第十三話:襲撃!【シ】の尖兵
「死霊だって」
庭から聞こえる叫びは。そして、悲鳴が交錯する。
『なんなの? アイン』
『分からん』
分からないが、ヤバいことが起きている。
その確信はあった。
「アギャーーー!!」
声? なんだ?
金属をこすりあわせたような甲高い叫びに聞こえた。
どこか、機械的であり、ぞっとするような闇の底から聞こえてくるような気がした。
「くそ!! 見えない!」
俺はテラスから身を乗り出した。
声は右の方だ。
しかし、ここからでは下の方で起きていることは見えない。
「止めろぉぉぉ!! 館の中にいれるなッ!!」
剣を手に取った使用人たちが走っているのは見えた。
5、6人の若い男たちだ。
右手の方に走り、見えなくなる。ここからでは角度が悪い。
ブン――
風を切る音をたて、黒い物が吹っ飛んできた。
使用人たちが走って行った方からだ。
そのまま、庭の木にぶつかった。
木がへし折れ、底に真っ赤な肉の花が咲いた。
今まで人間だったものが、そこでグチャグチャになっていた。
そして、見えた。
俺の視界の中にそいつが入ってきた。
それは人型に見える。見えるだけだ。
「死霊…… あれが……」
俺はのど元になにかが詰まったような声を出していた。
「ガガガガガガガガガガガ、カギ、アル。ヨリシロ。ココ。コロス―― アギャウァァァァ!!」
「くそ! 剣が通じない! 魔法だ! 火炎!」
逃げていく使用人。
悠然と歩くその存在。
死霊――
その姿がはっきり見えた。
「喰らえ!! 火炎弾!」
魔法の使える使用人が炎の魔法を放った。
体の一部に炎がまとわりついている。
火の精霊が飛んでいるのが見えた。
しかし、それを手を振り回して消した。
全くダメージがあるように見えない。
「駄目だ!! なぎ払いやがった!」
まるで、骸骨になめし皮のような皮膚を貼りつけたような容貌。
眼窩には、ぽっかりと穴が開いているように見える。
ぼろきれのような服を何枚も重ねたような服だ。
細い腕には錫杖か槍のようなものを手にしている。
屋敷の中からワラワラと人が出てきた。ウチの警備担当の使用人だ。物々しい空気になっているのがここからでも分かった。
「邪神の使徒だ! 滅びの【シ】の死霊兵だぁぁ!」
「はやく、シュバイン様に連絡を!」
「食い止めろ! 中にいれるな!」
使用人の声が錯綜して聞こえてきた。
「滅びの【シ】の死霊兵』?」
その言葉を俺の耳は捕えた。なんだそれ? なにが起きているんだ?
更に、手すりから身を乗り出した。
「ミツケタ! イタ…… イタ…… イタァァッァァァ!! ヨリシロ ユウシャ チ ケツミャク」
中が漆黒に染まった口を開き、どす黒い叫びをあげた。
そいつは、俺を見ていた。
ぽっかり空いた、空虚な黒い眼窩をこちらに向けていた。
「なんだ? いったい!」
テラスから、身を乗り出していた俺に細い手が回された。ひょいと抱えられた。
背中に柔らかいふくらみが当たった。
シャラートだった。胸は大きく成長し、現時点で完全に「おっぱい」になっている。
俺は彼女に抱きかかえられていた。5歳と11歳だ。俺とシャラートの体格差は大きかった。
「シャラート? なに?」
「敵襲です」
「敵襲?」
彼は体をひねって彼女の顔を見た。美しい彼女の顔。その斬れるような眼差しは、いつも以上に鋭さを増していた。
黙って彼女はうなずいた。
「ワレラ カミ フッカツ エイエン カギ トコシエナル ヨリシロ ガ、ガ、ガ、ガ、アガ、アアアアアア!!! 」
背中の方から絶叫が聞こえる。人ではない何かが無理やり人語を話しているかのような声だった。
ゾッとした。
『あはははは! 面白そーう! 見に行くわ!』
ヒュンと光の粒子を振りまいてサラームが飛んで行った。
『あ、おい!』
サラームは俺の言葉などガン無視で、飛んで行った。
己の興味が第一の精霊様だった。
これで、俺は完全に無力な5歳児になった。
サラームがいなければ、なにもできないのだ。
シャラートは俺を抱えて、飛ぶように走る。俺という重りがあっても、運動性能が全く落ちない。さすが、武装メイドだ。
広い屋敷を中を一気に突っ切って、そして、俺の部屋についた。まるで風のようだった。
シャラートは、俺を下ろした。
あの速度で、俺を抱えて走ったのに、全く息を切らしてない。
「なんだ? いったい? 敵って?」
「滅びの【シ】の復活を望む者―― 命亡き死霊の兵。【シ】の使徒たち」
俺は思い出した。「滅びの【シ】」。俺のこの世界の両親であるシュバインとルサーナが倒した魔王のような存在。
この世界を滅ぼそうとした何か。
それを復活させる? なんだ? 頭おかしいのか?
なんだよ、そんな危険な奴がこの世界にいるのかよ。
「【シ】ってこの世界を滅ぼそうとしているんだよね」
「そうです」
「あの、死霊が【シ】を復活させようとしているって、なんでここに?」
「私は聞かされていません」
シャラートは答えた。彼女も知らない。
しかしだ。
こういった世界設定はアニメとか漫画とかラノベではよくあるぞ。
俺はヲタ知識を検索する。
「トラ〇ガン」とか「○リフターズ」とかヒットした。
でも、なんの解決もならない。
シャラートは、入り口のドアにベッドや椅子をおいて補強している。
細い腕なのに、信じられない力だ。
「封印された邪神である。滅びの【シ】を復活のカギを探し、世界に出現します」
「邪神の復活のカギ…… 復活するの?」
「お父様、お義母様、そして仲間の錬金術師が【シ】を封じ込めました」
「封じこめた? 倒したんじゃないの?」
シャラートは黙ってこちらを見た。
そして無言でうなづいた。
「今のお父様の仕事は、【シ】の復活を阻止すること。そして出現した死霊兵を倒すこと」
「そうなのか……」
将軍職というから、てっきり軍隊の指揮をしているのかと思っていた。まあ、確かに勇者という個人の戦闘力の高さと、軍隊を指揮するという能力は同じものじゃない。
あのシュバインが将軍職というのは、なぜだろうと思っていたが、そういうことか。あくまでも待遇としての話だったのか……
「あれは【シ】の魂の封印が弱まったときに、生じる物といわれています」
「ただの、ゾンビとかじゃないのか?」
さっきテラスでチラリと見えた姿はゾンビとか包帯のないミイラだ。
しかし、あれは邪神というか【シ】というなにか恐ろしい奴の眷属ってことになる。
「そうです。ただのアンデッド……。そんな生易しい物ではないのです――」
それは俺には受け入れやすい説明だった。ニートの俺だって魂が転生してきたのだ。
魔王か魔神という存在なら、それくらいはやるだろう。
なんか、人外の敵というかね。そーいった物が存在するのは、分かる。
いや、分かるよ。分かるけどさ。
なんでそんな奴がここに…… 俺の転生した世界。俺の異世界ライフに干渉してくるんだ?
「聞いてない……」
俺は絞り出すように言った。
俺はルサーナからもシュバインからも、そんな話をきかされていない。
「心配をかけさせまいとしたのでしょう」
「分かるけど……」
「【シ】の眷属である死霊兵は滅多なことでは出現しないのですが」
「そうなの?」
「【シ】が倒されてから、【シ】の死霊兵の出現は6年ぶり2回目です」
「え?」
中途半端な野球強豪校のようなサイクルだが、俺にとってはこの世界に生まれてから初めてということになる。
俺の楽ちん異世界ライフの計画が瓦解していく音が聞こえた気がした。
そんな、危ない者がいる世界で、ハーレム作っていちゃラブとかできないよな。
なんとかならないか。
というか、この現状がすでに危機的なのか。
「なんで、ここにでてきたんだ」
それはシャラートに対する質問というより、独り言だ。
「【シ】の復活のための封印の解除。そのカギが……」
シャラートの声も俺に答えるというより、自分の考えをまとめるような感じだった。
彼女が詳しいことを知らないってのは本当だろう。
「この家にあるのかな……」
「分かりません。しかし、相手がそう考える可能性はあります。なにせ、封印をした張本人の一人なのですから」
シャラートは、ドアを補強する。窓もベッドを立て掛け、塞いだ。
部屋の中が薄暗くなった。
もしかして、俺はすげぇぇリスキーな家に転生たのか?
今回が6年ぶりか、この周期で敵が襲ってくる可能性があるということか?
「気休めですが、お父様かお義母様が戻ってくるまでなんとか……」
そうなのだ。今、俺の両親は留守にしている。タイミングとしては最悪だ。
シャラートは両手にチャクラムを持った。
完全な戦闘態勢に入っている。
「ここに来たら、一緒に戦います。アイン。頼りにしています」
切れ長の黒い瞳が真っ直ぐに俺を見つめる。キレイな瞳である。
11歳にして、高水準の美少女だ。もしかすると、俺の母親であるルサーナ以上の美女になるのかもしれない。
俺の腹違いの姉であり、婚約者でもある。この世界は兄弟姉妹婚がタブーではない。
「ああ、なんとか。頑張ってみる……」
俺の足は細かく震えだしていた。どうすんだ?
この状況は……
俺を頼りにされても困るのだ。今の俺は中の人がニートで、全体的に無力な5歳児。
ベタベタに溺愛された母親に「もう、アインは甘えんぼさんね」と言われる存在だ。
天才とか精霊マスターの素養があるとかいっても、それ勝手に周りが思い込んでるだけだから。
精霊のサラームがいなければなにもできない。
俺の頼りはサラームだ。で、ヲタ精霊のサラーム。どこ行った?
『サラーム! サラーム! 応答してくれ! ヤバいんだよ! マジで』
『アイン、面白いわよ。はははは! アインの家の人間も簡単に死ぬのね。ぼこぼこ死んでるわ。死体の山が出が出来ているわ』
人の家の使用人が死んでることを笑いながら話す精霊様。感覚が人間離れしている。人間じゃないから。というか、生命を敬うという態度が微塵もない。
しかし、突っ込んでいる余裕はない。
『なにが起きてる! サラーム』
『あなたも来ればいいじゃない? 一緒に見る…… あ、もう見れるわね……』
『え?』
「アギャァァァァァァァァ――!!」
金属音。人外の声。そいつが間近に響く。至近距離。
その声の方向を振り向いた瞬間だった。
轟音をたて、壁が粉々になる。瓦礫が吹っ飛び、粉じんが舞い上がる。
補強した扉ではなく、壁そのものが粉砕された。
粉じんの中に立つ影が見えた。背中から無数の触手のようなものが生えているのが見えた。
ウネウネと黒光りした触手。ヌルヌルとした粘液をまとった触手だった。
本体はカラカラに乾いた死霊というかミイラのような物なのに、触手だけがヌルヌルとした光を放っている。
粉じんの中から、その全身を露わにする【シ】の死霊兵。
「カギ ヨリシロ フウイン チヲ ユウシャ ケツゾク…… インガ カイホウ、ガ、アガ、ガ、アガ、ア……」
虚ろな口から呪詛の言葉が流れ出す。
ヒュン――
チャクラムが飛んだ。シャラートがチャクラムを投げた。
キン
金属音が響く。チャクラムが弾かれ、壁に突き刺さった。触手がそれを弾いていた。
瞬間、すでにシャラートは、【シ】の死霊兵の間合いに入っていた。
手に持ったチャクラムで斬りかかる。投げたチャクラムはおとり、こっちが本命―― ではなかった。
触手の束がチャクラムを止める。チャクラムは触手に食い込むが切断はできない。
足だ。頭上からのチャクラムは捨て技だった。シャラートは、下から蹴りをぶち込んでいた。
【シ】の死霊兵の頭が跳ね上がる。首が変な方向に曲がった。首の骨がへし折れたか。
「アガガガ、テイコウ コロス ホロビル イノチアルモノ マリョクノコンゲン…… ホロビ……」
それでも、不気味な声の響きは止まらない。
風を切る音が聞こえた。
瞬間だった。
巨大な触手が大気を切り裂き、シャラートを襲った。横殴りに触手が吹っ飛んできた。
ふわりと飛んでそれをかわすシャラート。
「アガガガガ、ホロビルベキ ヒト ホロブ マホウ ハメツ」
人型をした禍々しいなにか。死霊? そんな生易しいものではない。
「シャラート!」
たまらず叫ぶ俺。
そんな俺の前に立ち、俺を守ろうとするシャラート。
地につきそうなほど長い黒髪が揺れる。
死霊兵は背中から何本もの触手をウネウネと生やしていた。そのような鎧を身に着けているように見えた。
虚ろな空間。漆黒の闇がぽっかりと空いた眼窩。
口も穴だ。何もない闇の穴。
その穴から呪詛のような声が漏れてくる。
「ヨロシロ カギ フッカツ…… ミツケタ…… コレカ……」
首が折れ曲がり、異様な方向を見ていた。
シャラートの放った蹴りが奴の首を曲げていた。
折れ曲がった首がギュルンと動いて元に戻る。
なんのダメージもなかったようだった。
唸りを上げる無数の触手。それをかわすシャラート。
当たりはしないが、攻撃の間がなかった。
壁を蹴って、シャラートが飛んだ。壁に突き刺さったチャクラムに手にとった。
素早く投げた。自分も天井に跳んだ。
逆さになって天井に貼りついた。【シ】の天使の直上。
シャラートが冷たい笑みを浮かべたのが見えた。暗殺者の笑みだ。
触手が正面から飛んできたチャクラムを弾く。
しかし、シャラートは直上から蹴りをぶち込みに行く。
「死ね――」
唇が小さくそう動いたような気がした。
【シ】の死霊兵は上を見た。口をカパッと開けた。
ぎゅーん
触手だ。口から触手を吐いた。その触手がシャラートを絡め取った。
「ホロビル ホロビル ホロ、ホロ、ホロ、シ、シ、シ、シ、アガガガガガ!!」
「がッ!」
次々に触手がシャラートに絡みついた。手足の自由が完全に奪われていく。
ヌルヌルとした黒い触手が美少女の肌に食い込んでいく。
「あああああ~ アイン! アイン」
俺の名前を連呼する。シャラート。
まずい。
「コレ? アル? アレ? コレモ? ア、ア、ア、ア、ア、ア」
「あがががぁぁ」
ぶっとい触手がシャラートの口の中に捻じ込まれていく。
涙目となって、体を痙攣させているシャラート。
エロゲとかエロ漫画の世界で定番の触手攻めが展開していた。
しかし、俺は楽しむどころではなかった。
『ああ! サラーム! サラーム!』
『なに?』
精霊はいた。この部屋にいたのだ。俺が呼ぶまで見えなかったが。
キラキラとした4枚羽を持ったその姿で俺の眼前に出現した。
サラームはふわりと俺の肩の上にとまった。
『助けてくれ、アイツ殺してくれ! 早く!』
『もう、死んでるわ。命ないし』
『壊せ! 破壊してくれ!』
『いいけど、命ある物を殺すから面白いのに…… それに壊したら、面白いの終わっちゃうわね…… もう少し楽しみましょうよ』
『俺が、もっと面白いことするから、頼むよぉぉ!! 頼みます!』
『ふーん。まあ、いいわよ。はい――』
一瞬だった。
殺意も殺気もない。ただ、地面のアリを踏みつぶすような感覚なのか。
【シ】の死霊兵は胴体から真っ二つになった。
【シ】の死霊兵は虚ろな眼窩を宙に向けたまま、上半身を床に転がすことになった。
バシャ――
切断された胴体からは大量の血が噴き出した。
血は噴水のように天井まで届いた。天井が赤く染まった。
ミイラのような肉体にこれほどまでの血がつまっていたのかと思うくらいだ。
本体を倒された触手は力なく崩れていく。
シャラートは触手を振り払って脱出した。
「この―― 死ね――」
シャラートは床に降り立つと【シ】の死霊兵の上半身を見た。
チャクラムを投げつけた。
「スパン」と首が切断された。ミイラのような首がコロコロと転がる。
俺はへたり込んでいた。
血の匂いが充満する部屋で、ただ力なくへたり込んでいた。
リアルのスプラッタは精神を削る。立っている気力がなくなった。
『ねえ、面白いこと! 早くやろう! ああこの血で、床×天井のセリフ書いてよ』
『発想が…… ああ、ママとお父さんに怒られるからそれは……』
俺の周囲を旋回する精霊は元気だった。
俺は力なく、顔を伏した。
立つ気力もない。
「アイン! アインは無事か!」
声とともにシュバインが飛び込んできた。
「お父さん……」
うずくまった俺は、顔だけを上げて父親を見た。シュバイン・ダートリンク。雷鳴の勇者と呼ばれる男だ。
「無事か!」
「一応は……」
「これは、アイン、お前がやったのか?」
転がる【シ】の死霊兵を見て、シュバインは言った。
「胴体は。首はシャラートです」
「そうか――」
シュバインはしゃがみこんだ。俺の頬に手が触れた。
シュバインの大きな手だった。
「悪かった――」
そう小さくつぶやいた。
「アババババババ フッカツ フッカツ カギ ヨリシロ アアアアアアアア」
突然、生首が絶叫した。生きてる! まだ死んでなかった。
いや、とっくに死んでいるけど…… とにかく動いてやるッ!
「シ エイエン―― ワレ エイエン――」
【シ】の死霊兵の叫びと同時に、眩い光が頭から発せられた。
爆発――
おそらくそれは、爆発だっただろう。
瞬間、俺は意識を失った。
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