第六一話:美しき許嫁たちの競演

 ゆらりとシャラートが一歩進んだ。風に身をまかせるような優雅な動き。

 フルフルと揺れる大きなおっぱいは、当然俺専用だ。

 その美しい動きの中、長い黒髪が殺意をはらんで揺れる。1本1本が細く鋭い刃のように見える。

 両手に握った血まみれのチャクラムが凶悪な空気をかもし出す。


「殺します―― 全て――」


 メガネの奥の漆黒の瞳がすっと細くなった。


「あはッ! 殺してやるから。このクソメガネ乳と、クソロリ姫がぁッ!」


 ライサが顔に美麗で獰猛な笑みを浮かべる。

 紅いルビーの瞳が、射抜くようにシャラートを見つめていた。

 周囲の空気が高質化する。バチバチと帯電しているかのように緋色の髪が舞ってる。

 血まみれのバットをギリギリと握りこむ。笑みを浮かべている口元には牙のような八重歯が見えていた。

 完ぺきなプロポーションの超絶美少女兵器が、迎撃態勢を整えていた。


「きゃはははは! もうね、アンタら一毛打尽なのよぉぉ! ぶち殺してやるのよぉ!」


 響く絶叫。甲高い絶叫の声ともに、鮮烈な青い魔力光が立ち上がった。

 エロリィのまとう青い魔力光だ。

 いっきに、出力を増したかのように、奔流となって吹き上がっている。

 金色のツインテールがゆらゆらと魔力光の中で揺蕩っていた。

 幼女とは思えぬ、強烈な視線を2人に向けていた。


 俺の許嫁3人が、俺を一晩独占するために、最終決戦を行おうとしていた。

 美しさも凶悪さも思考回路も、全てにおいて常軌を逸した俺の許嫁たち。


 どーすんだよ?

 ここガチホモたちの本拠地なんだけど?

 こんなところで、俺を一晩独占するために戦うなんて意味ねーんじゃね?

 

 俺は槍をもって仁王立ちしているルサーナを見た。

 たぶん、「ママなんとかして」って感じのすがりつく視線だったと思う。

 我ながら情けないが、どうしようもない。


 俺の母親であるルサーナ。

 年齢不詳の美女なのである。優しげで、俺を溺愛する母親だ。しかし、戦闘力は異世界最強と思われる。


 ルサーナが口を開いた。


「いいでしょう―― 女の子にモテモテで、可愛い、超天才のアインと一晩を一緒にすごすのです。戦い、命をかけるくらいの真剣さがあって当然です」


 俺のことになると、完全にアホウと化す「銀髪の竜槍姫」だった。

 世界を救った伝説の武器「竜槍・ドラゴラン・ファング」を構え、俺の顔をグンニャリさせることを言う。


「あのぉ……止めた方がいいのでは。お母様。ここ一応、敵地だし」


 無駄かもしれないが、一応言ってみる俺。


 つーか敵地のど真ん中で、なんで味方がバトルを展開しなきゃいかんの?

 敵の罠とか、そんなこと一切なく、完全に自主的にバトル開始しそうなんだけど。

 そこに一体なんの大義とかメリットがあるの?


「アイン!」


「はい! お母様!」


 ビシッと姿勢を但し、直立不動で答える俺。


「もう、だめなの、アインちゃんは、私のことを「マ・マ」って呼ばないとだめなの。さあ、可愛く、ママってよんで」


「はい。ママ」


「ああああ、なんてカワイイの! アインちゃん、可愛くて、精霊を自在に操る天才で、最強で、不敗なの、ああ、どうしましょう! 私にできるのはスリスリだけなの。この容赦なく厳しいママをゆるして」


 俺はあっさりルサーナに捕獲され、スリスリを喰らう。

 ルサーナの柔らかいおっぱいがプルンプルンと俺の左右の頬をこすり上げていく。

 ちっとも嬉しくないし、いやらしい気分にもならん。


「えー、では、アイン様の一晩独占をかけた、最終決戦を開始いたします。武器の使用。奴隷の使用全てが自由です。戦闘不能、もしくは相手の死をもって決着とします」


 俺をスリスリするルサーナに変わって、中年侍従のセバスチャンが仕切りだした。死ね。


「ああ、殺したいです。早く――」


「あはッ! 殺すぞ! ぶっ殺してやる! 死ね! ド畜生どもが!」


「きゃはははっはははは!! もうね、死ぬのよ! この私の禁呪で死ぬのよぉぉ!」


 3人の許嫁が作り出す殺気で空間がビシビシと音を上げ軋んでいるようだった。


「アインの遺伝子は渡せません。私の遺伝子とドロドロになり一体化するのです。そして私はアインの赤ちゃんを孕みます―― 決定事項です」


 シャラートの病んだ言葉がゆるゆると大気をどす黒い狂気に染めていく。

 俺への思いがガチ惚れを通り越し、サイコレベルになっている。

 メガネの奥の黒い瞳が狂気を孕み、チャクラムを握ったその姿は、まさに美しきキ●●イに刃物である。


「あはッ! 死ね!」


 いきなり、ライサがシャラートにつっかけた。釘バットが唸りを上げ、空間に焦げ目を作りながら吹っ飛んでくる。

 緋色の長い髪が宙を舞う。赤いトルネードだった。


 衝撃波をまき散らし、空間を破砕する釘バット。

 それを、紙一重でそれをかわすシャラート。

 しかし、ライサが止まらない。

 唸りをあげて、釘バットの連撃が襲う。更に加速する。バットの先端がローレンツ収縮を開始するような速度になりそうだ。

 相対性理論の世界に足を突っ込みそうになる釘バット。

 

 キィィーーーン!!

 甲高い衝撃波が走る。

 地面に何本もの亀裂が走しっていく。


「あはッ! 乳メガネのクソ遺伝子を混ぜたら、糞みたいな悪臭でアインの遺伝子が即死だな! そのデカイ乳にはクソが詰まってるんだろうが!」


 深夜アニメヒロイン級の声で、凶悪なことを言い放つライサ。


 ピキーン――


 シャラートのなにかが切れる音が響く。

 その切れ長の目が更に細くなり、刃のような輝きを帯びてくる。 


「脳が泥で出来たアホウはここで殺します。アインの遺伝子がアホウになります! 死ね! 赤ゴリラ!」


 珍しく声を荒げるメガネのクールビューティ。

 彼女は釘バットのスイングをかわしざま、隙をついてチャクラムをぶち込んできた。ライサの顔面一直線コース。

 ライサの釣り目気味のルービーの瞳が大きく見開かれた。 

 予備動作の一切ない、生粋の暗殺者だけに可能な動き。


「くそがぁぁ!!」


 キャーンッ!


 金属音が響く。

 チャクラムを、右拳のメリケンサックで弾き飛ばすライサ。


「甘い――」

 

 唇に凍りつくような笑みを張りつかせ、シャラートが言った。

 ライサの真後ろからチャクラムが飛んできた。


「ああああ!」

 

 思わず叫ぶ俺。

 しかし、その叫びよりも速くチャクラムがライサの後頭部に突っ込んでいった。


 瞬間、ライサが首を振る。大きく緋色の髪が舞った。その髪の中に、チャクラムが突っ込んでいく。


 ガガガガガアアアッ――


 高速回転する刃物が軋みを上げるような音が響いた。


「あはッ! このくらいじゃ効かないね――」


 髪の毛だった。ライサが緋色の髪で、チャクラムを絡め取っていた。


 ニィィーっとシャラートが絶対零度の笑みを浮かべる。


 ブン――


 蹴りだ。

 シャラートのすらりと長く白い脚が、ライサのあご目がけて下から伸びてきていた。

 ただの蹴りじゃない。

 足の指にはいつの間にか、尖った鉄の棒が握られている。

 直撃したら即死だ。


「ちぃぃっ!」


 ライサはよけなかった。よける暇がない。

 だから、彼女はシャラートの蹴り足に向かって、右拳を叩き下ろしていた。

  

 硬い金属がぶつかり合う音が響く。

 次の瞬間、2人は弾けるように間合いを開けていた。


「あはッ! やるなぁ、おい。デカ乳メガネ! 殺し甲斐あるなぁぁ!! 楽しいぃぃ! 殺してやる! いいぞ、殺すぅぅ! 死ねよ、クソメガネ乳!」


 間合いを開け、ライサが吼えた。


「殺します。ああ、アナタをバラバラに解体します。ああ、バカ女の命を奪うのは、最高の娯楽です――」


 チャクラムに真っ赤な舌を這わせながら、シャラートが言った。

 

 お互いに、他人の命はクソ以下。殺し合いが楽しくてしょうがないようだった。

 2人とも俺の許嫁なんだけどね。


「ひゃはははは!! アンタら殺し合って、共倒れすればよかったのよッ!」


 今まで2人の戦いを見つめていたロロリィが言った。

 油断なく、碧い瞳が2人を捉えている。

 そして、その瞳の色に似た青い魔力光を全身にまとっている。


「やっぱ、天才でプリンセスの禁呪使いの「超絶禁呪」を食らわせていやるのよ! もうね、ビリビリいわせてやるのよぉぉ!」


 エロリィはそう叫ぶと両手を羽ばたく猛禽のように広げる。

 その腕にリングのような積層魔法陣が展開されていく。

 精霊を介在せず、自身の魔力で魔法を起動させる「禁呪」。

 エロリィの禁呪が起動しようとしていた。

 

 すっと、エロリィのさくらんぼのような色をした唇が息を吸い込む。

 滑らかな胸が空気を吸い込みゆるやかなふくらみを見せる。


「ああああ~ らめぇ、ビリビリらめぇ、そんなビリビリしゅるのをぉぉ、使っちゃらめぇ~ ああああああ、響くぅぅのぉぉ、魔力回路の奥までビリビリきちゃうのよぉぉ! あ~~~~~~~ 痺れるのぉ~ 痺れるのぉ~ 頭が真っ白になって、バカになるのぉぉ~、魔素がぁぁ、ビリビリさせて、ドピュドピュは反則なのぉぉ、魔力回路の奥が痺れて、どうにかなっちゃうのよぉぉ。ああああああん~!! らめぇぇ、ビリビリらめぇぇ、いく、いっちゃうのぉぉぉぉ~」


 エロリィの禁呪が高らかに響く。

 重低音の唸りを上げ、積層魔法陣が起動し、バチバチと放電を開始した。

 大気にオゾンの匂いが流れ出してくる。


「エロリィちゃんのコロナ放電…… ああ、美しい。あの電撃。仮に1000億ボルトの一撃であったとしても、この我が身で受けてみたい――」

 

 うっとりとした顔で放電現象を見つめるエルフの千葉。

 バトルの最中はずっと、なんか難しい演説を地面に向かって行っていたけど。


「あああん! ビリビリは! ビリビリするのは~~~ッ らめぇ。もうね、行くのぉぉ、いっちゃうのよぉぉ」


 白い喉をのけぞらせ、エロリィがガクガクと痙攣する。

 その両腕が凄まじい光を放つ。まるでそこから稲妻が走るかのように放電する。

 

 ゴォォォォーーン!!


 爆音というか、雷鳴といか、凄まじい音。

 空間に無数の放電の矢が走る。

 バチバチと空気を焦がし、酸素をオゾンに変換していく、強烈な電撃禁呪だった。

 直撃したら、真っ黒焦げ間違いなしだ。


 しかし、滅茶苦茶な方向に電撃が走り回り、シャラートとライサには当たりそうにない。

 

 ドゴーーーンッ!


 ぶっとい放電の束が、倒れたガチホモ山を直撃。死体を吹き飛ばす。

 バラバラと焦げて宙を舞うガチホモ。

 放物線を描き、地べたに落下していく。


「あれ……」


 俺はその吹き飛ばされたガチホモの1体に目を止めた。

 そいつが、なんか、ムクムクと起き上がってきたのだ。


「あああああ、なんか死んだと思ったら、生き返ったぁぁ」

 

 状況を端的に説明するセリフを吐いて立ち上がったガチホモ。

 なんだそれ?


「なるほど、エロリィちゃんの電撃で、生き返ったのか…… 仮死状態に電気ショックで、心臓が再起動したのかもしれんな」


 クイッとエアメガネを持ち上げ、エルフの千葉が言った。


「ちょ…… なにこれ? なんで、俺は?」


 ガチホモがきょりょきょろと周囲を見た。


 生き返ったガチホモ兵は混乱しているようだった。仮死状態からの蘇生で記憶が錯綜しているのかもしれん。

 しかし、そんなガチホモを見逃す俺の許嫁たちではなかった。

 一瞬で、取り囲まれる。


「あはッ! コイツを殺せば、勝ってことだよな?」


 ライサがニヤニヤと笑いながら、釘バットを構えた。


「一瞬です。命は簡単に消えます――」

 

 ゆらりとシャラートの手が持ち上がった。チャクラムが握られた手だ。


「ああああん、らめなのぉぉ、死ぬのよぉぉ、殺すのよぉぉ、もうね、最期なのよぉぉ」


 アヘ顔、ダブルピースサインを作りながら、エロリィが立ちふさがる。ときどき、ビクビクンと幼く見える体を震わせている。

 目の焦点が合っておらず、口の端から白濁した魔素とよだれを流しているが、まだ戦えそうだ。


「え~、どうやら1名ほど脳死に至っていなかったようですな。このガチホモを殺したものが、優勝ということでよろしいかと――」

 

 セバスチャンが静かに言った。


 いいから、もう大概にしてくれ。


 ルサーナのスリスリを食らいながら俺はそう思うのであっ

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