第七四話:俺のシャラートは俺が守る!

 ゆらりと動くシャラート。

 まるで、風の流れの中にその身をまかせて動いているような印象だ。

 生粋の暗殺者であり、俺の腹違いの姉であり、俺の最初の許嫁。

 俺専用の大きなおっぱいを持ったクールでいい匂いのするメガネのお姉様だ。

 

 その彼女を俺は後ろから見つめていた。

 黒く長い髪がサラサラと揺れている。


 チャクラムを握った腕は、弛緩(しかん)したようにダランと垂らしていた。


「アインを害するものは、私が皆殺しです――」


 聞く者の精神を一瞬で凍結させるような温度を持った声。

 暗黒の深淵から聞こえてくるような響きをもっていた。


「莫迦が! アナル弾!」


 不意にアナル・ドゥーンがホースを構えた。

 早打ちのガンマンのような動き。コマ落としフィルムのような動きで構え、そして撃った。

 直腸に弾丸を仕込み、それをホースを使って敵に撃ちだす武器。


 アナル・ガンという悪夢の武器だ。

 腸液にまみれた漆黒の弾丸が発射される。

 それは、確実に音速の数倍に達しているはずだ。


 ベチベチベチ――


 細かいヌルヌルした飛沫のようなものが俺の顔に当たった。

 嫌な予感しかしない。

 俺はただ茫然とそこに立っている。


『サラーム、水だ―― 水の精霊を呼んで。お願いします。そんで、水を出してくれ』


 俺はプルプルと震えながら、体内に棲む精霊のサラームにお願いする。

 俺の顔に当たったのは、絶対にあれだ。

 しかし、なんで粉々になってんだ? 散弾でも撃ったのか?


『いいけど、あの女、やるわね』


『ん?』


『あのホモの発射した弾丸をみんな、切り刻んだわ』


『え?』


 俺はシャラートを見つめた。腕は相変わらず、チャクラムを握ったまま自然に垂らしている。

 凶悪な刃がヌメヌメと濡れたような光を放っていた。


「このクソ女…… 私のアナル弾、5連射を……」


「止まって見えます。全部切り刻みました」


 シャラートの背中が細かく震えている。愉悦だ。その震えは体からあふれ出す愉悦で震えているんだ。

 幼いころからのシャラートを知っている俺は確信した。

 すげぇよ。シャラート……


 でも、俺の顔にガチホモの腸液にまみれた物が当ってんだけどね。

 俺は、サラームが呼びつけた、水の精霊が出した水球で、顔を洗った。


「殺しますが―― 楽には殺しません」


 愉悦に震える背中。今は見えていないその顔に氷のような笑みが浮かんでいるのが想像できた。

 アナル・ドゥーンの顔色が明らかに変わっていた。


 真後ろにいると、また腸液にまみれた弾片が飛んできそうだ。

 俺は角度を変えるべく、移動した。


 それと同時だった。


 トンとシャラートが地を蹴った。

 まるで、相手の呼吸を読み切り、虚を突いたような形となった。

 一気に間合いがつまる。


 真っ赤な液体が天井に向け噴出した。

 血だ――

 大量の血。

 そして、その中で血ではない何かが吹っ飛んでいた。

 それは、べチンと音をたて、天井に当たり。そして落ちてきた。


「あがぁぁあああああああ!!! 俺の! 俺の左腕をぉぉぉ!!」


 アナル・ドゥーンの叫びが続く。

 俺は血まみれの中に転がっている、それを見た。

 人の左腕。肘から上の部分が切断され、転がっているのだ。


 すっと長く、美しいラインを持った脚が動いた。

 グイッとその血まみれの腕を踏みつけた。

 グリグリと地面に押し付ける。


「まだ、右腕が残ってますよ。反撃すればいいじゃないですか」


 シャラートは斬り落した敵の左腕を踏みつけながら言った。

 顔には隠しきれない愉悦の笑みが浮かんでいた。

 暗殺者の笑みだ。相手に絶対的な死を覚悟させる笑みだった。


「てめぇ!! 殺してやる!!」


 トンとアナル・ドゥーンが後ろに飛んだ。

 間合いを空けたのだ。

 そして、吹きだす血をそのままに、アナル・ドゥーンはアナルガンを連射する。


 ドドドドドド――

 重機関銃のような腹に響く連射の音。

 アナル弾の連続発射であった。

 直腸内に収められた50発以上の弾丸が毎分500発以上の速度で空間に放たれる。


 当たらなかった。

 風の中を舞うように、アナル弾をことごとくかわすシャラート。

 黒く長い髪がふわりと揺れる。死神の長き髪――


 キーン――


 高い音が響く。ガチホモの塔の一室。その空間に金属製の高音が響いた。

 

「あら? 接近戦もできるのですか?」


「なめるなよ、アナルガンは遠近両用だ」


 今度は右手を狙って吹っ飛んできたシャラートのチャクラム。

 それをアナルガンで辛うじて受け止めていた。

 ゴムホースのように見えるが、意外に頑丈だ。


「後ろはお留守ですけどね……」


「なに?」


 シャラートの右手に握られていたチャクラムが無かった。

 金属製の刃で肉を切り裂く音が響く。

 

 そしてクルクルと宙を舞ったチャクラムが、シャラートの手に戻ってくる。

 それは、刃を血まみれにしてだ。


「ばぁっ!!」


 アナル・ドゥーンが声を上げていた。

 左脚だ。後ろから太ももの肉が断ち切られていた。

 一直線の傷からは、亀裂の入った水道管のように血が噴き出していた。

 骨までは達していないだろう。


 投げられたチャクラムが弧を描き、後方から奴の大腿部の後ろの筋肉を切断していた。

 脚は繋がってはいるが、もうそれは脚としての機能を失っている。


 左腕の肘から先を失い、そして左大腿部の筋が完全に切断されていた。

 うずくまり、苦悶の声を上げるアナル・ドゥーン。


 シャラートは人差し指を立て、それを軸にしてチャクラムをクルクルと回していた。

 顔には、あふれ出すような笑みを浮かべている。

 口がVの字方に吊り上り、メガネの奥の目は、嗜虐の興奮で濡れていた。


「あがががぁぁぁ」

 

 苦悶の声をあげるだけのアナル・ドゥーン。

 どの道、この出血量では、死は免れないだろう。


「ああ、まだこれからじゃないですか。まだ、死んじゃダメですよ」


 そう言うとシャラートは、プツンと自分の長い黒髪のを何本が切った。

 それを手に持った。


 床でうずくまる、アナル・ドゥーンの背中にドンと踏みつけるような蹴りを叩きこんだ。

 車に引かれたカエルのように地面に叩きつけられたガチホモ四天王の一人。


 シャラートは手に持った自分の髪の毛で、アナル・ドゥーンの左手と太ももを縛った。

 それは止血のためだった。

 肉に食い込んだ細い黒髪は、吹きだす血を止めさせていた。


「てめぇ…… このクソ女。俺を助ける気か……」


「あら? 何を勘違いしているのですか?」


 地べたに倒れているアナル・ドゥーンを見下ろしシャラートは言った。


「出血死なんて、楽な死に方させるわけないじゃないですか~ だから血を止めました」


 もはやウキウキとした気分を隠すことなく、シャラートは言った。

 メガネの奥の美しい瞳は、常人ではあり得ない光を放っている。


「て、てめぇ、く、狂ってやがる…… このキ〇ガイ女がぁぁ」


「はい。私はアインへの愛で狂っているのです。それでいいのです――」


 平然とシャラートは言った。寒気のするような愛の告白。

 

「むぅっ!!」

 

 ガチホモ四天王の一人、おそらくリーダー格のアナギワ・テイソウタイが動こうとした。

 

「あはッ! なに動いてんだよ! てめぇの相手は、私だろ? 順番にぶっ殺してやるから待ってろよ」


 緋色の髪を揺らし、ライサがその前に立った。

 ルビーの色をもった瞳で、突き刺さるような視線を送る。

 その身からは、濃厚な殺意のオーラが溢れだそうとしていた。


「ぬぅぅ! なんとかするのだ! アナル・ドゥーンよ! ガチホモ四天王の誇りにかけて!」


 叫ぶアナギワ・テイソウタイ。

 ビシッと右手に握ったデンマでアナル・ドゥーンを指した。

「ジャクリーン」と名付けられた掃除機を握る左手が震える。


「がはぁぁ、女ぁぁぁ、こいつ、ガチでイカレてやがる」


 這いつくばったまま、叫ぶアナルドゥーン。


 ガチホモにキ〇ガイ認定される、俺の許嫁。


「所詮、愛とは一種の狂気ではないでしょうか―― ああ、真理は、この世の真理とはなんでしょう――」


 体育座りをしているガチホモ四天王の一人、木冬木風がつぶやくようにいった。

 まだ、賢者モードのままだった。


「この狂ったクソ女がぁぁ!! 殺せ! 一思いに殺せ!」

 

 アナル・ドゥーンが吼える。


「アナタ、うるさいですよ」


 氷のような言葉を吐いて、グイッと背中を踏みつける脚に力をいれるシャラート。


「ああああ、エロリィちゃんもいい。いいのだ。しかし―― なんだこの衝動は…… 俺は今、何を感じているのか? シャラートお姉様に踏みつけられる。これは…… ああ、俺は、俺は一体どうしてしまったんだ……」


 エルフの千葉がこの光景を見て、震えながら何かを言っていた。

 もう、どうにかしてくれよ。頼むよ。お前一体、どんな奴なんだよ。

 エルフとなった男子高校生の千葉君は、敵を踏みつけるシャラートをみて、明らかに興奮していた。

 俺から見ても、千葉君の性癖はもう手遅れのレベルだ。


 シャラートは大きなおっぱいを揺らす。

 そして、胸の谷間に細く白い指を這わせた。


「ああ、どうしてですか? 殺してくれと頼むのが早すぎます。早すぎる男は持てませんよ。ああ、私のアインは全然そうじゃない……」


 身悶えするような仕草で、ヤバいセリフを吐くお姉様。

 俺って早くないんだ…… 

 全然、分かんないんだけど。

 

 夜になると、俺の許嫁は3人で俺を攻めまくる。俺は途中で意識を失ってしまうので、卒業しているのかどうか分からない。

「シュレディンガーのDT」状態なのである。


 いつの間にか、シャラートの手には医療用のメスのような物が握られていた。

 

「さぁ、これからが、本番です。人はどこまで苦痛に耐えることが出来るか? 挑戦してください」


 メガネの奥の黒い瞳を塗らし、シャラートは言った。


        ◇◇◇◇◇◇


 それはもはや、放送禁止レベル。

 全米で上映禁止になるレベルの行為が行われていた。

 

 腕や脚がメスで切り裂かれていた。

 筋肉組織を切断。すっぱりと綺麗な傷口を無数に作り上げる。


 それだけじゃない。


 メスで切り刻まれた傷口には、小さな画鋲のようなものが、大量に挟み込まれている。

 そして、その上から髪の毛でグルグル巻きにされていた。

 画鋲が外にはみ出ないようにだ。

 腕や脚がボンレスハムか、紐をまかれたチャーシューのようになっている。


 髪の毛で、きつく縛られているので出血はほとんどない。

 しかし、傷口に挟まれた画鋲が永遠に苦痛を与えていた。


「あ゛う゛い゛い゛い゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛~」


 もはや意味のある言葉を発せられなくなっているアナル・ドゥーン。

 フンドシからはみ出たアナル・ガンも力なく、地に横たわっていた。


「ああ、まだ死にませんよね? 大丈夫ですね?」


 そう言って、今度は背中に、棒手裏剣を突き立てた。

 

「あがはぁぁぁぁぁぁぁぁ~」


 意味のない声を上げるアナル・ドゥーン。


「はぁ、はぁ、はぁ」と呼吸が荒くなるシャラート。

 明らかに、嗜虐の興奮で、欲情してきているのか?


 ただちょっと、いつもと少し違う気がした。

 なんだろう。その呼気に、少しだけ、苦痛に耐える物が混じっているような気がした。


「シャラート。もういいだろ……」


 俺は気になって声を上げていた。

 そして、ガチホモ四天王のアナル・ドゥーンに目を向けた。


「おい、降参しろよ。このままじゃ死ぬぞ」


 もう、アナル・ドゥーンは自分で降参という意思を表明することもできない。


「ぬぅぅぅ…… 分かった。この戦いは――」


 その時だった。


「あぁぁああああああああああああ―――」


 高い悲鳴。今まで聞いたことのない声。シャラートだ。

 彼女が、白い喉を見せ、甲高い悲鳴を上げていた。

 そして、瘧(おこり)のような痙攣。

 そのまま、身をひねるようにして、地に倒れた。


「シャラート!!」


 俺は叫んで、シャラートを抱きかかえた。


「なんだ―― これ、これ…… 凄い熱い」


 俺はシャラートの体を抱きかかえ、震えた。

 これは、とてもじゃないが、人が出している熱とは思えなかった。

 なんで、こんな熱を出しているのか?


 四天王を見た。

 アナギワ・テイソウタイもなにが起きたのか分からず、呆然としていた。

 木冬木風は、相変わらず体育座りで真理を探究していた。

 アナル・ドゥーンに至っては三途の川を渡りかけている。


 コイツらが何かしたわけじゃない。

 俺は直観で感じる。


『アイン。体の中で…… この女の体の中に、何かいるわ…… やばいわ』


 精霊のサラームが俺の心に直接話しかけてきた。


『なんだそれは? いったい?』


『わからないわ、まって、なんか覚えがある。この嫌な感じ……』

 

『サラーム、それは?』


『まって! 思い出すから』

 

 サラームはそう言って考え込んだ。

 くそ。


 俺はシャラートを抱きかけた。ギュッと抱きかかえた。

 柔らかいその身体は、今凄まじい熱を発していた。

 呼気が荒い。いつもの発情しているときの「はぁはぁ」とは明らかに違う。


「シャラート! シャラート! シャラート!」

 

 俺は彼女を抱きしめ、名前を何度も呼ぶ。

 俺の婚約者で姉で暗殺者で痴女でサイコ――

 でも、俺は、コイツが―― コイツがいないと……


「ああ…… アイン…… 私のアイン……」


 すっと細く目が開いた。

 切れ切れの言葉が、唇から洩れてくる。


「大丈夫だ! 俺が、お前を守る! 絶対にだ!」


 くそぉぉ! 何が起きてるんだ?

 畜生が!


 すっと、シャラートを抱きかかえている俺の前に影ができた。

 俺は顔を見上げた。


 緋色の髪。

 ルビーの瞳。

 ライサだ。

 ライサが俺とシャラートを見つめていた。


「アイン、そいつを頼むよ――」


 すっと、横から細い指が俺に触れた。

 金色の光。長いツインテールが視界に入る。

 エロリィだ。


「もうね、落ち着きなさいよ。コイツは、こんなんで、死ぬわけないのよ――」


 いつにない真剣な表情で、エロリィが言った。


「あはッ! そうだな。なんか、風邪でもひいたんじゃねーのか! デカ乳のバカのくせに!」


 ライサはそう言うとくるっと俺たちに背を向けた。


 釘バットを握った。美少女最終兵器。

 長い緋色の髪を揺らすライサ。

 その身から溢れ出る殺意に煽られ、ゆらゆらと長い髪が揺れているようだった。 


 ルビー色の瞳が、殺すべき相手を捉えていた。


「おい、決着をつけようぜ。殺してやるよ。お前ら全員、殺してやる。ぶち殺してやる――」

 

 濃厚な殺意を伴う声が大気にゆるゆると流れ出していた。 

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