第十八話:「ヲタ精霊」量産の暁には
「異世界ってどんなんだ? なあ、魔法あるんだよな。『剣と魔法』ファンタジーだよな」
「まあ、そうだな」
「お前、チート能力は?」
「あるというか、ないというか、微妙だなぁ」
「ハーレムとかありか?」
「どーだろうな…… オヤジみていると厳しい気がしてくるな…… そりゃ作りたいけどさぁ」
「お前のカーちゃん、すげぇ美人だよな。20代つーか10代にみえるぞ。エルフか?」
「さあ、違うと思うけどなぁ」
自分の母親である、ルサーナの無双ぶりに、本当に人間かどうか、疑念を持ちつつあることは確かだ。
おまけに、全然年取ってないし。
もしかしたら、人間以外の血が混じっているのかもしれない。異世界だしな。
「さあ、食材探そうぜ! これさ、上手くいけば、異世界でも料理屋開けるんじゃね?」
「まあ、いいんじゃね」
俺は浮かれている千葉を苦笑いを浮かべながら見つめた。
つーか、そんな簡単なものじゃないから。
少なくとも、俺が異世界で食っていた飯はなりの水準だったな。
俺がセレブ育ちだからかもしれないが。
ただ、素人が金獲れる料理出せるとは思えないな。異世界甘くないから。
これから食べる、ダンジョンの飯は最悪だけどな。
ゴブリンだか、コボルトだか、あの肉のまずさは言語道断レベルだ。
しかし、食わなきゃ餓えて死ぬしな……
「なあ、モンスター倒すと、ドロップアイテムとかあるのか? そうすれば武器も強化できるだろ?」
千葉は、机の脚で作った槍を手に持って言った。
「どうだったかなぁ、俺は拾った記憶ねーな。まあ、5歳のときだしな」
「おま! 5歳のときからダンジョンかよ! 半端ねーな! おい!」
「まーな」
俺と千葉は駄弁りながらちんたらとダンジョンを進む。
敵はでてこない。
「なあ、天成、あの女の子たちさぁ」
「ん?」
「どんな関係だ?」
「ああ…… メガネの女の人が…… ああ、親戚だな。後は、初対面だな。よーしらんな」
「そうか……」
「どうしだ?」
「あの金髪ツインテールの女の子いいな……」
「ああ、可愛いな」
エロリィのことだ。確かに見た目は凄いよ。絶品だな。口の悪さもすごいけどね。
面倒なので、シャラートが俺の婚約者であることは話さない。
「あんな娘、100人にくらいに囲まれたハーレム作りてぇ!」
「お前、池内先生のファンだろ?」
「バカ、俺のストライクゾーンは広いんだよ。男の娘でもOKだ」
「てめえぇ……」
「可愛ければ、付いていてもOKだ!」
メガネの奥の目を妖しく光らせ、狂ったセリフを吐くヲタだった。
『キター!! アイン×千葉ぁぁぁ!!!』
『てめぇ、やめろ!』
俺の脳内で絶叫する腐ったヲタ精霊。
いいか、やめろ。俺の前でその手の話をするんじゃねー。
俺は、このヲタ精霊を腐らせてしまったことを後悔している。
俺のトラウマをえぐるからだ。
元凶は俺オヤジだった。
俺のオヤジは、今でこそ池内先生のおっぱいに惹かれあのザマになってしまったが、最初はルサーナ一筋だったのだ。
まあ、それはいい。
俺が10歳くらいのときだった。
俺は寝ぼけたオヤジに襲われた。
たまたま、銀髪の方を上にして寝ていたせいだ。
「ああああ! ルサーナ! 来たのか! 会いたかった! さあ、作るぞ! アインの弟妹を作ろう! さあ、作ろおぉぉぉ!」
寝ぼけながら、叫び俺にのしかかってきやがった。
なんとか、貞操は守り切ったが、ニート時代を合わせ40年以上の生涯で最も恐ろしい体験だった。
俺の脳内ではラサームが大盛り上がりだった。
そして、その後も腐った精霊が、このネタで俺を責め苛んだのだ。地獄だった。
俺と千葉はヲタであることで、共通点が多い。
しかしだ。
「付いていても、可愛ければOK」という主張は俺とは相いれないものだった。
生暖かい空気が流れてきた。
このダンジョンは完全に人工的なものだった。
自然の洞窟というものではない。壁は平面に加工されている。
魔法の松明の明かりは設置されていなかったが、全体にうすぼんやりと明るい。
壁自体が薄く発光しているようだった。
しかし、なんで俺は、ヲタの男とダンジョンを探索しているのか?
画面に華が全く無い。
アニメだったら打ち切りだ。
「おい、いたぞ。モンスターだ」
俺は小さくつぶやいた。
「ああ、あれか……なんか犬みたいだな」
千葉はそう言うと机の脚で作った槍をギュッと構える。
「なあ、天成、俺はこんな時がいつか来るんじゃないかと思っていたんだ」
「こんなこと?」
「異世界転生、もしくは転移だ」
「へえ」
「準備していたんだよ。俺は……」
その目がだんだんと狂気の色を帯びてきた。
こいつやべぇんじゃね?
「血破・覇極流格闘術の通信講座を受けた」
「なんだそれ?」
「全方位的な格闘術だ。モンスターとの戦い。魔族との戦い。神との戦いまで視野に入れた全方位的格闘術――」
「お、おう……」
「月5000円(税別)の通信講座。俺はその2級だ―― D級冒険者レベルのダンジョンは問題ない」
なんだよ? その設定は。
あのね、「D級冒険者」とか俺のいた異世界にはあるのかないのかよー分からんから。
オヤジがホームレスを「冒険者」と言っていてから、冒険者はいると思うけどね。
「冒険者ギルド」とか「冒険者ランク」とかそんなの知らないし。
俺、5歳までしか異世界にいなかったしな。
モンスターはまだこっちに気づいていない。
俺たちは身を低くして、ゆっくりと接近する。
できれば、バックアタックが好ましい。
腐った精霊さんが言うことを聞いてくれるか分からないので、俺も机の脚を持っている。
素手よりマシだ。
「なあ、それだけじゃないぞ」
「ほう」
モンスターに接近しながらも千葉は話を続けていた。
「俺はノーパソを常に持って歩いている。異世界転移だったときのために、様々なデータをぶち込んだノーパソだ。予備ハードディスクも10個だ」
「それで、お前はあんなでかい鞄で登下校しているのか……」
「役に立ちそうなネット情報はオフラインでも見れるようがっちり取り込んだ。ガラスの作り方。鉄の作り方。銃の作り方。火薬の作り方。洗剤、石鹸の作り方…… 全方位対応だ」
おお、もしかして、コイツできる奴だったのか?
こりゃ、すげぇことになりそうだな。よし、コイツとは仲良くしよう。
と、思ったところで、俺はあることに気づいた。
「なあ、電源は?」
「電源?」
「ああ、異世界に電気は無い」
「フッ…… そんなことは当然だろう」
クイっとメガネを持ち上げ、千葉は言った。そして言葉を続ける。
「だが、太陽はあるだろ?」
「ああ、あるな」
「今は、ノーパソに充電できるソーラ充電器がある。充電器もバッテリーも正副の予備がある。全方位対応だ」
「なんだと……」
つまりだ。こいつは異世界において、まさに神にも悪魔にもなれる情報満載の魔法の箱を持ちこんでいたというわけだ。
しかも、お天道様が出ているなら動く。
ああ、太陽神アポロンよ、俺は感謝するぞ。
「なあ、千葉」
「なんだ? 天成」
「俺たち、親友だよな」
「フッ…… なにを今さら、お前は生涯の友だ」
やべぇ、コイツが急にカッコよく見えてきた。
なんか、許してもいいかもしれないとか一瞬思うレベル。
まてよ……
「ところで、千葉」
「おう」
「そのノーパソにはアニメ動画はあるか?」
「フッ……」
千葉は、口の端を釣り上げ笑みを浮かべた。
「当然だろう。アニメは主食だ。欠かせない。俺の蔵書の漫画も焼いて搭載済だ」
「マジか?」
「ああ、アニメ専用、漫画専用の10テラのハードディスクを持っている。それぞれだ。俺のコレクション満載だ」
「お前のセレクトか!」
「ああ」
光りだ。光が見えた。
『おい、訊いたか? サラーム! アニメだ。漫画だ。10テラだぞ』
『新作がないわ……』
『アホウか! てめぇ、いいか! 名作は何度見てもいいんだよ! それこそ、真のヲタだろ?』
『うーん……』
『お前だって、もう一度、いや、何度も見たいって作品はあるだろ?』
『確かにあるわね』
『それが見れる。千葉のノーパソがあれば見れる。ダンジョンから出て太陽の元に出れば見れるのだ』
サラームが揺らいでいる。それが分かった。
もう一押しな感じだ。
『いいか、布教だ――』
『布教?』
『そうだ、お前は精霊王になるのだよな?』
『そうよ。私は選ばれし存在だから』
『下僕もいるんだよな』
『そうね、まあこの世の精霊は全部下僕だわ』
『そいつらに布教するのだよ』
『え?』
『分かち合うのだ! 一人じゃない! いいか! ヲタ話ができる奴、ヲタ精霊を量産するんだ!』
『「ヲタ精霊、量産の暁には連邦なぞあっという間に叩いてみせるわ」ってこと?』
『おおそうだ! その通りだ! そのためには、異世界帰還しかない! お前は選ばれし存在なのだろ!』
『そうね! いいわ。面白そうだし! じゃあ、あのモンスター殺せばいいのね』
『おう! 殺せ! ぶち殺してくれ。あ、なるべくキレイにね』
『分かったわ』
『あ、ちょっと待ってくれ。おれの合図に合わせてほしい』
『了解~』
俺は立ち止まった。
まだ、モンスターまでは20メートルくらいの距離がある。
「おい、天成、どうしたんだ?」
「俺の力を見せる――」
「知ってるよ」
「知ってる?」
「だって、ダンジョンの壁斬りぬいたじゃないか?」
「ああ、そうか」
どうも、自分でやったという実感がないせいか、忘れてしまう。
ということは、クラスの奴らからすれば、俺は恐ろしい魔法が使える存在と認識されているということか……
悪くないな。
「まあいい、ここから魔法攻撃を仕掛ける」
「おお!」
「その後、突撃してくれ」
「よし分かった!」
俺はすっと片手を上げる。
「風の精霊よ。この手に宿りて、我が剣となれ。その無敵の刃をもって、眼前に立ちはだかる、愚かなるものを切断したまえ―― 疾風刃(ゲイル・エッジ)!」
嘘っぱちの呪文を唱える俺。
そして、一気に手を水平に振りぬく。
この手のアクションを知り尽くしたヲタ精霊のサラームとの呼吸もぴったりだった。
まるで俺の手から真空の刃が発射されたように見えた。
一瞬で、モンスターを斜めに切断。
血が飛び散った。
「おりゃぁぁぁぁ!!!」
絶叫の尾を引いて千葉が突撃を敢行した。
血を見ても引かない。メンタルが強いのか、タガが外れているのか分からんが。
机の脚で作った槍の切っ先を向け走る。
俺も後に続く。なにかあれば、即助ける体勢を整える。
千葉は大事な存在だ。
「ひゃぁぁぁ!!」
モンスターは犬のような奴。一般にコボルトと称していいタイプだ。本当の名前は知らん。
千葉は既に死んで、地に倒れたコボルトを突き刺す。
何度も突き刺す。
グサグサと突き刺していく。
メガネに血がかかり、べっとりと返り血を浴びている。
「ひひひひひひひひひ!! 死ね! 死ね! このモンスターが! 死ね! ひひひひひ!!」
「千葉、もう死んでるぞ」
「あ…… そうか。死んだか。はははっははははは、いいねぇ、楽しいねぇ、やっぱこうじゃなくちゃダメだ。異世界はこうでなくては。血だ! いいか、血と肉と鉄と糞と泥の中で、宝を掴むのだ。ああ、いいね。血かよ…… この血は産湯だ。千葉次郎が異世界に誕生した産湯なんだ! ひひひひおひほっほほおぉぉぉぉぉ!」
千葉の叫びがダンジョンに響く。
俺は頼もしい相棒を得た。
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