第七七話:今から俺がお前らをぶち殺すことにした

「てめぇ!! シャラートになにをしたぁぁッ!!」


「いえ…… 私はなにも」


「とっつぁん坊や」と形容するのがぴったりくる錬金術師が言った。

 襟の高い黒い服に身を包み、邪気のない笑みを浮かべている。

 しかし、その目の奥は一切笑っていない。


 かつて、俺の親父や、母親とともに、「滅びの【シ】」と闘い、それを倒した英雄の一人。

 オウレンツという名の錬金術師。


「シャラート! 戻ってこい! 俺だ! お前の良人になる最強の天才精霊マスター! アインだ! 俺の声が聞こえないのか! シャラート」


 いつの間にか俺の手にはシャラートのしていたメガネが握られていた。


 メガネをしていないシャラートを見るのは何年ぶりだ……

 長い黒髪が揺れる。そして、俺専用の、絶対に俺専用の至上のおっぱい。

 いつもはメガネの奥にあった涼しげな切れ長の双眸。


 その双眸が変異していた。

 血だ。

 血の色に染まっている。

 充血なんてもんじゃない。白目の部分が完全に血の色になっている。

 黒い黒曜石のような瞳が血の中に浮いている。そういう目だ。


「シャラート!!」


 俺は彼女の名を叫ぶ。 


「ア…… アイン…… ア……」


 唐突にガクガクと体を振るわせ、頭を抱えた。

 そのまま、崩れ落ちる様にしゃがみこむ。

 長い黒髪がも体の動きに合わせ舞った。


「あ、あががああああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛~ アイン! ダメですッ! ああああ~ 逃げ…… がぁぁぁあ」


 シャラートが俺の言葉に反応した。

 だが、彼女は、頭を抱え、意味の無い言葉を吐きだすだけだった。白い指が黒い髪の中に沈んでいく。


「いやぁ、凄いですね~ 神の肉片を受け入れ、ここまで抵抗する…… 素晴らしい素材といえますが、厄介ともいえますね」


 苦しむシャラートを見てヘラヘラと言葉を吐くクソ錬金術師。

 俺の体の奥で何かが切れる音がした。

 

「アナギワさん」


 スッと視線を壁際に血まみれでもたれかかっているガチホモ四天王のひとりに声をかけた。


「彼女を上に運んでください」


 アナギワ・テイソウタイは苦々しい表情を一瞬見せた。

 しかし、シャラートに向け一歩踏み出した。


「させるかよッ!」

 

 ライサが叫んだ。跳ぶ。緋色の弾丸。非対称の長髪の尾を引き、一気に跳んだ。

 その長い脚が槍と化し、ガチホモ顔面に叩きこまれていた。


「ぬごっ!」


 壁に後頭部を叩きつけられ、顔面にライサの足をくいこんでいる。

 頭がサンドイッチ状態になった。

 壁とライサの足の間で頭蓋骨が軋みを上げてる。

 圧力に耐え切れず、頭部からはピューピューと音を立てて血が噴き出ている。


「あはッ! 戦いの最中によそ見してんじゃねーよ。殺すぞ! 死んでも殺してやる! ぶち殺す」


 顔に食い込んだ足をグリグリと捻じ込んでいくライサ。

 ビクンビクンと痙攣しているガチホモ四天王のリーダーであるアナギワ・テイソウタイ。

 

 デンマを持つ手が持ち上がる。

 しかし、ガクンと力なく落ちた。 

 手が床まにぶつかる。そして、握っていたデンマを力なく離した。

 コロコロと床をデンマが転がっていく。


「あ~あ、死んじゃいました? アナギワさん。死んでいるなら死んでると言ってくれないと……」

 

 味方の死を他人事のように語るクソ錬金術師のオウレンツ。

 相変わらず、クソのような笑みを貼りつけたままだ。


 ライサがゆっくりとガチホモの顔面に食い込んでいた足を離す。

 べっとりとした血がヌルヌルと糸を引いていた。


「あはッ! 次はオマエか? 殺してやるよ。絶対に殺す。死ね! 殺してやる。このド畜生がぁぁ」


 血まみれの顔で、牙をむく超絶美少女殺戮兵器。

 俺の許嫁の一人ライサだ。全身から吹きだす殺意とある種の怒りの奔流で緋色の髪が重力に逆らい舞っている。

 

「もうね、いい加減にするのぉぉ! ここで、全員ぶち殺して終わりにしてあげるのよぉぉ! 私の禁呪で滅ぼしてやるのよぉぉ! きゃはははは!!」

 

 金色のツインテールをたなびかせ、美しき狂気が高らかに敵の滅殺を宣言する。

 彼女も俺の許嫁の禁呪使いのプリンセス、エロリィだ。


 俺はゆっくりと前に出た。

 彼女たちより前にだ。


「二人とも下がってろ――」

  

 俺は言った。2人の顔色が変わったのが分かった。

 

「「アイン……」」

 

 ライサとエロリィは俺を見つめ同時につぶやいた。

 

「そうそう、アナタはガチホモ王のお気に入りでしたね…… さぁ、どうしましょうか、彼女と一緒に連れて行きますか……」

 

「黙れクソ野郎。殺すぞ――」

 

 さっきから俺の体の中では凄まじいことが起きてるんだ。

 もう、ヤバいんだよ。

 抑えられないんだよ。

 血が沸騰してどうにもならないんだよ。


 俺の体の奥にある七個の魔力回路が重低音の響きを上げている。

 累乗の魔力を生み出す俺の魔力回路が止まりそうにないんだよ。

 もうさ、体がどうにかなってしまいそうなんだよ。

 

 ひゅぅぅぅぅ~


 俺は無意識のうちに大きく呼吸していた。大気中の魔素を取り入れるためだ。


『アイン…… なにやってるの! 魔力回路がオーバーヒートするわ!』


 俺の体の中に引きこもる精霊が脳にダイレクトに言葉をつなげる。


『だから?』


『アイン…… 本気?』


 俺の考えを覚ったように、サラームが訊いてきた。

 そうだよ、本気だよ。

 俺の体がどうなろうが、敵がどうなろうが知ったこっちゃねーんだよ。

 

『奴らを皆殺しにしてやる。サラーム、お前の下僕でもなんでも、ありったけの精霊を呼べ。魔力の大盤振る舞いだ』


『はは…… すごいわ。本気なの?』


『ああ――』


『分かったわ。それなら、本気の私をみせてあげるわ。精霊王となる者の力を』


 俺の中の引きこもりの精霊サラーム。

 その言葉が力強く感じられたのは、初めてか?

 

 俺の体の中でサラームが何かを叫んだ。人の言葉にはできない。なにかだ。


「ッ…… なにかしましたか?」

 

 オウレンツの顔から笑みが消えた。

 そして、笑顔の下から、年相応の相貌が現れた。


「今から俺がお前らをぶち殺すことにした」

 

「へぇ…… それはたまりませんね」


 すっとオウレンツが後ろに下がる。


「かかってきてもいいし、逃げてもいい。許しを乞いても構わん。好きにしろよ。結果は同じだからな」


「怖いことをいいますね……」


 オウレンツはさらに下がった。

 シャラートはうずくまってブルブルと体を震わせている。

 くそ、今助けてやる。俺が助けてやる。


 俺の周囲の空間が揺らいだ。

 その揺らぎで俺の銀と黒の髪が震える様に動く。


 今まで俺でも、目視できなかった無数の精霊たち。

 異世界の空間の狭間を揺蕩う、魔素と魔力を食らい、人の魔法力の根源となる存在。

 そいつらが俺の周囲を飛びかっている。


『まあ、こんなもんでいいわよね?』


『上等』


 サラームが呼んだ、精霊たち。

 風・火・地・水を司り、魔力を使い物理干渉を実行する存在たち。

 風の精霊サラームは、精霊王の候補者。

 半信半疑で聞いていたが、この呼び出された精霊の数を見ると納得せざるを得ない。

 

『アインの中の魔力圧力が半端ないわ! どーすんの!』


『叩き斬る! 焼き殺す! ハチの巣にする! 押しつぶす! いいか、虫けらのように殺すんだよ!』


『いいわ! 楽しい事言うようになったわ、アイン』

 

 俺の体の魔力回路がオーバーブーストで回転を開始する。

 1つの魔力回路で生まれた魔力が、次の魔力回路に送りこまれ、累乗倍のエネルギーの奔流となる。

 俺の体の中を暴風に似た何かが吹き荒れていく。


 人知を遥かに超えた、上級魔法使いの1兆倍の魔力エネルギーが生じていく。


「疾風刃!」


 俺の魔力が生み出した不可視の刃が吹っ飛んでいく。

 空間すらたたき斬る魔力の刃。

 それが、オウレンツの胴体を両断した。


「あれ?」

 

 何が起きたのか分からない顔のまま、上半身が吹っ飛ぶ。下半身が倒れる。

 こんなもんじゃ済まさない。


「焼き殺してやる」


 炎を司る精霊たちが一斉に火炎を吐いた。

 オウレンツの上半身が紅蓮の炎に包まれる。

 肉が焦げるどころじゃない。骨が溶けるような灼熱の炎。


「こっちもだ! 叩き潰してやる!」

 

 俺は床に転がるクズ野郎の下半身を見た。

 

 土の精霊が塔の構造物の組成変換を行う。

 巨大な岩石のハンマーを作り上げる。

 それを思い切り叩きこむ。


 塔全体がビリビリと揺れるような衝撃。

 血と肉がひしゃげて、バラバラになった。


 クソ錬金術師の上半身は、炎で燃え、そして溶けた。

 下半身は、肉と血の混ざったグズグスのなにかに変わった。


「シャラート!」

 

 俺はシャラートに駆け寄る。

 頭を抑え、うずくまるシャラート。

 粗い呼気がここまで聞こえてくる。


『サラーム、なんとかしろ! 治せ!』


『……』


『サラーム! なんとか言え!』


『無理だわ…… アイン』


『てめぇ~』


『出来ない物は出来ないわ! 死ぬわよ! アンタの許嫁何しても死ぬわ、邪神の肉が――』


『黙れ羽虫!』

 

 俺は吐き捨てるように言うと、苦しむシャラートを抱きかかえようとした。

 とにかく、このクソのような場所から出る。

 それからだ。

 なんとかなる、いや、俺がなんとか――


「あれ?」


 シャラートを抱きかかえようとした俺の腕が無くなっていた。

 両方とも。


 二の腕の途中から俺の腕が無くなっている。


「なんで?」


 間抜けな声をあげる俺。


 トンと何かが床に落ちた音がした。

 腕だ。

 見慣れた腕だ。

 俺の両腕が床に転がっていた。


「「「アイン!!」」」


 俺の名を呼ぶ声。

 振り返る俺。


 ライサ、エロリィ――

 なんで、そんな泣きそうな顔してる?

 おい、泣くなよ。

 

 千葉――

 なんだ、その顔?

 真っ青通り越して緑っぽい顔色になってるぞ。

 髪の毛と同じような色になってどーすんだよ?


 俺の耳に水道管の破裂するような音が響いた。

 俺の両腕だった。

 大量の血がぶちまけられていた。

 アホウか?

 なんだこれ?


 こんなんじゃ、シャラートのおっぱい揉めないじゃないか。

 俺は首をゆっくり回し、シャラートの方を見た。


 彼女は立ちあがていた。黒くサラサラとした長い髪が揺れていた。

 そして両手にはチャクラムを握って。

 その円形の刃からは真っ赤な血が滴り落ちている。

 

「シャラート……」


 呟く俺を黙って見つめているシャラート。

 

 視界が歪む。なんだ?

 血の流れ過ぎか。

 いつの間にか、両腕の切断面は水球に包まれていた。

 水の精霊の治癒の水。傷の痛みはない。


 だがなんだ?

 腕を失ったより、もっと重要ななにかを俺は無くしたのか?

 なんだ? この喪失感……


 ふらつく足を踏ん張って、俺は刻むように一歩、二歩とシャラートに近づいた。

 シャラートはそんな俺を黙って見ている。血に浮かんだ黒曜石のような瞳。

 そこには、何の感情も見えなかった。


「おい、シャラート返事を……」


『アイン――』


『なんだ? サラーム』


『アンタの許嫁、もうそこにはいない』

  

 サラームが静かに俺に宣告した。

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