第七六話:【シ】の錬金術師と【シ】の姫君

「ライサ……」


「もうね! このクソゴリラ! アンタも私が殺すリストに入っているのよぉぉ! ここで殺さるんじゃないわよぉぉ!」


 エロリィが叫ぶ。


 くそぉぉ! なんだいったい。


「アイン、まずい。あのガチホモ強いぞ……」

 

 エルフの千葉だった。エメラルドグリーンの瞳がジッとその戦況を見つめていた。

 俺もその視線の方向を見つめる。


「なんじゃあれはぁぁ!!」


 そこには掃除機の吸い込み口を股間に差し込んでいる変態がいた。

 もはや、ガチホモで変態。

 異形の存在だ。

 

 右手にデンマを持ち、左手はダラーンと垂らしていた。

 鎖骨が飛び出し血が流れている。

 

 しかしだ――


「がはははははは!!! ジャクリーンと合体した俺はもはや無敵よ! ああああぁぁ!! この吸引力がっぁぁあ!!」


 貞操帯の股間には、掃除機の吸引ホースを差し込む部分があった。

 そこに、掃除機のホースを差し込み、本体を振り回しているのだった。


「ああああ、気持ちぃぃぉぉぉ、ジャクリーン!!」


 ブンブンと振り回される掃除機本体。ライサはその直撃を受けふっとばされていた。


 頭から流血しながらも、立ち上がるライサ。

 ギッと歯を食いしばった。


 スッと指を伸ばして、メリケンサックを深くはめ込んでいく。凶悪な金属の光を放つライサのメリケンサック。


 ブンと振り回される掃除機。それをかわし、間合いに入るライサ。

 メリケンサック付の拳が吹っ飛んでくる。

 

「甘い――」


 足元に長いホースが絡むのだ。それで、体勢を崩す。


「ちぃぃ!」


 体勢を崩しながらも右拳を撃ちこむライサ。敵の左手は上がらない死角だ。


「むん!」

 

 右手に握ったデンマの方が早かった。ブルブルと振動しながら、ライサのこめかみをデンマが撃ちぬく。


「がはぁぁ!!」

 

 血の塊を吐きながら、ライサが吹っ飛んだ。

 ヤバい。

 どうするんだ……

 俺は、母親、最強の存在であるルサーナを見た。


 彼女は、ただその戦いを厳しい目で見つめているだけだった。

 我が母親ながら、今一つ何を考えているのか分からない部分がある。

 

 考えが分からんといえば、先生だ。


「先生は! 千葉!」


「え? 先生? 池内先生…… あれ?」


 俺たちはきょろきょろ探した。

 池内先生がいなくなっていた。

 なぜだ…… いつの間に……


「ぐはぁッ!!」


 ライサがまたデンマで吹っ飛ばされた。

 股間で振り回される掃除機。それをかいくぐって攻撃に移ると、デンマの迎撃が待っている。


「殺してやるぅッ!」


 その場で跳弾のように跳ねあがるライサ、壁を蹴って天井に掛け上がった。

 再び直上からの攻撃だった。


「甘いわ!!」


 ブーンと股間の掃除機が振りまわされた。「ぐちゃッ」という音を立て、掃除機本体がライサの脇腹に命中した。

 撃墜されるライサ。


「もうね! 見てられないのよ! このバカ赤ゴリラ!」

 

 エロリィが叫ぶ。


「うるせぇ! テメェから殺すぞ! このクソロリ姫がぁぁ!!」


「ライサ!」

 

 俺もたまらず叫ぶ。


 ゆっくり立ち上がり、転がっていた釘バットを拾い上げた。

 そして両手でそれを握りこんだ。


「アインは、そこで待っててな。そのクソ乳メガネを抱っこしていた倍の時間、私を抱っこしてもらうから……」


 血まみれの笑みを俺に向けた。俺は何も言えなかった。


「もう、肉片ものこさねぇ……」


 ルビーの瞳がゾッとするような地獄の炎をたぎらせる。


「ふん、その身体でなにが出来るか…… アバラも折れたろう。内臓に刺さるぞ」


「2~3本折れても、関係ねぇーよ」


 ペッと血の混じった唾を吐いて、敵を見やる。

 見敵必殺、敵を殺さずにはいられない殺戮兵器少女が、ボロボロになりながらも殺意をあふれさせる。


「がぁぁぁぁぁ!!」

 

 釘バットを握りしめ突っ込むライサ。

 そして、背中を向けるくらい体をひねりこんだ。

 顔は俺たちの方を向いた。


 なんだ? そのとき、俺はライサの作戦に気付いた。


「死ね!」

 

 ブンとジャクリーンと言う名の掃除機が唸りを上げる。


 ブワンと音がした。ライサの長い緋色の髪が、掃除機に絡みついていた。

 排気口に髪の毛が入ってしまう。それが絡みつく。

 掃除機が動きを止める。

 股間に突っ込まれた、ホースには太い何かが差し込まれてた。そのため、排気口からは空気が排出されず、ただ空回りをしているだけだった。

 それがライサの髪を巻き込んだのだ。


「ごろ゛ずぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛!!」


 壮絶で血まみれの笑み浮かべ、両を同時に付き出した。

 そこは釘バットが無かった。

 両手がデンマを持った手首を抑え込んでいた。


 釘バットは――

 口だった。釘バットを口に咥え。両手でデンマを持つ腕を抑え込んでいた。

 ライサは体をひねり後ろを向いて口に釘バットを咥えていたのだ。


「むうっ! このクソ力の雌豚が!!」


 ガチホモ四天王筆頭とはいえ、超絶パワーを誇るライサが両手で腕を押さえたら動かせるものではない。


 ライサが首を大きく回した。緋色の長い髪が尾を引くようにたなびく。


「じねぇぇ!!」

 

 口でくわえこんだ釘バットが、ガチホモの側頭部を撃ちぬいていた。

 吹っ飛ぶガチホモ。

 壁に激突。

 壁に血の跡を作りながら、ズルズルと崩れ落ちて言った。


「この雌豚がぁぁ……」


 それでも、まだ立ち上がろうとする。

 ガチホモ四天王のアナギワ・テイソウタイ。


「あはッ! 上等だ。もっと殺し合いをしよう。楽しいなぁ、なあ、ガチホモぉぉ」

 

 血まみれの美しい顔で笑みを浮かべる。 


「まあ、そこまでですかね」


 その場に場違いなような、やけに明るい男の声が響いた。


 スッと陰から男が現れた。

 小柄な男だった。

 しかし、この俺は……


 俺は、この男を見た記憶があった。

 どこだ? どこであったんだ。

 

「ああ、ルサーナ久しぶりです」


 本当に、久しぶりの友人に会って喜んでいるかのような声。

 しかし、それは、この戦いの場に全く不似合いな声だった。


「オウレンツ―― あなた、なぜここに?」


 俺の母親、「銀髪の竜槍姫」の顔色が変わった。

 異世界最強の、俺の母親、かつて世界を救った英雄の一人。

 あれ、そういえば、オヤジは? もう一人の英雄。勇者だ。

 

「なあ、そういえば、オヤジもいないよな、千葉」


「ああ、オヤジさんは、城の外で義母様にぶちのめされて、地面に頭をめり込ませたままだな。ここには来てない」

 

 クイッとありもしないメガネを持ち上げる動作を見せ、エルフの千葉が言った。

 先生はさっきまでいたけど。俺の親父は城に入った時からいなかったのか……

 オヤジの陰の薄さに、悲しい物を感じた。

 

 だが――

 俺はそれで思い出した。コイツだ。


 俺の夢の中、滅びの【シ】と闘っていた英雄たち。


 俺の親父「雷鳴の勇者」シュバイン・ダートリンク。

 俺の母親「銀髪の竜槍姫」ルサーナ・ダートリンク。

 そしてもう一人いたんだ。


 オヤジが「クソ錬金術師」と呼んでいた存在。

 そいつだ。俺は夢でそいつをみている。


 まるで子供のような雰囲気を身にまとっているが、れっきとした大人だ。

 年齢の推定は難しい。俺の親父よりは若い感じがする。


「アインザム君――」

 

 そいつは俺を見た。本当に邪気のない笑みだ。


「いやぁ、シュバインとルサーナの遺伝子が混じるとこうなるんですか…… 人間って面白い。なんか、君を解剖して研究してみたくなります――」


 まるで無邪気な子どもが見せるような笑み。

 そして、ゾッとするようなことを言った。

 得体の知れない不気味さがあった。


「オマエはいったい?」


 シャラートを強く抱きしめ俺は言った。


 オウレンツはスッと視線をシャラートに合わせ、にっと笑った。


「私は、彼女をもらいに来ました―― いえ、こっちに来るように言いに来たのです。本来いるべきところにです」


 オウレンツと呼ばれた男は、静かに言った。俺はその言葉の意味が分からず困惑する。更に、シャラートを抱きしめる力を強くする。

 渡さない。シャラートは渡さない。


『ヤバいわよ。アイン―― アイツも…… アイツも体の中に飼ってるわ』


 サラームの声が頭の中に響く。


「おやおや、抱きしめても無駄なんですけどね。そろそろ、起きなさい。シャラート。いえ、【シ】の姫君――」

 

 その言葉と同時だった。

 俺の腕の中でぐったりしていたシャラートがビクンと痙攣した。


「なにをした!」


「なにも――」


 笑みを張りつけ、オウレンツ入った。


 シャ――ッ!


 衝撃波が後から追いかけてくるような動きで、俺の母、ルサーナが動いていた。

 伝説の槍「竜槍・ドラゴラン・ファング」が唸る。

 

 しかし、それは空中で静止していた。


「なッ! これは! 空間制御――」

 

「ゲシュタルト結界を張っています。しばらくは持ちます」


「キサマ! オウレンツ! どういう気なのですか! 【シ】の手先に――」


 俺の母親はその言葉を最後まで言えなかった。壁に叩きつけられていた。


「お帰りなさい。見事な蹴りですね――」


 一瞬で俺の手をすり抜けた。

 そして、一瞬で、攻撃を仕掛けていた。


 その存在はそこに立って、俺を見つめていた。

 メガネをしていない。

 切れ長の目。その白目の部分が真っ赤に染まっていた。

 黒曜石のような黒い瞳が血の中に浮いているようだった。

 その目は、俺をそこらの石ころのように見ているだけだった。


 黒く長い髪が揺れた。


「シャラート……」


 俺はその前に立つ存在に向けつぶやいていた。


「殺します―― 生きとし生ける者―― 全てを殺します。この地上に絶対の死を――」


 その唇から血の通わぬ呪詛の言葉が紡ぎだされていた。

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