第二二話:衝撃の婚約者

 俺の視界に廃墟が広がっていた。

 赤さびたような地面にはおびただしい数の死体が横たわっていた。

 ネットのグロ画像を見ながら、コンビニの焼き肉弁当が食える俺が目をそむけた。


 腕だ――

 小さな腕。


 瓦礫の中にちぎれた腕が転がっていた

 子どもの腕にも見えた。その手は粗末な人形らしきものを握っていた。

 キュッと胃が締めらるような感じがした。

 酸っぱい物がこみ上げてきた。


「夢だ」

 俺はその言葉を口の中で転がした。

 これは夢だ。

 これが夢であることが俺には分かった。

 明晰夢というやつか……


 吐き気がした。その光景は夢だと分かっていてもおぞましかった。

 絶望と死しかそこには無かった。

 俺は目をそらした。顔をそむけた。


 風が吹いた。砂塵を巻き上げた風は俺の体を突き抜けていく。

 ディティールが明確な夢であったが、存在の実感がすっぽり抜けていた。

 そのとき、俺は自分の視界の中に人がいることに気付いた。

 知っている人間だった。


「オヤジ……」

 俺はつぶやいた。


 それはオヤジだった。

 俺が生まれる前のまだ若いオヤジだ。

「雷鳴の勇者」シュバイン・ダートリンクの若かりし姿だった。

 青い服。竜の咢をデザインしたような肩当てをしていた。


 巨大な剣を地に突き立て、膝をついていた。

 そして、肩で息をしていた。


 ぐっと、その顔を上げた。

 その顔は血まみれだった。

 体もボロボロになっていることが分かった。

 その青い服はところどころ引き裂かれ、たっぷりと血を吸っていた。

 精悍というより獰猛と形容した方がいい顔をしていた。

 ギリギリと音が聞こえそうなほど歯を食いしばっている。


 ゆるゆると立ち上がる。

「ぬがぁぁぁ!!」


 ボロボロの体で地に突き刺さった大剣を強引に引き抜いた。

 切っ先を上げた。水平に構えた。巨大な鉄塊から削り出したような剣だった。


「よぉ、生きてるか? 姫さん」

「アナタよりは元気ですわ……」

 起き上がってくるもう一つの影。

 キラキラとした銀色の髪の毛が風の中を舞っていた。

 俺の母親だった。

「銀髪の竜槍姫」の二つ名を持つルサーナだった。

 まだ少女と言っていい年齢にみえる。俺の覚えている、一番最初の記憶にある母親の姿だった。


「そうか」

 シュバインは周囲を見やり、短く言葉を吐く。

 廃墟だった。瓦礫と死体。破壊と死が支配する空間だった。

「あなたこそ、大丈夫ですか? シュバイン」

 まるで、月光を集めて作りだしたような銀髪の少女だった。

 銀色の戦装束。体のラインがそのまま分かるようなデザイン。

 その手には、禍々しい切っ先を持った槍があった。

「へッ、大丈夫か? 俺が大丈夫なのは当たり前だ」

「本当に、大丈夫そうですね」


「なんとか、生きてる…… ああ、死ぬかと思った~」 

 もう一人いた。

 黒づくめの服を着た男だった。

 うずくまった状態から立ち上がってきた。


「おう、クソ錬金術師、やれるか?」

「やれないと言っても、許してくれないでしょ?」

「ああ、もちろん」


 クソ錬金術師と呼ばれた男は、苦笑いをしながら、俺のオヤジをみた。

 3人だけだった。

 この地に立って動いている人間は3人しかいなかった。


 死と破壊、そして圧倒的な絶望が支配する空間の中3人は立っていた。


「なあ」

「なによ?」

「オマエは生きろ……」

「シュバイン……」

「俺の転移魔法で――」

「ふざけないで! アンタを先に殺すわよ!」

「バカか! てめぇ、そんなんじゃ嫁のもらい手が――」

「……好き」

「はあ?」

「アナタがもらってよ」

「ルサーナ……」


「戦いが終わったら、考えていおいてやる」

 不敵な笑みを浮かべ、シュバインは言った。

「私の気が変わらないうちに、終わらせてよ」

 ルサーナは、長いまつ毛を沈み込ませ、笑みを浮かべた。


「あーあ、フラグ立っちゃいますよ~」

 黒い服を着た錬金術士と言われた男が言った。

「へし折ってやるよ」


 なにこれ?

 なんで、俺の親のこんなシーンを見ているの?

 なんちゅーか、夢と分かっていてもさー、両親のこんなシーンを見るのは背筋かゆくなるんだけど。

 あれか?

 小さいころ聞かされた、オヤジの武勇伝に俺の厨二マインドが化学反応起こしたか?

 なんじゃこの夢……


「言っておく、人は負けない―― 俺がいる限り負けない!」

 勇者シュバインはギリギリと歯を食いしばり、言葉を絞り出していた。


「この覇王真剣ドラゴンザバッシュで多層次元結界を斬る――」

 圧倒的絶望に向け、吼えた。


 何かがいた。

 オヤジが切っ先を向けたその先に何かがいた。

 圧倒的な存在であるようであり、存在が希薄である物。

 恐怖と安息が同時に重なり合うような存在。生と死が混濁するなにか。


 黒であり、白であり、そのどちらでもないなにか――


 その物体が動いた。うねったように見えた。

「あー、それは無駄です」


 声が聞こえた。


「無駄かどうか、やってみなければわからねェ」

「無駄です」

「ふん」

「なぜなら――」

「なぜなら?」


「私が、アインのお嫁さんになるからです―― もちろん、正妻ですな」

 千葉が緑のカツラをかぶって俺に熱い視線を送っていた。

 ふわりと手で長い髪をかきあげた。

 サラサラと緑の髪が流れていく。


「ちょぉぉぉぉぉ!! あぎゃぁぁぁっぁあああああああああああ!!」


 夢の中で絶叫する俺。

 そして、俺は目覚めた。

 俺は床に身を横たえ、天に向け右手を突き出していた。

 手のひらを開き、なにかを掴もうとする。プルプルとその腕が振るえていた。

 

「はぁ、はぁ、はぁ…… なんという悪夢……」


 突然、俺の顔が柔らかいものに包まれた。

 いい匂い。


「ああん、アイン! アイン、私の可愛いアインちゃんが目を覚ましたわ。うなされていたの、でも、ママにはなに貴方をスリスリすることしかできないの。ああ、無力なママを許して、アイン」


 ルサーナは俺の頭を抱え、自分のおっぱいに俺の顔をスリスリさせる。

 まあ、悪くはないけど、もう高校生ですから、みんなの前ではやめて欲しい。

 全然エロい気持ちにはならない。


「お母様、スリスリはそろそろ、終わりにしてください」

「あ、そうですね。シャラート」


 シャラートが立っていた。

 メガネの奥の目がじっと俺を見つめている。

 俺は周囲を見た。

 ライサ、エロリィもいた。

 俺を見つめている。

 なんか、ただならぬ雰囲気となっていた。

 確か、3人ともさっきまで泣いていたはずだ。

 よく見ると、3人ともほほに涙だの流れた跡があった。


「あ、そうだ! 千葉だよ! あのエルフは千葉。だから、宝箱あけたら、なんか、罠で千葉がエルフになったんだよ」

 俺は一気に説明した。

「ああ、千葉は? 千葉はどこだ?」


「私はここです。アイン」

 ふわりと緑の髪を手でかきあげ、俺の視界に入ってきたエルフ(元男子高校生の千葉君)だった。

 エメラルドで作り上げた繊維のような髪の毛が光を反射しながらサラサラと落ちていく。

 白地に金の刺繍の入った服だった。


「ちばぁぁ、なにキャラ作ってんだ! なんで俺を『アイン』と呼ぶ! 今まで通り『天成」と呼んでくれよ」

「2年B組、出席番号18番、千葉次郎は、死にました。少なくとも肉体は滅びたのです」

「な……」

「精神と肉体―― 自己とは何を持って自己なのか…… その、思いが私の胸の内にあります。古き腐った壁に閉じ込められた日常。そう、かつて千葉次郎と呼ばれていた者の日常は瓦解しているのです」

「あ…… あの……」

「人は変われるのか? 人以外のものとなるれるのか? 多くの歴史上の思想家、宗教家が挑んだテーマです。人はその肉体というハードに縛られている限り、その軛からは逃れらないのです。そして、日常に埋没するのです。夢を忘れた古い地球人となるのです――」

『あああ、それガ〇ダムZZ!』

 サラームがは反応する。いや、今はどーでもいいから。


「というわけで」

「というわけで?」

「これからは、異世界のエルフ、千葉次郎(仮称)として生きていくのでゴザル」

「『生きていくのでゴザル』じゃねーよ!」

 

 驚異的な適応力だった。

 もはや、その精神力は人外といっていい。

 肉体も人外になってしまったが。

 あっさり、今までの人生を捨てやがった。恐ろしい奴だ……


「アイン」

「なんですか? お母様?」

「ダメ! ママって呼ぶの! アインはママって呼んだ方が可愛いの」

 プルプルと首を振って主張する。俺の母親。

 救国の英雄で「銀髪の竜槍姫」の二つ名を持っている。

「はい、ママ」

「ああん、可愛いわ。アイン、可愛いの。でも、これはダメなの…… 容赦なく、厳しいママを許して」

「なにがダメなんですか?」

「いきなり、勝手に正妻とかだめよ。他の許嫁の女の子たちが可哀そうでしょ」

「はい?」

 シャラートとライサとエロリィがコクコクと頷いている。


「いくら、仲良しの男の子が、女の子になったからといって、お嫁さんにしたいとかだめです。ママは許しません」

「は?」 

 いや、許さないのはいいというか、方向性は大賛成なんですけど。なんか、俺が凄い変態野郎に聞こえるのは気のせいか?

 

「ちゃんと許嫁からです。みんなと同じスタートで決めなさい。アイン!」

「え?」

「ということだ。アイン、私も許嫁の1人となった。正々堂々と正妻を目指そうと思う――」

 エメラルドグリーンの瞳で遠くを見つめ、千葉だったエルフは言った。

 

 なにこれ?

 なに、勝手に許嫁になってんの?


 つーか、そもそも、なんでシャラートの他に許嫁ができたんだよ。

 まあ、千葉以外は歓迎だけどさ。

 どういう経緯で、ライサとエロリィは俺の許嫁になったんだ?

  

「ママ! そもそも、どーして俺に許嫁がこんなにいっぱいいるんだ? なにがあったんだよ?」


 これはダンジョンから出たら話すと言っていたことではある。しかし、この状況だ。もう、説明がほしい。

 

 ルサーナが困惑した顔をした。

 チラリとシャラートを見た。

 彼女は目で「いいのではいですか?」とルサーナに伝えたように見えた。


 ルサーナは、ふ~っと息を吸い込み、ゆっくりと吐きだした。


 「パンゲア王国の王家の男子がいなくなりました。王家の血を引く男子は、アナタだけです」

 「はい?」

 「本当は、アインには王位継承権はありません。しかし、緊急事態なのです」

 その言葉をゆっくりとルサーナは吐きだした。


 「おい! それは本当なのか! 一体なにが!」

 俺と同じく、日本に転移して事情を知らなかった、シュバインが言った。

 

 「ガチ※ホモ王国の侵攻です」

 「なんで、奴らが! 今、人同士で争っている場合じゃ……」

 ぐっと拳を握りしめるシュバイン。

 株が暴落して大恐慌状態の俺のオヤジであったが、この時の表情だけは「雷鳴の勇者」だった。

 しかし、なにそれ? 

 もう、名前からしてロクなもんじゃないのが想像ついたけど。

 

 「王家の男子は全部、死んだか、奴らのハーレムに取り込まれ、奴隷になっているのです…… もはや、男としては、死んだと同じです」

 「な…… なんだと。俺か? 俺がいなかったばかりに……」

 「そうですね。確かに、アナタの失踪は、国家間のパワーバランスを大きく変えました」

 「くそが!」

 

 シュバインはバーンと黒板を叩いた。


 「まて、ということは…… オヤジは? オヤジはどうした?」

 「お父様は、無事です。しかし、後継者の問題は……」

 「そうです。アインが次代の王にならねば、パンゲア王国は滅びます。また、続く次世代も必須なのです――」

 

 「それで、同盟国の王女を……」

 「そうです。ガチホモ王国包囲網です」


 よーするに同盟強化の政略結婚か?

 

 「ふん! それだけじゃないんだからね! ちょっと…… いいかなーって思ったのよ。もうね、アインのお嫁さんになってもいいのよ」

 

 金髪ツインテールを揺らしながら、エロリィが言った。

 キッと強い目で俺を見つめるが、そのほほは、仄かに赤くそまてっていた。

 俺と目が会うと、ぷいっとソッポを向いた。


 「あはッ! ガチホモが気に入らないのは確かだけどさ。私だって、アインを見たとき、いいかなぁって思った。だから、お嫁さんになりたい」


 緋色の髪の美少女、ライサは、笑顔ではっきりと言った。

 彼女も超絶級の美少女だった。造形があり得ないほどの水準。俺の母親も凄い美女だが、もしかしたら、それ以上かもしれない。


 「ああん! もう、アインちゃんは、可愛いからモテモテね! もう、凄いのよ、さあ、早く孫を作っていいの! ああ、私をおばあちゃんにしちゃうの? もう、アインたら」


 「あー、出産の覚悟も完了しているぞ。アイン。俺のハードディスクにはこんなこともあろうかと、妊娠に関する情報もパンパンに詰まっている」

 千葉だったエルフが言った。

 バーンと胸を張って堂々と答える。

 お前黙れよ。しらねーよ、そんな覚悟。


 なに、その急展開?

 まだ、俺たちダンジョンの中なんだけど?

 外に出たらで出たで、そんな問題が待ってるの?

 どーすんの?

 

 あーー、俺は王子になりそうで、おまけに、元同級生の男子高生だったエルフの婚約者ができた。

 確かに、俺に惚れている女の子3人ってのはすげぇうれしいけどさ。

 なんだろ?

 この差引マイナスになっているような感覚。

 どーなんだこれ……


 俺は、呆けたように4人の婚約者を見つめるだけだった。

 全員、外見だけは文句のつけようもなく抜群だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る