第十四話:5年ぶり2回目の転移(転生も含む)

「ああん、もうだめよ、ちゃんと聞いてね、天成君。うふ、いいわ、もう、今回だけは許してあげる(ああん、だめね。私はダメな教師よ。本当はもっと厳しく言わなければいけないのに…… ああ、私の女の部分がそんなことを言わせたくないの、ああん。分かって、天成君)」


 教室にブーイングが響いている。

 基本、俺は男には好かれていないのだ。

 俺自身はどーでもよかったが。


 そして授業が続く。


 突然だった。

 凄まじい爆発音。

 教室の後ろが一気に吹き飛んだ。

 一番後ろの席の人間が吹き飛ぶ。

 粉じんが舞う。

 教室がパニックになった。 


 閃光と爆音――


 目の前に雷が落ちたような衝撃だった。

 全身を震わせる爆音。空気が固形化してぶつかってきた。

 光と音との暴力。圧倒的な質量をもつ暴力だった。

 

 目を閉じても眩しいくらいの閃光だった。

 音で頭がグヮングヮンした。気が遠くなっていった。

 俺の意識はそこで途切れた。


「おい! アイン! アイン! 大丈夫か?」


 誰かが俺を揺すっている。

 俺は、ゆっくりと目を開けた

 あれ?

 

「お父さん」

「アイン気づいたか」


 俺の視界に父親のシュバインの顔があった。

 俺は父親に抱きかえられていた。

 覗きこむように俺の顔を見ていた。

 またしても、お姫様抱っこだった。


「父さん、無事だったんだ……」

「ああ」


 グッと俺を抱きしめる。

 男に抱きしめられるのは、嫌だったが、この男には許してもいいかと思った。父親だから。

 そして、スッと離れた。


 イケメンだ。黒い髪の精悍な顔が複雑な笑みを浮かべていた。

 ただ、その表情の中には安堵があった。俺が目をあけたからだろうか。


『なんなのこれ? どこ?』

 サラームの言葉が俺の中に流れ込む。 


『なに、言って……』

 俺の思考の言葉は途中で途切れた。


 俺はサラームを見た。俺の顔の上でキラキラ光る精霊が飛んでいた。

 自然と周囲の風景が視界に映った。


 黄昏の陽。長い影ができている。

 砂場…… 

 すべり台…… 

 公園か…… いやなんで? なにこれ?


 黄昏の公園だ。

 西に傾いた陽が俺たちの影を長くしていた。

 妙にしっとりとした風が俺の顔をなでる。

 俺の銀と黒に分かれた髪が風に揺れた。


 風の匂いもどこか懐かしい感じだ。

 しかし…… 

 あり得るのか?


 俺は視界に映ったものを理解するため、フル回転で情報を整理した。


 俺たちは屋敷の中で襲撃を受けた。

 触手を放つポニテの邪神の巫女だ。

 そいつを倒した。

 で、そいつが自爆したんだ。

 そうだ。俺たちは屋敷にいたはずだ。

 で、爆発だ。

 シャラートは? 

 再び、周囲をみた。

 いない。 


「お父さん……」

「飛ばされた――」

「え?」

「空間障壁を張ったんだが…… 変な干渉をして転移したか……?」

「シャラートは?」

「いない。俺も気づいたらここにいた」


 シュバインは抱きかかえていた俺を下した。俺に対し「大丈夫か」と声をかけてきた。基本、良い奴なのだ。

 俺は辺りを見渡した。俺はこの場所をよく知っている。いや、正確に違うな。俺はこのような場所を知っているが正しい。

 少なくともこの場所がパンゲア王国ではないことは確実だった。


 日本だ――

 どうみても、ここは日本だ……

 日本のどこかにある公園だ。


 砂場で遊んでいる子どもと母親がじっとこっちを見ている。

 そりゃそうだ。

 俺とシュバインの格好を見れば納得だ。

 

 だって、ファンタージ系のゲームキャラみたいな恰好しているからね。

 俺もシュバインも。

 おまけに、俺は銀と黒の真ん中スッパリの色分けの髪の毛だ。

 お盆と年末のビッグサイトなら目立たないかもしれない。あと、秋葉なら。

 しかし、黄昏時の児童公園では、違和感ありまくりだ。


「戻るぞ。アイン」

 

 そう言って、シュバインは転移魔法を唱える体勢に入った。何度か見ている。一瞬で、別の場所に移動できる魔法だ。


「風と時と空間を総べる大いなる存在よ。事象の理を超え、空間と時を超え、我らを彼の地へ跳躍せしめん――」


 砂場の親子がギョッとした感じでこっちを見ている。


「ラーム・シャンツェ!」


 呪文詠唱を終えた。なにも起きない。微動だにもしない。


「なんだ? おかしい? 精霊の反応が……」


 首をひねるシュバイン。


 シュバインは、絶叫するような大声で再度呪文詠唱を行った。

 砂場で遊んでいた親子は、お母さんが子どもを抱えて、逃げるように退散して言った。

 当然の反応だった。


 変な格好をした親子が、出現して、父親と思しき人物が、分けの分からんことを絶叫しているのだ。

 親子がコスプレで遊んでいると思ってくれているのか?

 無理だよ。無理。

 変な人以外なにものでもない。

 

 シュバインは10回くらい呪文を繰り返した。

 息が切れて「はぁはぁ」言っている。

 

「なあ、アイン」

「なんですか?」 

「魔法が起動しない――」

「そうですか」

「ああ、そうだ」


 見たこともないような虚ろな目をしていた。

 こりゃ、ダメかもしれんね。

 雷鳴の勇者様も終了のお知らせだ。


 シュバインは「魔力回路障害」とか、「魔法妨害因子」がどうとか、ぶつぶつ言っている。

 完全に、目が死んでいる。ヤバいな。


『ねえ、アイン……』

『サラーム、どうした?』

『魔素が薄いわ……』

『魔素が薄い?』


 サラームはフラフラと酔っぱらったような軌道で飛んでいた。

 唐突だった。ツーーっと殺虫剤を浴びせられたハエのように地に落ちた。

 

『おい、サラーム』

『アイン…… ダメかも……』


 俺は精霊を手にとった。土を払う。キラキラした光がなくなっていた。

 まるで、使い込まれた着せ替え人形のようにくたびれた感じになっていた。


 俺は振り返った。

 だめだ。シュバインは相変わらず虚ろな目でブツブツといっている。

 くそ!


『魔素がないと存在が維持できない……』


 俺の掌の上で、横たわったサラームは力なくつぶやいた。

 その姿が、空間の中に溶け込むように薄くなってきた。

 サラームが消えて行こうとしていた。


『まて! サラーム! 消えるな! おい!』

『無理…… 魔素がないと、精霊は存在を維持できないわ』

『ばか! ここは日本だ! いいか! アニメ、漫画、ゲーム、ありとあらゆる先端文化の揃ったクール・ジャパンだ! いいか! アニメも漫画も見放題だ!』

『え…… 本当!』


 一瞬、存在が明確になった。

 その目を見開いて俺を見つめる。


『マジなの?』

『マジだ――』

『アイン』

『私を助けてくれる?』

『ああ、助けてやる!』

『OK!!』


 そういうとサラームは飛んだ。最後の力を振りぼってなのかどうなのかは知らん。しかし、飛んだ。

 そして、急降下。俺の心臓目がけて神風アタックかまそうとしてきた。


『わぁぁぁ! サーラム! なに!』

『フェード〇ン!』


 勇者は俺じゃなくて、父親の方なのだが、俺に「フェード〇ン」してきたサラームだった。

 俺の心臓のあたりに命中すると、ズブズブと体の中に侵入してきた。

 バカお前、俺「らめぇ」って言っちゃうよ。なんで、俺の体に侵入するだよぉぉ。


『アインの中、とっても温かいナリ』

『らめぇ、サラーム、いきなり激しいぃぃ! じゃねーよ! おい! 余裕だな! さっきまで消えるとか言っていたよな』

『そんなこと言ってないわよ。存在が維持できないといったのよ』

『まあ、いい。それで、大丈夫なのか?』

『なんとか、これなら大丈夫』


 とにかく、ここは日本だ。間違いない。

 くそ、どうする――。


『ねえ! 漫画! アニメ! ゲーム! 見たい! ねえ、アイン、見放題なんでしょ! 見に行こう!』

『分かった。見に行く。だがちょっと待て』


 そんなことよりも、まずどーすんだ。


 俺は公園で固まっていた。

 元々ニートの俺が異世界に転生して、またしても日本に強制送還か?

 しかも、5歳児のまま。銀と黒の髪の毛のまま。

 まあ、俺の外見は結構イケメンでカッコいいので気にいていると言えば気に入っているが。

 しかし、それは「異世界では」という話だ。なんで、ここで日本に戻ってくるのか?


 俺の脳内では意味のない思考がグルグルしている。


『アインのお父さん、なんか人と話してるわよ』

『え?』


 脳内にサラームの声が響いた。

 俺は薄暗くなってきた公園を見た。

 いた。

 シュバインは公園に水を汲みに来ていた男と話していた。

 あ、おウチの無い人だよそれ。


 雷鳴の勇者はホームレスと話していた。

 ペコペコ頭下げてる。

 なに話してんだ?

 手招きして俺を呼んでる。

 俺は、父親のところまで行った。


「なあ、この冒険者の方が、一晩泊めてくれるそうだ。お礼を言わなければな」


 冒険者か……

 確かに、日々サバイバルの「人生の冒険者」だけどさ。なんだそれ?


 つーか、言葉が通じるのか?

 あれか? 俺も赤ちゃんのときに、音とは別に意味は分かったし。

 そんな仕組みなのか?


「お~、外国から出稼ぎに来て、こんな子どもまでいて…… お前さんも苦労してんだなぁ~」


 ホームレスのオッチャンが言った。

 意外にキレイな身なりをしていた。

 

「(どうも、ありがとうございます)」

 

 俺はお礼を言った。


「おお、日本語達者だなぁ」

 

 俺は父親を見た。

 誇らしげに、息子に向かってアイコンタクトを送る勇者だった。


 日本への強制転移の1日目、俺たち父子はホームレスの居候になった。

 ホームレス勇者。

 しかも親子で。


        ◇◇◇◇◇◇


 月日が経つのは早い。恐ろしく早かった。 

 俺たちが、日本に飛ばされて12年が経過した。

 俺は17歳になった。


 日本に来た当初は、ホームレスと一緒に段ボール回収や空き缶回収などをやった。

 オヤジがリヤカー引いて。で、俺はホームレスの、ケンさんのところで留守番だった。

 一日中テレビ見て漫画読んでた。古雑誌を回収しての販売も仕事だった。

 その雑誌を読んだりする。


 ケンさんは、縁日の屋台で使うような発電機を持っていた。ホームレスのセレブだった。


 サラームにとっては夢にまでみた日本の漫画、アニメ文化にたっぷり浸かった日々だった。

 精霊様のヲタク化に一層の拍車がかかった。


 この世界は、大気中の「魔素」というのが少ないらしい。

 この「魔素」の濃度が低いところでは、精霊は存在できない。

 でもって、当然魔法が使えない。

 人間に魔力はあるのだが、それを使って現実に干渉する存在がいないのだ。

 で、サラームは消えそうなところ、俺の体の中に入って、存在を続けている。

 人間の体の中には一定濃度の「魔素」があるらしい。


 ようするに「剣と魔法」がない現実社会に俺は戻ってきてしまったのだ。

 ただ、この日本は微妙に、元の日本とは違っている気がした。


 社会との接点が無かった元ニートなのでそう感じているだけなのかもしれないが。

 前世の実家に行けばなにか分かったかもしれないが、怖くて行けない。

 俺のニートだった人生はコンビニで撃たれて終了しているのだ。

 いつまでも、気にしていても仕方ない。


 俺たちは、美しすぎる親子ホームレスとして、マスコミに登場した。

 それが、転機だった。

 次第に、オヤジのトンデモない身体能力が明らかとなった。

 折しも、国際的な大スポーツ大会を控えており、メダル量産が国策として推進中だったのだ。

 いつの間にか、俺たち親子には日本国籍が与えられていた。

 よー分からん。


 でもって、その国際スポーツ大会だ。

 俺のオヤジは前人未踏の記録を打ち立てた。

 陸上で10個、水泳で7個、レスリングと柔道で1個づつ、ボクシングで1個、フェンシングで1個の金メダルを取った。

 ちなみに、記録競技では全部、世界新記録だった。

 そのイケメンと合わせて、国民的な英雄となってしまう。

 異世界と日本の両方で英雄。

 できる奴は、どこへ行ってもできるということだろう。

 まあ、今はな…… アレだけど……


 そんで、俺は高校生になった。

 ニート時代は引きこもって高校行けなかったので、正直うれしい。

 ただ、高校の屋上は立ち入り禁止だったのは意外だった。

 サラームも文句を言っていたが、その文句は正しいと思った。


 2回目の人生だけに、比較的上手くはやれていると思う。

 無駄に頑張る気はないが、まあ、そこそこの学校に入った。

 

「天成君、天成・アインザム・一郎君。もう、私の話を聞いてるのかしら?(もしかして、私の教え方が悪いの? ああん、ダメ、そんな目で先生を見て…… でも、出来ない子にはもっと教えたくなっちゃうの…… 色々と、うふ)」


 英語の授業だった。


 天成というのは、日本国籍を作った時にでっち上げた名前だ。なぜが、俺はミドルネームがある。一郎ってのは新しく付いた名前。俺の戸籍上の名前だ。

 ちなみに、オヤジは天成・シュバイン・宗太郎というのが、戸籍上の名前だ。

 

「はあ、すいません。ちょっと、聞いててませんでした」


 俺は席を立って言った。

 教室にブーイングとサムズダウンが行われる。主に男子生徒だ。


 この、池内真央先生は、俺たちの担任で英語教師だ。男子に絶大な人気を誇っている。


 思春期の男子がいる高校教師としてどうか? と思うくらいおっぱいが大きい。もはや、人間のそれとは思えない。

 存在が、歩く18禁だった。


 言葉の裏にある意味が流れ込む能力のせいかもしれないが、この先生の内面描写が容赦なしに俺には流れ込んでくるのだった。


 「ああん、もうだめよ、ちゃんと聞いてね、天成君。うふ、いいわ、もう、今回だけは許してあげる(ああん、だめね。私はダメな教師よ。本当はもっと厳しく言わなければいけないのに…… ああ、私の女の部分がそんなことを言わせたくないの、ああん。分かって、天成君)」


 教室にブーイングが響いている。

 基本、俺は男には好かれていないのだ。

 俺自身はどーでもよかったが。


 そして授業が続く。


 突然だった。

 凄まじい爆発音。

 教室の後ろが一気に吹き飛んだ。

 一番後ろの席の人間が吹き飛ぶ。

 粉じんが舞う。

 教室がパニックになった。 


「ひゃははははははははははーーーー!!! 天才なのよ! この私は天才だからぁぁ! 天才のプリンセスなのよぉぉぉ!」

 

 爆音とともに、絶叫と笑い声が響いた。


 なんだ?

 教室はパニックとなる。


「ああん、皆さん…… ダメよ。こんなときは落ち着いて、一回、深呼吸してみるといわ。さあ、先生が教えてあげる。落ち着いて、避難するの、いいかしら(ああ? 一体何かしら? いきなりなんて、こんなのって初めて、ダメ、私は教師なの。こんなときこそ、教師として、大人の女として、しっかり生徒を導いてあげるの)」


 真央先生の狂った内面描写が俺の脳内に流れ込んでくる。


「静かにしなさーい。動かないでください」


 粉じんの中、声が聞こえた。どこかで聞いたことある声だった。

 冷たい声音。よく言えばクールな声だ。


「クソか! コイツ! 適当な転移しやがって! こっちが転移しちまったじゃねーか! 殺すぞ? 死ぬか?」

 

 殺伐とした声。しかし、その声は深夜アニメのヒロインレベルだった。


「なにってんのよぉぉ! これで、いいのよぉぉ! ここにいるのよ! 勇者はここにいるのよぉぉ! 連れて帰って玉の輿なのよぉ!」

「てめぇ、ちゃんと帰れるのか? クソ・ロリ姫さんよ?」


 いきなり教室に出現した3人。

 このパニックの中、平然と会話していた。

 なにが起きたのか……


 ただ確実に言えそうなこと。

 それは、俺の12年間の日常が終了宣言を出そうとしていたことだった。 

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