第十話:叫べ「掛け算」でてこい! ヲタ精霊!

 俺は5歳になった。これはほぼ間違いない。

 

 そして、5歳の俺は今、あるダンジョンの最深部にいた。

 目が覚めたら、ダンジョンだった。茫然とした。

 湿った空気がヌルヌルと流れている。壁には魔法による松明がついており、ゆらゆらと赤くダンジョン内を照らしていた。


「なんで、俺はここにいるの?」

「修行です。アイン様」

 

 俺一人ではなかった。

 俺の腹違いの姉で、11歳になったシャラートがいた。

 3年の歳月は彼女を成長させていた。つややかな長い黒髪は腰下まである。

 切れ長で涼やかな瞳。色が黒なのは、父親と同じだ。

 完成形は、斬れるような美貌のクールビューティであることが想像つく。

 胸は年齢に比較してかなり大きくなってきている。


 彼女は俺の護衛兼メイドである。また、家庭教師でもある。そして、婚約者でもあった。おまけに、腹違いの姉。

 この世界、特に王族とか上流階級では、兄弟姉妹婚は別にタブーではなかった。むしろ、血を守るという意味で、推奨されているような感じだ。

 

 ただ、シャラートは痴女であった。俺がドンビキするレベルの痴女だ。8歳のときに2歳児に欲情するレベルだった。

 ただ、見た目が抜群のドストライクなのが悩ましいところだった。


 彼女が姉と分かって、俺の婚約者となってからも、メイドの仕事はしている。彼女が極めて優秀だからだった。

 護衛としても、家庭教師としても、メイドとしても完ぺきに近い。

 明晰な頭脳のお姉様だった。

 

「お手紙を預かってます」

「手紙?」


 俺は手紙を受け取って読んだ。

 もう、字は読める。これも、シャラートのおかげだった。


『アイン、お前がこの手紙を読んでいるとき、俺はすでにこの世にいないだろう――

 というのは嘘だ。

 

「アインは凄くて天才だから、修行なんていらないんです!」とお母さんは言っているが、それは違うと思う。

 お前の素質は素晴らしい。しかし、それでもさらに高みを目指すべきだ。よって、とりあえず修行して欲しい。

 それほど、不安になることはない。姉のシャラートも同行する。大丈夫だろう?


 修行の内容は、ダンジョン最深部からの帰還だ。精霊マスターの素養を持っているお前にはお遊びかもしれないが、なにごとも経験は必要だ。

 じゃあ、そういうことで頑張ってください。 以上』


 本当に将軍職が務まるのか? 不安を感じさせる文面だった。

 しかも、修行でってなんだよ。自分の子どもをダンジョンの最深部に置いておくとか?

 でもって、この手紙。

 なんという雑な仕事なのか……


 俺の手紙を持つ手がプルプルと震えた。あの父親は確かに良い人間だ。俺はイケメンは好きではないが、シュバインはいいイケメンだ。俺にイケメンの遺伝子をくれたし。

 しかしだ。アホウなんじゃないかと思う。

 俺は、手紙を丸めて叩きつけた。


「どーしろというんだ。5歳児をいきなりダンジョン放置かよ」


 ダンジョン舐めてんじゃね-の?

 雷鳴の勇者さんは。


「アイン」

「なに? シャラート」

「アナタは天才だから大丈夫です」


 お姉様、その歪んだ評価どーにかなりませんかね。

 俺の内面の思いなど、関係なく、彼女は俺をうっとりするような目で見つめる。

 11歳の少女がする目じゃないよそれ。


 シャラートは婚約が決まった日から俺のことを呼び捨てにするようになった。

 それは別にかまわなかった。

 お風呂でも、異様な眼光でふぅふぅ、はぁはぁ言うけど、一応は湯着を着て洗ってくれる。

 大きくなりつつある胸を俺に押し当ててくるのは許した。俺も気持ちよかった。


 俺のベッドに潜り込んでくるというエロ漫画とか、エロゲーのような行動はとってない。

 この先、取らないかどうかまでは分からないが。

 目を覚ますと、夜中にじっと俺の寝顔を見つめていることがある。怖い。

 とにかく、今のところは、何にもない。というか、俺はまだ5歳なのだ。何かすることもできない。


 とにかく、ダンジョンだ。

 このダンジョン。最深部といっていったいどのくらいの深さがあるのかさっぱり分からない。

 マップも無い。

 モンスターも出るのだろう。

 モンスターは倒せたとして、水と食糧はどうするのか? 

 問題が山積だ。

 雑な修行計画で死んでしまうわ。


「どうすればいいんだ? シャラート」

「進みましょう」

「どこに?」

「とりあえずは歩いて構造を把握します。それから対策を考えます」

  

 まてよ……

 俺は周囲を見た。とくに上の方。

 いなかった。

 サラームがいない。

 

 さすがに5年間話、話し続けるとネタもなくなってきた。

 サラームは、それを察してか、時々いなくなって、ふらりとやってくるというサイクルを繰り返していた。

   

『サラーム。おーい、いるか? サラーム。おーい』


 返事がない。

 サラームは呼んだらやってくることもあるが、来ないこともある。

 精霊の行動など、俺がコントロールできるわけがない。


 非常にまずい。

 サラームのいない俺は、本当に無力な5歳児だった。

 中の人は通算37歳であるがその内32年がニートだった。


 俺の精霊が見えて話せるというだけの能力がバレた日から俺は一応、魔法を勉強しようとした。

 しかしダメだった。最近になってやっと入門書レベルの本が読めるかどうかといった感じだ。


 こうなると頼りはシャラートだけだ。

 

 彼女はひょいとでかい背負子を背負った。


「なにそれ?」

「食料です」

「食料はあるんだ……」

「で、水は?」

「さあ? 食料だといって渡されました」

 

 その背負子には大きな丸い鉄でできた物が下げてあった。

 最初は盾かと思ったが違った。

 中華鍋みたいな鍋だった。取っ手があった。

 

 大きな袋がメインの荷物だった。

 俺はその中身を確認した。中に分厚い麻袋が入っていた。

 それを開けてみた。

 なんか白い粉がいっぱい入っていた。

 

「小麦粉? ですかね」

「小麦粉だな」

 

 他には何もなかった。

 アホウか! 食料といって、修行に出る子どもに小麦粉だけをもたせる親がいるのか?

 親バカだと思っていたが、シュバインの方は完全にバカなのかもしれない。

 やばい……


「水で溶いて、焼けば食べれます」

「水ないよ。火もないよ」

「アインが魔法を使って水を作って、火を起こせばいいのです」

「そ、そうですねー」

「まあ、小麦も水もいらないかもしれませんし」


 ニッコリ笑ってシャラートは言った。

 頼もしい。痴女だけど。

 俺の婚約者で俺の腹違いの姉。


 しかしだ。小麦はともかく、水は必要だ。

 水の精霊を呼び出せば、水は作れる。

 しかし無理だった。今、サラームがいないからだ。

 

「なんかさ、緊急事態に備えて、連絡方法とかは?」

「聞いてません」

「そうか……」

「とにかく進めばいいのです。迷ったら進め、死中に活を求めるべきです」

「そうか」

「標的を殺してから、後のことを考えろ」

「なにそれ?」

「実家の家訓です」


 いってることは完全狂っているが、この狂気じみた姉で婚約者のシャラートが頼りだ。


 仕方ない。とにかく、俺はサラームに対し呼びかけを行いながら、行くしかない。

 俺は、サラームの名前を心の中で連呼しながら、シャラートの後を続くのだった。

 

        ◇◇◇◇◇◇


 天才はいると思った。痴女だけど。半分狂っていると思うけど。

 シャラートは紛うことなき天才だった。

 俺の腹違いのお姉様にして、6歳にして超一流の暗殺者となったという話はマジ物だった。

 まあ、俺が赤ちゃんの時から俺の警護をして、その身体能力は知ってはいたが。

 戦闘においては凄まじい力を発揮した。

 

 愛用のチャクラムを両手に構え、モンスターを一瞬で八つ裂きにする。

 しかも、おそらく自分の体重以上ある荷物を背中に背負ってだ。

 彼女もある種の「モンスター」だった。


「モンスターを狩るというのも楽しい物です」

 

 その切れ長の目に妖しい光を湛え、彼女は言った。

 モンスターを殺すときの顔には、明らかに愉悦という物が浮かんでいた。


「さあ、先へ行きましょう――」


 血まみれのチャクラムに真っ赤な舌を這わせて言い放つ。

 やはり生粋の天才暗殺者だった。


 戦闘はまだいい。シャラートが、だんだん戦闘ジャンキーのようになってきているが、それが心強い。

 まあ、今までは直立したブタみたいなモンスター(オークか?)や、樹木(ドリヤードか?)みたいな奴らばかりだった。

 時々、ダンゴ虫みたいなのがでてきたが、特に特殊攻撃などは仕掛けてこない。

 最深部でこれなら、上の方はもっと弱いんだろう。

 さすがに、それほど凶悪なモンスターがウロウロする場所に放り込むことはなかったのではと思った。


 しかし、問題はある。食料と水だ。

 これは、この修業は最初から俺の魔法が織り込み済みになっている。

 小麦粉だけ背負って、ダンジョンで生き残れとかムリゲー。

 この状況を打破するには、なんとかサラームを呼びださなければいけない。


『出てこい! サラーム!』

『ピロピロピーピロピロピー』

『ハッ、ハクショーン』 

『来て! 来てよ! 今来てくれなきゃ、今来てくれないと、 俺死んじゃうんだ! もうそんなのいやなんだよ! だから! 来てよ――!』

『助けて、コウモリさん』


 来ない。全然こない。

 

『一緒にアニソン歌おう! サラーム!』


 ダメだ。前はこのあたりで出現していたのに。


 もはや、禁断のこれしかないのか……

 俺としてはあまり使いたくなかった話題なのだ…… 


『掛け算知ってるか? サラーム!「掛け算」だ! いいか! これは凄いぞ』

『なにそれ?』

 

 ふわっと俺の顔の前にいきなり出現した。精霊のサラームだ。風の精霊で、自分では精霊王候補であると主張している。

 実際に、可愛い外見から想像つかないほど、攻撃力が強い。おまけに冷酷非情。生き物の命などゴミクズ同然という態度を崩さない。

「アニメ」、「漫画」、「ラノベ」など諸々のヲタ情報が好物の精霊だ。

 

『アイン、掛け算ってなによ?』

『今までの情報は全て、序章にすぎなくなる…… 恐るべきものだ……』


「掛け算」とは算数とか数学の「乗法」のことではない。一般に「腐女子」と言われる。闇に生息する一族に伝わる言語だ。

 腐女子とは簡単に言ってしまえば、女のキモヲタだ。彼女たちに主食は男性キャラのカップリングだ。狂っている。

 そして「掛け算」とは、「〇〇〇〇×□□□□」というキャラのカップリングを現す記号だ。

 これを彼女たちは「掛け算」とういうのだ。

 俺はまだ尖がっていた時代、彼女たちを「腐れ女ども」と書きこんだことがある。

 俺は、その結果、恐るべき目にあった。その詳細はとても他人に説明できるものではなかった。

 

 とにかく、この話でサラームの興味をつなぎ止めないと、俺とシャラートは死んでしまう。ダンジョンで飢え死にだ。

 こんな話はしたくないが、仕方なかった。

 

 俺は、キャラのカップリングについて、話しをしたのだった。


『刀剣を!? 刀剣を擬人化して、さらに…… すごいわ… そんな世界があったなんて……』

『ああ、恐ろしい世界だ。しかも、なんでもありだ……』

『なんでもあり!?』 


 サラームは、俺の肩の上に座って、俺の話をコクコクうなづきながら、聞いている。 

 4枚の光を放つ羽はたたまれ、俺の話に夢中となっている。

 とりあえず、成功だ。

 ヲタ精霊が腐ってくる危険性はあったが、もう手段は選べなかった。


 ばしゃぁぁー


 俺の顔に生暖かい物がかかった血だった。

 シャラートが、直立する狼のような犬のようなモンスターをチャクラムでから竹割にした。

 赤い血がとびって、俺にかかった。


 一緒にいた、キノコみたいなモンスターは既に切り刻まれていた。エリンギみたいなの。


「お腹がすきませんか?」

「まあ、すいたかな」

「では、食べましょうか」

 

 シャラートはダンジョンの床に散乱する血まみれの肉塊指さした。

 エリンギのモンスターは少し美味しそうに見えなくはないけど……

 

 シャラートは骨付き、毛皮付の肉の塊を拾った。足の部分だ。形が残っている。

 それをそのまま食べようとする。

 

「まって、それ生だよ」

「血が栄養になるのですよ? アイン」

 

 異世界のグルメ話を完全粉砕するような行動。

 こんなキャラばかりだと、異世界の食堂に客はこない。

 倒した獲物を生で食うから。 


「いや、焼こうよ。小麦粉と水で混ぜて一緒に焼こう」

「まあ、アインがそうしたいというなら、それでいいです」

 

 シャラートはあっさり引き下がった。

 俺は中華鍋を床の置いた。


『サラーム、水の精霊と火の精霊の友達を呼んでくれないか?』

『下僕よ』

『いいから、下僕でも』

 

 そうして、水と火の精霊がやってきた。俺はお願いして水を生成してもらう。

 鍋の中に水を作る。

 そして、小麦粉を入れてかき混ぜた。

 そこに、エリンギのモンスターと、犬か狼みたいなモンスターの肉を叩きこむ。

 そして火の精霊に頼んで炎をお越し焼いた。

 

 小麦粉で固められた肉とエリンギが出来た。

 一応、火は通っている。

 

 クソまずい……

 吐きそうになるのを我慢して食べる。

 セレブに転生し、良い物ばかり食ってきた俺にはツライ仕打ちだった、

 

 シャラートは黙々と食べている。

 もはや、機械だ。他の生命の命を奪うための機械。その燃料補給にしかみえない。

 まあ、俺の婚約者なんだけどね。

 クールビューティな美少女だけどね。

 

「食べ終わったら、行きます」 


 すっとシャラートが立ち上がった。

 

『鬼畜受け…… 尽くし攻め…… 蕾……』

 俺の肩の上では、腐りかけた精霊がつぶやいていた。

 もはや無視するしかない。

 

「行きましょう」


 俺も立ち上がる。


 帰ったら、雷鳴の勇者に、本物の雷鳴を聞かせてやりたくなった。

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