第七五話:殺戮兵器美少女の死闘

「あはッ! 殺してやるぜぇぇ~ ぶち殺すから! ぶっ殺す! 絶対にだ! 殺す! テメェが死ぬまで殺すのを止めないッ! このゲロ以下の、ド畜生がぁぁ~!」


 深夜放送アニメのヒロイン声優クラスの美少女声が響く。

 緋色の髪が炎のように舞う。

 殺戮殲滅を存在意義とする超絶美少女が獅子吼した。


 俺は、シャラートを抱きかかえそれを見つめる。

 チラッとその美しい顔が角度を変えた。

 俺に横顔を見せた。

 彼女もまた、造形の奇跡ともいえる美貌を持った美少女だ。

 

「アイン! そこで、その糞乳メガネを守ってよッ! 決着つけたら、私がぶち殺してやるんだからなッ!」


 俺は凄まじい熱を発してぐったりとしているシャラートを抱きかかえていた。

 人間の出す温度じゃない。

 顔には玉のような汗がびっしりと浮き上がっていた。


『サラーム! なんとかできないのか! 回復の水で! 熱を下げるとか』


『傷の回復はできるわ! でも、それは…… 危ない気がするわ』


 俺の体の中に引きこもる精霊が言った。

 日本のヲタ文化に完全に毒され、命を糞とも思ってない精霊。

 それがサラームだ。

 しかし、そいつがいつになく真面目に言った。

 俺の心に響いてくる言葉には、今まで感じたことの無いある種の気持ちまで含まれている。

 それが俺には分かった。


『なにが起きてるんだ?』


『いるわ…… シャラートの体の中、何かが…… 下手に回復の水なんか使ったら、そいつまで活性化するかもしれない』


『なんだよそれは……』


『分かったわ! 私が確かめるわ』


 サラームはそう言って俺の体から出てきた。

 アンビリカルケーブル付だ。

 そして、そのままシャラートの俺専用のおっぱいにズルズルと侵入していった。

 この際、俺専用とか言っている場合じゃない。

 頼む、サラーム……


 くそが!

 俺は自分じゃ何もできない。

 ただ、シャラートを抱きかえるだけしかできない。

 彼女の灼熱化した体を俺はギュッと抱きしめた。


 細い糸のようなものが、俺の胸とシャラートの胸の間にあった。

 二人はそれでつながっている。


 俺は、シャラートを抱きしめ、思いのほか、細い身体に少し驚いた。


 俺が異世界に転生したとき。

 俺のオシメを替えたのは彼女だ。


 俺は彼女に赤ん坊のときには、おんぶされ守られた。

 まあ、攻撃ではなく、面白半分に撃ちこんだサラームの魔法だったが。


 そして、お風呂では持ち上げられ、体を洗われそうになり……

 それが今では俺の方がずっと体が大きくなっているのに。


「シャラート……」


「しゃんとしなさいよ! アイン!」


 バーンと背中に蹴りが入った。

 エロリィだった。結構痛い。幼女の蹴りとは思えない。

 

「いてぇよ! なにすんだ!」


「もうね、戦いはまだなのよ! シャンとするのよ! 早く皆殺しにするのよ! もうね、ガチホモとの戦いはすぐ終わらせるのよ!」


 金髪のツインテールを揺らし、エロリィが言った。

 その碧い瞳が俺を見つめる。神秘的とさえ言っていい色を湛えたその瞳。

 長い金髪のまつ毛の下。そこには、彼女なりの憂いが見えていた。


「分かっている。分かってるぜ!」


 すっと、芸術品のような細い指が水筒を持って俺の前に突き出された。


「急激な体温の上昇は、脱水症状を起こす危険性がある。水分の補給だけは必須だぞ。アイン――」


 旭日の鉢巻を締めた緑の髪のエルフだった。俺の心の友であり、婚約者となった元男子高校生の千葉だ。


「シャラート飲むんだ! シャラート!」

 

 口に持っていくが、荒い呼気を吐きだすだけで、水はその唇を伝わり外に流れていく。


「なに、たらたらやってんのよ! もうね、口移しで飲ませなさいよ! でもチュウの回数にはカウントするのよぉ!」

 

 エロリィが言った。

 

 俺は水筒の水を口に含むと、シャラートの唇に自分の唇を合わせた。水を少しずつ流し込んでいく。

 舌が動く。俺の舌を求めるように動いている。いつものシャラートのように……

 カラカラになっていた彼女の口。俺の舌から彼女の舌に、少しずつ水が流れ込んでいった。


「ふ…… その雌豚は、死にかけておるではないか? いいぞ。降伏するのであれば、ここから出て、女の治療をしてもよい―― ただし、その男の子を置いてだ」


 デンマを右手で握りしめ、左手に掃除機を持ったガチホモが俺たちに視線を合わせている。

 そのギラギラした視線は、俺に対して向けられていた。


 ガチホモ四天王のリーダーであるアナギワ・テイソウタイだ。

 コイツも狂ったガチホモ野郎なのだ。


「あはッ! バーカ、あのクソ乳メガネが死ぬわけねーだろ! アインも付いてるんだよ! テメェは私がここでぶち殺してやるから安心しろ!」

 

 よそ見をしていた、アナギワ・テイソウタイ。

 それを見逃す美少女殺戮兵器ではない。

 爆発するように、一気に間合いを詰めた。

 

 唸りを上げる釘バット。

 音速を超え衝撃波を伴い空間に焦げ目をつくる。

 その釘バットの一撃が弧を描いていた。

 強烈なアッパースイングだった。

 ガチホモの股間を狙い、音速を超え上昇するライサの釘バット。


 キーン!!


 硬い金属音が響いた。


「ちぃッ! 思った通りかよ!」


 ライサは釘バットを構え直し、トンと後ろに飛んだ。

 油断なく、腰を下ろし次の攻撃に備える。


 彼女の釘バットの一撃は確かに命中していた。

 しかし、それはアナギワ・テイソウタイになんのダメージも与えていなかった。


「王との絆―― この単結晶オリハルコン製の貞操帯、そのような貧相な武器で敗れはせん」


 ガチホモ王と「ある物」以外には絶対に男の操を許さないガチホモ四天王の筆頭。

 その矜持がこもった言葉であった。

 そのためのオリハルコン製の貞操帯なのである。


「あはッ! 上等ぉぉ! 殺してやる!」

 

 牙のような八重歯を見せ、戦いを心底喜ぶ美少女の笑みだった。

 ライサが、ふわりと長い緋色の髪をたなびかせ、一気に間合いを詰めた。

 真上から、体を限界までひねり、釘バットの一撃。

 

「ムッ!」


 その一撃を右手のデンマで受けるアナギワ。


 ビビビビッビイビビビビビビビビビビビ!!


「きゃぁぁ!!」

 

 凄まじい衝撃がライサを襲った。  

 あの殺戮と殲滅と破壊の申し子のようなライサが普通の美少女のような悲鳴を上げた。

 釘バットが吹っ飛ばされ、放物線を描き床に落ちる。


 うずくまって手首を押さえるライサ。


「テメェ…… 殺してやるぅぅ――」


 ルビーのような瞳から灼熱の視線を放つ。

 殺意の塊のようになったライサ。

 その緋色の髪が流れ出す殺意の圧力で宙に舞うように動いた。


「ふん、武器を拾え――」


 勝ち誇ったよう言うアナギワ。

 ライサは転がっている釘バットに手を伸ばした。

 次の瞬間。

 ライサが弾けた。

 バットを拾う動作から、体をひねり宙を飛んだ。

 天井だ。


 天井まで飛んでいた。

 まるで重力を無視したように、天井にトンと着地する。


「ぶち殺してやるぅぅ!!」


 そこから垂直降下の蹴りだった。

 

「グッ!!」


 真上からの不意を突いた攻撃。そして油断。 

 それが、原因だった。

 ライサの凄まじい速度の蹴りがアナギワ・テイソウタイの左肩に当たる。


「ごきっ」とか「めき」とか骨が折れる音が響く。

 

「ぬぐぅぅぅぅ~」


 アナギワ・テイソウタイの鎖骨が皮膚を突き破って、飛び出していた。

 ぽとりと、掃除機を落としてしまう。


「ジャクリーーーン!!」


 落とした掃除機の名前を呼ぶ、ガチホモ。異常だ。完全に異常。

 掃除機に名前を付けるガチホモ野郎だった。


「あはッ、ここからなぶり殺しだ! 殺すぞぉ! 死んでも殺す! 絶対に殺す!」


 ルビーの目を更に血走らせ、ライサが言った。

 そして、転がっていた釘バットを拾った。

 そして、ブンと振った。衝撃波が発生する。

 

 彼女は、獰猛な笑みを浮かべ、ゆらゆらと前に進んだ。


        ◇◇◇◇◇◇


『やばい…… やばいわ! アイン!』


『どうした、サラーム!』


『戻る! 限界! 私、今戻る。戻ってから言う!』


 虹色の羽を羽ばたかせ、シュンと飛び出すと俺の胸の中に飛び込んだ。


『ヤバいわ。黒いなにか…… あのときのアイツの感じと似ている……』


『あのときってなんだ?』


『ダンジョンだわ。アインが5歳のときに、ダンジョンで粉じん爆発させて出てきた奴。アイツ…… アイツの一部に似た奴が食い込んでる――』


『なんだって? なんで!』


『わかんないわ! でも、雰囲気はそっくりだわ。目! 目の裏にいる。シャラートの目の裏にいる』


 バカな。俺はメガネの奥で閉じているシャラートの目を見つめた。

 切れ長の目は閉じられ、長いまつ毛だけが、時々、痙攣したように動く。

 何が起きているんだ――


 いきなり、5歳の時の話をされても……

 まて、シャラートはいつからメガネをかけていた?

 なんで、メガネをかけるようになった。

 なんて言っていた――


 爆発――

 

 俺とオヤジを地球に飛ばした爆発。

 そうだ。

 あの爆発に巻き込まれて、シャラートは、視力が落ちたと言っていたはずだ……


「滅びの【シ】の尖兵――


 忘れかけていたその言葉は脳裏によみがえった。


 バカな――


「きゃぁぁああああああああーー!!」


 悲鳴。俺は顔を上げた。


 そこには、血まみれになった美少女が転がっていた。


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