳内で吐き捨てる。頭に血が上って質問を間違えた。


「何故、こんな真似ができる!? お前には倫理ってものがないのか!?」

「進化を忘れた無価値な塵芥が、進化の礎となるのだ。モルモットとしての価値を与えてやったことを感謝されてもよいぐらいであろう」

「な、に?」


 まさかリアルでそんな身勝手なことを抜かす人間が存在するとは夢にも思わず、一瞬思考が停止してしまう。

 そして理解する。目の前の人間と自分は決して相容れない存在であることを。


「お前は……狂ってる!」

「フゥウーハハハハハッ! 当然である! 狂気の中にしか進化は存在し得ん。吾輩にとっては最上の褒め言葉である」


 話にならない。

 拘束され、主導権も何もないことも忘れ、雄也はドクター・ワイルドを睨みつけた。


「その目、その怒り。やはり貴様は吾輩の……ひいては奴の宿敵となるに相応しい」

「何を言って――」

「さあ、改造手術と行こうではないかっ!」


 雄也の言葉を遮った声を合図とするかのように壁が再び稼働し、雄也の目の前に鏡が現れる。そこに映されていたのは上半身裸の自分の姿だった。


「な、何を――」


 雄也の戸惑いの声を黙殺して一旦視界から外れるドクター・ワイルド。彼はすぐにあるものを手に雄也の眼前に戻ってきた。


「それは、まさか――」


 見覚えのある意匠を持つ無駄にでかいバックルのついたベルト。

 それは国民的特撮ヒーロー番組、ブレイブアサルトシリーズの第一作目において、主人公である本能寺武人がブレイブアサルトに変身するためのアイテム、アサルトドライバーに似ていた。


「魔力吸石の力を十全に引き出すための魔動器、MPドライバー。貴様の記憶を参考に外観を変更し、また進化形態への変身だけでなく、魔力を物質化して装甲を作る機能を追加しておいたのである。勿論、装甲の形状もブレイブアサルトを参考としている」


 ドクター・ワイルドはそう告げながら、そのMPドライバーとやらを雄也の腹部に押しつけた。次の瞬間、雄也は何かが体を侵食してくるような強烈な不快感に襲われた。


「ぐ、あ、ああああっ」


 低く呻きながら苦しみを紛らわすために目を固く閉じようとする。しかし、何かに阻まれ、僅かたりとも瞼を動かすことはできなかった。


「目を背けるな。己の姿を見て進化を自覚せよ。そして知れ! 人の持つ可能性を!」


 鏡に映る己の姿が人の形を保ちながら異形と化していく。


「う、あ、くっ、ぐあああっ」


 まず狼と融合したかのような姿に変わった。かと思えば、再び変化が始まる。

 次に現れたのは鷲の特徴だった。続いて鮫の魚人の如き外見となり、最後に龍人としか言いようがない姿となった。

 直後、その全身を、純白を基調に紅の紋様が描かれた装甲が包み込む。


(これ、は……ブレイブ……アサ、ルト?)


 勿論そのものではない。だが、雰囲気は似ている。

 苦痛に耐えながら雄也がそう思った刹那、それまでの不快な感覚は消え、苦しみもなくなった。その代わりに体力を根こそぎ奪われたかのような虚脱感が襲ってくる。


「停滞は終わりを告げ、再び全てが始まるのである! フゥウーハハハハハッ!!」


 満足そうなドクター・ワイルドの言葉が少しずつ遠ざかっていく。

 体力を全て失い、意識を手放そうとしていることを自覚する。抗うことはできない。

 それをドクター・ワイルドも気づいているのか、もはや雄也の存在はないものとして自分の世界に浸っているようだった。


「待っているがいい。――よ」


 もはや五感もまともに働かなくなり、彼の声が歪み、聞こえなくなっていく。


「そうだ。全ては――に奪われし――を、そして――を取り戻すために!」


 その音を最後に雄也の意識はぷつりと途切れたのだった。

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