第九〇話:禁忌の島「イオォール」

『第二次ノンケ狩り戦争』は終わりを告げた。

 狂気のガチホモ王は、俺たちが斃した。

 そして、ガチ※ホモ王国は瓦解した。


 旧ガチ※ホモ王国の王都であり、ガチホモの聖地であった「ハッテンバー」にはパンゲア城が移転している。

 このまま、ガチ※ホモ王国の領地をパンゲア王国の領地にするという案もあった。


 しかしだ――


「徹底した弾圧、収奪は、次の戦争の種になりかねません。また、非対称戦争を起こしかねないのです。不肖・エルフの千葉は、彼らの自治を許すべきかと具申いたします」


 パンゲア王国の重臣に向かって、俺の心の友であり、今は許嫁となったエルフの千葉が言い放った。

 その神秘的な声の調べと、見る者を魅了する美しい外見。

 しかし、中身は濃厚なヲタク男子高校生だ。


 第二次ノンケ狩り戦争の戦後処理についての話し合いの会議だった。

 俺たちは、戦争を終わらせた殊勲者として、その会議に参加していたのだ。


 俺としては、こんな会議などほっぽり出して、すぐにでもシャラートを助けに行きたいのだ。


 会議は、強硬派の重臣に対し、千葉が反論する形で進んでいる。


「あのような汚らわしいガチホモどもなど、根絶やしにすべきだ!」


「それは、ガチホモの過剰な抵抗を生み、王国の治安に多大な影響を与えます! その治安維持の費用はどこから出るのですかな?」


「ぐぬぬぬぬ――」


「それは、戦争の賠償金で……」


「ガチ※ホモ王国は崩壊したのです。そんな金はないでしょう」


「ガチホモどもから搾り取るのだ!」


「過剰な簒奪は、大きな抵抗を生みだすのです。歴史が証明していることです。結局、治安維持費用に行きつきますな」


「では! キサマはどうしろというのだ!!」


 重臣の1人が立ち上がって言った。


 スッとエルフの千葉の目が細くなる。

 エメラルドグリーンの髪をかきあげた。

 サラサラと流れる長い髪。エルフであることを示す長い耳に髪がかかる。


「まず、優先すべきこと。それは ガチホモの無害化――」


「隔離すればいいのだ。奴らはノンケを喰らう……」


「当面は必要でしょうが、過度の隔離はまた、新たな火種を生みかねません。費用もかかりますが?」


 優雅な所作で、重臣の提案を叩き潰していくエルフの千葉だった。

 濃厚なアニヲタ、漫画ヲタ、ミリヲタであるが、学業成績もずば抜け、口も達者なのだ。

 人格的にはこれ以上ないというくらい様々な問題を抱えているが、その頭脳が優秀なのは認めざるをえないのだ。


 結局、重臣たちは論理的な反論ができずに、黙ってしまう。

 費用の面を言われると弱いのだ。

 パンゲア王国とて、これから復興のため費用が必要になる。


 戦争と天変地異が同時に起きたためだ。

 本当に、こんなときに天変地異が起きるなんて運が悪い。

 まあ、元々、原始的なインフラしかなく、人口もさほど多くないので、壊滅的被害というほどではない。

 ただ、大陸が5つに割れてしまっただけだ。

 天変地異のせいで。

 最悪だよな天変地異。

 

 そのときだった。

 玉座に座っている俺の爺さん。

 つまりこの会議に参加していたパンゲア王・ガルタフ3世が立ち上がった。

 爺さんのくせに、筋肉で膨れ上がったような肉体。

 世紀末覇王のようなオーラをもったボケジジイだ。


「あ~ セバスチャン。晩ごはんは? 晩ごはんはまだか?」


「まだにございます。陛下」


 セバスチャンが恭しく答えた。


「まだか…… まだであるならば、希望はある。今日は、銀シャリのおかゆライスが食べたいのだ」


「生憎と、物資不足で、麦、大根、雑穀(ざっこく)混じりのおかゆライスと、メザシにございます」


「ぬぅぅぅ―― 銀シャリが食えぬかぁぁぁ!!」


 ぐおぉぉぉぉっと、ガルダフ3世の体がベタ塗りとなって膨れ上がっていくような気がした。

 

「国王陛下! 畏れながら、このエルフの千葉にお任せいただければ、銀シャリのおかゆライスをお代わり自由にできる世界がくるかと!」


 エルフの千葉の言葉に一斉に重臣たちが騒ぎ出した。


「なんだとぉ!! デタラメを!」

「そんなバカな!! 戯言を言うな!」

「たわごとを抜かすな! このエルフが!」

「エルフの与太話には付き合いきれん!」


「だまれぇぇぇ!!」


 ビリビリとした声が響く。

 俺の爺さん、ガルダフ3世が吼えたのだ。

 音響兵器のような叫びに壁がビシビシと揺れる。


「オマエ…… 名は…… あれ? オマエはぁぁ!! ルサーナじゃぁぁ!! 愛しいわが娘のルサーナじゃぁぁ!! ルサーナー! るさぁぁぁぁなぁぁぁー!!」


 ブンブンと首を振って絶叫する俺の爺さん。

 この国の国王ガルダフ3世だ。


 その巨体が立ち上がり、大剣を抜いた。

 剣を構え。突撃の体勢に入る爺さん。

 なぜ、自分の可愛い娘に剣を抜いて突撃するのか?

 そもそも、なんでエルフが娘に見えるのか?

 不条理と曖昧の結晶体だ。 


 エルフの千葉を俺の母親と完全に間違えている。

 認識も思考力もかなり曖昧な状態でヤバい。


「陛下。そちらは、お孫様であるアインザム様の許嫁、エルフの千葉様にございます」


「む!! そうか!」


 淡々としたセバスチャンの言葉に我に返るジイさん。

 ジッとエルフの千葉を見つめる。


「む!! そうか! よし決めたぞ!」


 そのまま、ビシッとエルフの千葉に大剣の切っ先を向けたパンゲア王・ガルダフ3世。


「エルフの千葉、オマエを戦災&天災復興大臣に任命する! 銀シャリのおかゆライス! お代わりし放題! 予はそのような世界を望むのじゃ!」


 言い放つガルダフ3世。国王の決定だ。重臣たちも黙るしかなかった。


 いきなりの大出世だった。千葉君、大臣になっちゃったよ……

 

「おまかせください、国王陛下。このエルフの千葉、全身全霊をかけ、このパンゲアの大地に永遠のシャングリアを! 那由多の時を刻む王道楽土を! この地上に誰もが無しえなかった、遥かなる永遠の理想郷を造り上げるのです! それがもし神の意思に反し、この身を焼かれ八つ裂きにされようとも、私の不退転の決意は折れることはないのです! 決して!!」


 クイッとありもしないエアメガネを持ち上げるポーズを決め、エルフの千葉は言い放った。

 俺の心の友で、許嫁がいきなり大臣になってしまった。


        ◇◇◇◇◇◇


 パンゲア城の中には、それぞれの個室が用意されていた。

 なんせ、俺たちは、この「第二次ノンケ狩り戦争」を終わらせたVIPなのだ。


「パンゲア城も結構ガタがきているな」


 俺のオヤジ、シュバインが椅子に座りながら言った。


 今のこの城の中では最上級の部屋なのだろう。

 掃除が行き届き、居心地が悪いというわけではない。

 ただ、建物自体の構造がもう限界に近いくらいガタがきていた。


「千葉が城を含めて、王都を建て直すっていたなぁ。候補地は、もう決めているとか……」


 俺は目の前に座っているオヤジに言った。

 オヤジは興味なさそうに「ふーん」とだけ言った。


 エルフの千葉は戦災&天災復興大臣となり、意気込んでいた。

 プロジェクトチームを組んで新たな王都建設に取り組む予定だ。


 まあ、それはそれで必要なことだ。


 今いる部屋には俺とシュバインの2人きりだった。


「オヤジ、俺は――」


「なんだ」


「シャラートを助けたい」


 俺はそう言って、あの時、手にしたシャラートのメガネをテーブルの上に置いた。

 レンズにヒビ入ってる彼女のメガネだった。

 あの戦いの中、俺はこれをずっと持っていた。


 シュバインはそのメガネに視線を移す。

 あるかなしかの陰がその表情に浮かんだような気がした。

 シャラートは、オヤジの「隠し子」だった。それがバレて、ルサーナに半殺しにされた。

 ただ、ルサーナに出会う前に出来た子どもだった。

 俺の腹違いの姉である。そして、子守役であり、専用メイドであり、家庭教師であった。

 そして俺の最初の婚約者だ。

 超一流の暗殺者で、痴女を通り越し、ほぼ「サイコ」と言っていいレベルの中身。


 でも、俺は彼女のことが…… 


 長い黒髪に切れ長の美しく涼やかな黒い瞳。

 暴力的といっていい巨大なおっぱい。巨乳というより爆乳。

 やっと見つけた第一号の俺専用のおっぱいだ。それも至高で最上の柔らかさと弾力を備えた逸品。 


「捨てられし禁忌の島『イオォール』か……」


 オヤジは唐突にその島の名を上げた。


「そうだ。その島だ。そこにシャラートがいる」


 俺は無意識に手を握りこんでいた。

 斬りおとされた両腕は完全にくっついたし、バラバラに折れた俺の指はもう完全に戻っていた。

 ただ、シャラートに斬りおとされた腕の傷の痕は薄っすらと残っている。


「お前の体は―― 大丈夫なのか?」


「全然、問題ない。すぐにでも行きたい」


「そうだな」


 そして沈黙。


「なあ、オヤジ」


「ああ」


「教えてくれよ、オヤジの知っていることを。その全部――」


 オヤジは俺を見てそのまま腕を組んで黙ってしまった。

 知りたいことは山ほどあった。

 まずは、島の場所だ。

 そして、あの錬金術師、オウレンツというクソ野郎のこと。


 それから――


 【シ】だ。滅びの【シ】とはいったい何なんだ?

 奴らの言っていた封印解放の鍵ってなんだ?


 シャラートを助けるために必要なことなら、その全てを俺は知っておきたかった。


 俺のオヤジ、「雷鳴の勇者」シュバイン・ダートリンクは大きく息を吸いんだ。

 そして、肘をテーブルに置き、指で額を支えるようにして俺に向き直った。


「まず、なにが知りたい?」


「『イオォール』という島にはどうやって行けばいい? 転移魔法は?」


「転移魔法は使えないな」


 オヤジはすっぱりと言い切った。


「なぜ?」


「強い結界が張られている。伊達や酔狂で『禁忌の島』と言われているわけじゃない。少なくとも、俺では飛べない――」


「エロリィの禁――」


「ああ、あの金髪ツインテールの女の子でも無理だろうなぁ」

 

 俺の言葉を遮り、シュバインは結論を言った。無理であると。


「でも、あの錬金術師とシャラートは、その島にいるんだろ? 行く方法はあるはずだ」


「何百年前、何千年前かは知らん。それくらい昔から、あの島はずっと強力な魔力で封印されている」


「なんで?」


「さあな。滅びを招く扉はあの島にあるという伝承があるが、確実なことは分からん。誰も行ったことが無いからな」


「方法ないのかな…… 結界を破る方法」


『アイン! あるわよ! 私とアインの魔力ぶつければいいわ。そうすれば、どんな結界でも吹き飛ばせるわ』


 脳内でサラームが提案してきた。珍しくいい事言った気がする。


「オヤジ、俺の魔力を結界にぶつければ――」


「結界自体を消すのは危険すぎる。なぜ、あの島に結界が貼られているのか…… 滅びの【シ】との関係も考えられる」


『じゃあ、島ごと吹き飛ばせな後顧の憂いはないわね』

『アホウか! シャラートが死ぬだろ』

『アイン…… あの女……』

『それ以上言ったら、叩きだすぞ、引きこもりニート精霊』


 サラームはプンスカしながらも黙った。

 

「結界を壊さず、突き抜けなきゃだめってことか」


 俺は口に手を当て絞り出すように言葉を吐いた。


「おそらく、オウレンツはそれができるんだろうな。そういった使い手がこっちの手駒にいるかどうかだ――」


 シュバインも考えているんだろう。シャラートは親父にとっては実の娘だ。

 焦る気持ちは俺と変わらない。


 そのときだった。バーンとドアが開け放たれた。

 俺とオヤジがその方向を見やった。

 

 そこには、金色の光子を身にまとった美しく可愛らしい存在がいた。

 キラキラとツインテールを揺らし、精神のタガの外れた哄笑とともに声を上げた。


「きゃははっははははははは!!!! もうね! いるのよぉぉ!!!! そんな結界なんて、クソなのよぉぉ! 禁呪の天才のプリンセス様には不可能はないのよぉぉぉ!!」


 エロリィの甲高い叫びが部屋の中にこだました。

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