第十一話:毎度おなじみ「粉じん爆発」を見たい!

 俺とシャラートはダンジョンを上がった。

 そして5階層上がったとろで行き詰った。


「登る階段も、降りる別ルートの階段もありません」


 シャラートは、キリッとした顔で絶望的なことを言った。

 クールビューティな11歳の少女。暗殺の天才で俺の護衛でメイドで姉で婚約者。

 しかも痴女だ。


 長い黒髪は度重なる戦闘で、返り血を浴びている。


 俺はただ固まって、シャラートを見つめる。

 

「無いの? のぼり階段が無いの?」

「多分、無いです」

「俺たち、死んじゃうんじゃない?」

「アイン」

「なに?」

「人は生まれたときにすでに死刑宣告を受けているのです。執行日を知らないだけです。誰でも死にます。簡単に死にます」

「救いのない話ですね。お姉様」

「そうですね。救われる人などいないのですよ。アイン」


 ドンドン暗い気持ちになってくるんだけど?

 シャラートからは暗黒のオーラ吹き出しているし。

 いくら戦闘でモンスター倒してもダメじゃん。


『この世界の万物は例外なく「受け」と「攻め」で構成されてるんじゃないかしら?』

 俺の肩に止まっている精霊様は腐った真理に手が届きかけていた。


 腐敗が進行している。腐りが早い。

 キラキラと光る光物だけに足が早そうだ。


 まてよ、ダンジョンそのものを魔法でぶっ壊すことも可能か……

『サラーム』

『なに?』

『ダンジョンを壊して、一気に外に出られないか?』

『できるけど?』

『本当か?』

『ダンジョンの強度が分からないから、最大級の魔法でボコボコにするわ。半径100kmくらいペンペン草1本も生えないくらい』


 穴掘り用の爆薬に核兵器を使うような物だった。

 お前は大量殺戮兵器か? 本当に精霊なのか?

 俺たちが生き埋めになるだろ?

 しかも、ダンジョンの上に人がいたら、大被害だろ?

 こんな思いが脳内をクルクル回るが口に出せない。へそを曲げられたらまずい。

 

『そんな、強くなくていいんですけど……』

『だって、ダンジョンがどれくらい頑丈か分からないし』


 一応、理屈が通っているのが悔しい。


『そーだ! あれ! あれやってよ! あの女の背負っている粉使って!』

『粉じん爆発ですか……』


 もう、漫画、アニメ、ラノベの定番ともいえた。俺も「小麦粉」見た瞬間思いついたし……


『本当に爆発するかどうか、見たい~!』

『分かりました…… ちょっと考えます』


 なんか、全く意味のない粉じん爆発実験を、このダンジョンで行わなければいけなくなりそうな気がしてきた。

 一応は貴重な食料である。クソマズイものしかできないけど。

 それを、なんの目的もなく、ただ「粉じん爆発」を生で見たいという理由で使ってしまうのか?

 敵を倒すとか、壁を破壊するとか、そういった目的ではなく。


『え~ やらないなら、帰るわ。やるって約束してよ』

『分かりました。どこかやれそうとこがあれば、やりますよ~』

『やった~! 「鋼の〇金術〇」だぁ~ 「ル〇ン三〇」だぁ~ 「スプ〇ガン」だぁ~ 「とある(略」と、それから……』

『分かりましたから! やります! やりますから!』


 俺の周囲をクルクルと飛び回る精霊のサラーム。キラキラとした4枚羽が光っている。


 粉をまいて爆発させる「粉じん爆発」。小麦とか可燃性の粉をまき散らし火をつけると爆発するというやつだ。

 漫画、アニメ、ラノベなどでは、いくらでも出てくる仕掛けだ。

 手垢がべっとりついて、分厚い層になっているくらい。


 しかしだ。


 見たいという理由でダンジョン内で粉じん爆発起こすなんて聞いたことねーよ。なんだよそれ。

 ダンジョン舐めてるのか?

 しかし、この精霊様の機嫌を損ねるわけにはいかない。

 

『ねえ、「粉じん爆発」って白戸三平のサ〇ケが元祖なの?』

『ああ、あれは火薬じゃないんでしょうかね?』

『ふーん。火薬って粉じん爆発じゃないの?』

『さあ、どうなんでしょうかね?』


 こんなことを聞いてくる精霊はどうなのだろうか? 元凶は俺だけどね。

 

 俺は前を歩くシャラートを見た。血まみれの髪がところどころ固まって赤黒くなっている。

 両手には、これまた、血まみれのチャクラムを持っている。

 そういえば、彼女は父親と一緒にきたんだよな……

 どうやって来たんだ? 


「なあ、シャラート」

「なんですか?」

「シャラートはお父さんとここに来たんだよね?」

「そうです」

「どうやって来たの?」

「転移魔法です」

「そうですか」

「ちなみに、アインは私が御姫様抱っこしてました」

「そうですか」


 疑問は解決した。問題は解決しなかったけど。

 何でもかんでも、移動に転移魔法を使うのは、人としての堕落だと思います。本当に。

 しかし、愚痴をいってもしょうがない。現実は何も変わらないし。


 「他にルートがあったんじゃないかな?」

 

 俺は言った。

 地上が目的地としても、ずっと上がりっ放しというのがまずかったんじゃないだろうか。俺は考えた。

 俺たちは一度も登った階層から、下がることなく登っている。 


 ダンジョン内を上がったり下がったりすることで、目的地に達する作りかも知れない。

 ゲームのダンジョン構造ではよくあることだ。


「無いですね」

「そうなの?」

「きちんとマッピングしてますので」

「とりあえず、マップを見せてくれ」


 シャラートは俺にマップを手渡した。

 なにに書いているんだと思ったら、俺が、さっき丸めて捨てた手紙だった。

 その裏にビッチリと書いている。

 多分正確だと思う。 

 この手のゲームをやるときに、すぐに攻略本に頼ってしまう俺ではできない。

 

『ここだ! ここで、粉じん爆発よ! 私、見たいわ!』


 マップを見て、精霊様が言った。

 奥の小部屋のような部屋を指さした。


「なあ、ここって、なにかあったっけ?」


 俺はシャラートに訊いた。


「あー、特になりもありませんでしたね。仕掛けもなさそうでした」


 ちょっと考える風にして、シャラートは言った。


「ちょっと、ここにい行きたいんだけどいいかな」

「はあ……」


 彼女は、小首をひねりながらも、特に異論は唱えなかった。


 そして、俺とシャラート。俺にしか見えない精霊のサラームは奥の小部屋に向かった。


 小部屋と言っても扉ははない。ただ、四角形に区切られた空間があるだけだ。

 人が通行できる穴は開いている。

 入ってみてもガラーンとして何もない。

 シャラートが壁を確認して仕掛けが無いことも確認している。

 彼女は罠の類も発見するスキルをもっている。一流の暗殺者だった。


『小麦、ぶちまけてよ! 早く! 粉じん爆発みたい♪』


 傍若無人なヲタの精霊様が言った。

 なんちゅー無意味な、粉じん爆発か……

 日本の創作文化が積み上げてきた「粉じん爆発の歴史」を冒涜するのではないかと思った。


『でも、1回だけですから、いいですよね』

『ん、まあいいわ』


 部屋の壁は分厚い。小麦の粉じん爆発くらいでどうにかなることはないだろう。

 俺の、漫画、アニメ、ラノベで得た知識がそれを断定した。


「アイン、なにをするのですか?」

「あ、小麦をまいて、ここで爆発を起こす」

「はあ……」

「とりあえず、小麦袋を下ろしてくれ」 


 俺のやる事が理解できないという顔で見つめるシャラート。

 しかし、止めようとはしなかった。

 俺の言うとおり、背負子を下ろして小麦袋を取り出した。

 彼女も八方ふさがりの状況を理解していた。俺が考えなしになにかやるとは思っていないのだろう。

 

 精霊は何も考えてないですけどね! 

 ただ「粉じん爆発」という現象を見たいだけだから。


 俺は、重い麻の小麦袋をズルズルと引きずる。

 部屋の真ん中まで持って行った。

 どうせ、食糧は小麦を使ってもクソマズイ。粉っぽくなるだけだった。

 それなら、肉は肉としてそのまま焼いた方がいい。

 精霊様の生贄として、ここで盛大に粉じん爆発を起こすつもりだった。


『じゃあ、サラーム、あの小麦を風で部屋に充満させてみて』

『分かったわ』


 ふわりと部屋の開放された入口の前まで飛んでいった。


『超電〇竜巻ぃぃぃ~』

 

 サラームのヲタな叫びと共に、風が起き、小麦が粉をまきこんで舞い上がる。

 部屋の中が真っ白に染まっていく。


 バガァァァーーーン


 唐突に、轟音発生。ダンジョンがビリビリと揺れた。

 そして、部屋の開放部から業火の塊が突風と共に噴き出た。

 離れたところに立っていた、俺とシャラートも空気の塊を叩き付けられ吹っ飛んだ。

 俺は、壁に激突する。いてぇ。

 頭は打たなかったが背中を強打した。

 シャラートは、トンと壁に着地した。そして、ふわりと床に降りた。

 

『きゃはははは! これか! これが粉じん爆発なのね! 面白い!』 


 ヲタ精霊のサラームは爆笑していた。


 火をつける必要はなかった。部屋の中の、照明となっている魔法の炎で反応したのだ。

 結構威力のあるのに俺は驚いた。

 まあ、これで精霊様も満足……


『あれ? なにあれ? なんかいるわね?』


 入口の前でホバーリングしているサラームが言った。

 部屋の中を見ている。


『なに? なんかいるって?』


 俺はゆっくりと立ち上がって、部屋の入口に向かった。 

 シャラートも付いてきた。


 確かになんかいた。

 なんだこれ?

 

 そこには、黒いウネウネと動く、巨大なミミズみたいなものがいた。

 一切の光を吸収してしまうような黒い色をしている。

 まるで、その空間に真っ黒な穴が開いているような気がした。


 「やっと、出ることが…… 触覚の…… 一部だけですが…… 出ま…… 封印……」

 

 低くく、ダンジョンの空気を震わせる。

 闇そのものの声でその黒いミミズは言った。 

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