第二十話:美しき誕生

 ダンジョン探索は続いていた。

 いったいどんだけ深いんだって話だ。

 俺たちは、ダンジョンを探索し、階段の場所をチェックし、上へ上へと進んでいった。

 今は19階層まで上に上がることができた。

 しかし、上へ行くほど、探索に時間がかかる。最下層に転移した教室を拠点にしているからだ。


「やっぱ、拠点になる場所を探す必要があるよなぁ」

 俺は言った。

「そうですね」

「あはッ! 心当たりあるの? アインは」

「うーん、今まで階段探しばかりやってからなぁ」


 俺とシャラート、ライサ、エロリィ。そして俺の両親であるルサーナとシュバイン。クラスメイトで心の友である千葉。

 そして担任教師である池内先生が今後のことに向け、話し合いをしていた。


「兵站が伸びると危険です。最近は近くの階層の獲物も少ないですから、上の階層に拠点を移すべきだと意見具申します」

 クイッとメガネを持ち上げ、千葉が言った。

 コイツの適応力に俺は感心する。クソまずい、モンスターの肉をバケツで煮こんだ食事をモリモリ食っているのだ。

 ヒョロヒョロだった体が、ここにきてたくましくなってきているような気がした。


「ドアのある部屋がいっぱいあるのよ」

「確かにな」

「そこに移動すればいいのよ。アイン! 私と行くのね! もうね、一緒に行くの」


 金髪ツインテールが俺の手を取ってひっぱる。

 サラサラとした髪の毛が俺の腕に触れた。動くたびに金色のフォトンが空気にまかれる様な可憐な美貌の持ち主だった。

 エロリィ・ロリコーン、神聖ロリコーン王国の王女にして「禁呪使い」だ。


「あはっ! てめぇ、アインと個室にしけ込もうって、いう算段か? 殺すぞ! なあ、アイン、私と行こうよ、なあ!」

「ひゃはははははは! この赤色ゴリラ女ぁぁ、アンタこそ、下品なこと考えているのよぉぉ、逆レイプよ! アインが危ないのよ!」

「殺すか!」

「殺すのよぉ!」


「やめなさい。アインが困っています」

「この乳メガネ! 殺すぞ! てめぇ」

「アンタね、乳がでかいし、態度もでかいのよぉぉ!」


 ゆらりとシャラートが立ち上がり、手にチャクラムを握る。

 薄笑いを貼りつけながら、ライサが拳を握り込む。メリケンサック付の拳だ。

 金髪ツインテールが宙を舞い、ほの青い魔力光がエロリィの全身から出てくる。


 会議が殺伐としてきた。いつものことだった。ルサーナは俺にへばりついて放さない。


「もう、アインたら、女の子に大人気ね。私の可愛いアインだから。でも、女の子が争ってしまうのも、しょうがないわ。だって可愛いから。ああ、私は黙ってみるしかないの。こんな容赦なく、厳しいいママを許して、アイン。あああ、スリスリスリスリ!」

「ママ、スリスリは止めてください。お願いします」


 ルサーナは俺のほっぺたにスリスリする。それをジッと見つめる父のシュバイン。

 俺の婚約者たちの間では徐々に殺意が膨らんできている。


「ああん、ダメよ…… だめ。教室で喧嘩はだめなの。私の生徒じゃないけど、大人の女として、きちんと言わないとだめなの(ううん、天成君に婚約者がいたってことが、ショックじゃないのよ…… 本気になった私が悪いの、ああ、ダメ、でも少しは私のことを見てほしいわ。女として……)」


 いや、先生、もう女という以前に人間やめちゃってますからね。

 

 グダグダだ。


 今日も会議は空転していた。


        ◇◇◇◇◇◇


 というわけで、俺は千葉次郎といっしょに新たな拠点探しに出かけた。

 俺の婚約者の誰かを選んで行くというのは難しい。

 じゃあ、3人全員でとなると、多分、途中で戦闘になるだろう。

 ダンジョンの中で味方の美少女同士のバトル展開だ。面倒くさすぎる。


 高校生になって、両親と一緒というのも、ちょっと避けたかった。

 よって、シュバインとルサーナは却下だ。


 池内真央先生はもはや人ではないので除外だ。教員免許を持った魔族になっている。

 どーなるんだろう。先生の人生は……。


 ということで、俺は千葉と組んでダンジョンを進むしかない。ああ、心の友よ。


 「なあ、お前はなんで婚約者が3人もいるんだ? ハーレムか?」

 「ああ、どーなんだろうな~」


 俺に婚約者ができた。いや、元々シャラートという異母姉の婚約者がいたけど。

 それにプラスして2人だ。

 しかも、あれでも両方とも姫様だ。

 パンゲア王国の同盟国の王女だった。

 事情を聴いた俺に対し、ルサーナは「地上に出たら、詳しいことは話します。重要なことなのです。王国にとって」と深刻な顔で言っていた。

 そもそも、異世界から日本に転移した俺たちを探して連れ戻すために来たのだ。

 その目的は単に、ルサーナが自分の夫や子どもに会いたかったというだけのものじゃなさそうだった。


 嫌な予感しかしない。


 婚約者3人でハーレムになるかどうかは微妙だった。

 とにかく、俺は正妻を選ぶ必要があるようだ。

 それを選んだあと、残りの2人が側室でもいいと了解したなら、ハーレムだ。

 その決定権は俺にはなさそうだった。

 全員、見た目は抜群だ。


 付き合いの一番長いのは、シャラートだ。

 爆発に巻き込まれたときに視力が落ち、魔力を帯びたメガネをかけている。

 そのメガネが異常に似合っている。

 長い黒髪、メガネ、巨乳、お姉様と4拍子揃った逸材だ。

 おまけにエロい。

 小さいときは、このエロさが恐怖だった。体がついていかないから。

 しかし、今は十分対応できるので、大歓迎だった。


 緋色の髪のライサもいい。超絶級の美少女だ。

 小麦色の肌に大きな釣り目君のルビーの瞳。

 顔の作りはど真ん中ストライクだった。

 正直いって初めて見た瞬間心臓鷲づかみにされるレベル。

 手足がスラリと長く、体のラインが芸術品じゃないかと思うくらいの曲線でできている。

 日本に連れて帰って、繁華街で黙って立たせておくと人だかりができるレベルだ。

 その後、血の惨劇がおきるかもしれないが。


 金髪ツインテールのエロリィは存在が奇跡だ。美の女神が作った奇跡の芸術品。断言できる。

 神聖ロリコーン王国の「禁呪使い」。なんか、これだけでラノベのタイトルになりそうな気がしてくる。錯覚か。

 透き通るような白磁のような肌に光を織り込んだようなサラサラとした金髪。地に着くほど長いツインテール。

 北欧の神秘の泉を思わせる碧い瞳。

 幼い体のフォルムは、趣味人も納得だろう。

 千葉のような低年齢層女子への審美眼が高い男が高評価したくらいだ。


「なやむなぁ……」

 ひとり語ちるように俺はつぶやいた。


『男の人はいくつも愛をもっているわ。ハーレムを目指しなさいよ。面白いから」

 脳内で無責任な声が上がる。サラームだ。

 まあ、俺としても、異論はないことはない。


「うらやましいな。おい!」

 千葉が言った。


「そうかもしれないが……」

「なあ、天成」

「なんだ?」

「エロリィちゃんだけどさ――」

 いつにかく真剣な顔で俺を見つめる千葉だった。

「なんだ?」

「初潮は来ているのだろうか……」

 ふっと、美しい詩の一節を唱えるかのように言葉を漏らした。

「さあ、どうだろうか……」

「分からないか」

「分からんな」

「初潮が来てしまっているなら、俺はあきらめがつく。お前にエロリィちゃんを任せたい」

「千葉―― お前……」


 全ての女の子はいつか、初潮がくるんだよっていうような無粋な話は俺たちの間には必要なかった。

 俺はゆっくりと、千葉に手を差しだした。

 千葉はの手を握った。

 男同士の固い握手だった。

 こいつは、やはり心の友だ。


 俺たちは地図を見ながらひたすら階層を上がる。

 なるべく、上の階で拠点を作りたかったからだ。

 できれば、扉のある広い部屋がよかった。

 

 俺たちは、目的の19階層に到着した。ここで拠点を探す。

 地図は階段と階段の間。それにマッピングしたときに迷った部分が少し書かれているだけだ。

 基本、俺たちの目的は脱出なので、全部のマップはいらない。


 19階層をうろついた俺と千葉。

 いきなり、ダンゴ虫みたいなモンスターが出てきた。

 

「疾風刃」

 シュパーン!

 俺の叫びで、サラームが魔法を発動。

 真っ二つになった。


 サラームとは話し合いをして、早急にここを出るための全面協力を取り付けた。

 

「はははは! 虫けらが死んだ! バカみたい」

 この精霊様は、一つの命が消えるのが楽しくてしょうがないようだ。

 まあ、いいけどね。

 

「ダンゴ虫は食えないか……」

「いや、昆虫食は、将来有望だといわれているはずだ」

 メガネを押さえて千葉が言った。 

「ダンゴ虫は昆虫じゃないだろ」

「似たようなものだ」

「まあ、そうか」


 ただ、食えそうな部分がなかったので、死体はそのまま放置して俺たちは進んだ。


「なあ、ここいいんじゃないか?」

「ああ、中の状態次第だな」


 なんせ、40人以上の大所帯だ。広い部屋が必要だった。

 今、俺が見つけた扉のある部屋は十分に広く思えた。

 千葉が扉を掴んで開けようとした。


「くそ、固いな。鍵かかってるか?」

「そうか?」


 構造からして引き戸のように見えた。千葉もそう判断したのだろう。

 力を込めて開けようとしていたがピクリとも動かなかった。


「ちょっと、天成みてくれ」

「ああ」


 俺はドアを引いた。

 確かに重かったが、少し動いた。

 思い切り力をこめたら、ガガガっと擦れる音がしてドアが開いた。


「さすがだな。異世界の人間のパワーだ」

「そうかな……」


 一般人から見れば、俺の身体能力も相当な水準にあるのかもしれない。多分そうだ。

 俺と千葉は部屋の中に入った。

 ここも他と同じく、真っ暗というわけではなかった。

 クモはいないせいか、クモの巣もない。

 ガラーンとした部屋だ。

 ホコリは積もっていたが、掃除すれば十分拠点になりそうな感じだった。


「おい! 宝箱だ! 宝箱だぞ! 見つけた! これはすげぇ!」

 ダッシュで駆け寄る千葉。

 確かに、宝箱だった。

 扉から見て右側の壁に宝箱があった。

 ポツーンと無造作に置いてあった。


「おい。千葉」

「みろ、天成! 宝箱だ! 開けた形跡がない。鍵は? ああ! くそ鍵がついてやがる!」


 ガチャガチャと宝箱を開けようとする千葉。

 しかし、でっかい南京錠みたいなのがハメてあるので、開きそうになかった。


「絶対に、なんかアイテムが入っている。絶対にだ!」


 このダンジョンでは宝箱を見たのは初めてだった。

 というか、俺のダンジョン経験でも初めて。まあ、ここを除くと5歳の時に1回だけだけど。


「なあ、お前の魔法で、開けられね?」

「うーん」

『なあ、どうだ? サラーム』

『その南京錠を切断すればいいんじゃない?』

『ああ、そうだな』

「千葉、南京錠を斬るよ」

「おお! さすがだな。心の友よ!」


 俺は南京錠を切断した。正確にはサラームだけど。


「よっしゃ! これで開くぞ!」

 千葉は宝箱をパカッと開けた。

 

「ん? なにこれ?」

「ああ、服か? 服に見えるが……」


 それは白に金色の刺繍がしてある布だった。服のような感じがした。


「防御力が高いとかあるかもしれんな」

 千葉はそう言うと、服に手を伸ばした。

 

「わあぁぁああああああああああ!!!!!」

 千葉が絶叫した。

 宝箱の服から細い繊維が伸びて、千葉に絡みついていく。


「千葉ぁぁ!!」


 俺は絡まる繊維をむしり取ろうと手を出した。

 バチーン!

 まるで強烈な静電気のようなもので、俺の手が弾き飛ばされた。

 見る見るうちに、ミイラ男のように、繊維に包まれていく千葉。

 まずい、千葉は俺にとって、最重要人物だ。こいつのノーパソが! ソーラ充電器が! アニメが! 現代日本のチート知識が! 技術情報が!


 いや、違う。こいつは俺の友達なんだ!


「くそぉぉ!」

俺は再び、繊維に挑む。しかしダメだ。

今度は結界みたいもので、全く近寄れない。


『サラーム、なんとかならないか!』

『繊維斬るの?』

『そうだ』

『中の人も一緒なら楽だけど、繊維だけは無理だわ。そんな細かいこと出来ない』

 てめぇ、のど元までこみ上げてきた怒りの声を抑え込む。

『バカ! コイツがいないと、アニメが見れないぞ! どーすんだ』

『でも、できないって! 私にだってできないことあるのよ』

 この大雑把なヲタ精霊は細かい魔法制御ができないのだ。


「あ~あ……」


 俺は眼前に出来た物を見て、力なくつぶやいた。

 俺の心の友だった千葉は繊維にまかれて、繭になっていた。

 どーすんだよこれ?


「千葉! 千葉次郎! 千葉ぁぁぁ」


 俺は部屋の中で、慟哭するしかなかった。

 

「聞こえてるぞ! 天成! 助けてくれぇぇ!」

「千葉!」


 繭の中から声が聞こえた。

 ちょっと千葉の声とは違った感じがした。苦しいのか!

 

 俺は繭にとりついた。

 すでに結界は無かった。

 指を突き立て、全力を出すと、メリメリと穴が開いた。

 いける!

 俺は必死になって、繭を破壊した。


「千葉! 大丈夫だ! 今助ける!」

 汗が目に入るのも拭かない。俺は必死になって繭を破壊した。

 俺の生涯で、こんなに一生懸命になったことはないくらい必死だった。


 ビリビリビリー

 

「いけるぞ! 天成! 俺の方からも壊せそうだ! 出れる! 出れるぞ!!!」

「千葉あぁぁぁ」


 バリ――


 最後の膜が破れた。

 そして千葉が……

 え?

 

「だれ? キミ」


 俺は間抜けな声で訊いた。


「千葉次郎だけど?」


 その声はそよ風のように爽やかだった。

 美しい旋律のように空気を癒していた。


 輝くような緑色の髪がたなびく。

 吸い込まれそうなエメラルドグリーンの瞳が俺を見つめる。

 不思議そうに小首をかしげる。

 長い耳が斜めになった。


 俺はこういう生き物の名前を知っているよ。

 千葉とはいわない。

 いいか、これは「エルフ」って生き物だよな。


「どうしたんだ? 天成?」 

「いや、ちょっと待ってくれ」


 眉根を抑えて、フラフラと後ろに下がる俺。

 めまいがしてきた。本気で。


 俺は頭を振ってもう一度千葉を見た。

 変化なしだ。

 

 エメラルドのような瞳で俺を見つめるエルフ(元:千葉次郎)だった。

 同じような緑の色をした長い髪。

 そして長い耳だった。

 細身の体は、流れるようなラインを描いている。

 ああ、これは宝箱にあった服だ。

 来ているのは白地に、金の刺繍の入った服だった。

 清楚で気品のある服だった。

 

 俺は、美しいエルフの誕生に立ちあってしまった。

 どーすんだこれ?


 俺は、ダンジョンの中で茫然と立ちすくむだけだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る