特オタ~特撮ヒーローズオルタネイト~
青空顎門
第一章 異世界召喚と特撮オタク
第一話 変身
①運命の出会い(ヒロインとの出会いとは言っていない)
それは大学からの帰り道。国民的特撮ヒーロー番組、ブレイブアサルトのエンディングテーマ(処刑ソング)を口ずさみながら、とある曲がり角を曲がった瞬間だった。
突然、視界が光に包まれ、気づいた時には見知らぬ場所にいた。
茜色だった空は青空に変わり、細い路地ではなくグラウンドのような広場が目の前に広がっている。
そこには二十名程の男女がいて、こちらをポカンと見詰めていた。
「は?」
六間雄也はその光景を前にして間抜けた声を出すことしかできなかった。
「な、何を召喚しているんですか!? イクティナさん!」
「ひぁっ、す、すみません、すみません、先生」
一瞬の静寂の後、年増の偉そうな女性が一人の女の子をこっ酷く叱り始める。
どうやら年増は教師で、見た目中学生ぐらいの女の子は生徒らしい。
周りの男女も女の子のものと似た統一感のある服を着ているところから見て、ここは学校かそれに準じた施設のようだ。しかし――。
(学校……学校っぽいけど、うーん)
色々と違和感がある。
まず全員、用途の知れない無駄に趣のある杖を持っているし、中二マインドをくすぐるような黒いマントを身に纏っている。
初夏なのに暑くないのだろうかとも思うが、まあ、そこまでならまだいい。
演劇か何かで魔法使いのコスプレでもしているのかもしれない。
一部獣耳や尻尾、角などを持つ者がいるが、それも同じ理由で特殊メイクをしていると思えば何とか目を瞑れる。
全員が全員西洋的な顔立ちをしているのも、ぎりぎり許容できる。
しかし、どう考えてもおかしいところがあった。
それは、彼らの傍らに現実には存在しないファンタジーな生物が控えていることだ。
火を吹くトカゲや蠢くゼリー状の何か、背中に氷を生やした狼、あり得ない程の巨体で滞空している鳥などなど。
全て当たり前の顔をして活動していて、明らかに作り物ではない。故に――。
(あ、異世界召喚だこれ)
広範囲にオタク趣味を持つ雄也はすぐに理解した。理解はしたが、そこから何か行動を起こせる訳もなく、涙目で謝り続ける女の子を呆然と見ていることしかできずにいた。
「今すぐ送還しなさい!」
「は、はいいぃーっ!」
慌ただしく女の子が駆け寄ってくる。
彼女は弱々しくこちらを見上げながら口を開いた。
「あ、あの、すみ、すみません。貴方はどこからいらっしゃったんですか?」
「どこって…………日本、だけど」
「ニ、ニホン? ニホンって……どこですか?」
女の子は困惑したように小首を傾げる。まあ、正直分からないだろうとは思った。
「えっと……多分……異世界?」
「え? ……え、ええぇーーっ!? そんな、それじゃあ送還できませんよお!」
神に見放された、とでも言いたげな表情で年増のところに戻っていく女の子。
「先生、どうすればいいんですかあ!? 異世界なんてイメージできませんよお!」
泣きつかれた年増は、さすがに内容が内容だからか何も言えなくなっていた。
「一体何ごとだ」
と、そこへ幼い声色ながら不思議と大人びた響きを持った言葉がかけられる。
「こ、これは学院長。いえ、それが……」
焦ったような年増の視線を辿ると、そこにいたのは一人の幼い少女。
尖った長い耳にシルクのように美しい銀髪のツーサイドアップ。空に輝く星を宿したかのような銀眼。神の祝福を感じるような愛らしい顔立ち。
(エルフ!?)
外見は小学生にしか見えないが、その神秘的な姿は雄也の持つエルフのイメージに合致していた。となれば、学院長と呼ばれていることから考えても、見た目通りの年齢ではあるまい。即ち――。
(ロリババアか!)
そんな場違いな思考を繰り広げる雄也を余所に、エルフ美少女が年増に話しかける。
「またイクティナが魔法を暴走させたのか?」
「はい。今日は召喚魔法を。どうも異世界人を呼んでしまったようで……」
呆れたようなエルフ美少女の言葉に、申し訳なさそうに告げる年増。その隣でイクティナという名らしい女の子が尚のこと小さくなる。
(って……暴走? え、もしかして単なる事故ってパターン?)
勇者になって下さい、とか、使い魔になれ、とかじゃないのか。
それは余りにも残念過ぎやしないだろうか。
「異世界人、だと?」
雄也が微妙に落ち込んでいると、エルフ美少女が厳しい視線を向けてきた。
「お前、名は何と言うのだ?」
「え? あ、雄也です。六間雄也」
学院長という社会的地位のある人っぽいので素直に丁寧に答えておく。と、彼女は「名字が先か」と呟いてから、仕切り直すように一つ咳払いをして再び口を開いた。
「私の名はラディア・フォン・アルトヴァルト。
「は、はあ、分かりました」
とりあえず言われた通りにラディアに近づく。
すると、彼女は「うむ」と一度鷹揚に頷いてから手を握ってきた。
「な、え?」
手放しに美少女と言って差し支えない彼女の柔らかく温かい感触を急に感じ、色々と経験の足りない雄也はドギマギしてしまった。
(くっ、やるな、エルフロリババアめ。……けど、これは異世界の雰囲気に当てられたに過ぎない。これで勝ったと思うなよ!)
心の中で馬鹿な負け惜しみをしながら必死に平静を装っていると、ラディアが「ふむ」と小さく呟いて言葉を続ける。
「生命力Gクラス、魔力Fクラス、属性は土か。そして、潜在能力が測定不能、と。確かに異世界人のようだな。しかし、幼児並の生命力とは虚弱体質か?」
(何か、いきなり格づけされて盛大にディスられた……。いや、確かに平均より体力はないかもだけど、幼児並は言い過ぎじゃないかなあ)
あるいは、その辺は異世界クオリティという奴なのかもしれない。それはともかく――。
「えっと、もしかして潜在能力とやらの部分で異世界人の判定を?」
「うむ。よく分かったな。潜在能力が測定不能となるのは異世界人だけなのだ。もっとも測定可能だが異世界人だったという場合も極々稀にあるそうだがな」
どうやら必要十分条件にはならないらしい。
とは言え、その口振りからすると異世界人としては特に珍しくもない性質のようだ。
オンリーワンなチートじゃないのか。ちぇ。
「……それで、その、俺はどういう扱いに?」
「ああ。とりあえずは……っと、すまない。通信が入った」
ラディアは懐からエメラルドのような石を取り出し、それを額に当てる。
少しして彼女は眉をひそめながら舌打ちし、美しい緑色の石をしまった。
「耳聡い奴め。まだ十分と経っていないぞ」
「どうかしたんですか?」
「いや、お前に会いたいという者がいてな。構わないか?」
「え? 俺に、ですか?」
「そうだ」
「はあ、まあ、いいですけど」
「すまん」
心底申し訳なさそうに頭を下げるラディア。
正直外見が、えいえんのじゅうにさい、という感じの彼女にそんな態度を取られると罪悪感が半端ない。いけない趣味に目覚めそうだ。
「では、その者のところに移動するとしよう。……と、その前に――」
ラディアは思い出したように顔を年増の方へと向けた。
「ファリス。イクティナには魔法制御の補習をみっっっっちりとさせておけ。いいな?」
「はい。学院長。厳しく指導致します」
「ひぃ~ん、ご無体なぁ」
ファリスと呼ばれた年増は神妙に頷き、イクティナは顔を青くする。
恐らく、その補習とやらを何度も受けているのだろう。その厳しさは彼女の反応から推して知るべしという感じか。
「自業自得だ、馬鹿者」
ラディアは溜息をつきながら言い、それからこちらに向き直った。
「では、ユウヤ。行くとしようか。〈テレポート〉という一瞬で遠くの場所へと移動することができる魔法を用いるが、取り乱さないでくれ」
異世界人への配慮を多分に含んだラディアの言葉に、雄也は静かに首を縦に振った。
しかし、内心では魔法や〈テレポート〉という単語に興奮気味だった。
(魔法キタコレ! 俺も使えるんだろうか。使えるなら夢が広がるなあ)
そんな呑気な思考を巡らしている間に、ラディアが再び雄也の手を取って「〈テレポート〉」と告げる。と同時に、景色がいきなり変わった。
「お、おお!?」
予告されていても、さすがに驚く。
周囲を見回すと、そこは白い壁に囲まれた正方形の狭い部屋だった。
「えっと、ここは?」
「王立魔法研究所の〈テレポート〉用ポータルルームだ。さすがに天下の往来にいきなり出現する訳にはいかんからな。法律によって所定の場所以外に〈テレポート〉することは禁じられている」
「ああ。でしょうねえ」
もしも通行人と重なるような位置に〈テレポート〉で出現したらと想像すると、さすがにゾッとする。そうでなくとも人が行き交う中に突然現れては事故の元だ。
「〈テレポート〉を使える程度の実力者であれば予兆を感じられるが、まあ、市井の人々全てにそれは望めんからな」
と言うことは、このポータルルームでニアミスしそうになっても、そもそも、ここを利用するのは〈テレポート〉を使える実力者なので回避可能という訳か。
「王立魔法研究所というのは?」
「その名の通り、魔法の研究を行う機関だ。勿論、魔法それ自体だけでなく、付随する全て、例えば先程私が使用した通信機のような魔動器と呼ばれる道具もまた研究対象だ」
ラディアは懐から緑色の石を取り出して示しながら言った。
外見は単なる綺麗なだけの石にしか見えないが、これが通信機の役割を持つらしい。
言葉を発していなかったことからして、念話の類の魔法を応用したものだろう。
(科学とは違うけど、文明は結構な水準っぽいな)
周りに意識を向ければ、廊下のところどころに赤い宝石が設置され、ぼんやりと光を放っている。これはランプ代わりの魔動器というところか。
「それで、これから会う人ってのは――」
「……我が国の名誉魔法技師にして王立魔法研究所の特別研究員たる人物だ」
「魔法技師?」
「魔動器の設計、製作を行う者の呼称だ。名誉魔法技師はその最上位の者に与えられる称号だ。まあ、いわゆる名誉職で特典はないがな」
そう説明してくれたラディアの表情は優れない。
「何だか浮かない顔ですね」
「ああ……正直に言って苦手な男でな。できれば会わせたくなどないのだが、拒否すれば確実に面倒なことになる。下手をすれば、お前を拉致しようとしかねん」
(拉致って、おい)
冗談かと思って彼女を見れば、その顔は真剣そのもの。俄然不安になってくる。
「ど、どんな人なんです?」
「変態だ」
一言で断じられ、雄也は一瞬言葉を失った。
それから恐る恐る確認のために口を開く。
「変態ですか」
「うむ。変態だ」
二度目の断言。どうやら聞き間違えではなかったらしい。不安は増すばかりだ。
「ともかく行くぞ」
扉を開けて部屋の外へと出ていったラディアの後についていく。
ポータルルームと同じく真っ白な壁が続く廊下をしばらく歩いていくと、行き止まりに至る。そこで彼女は足を止めて振り返った。
「ここだ」
「えっと、何もありませんけど……」
「そういう偽装が施されているのだ」
そう言ってラディアが白い壁に手を触れると、突然そこに扉が生じた。
(おおっ!? うーん、異世界的だなあ)
驚く雄也を余所に扉をノックしようとした彼女だったが、そこで思い直したように振り返って口を開いた。
「もう一度言うが、本当に変態だ。取り乱さないようにな」
そして、そう繰り返してからラディアはコンコンと二度扉を軽く叩いた。
「入りたまえ」
その言葉を待ってから彼女は扉を開け、中に入る。雄也も続いた。すると――。
「おおおおっ、よおおおおうこそっ!! 異世界の人間よ!!」
部屋に入って落ち着く間もなく、恐ろしく高いテンションで叫びながら一人の男が駆け寄ってきた。その余りの勢いに割と本気でビビる。
いかにもな白衣にぼさぼさの黒髪。大きく見開かれた目。その奥にある狂喜と狂気。
(マッドサイエンティストだこれーーっ!)
やばい解剖されるかも、と心に動揺が広がる。
(くそっ、ホイホイついてくるんじゃなかった)
ラディアに非難の視線を送ると、彼女は申し訳なさそうに目を逸らした。
「吾輩の名はワイルド・エクステンド。即ち! ドクタアアアアアーッ・ワアアアアイルドであーる!!」
そんな雄也達の反応を気にかけることなく、ドクター・ワイルドと名乗った男は過剰なハイテンションのまま自己紹介をしていた。
「は、はあ。……あの、それで俺に何の用です?」
「勿論、用件は一つ。異世界の知識を見せて貰いたいのであーる!」
そう言うとドクター・ワイルドは右手を伸ばしてきた。
避ける間もなく、それは雄也の頭に乗せられる。
「あの、何を?」
男にそんな真似をされて喜ぶ趣味はないのだが。そんな雄也の戸惑いの声は――。
「ファンタアアアアッスティイイイイーック!!」
更なる狂喜で顔を歪ませたドクター・ワイルドの叫びに遮られる。
その突然の絶叫に、雄也は驚きの余り体をビクリと震わせた。
彼の顔は薬か何かで躁状態に入っているかのようにイってしまっている。
(ヤバい。これはマジで関わっちゃ駄目な類の人間だ!)
「素うううん晴らしいいいいっ! これは早速アレに改良を加えねばなるまい!! フゥウーハハハハハッ!!」
雄也の頭から手を離し、両手を突き上げて高笑いをするドクター・ワイルド。
「あ、あのー……」
そんな彼に嫌々ながら声をかける。と、彼は動きをピタリと止め、何故か不機嫌そうにこちらに視線を向けた。そして――。
「まあだ、いたのか。もう帰ってよいのであーる」
ドクター・ワイルドはシッシッと野良犬でも追い払うような仕草を見せた。
「な――」
そんな勝手な態度にさすがにイラッと来て、雄也は彼に詰め寄ろうとした。
「待て、ユウヤ」
しかし、それはラディアに止められる。
「……ではドクター、失礼します」
彼女は申し訳程度に一礼して雄也の手を引いて部屋を出た。
その時にはドクター・ワイルドは既に再び自分の世界に没入していて、雄也達の行動に何らかの反応を示すことはなかった。
「あれで済んだのであれば、むしろ僥倖だ。さっさと帰るぞ」
「何なんですか! あの人は!」
苛立ち混じりに問うと、ラディアは力なく苦笑した。
案の定の反応だとでも言いたげだ。
「言っただろう。変態だと」
「はあ……」
説明になっていないが、変に納得できてしまう。やはり関わり合いにならない方がよさそうだ。なので、深く突っ込んだ話を聞くのはやめておく。
「では、一先ず学院に戻るとしよう。〈テレポート〉」
ラディアがそう告げた瞬間、先程のポータルルームに似た小さな部屋に飛ぶ。
そうして変態との邂逅を終えた雄也は、ラディアと共に王立魔法学院へと戻ったのだった。二度と彼と会う機会がないことを祈りながら。
しかし、雄也はこれが後の世に大きな影響を与える運命の出会いになるとは…………薄々感じていた。
(正直、嫌な予感しかしない……)
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