第九話:姉と婚約者ができた

 薄い噴煙を上げる山が見えた。 

 広い原野だった。起伏のある地形にところどころ疎林が見える。

 山のすそ野に広がる原野だ。

 

「ここは?」 

「ああ、竜哭山の演習場だ」

「王国軍が訓練を行う場所です」

「一応、魔法使いの広域殲滅魔法にも対応できる広さがあるからな」

「そうですか……」

 

 なんか小規模な魔法を見せてお茶を濁すとか、できない気がしてきた。

 ここで、空気を読まず、とりあえずちょっとした魔法を見せて終了というわけにはいきそうにない。

 

 俺の頭上では相変わらず、精霊が飛んでいる。

 この精霊が頼りだ。へそを曲げていなくなってしまうと、もう俺には見えない。呼び出すこともできない。

 サラームが俺に見えるのは、彼女(?)がそうしたいと思っているからだ。赤ん坊のときに見えた偶然から今まで付き合っているが。


『なあ、サラーム。大丈夫かな…… また、お願いしたんだけど』

『アインが信じてくれたなら、精霊は空を飛ぶ事だって 湖の水を飲み干すことだってできるわ』


 もう、飛んでるよお前は。目いっぱい飛んでるよ。つーか、飛んでいるのがデフォルトだよな。

 突っ込みたい衝動を抑え込み、俺は機嫌をとる。

 

『俺も……、魔法はまだ出来ないけどきっと覚えます。俺、俺……、お願いを聞いて欲しい』

 

 俺の心が盗まれるというか、壊れてしまいそうだ。

 ふわりと俺の顔の前でホバーリングするサラーム。

 満面の笑みを浮かべている。良かった。機嫌は最高のようだ。

 

『魔法覚えるの? 魔力くれるの?』

『うん、覚えたら絶対に! 今は出世払いで。お願いします』

『別にいいけど、これからもアインからアニメとか漫画の話いっぱい聞きたいし。でも…… 話だけじゃなく、見て見たいわ――』

 すまぬ。異世界にはDVDもPCも無いのだ。すまぬ……


「じゃあ、どうするかな…… 哭竜あたりでいいかなぁ?」

「え? ウチのアインちゃんは天才だけど、まだ2歳なのよ! 哭竜は…… 金剛竜くらいでいいんじゃないかしら」

「ご主人様、アイン様は無敵と思われます」


 なに言ってんの? 

 コイツらなに言ってんの?

「哭竜」ってなんだよ、背中が煤(すす)けてるのか?

「金剛竜」ってなによ? 相撲取りか? 

 それから、シャラート…… なにかましてんだよ?

 ハードル一気に上げてたな。無敵ってなんだよ? 俺2歳だぞ。


 シギャァァァァアアアアアアアアアアア!!!!


 ドデカイ鳴き声が聞こえた。

 ビリビリと空気が震える。鳴き声を聞いただけで、人間存在の根幹にある原初の恐怖が蘇ってきそうな声だった。

  

「あ、混沌竜(カオス・ドラゴン)かぁ……」


 シュバインが空を見上げた。

 俺もその視線の方向を見た。

 見えた。ドラゴンだ。まだ遠くを飛んでいるので、大きさがよくわからない。

 

 アギャァァァァァァアアアアアァァァァァァ!!!!


 またしても吼えた。凄まじい咆哮だった。そしてどんどん近づいてくる。

 その姿が分かってきた。

 

 全体に金色をしており、おそらく古代魚のような鱗がびっちりある。首が長く、巨大なコウモリのような翼を持っている。

 頭部からは螺旋を描くように何本もの角が生えている。

 凶悪なフォルムであることが分かる。


「カオス・ドラゴンって?」

「1個師団くらいかな――」

「1個師団?」

「1個師団あれば倒せる。完全武装の兵隊で、だいたい2万人ぐらいの軍勢かなぁ」

「……」 


 さらりとトンデモないことをのたまう父上様。

 俺2歳ですよ? なんで?

 2歳で実戦経験0どころか、ろくに外出していないよ。

 最近までオムツして、「あーう」言っていただけだよ。まだ完全に乳離れすらしてないよ。

 なんで、こんな目に合うんですか?

 父上様……


 固まる俺。


 ドッドォーーーン


 カオスドラゴンが着陸した。

 太陽が隠れた。暗くなったよ。

 コイツの影で暗くなった。

 

 ギャワァァァァァアアアアアアアアアアアアーーム!!

 長い首をうねらせ、天に向かって咆哮した。

 角のような突起物は全身から生えていた。

 ウネウネと螺旋を描き、無秩序に生えている。

 

 バサバサと巨大な翼を羽ばたく。

 ゴジラよりでかいぞ。とても、人間が対峙するような存在には思えない。

 こんなモンスターデザインしたら、ゲームだったらボツだよ。ゲームバランス狂う。

 グラフィックが大きくなりすぎて画面に入らないよ。

 

 顔にある目玉も無秩序にバラバラについている。数がよくわからない。大量の眼球がむき出しでついていた。

 全部の目玉がグリグリと動いている。


 俺の肩の上に止まった精霊のサラーム。


『なに? あの竜を殺せばいいの? 殺しちゃうおうか?』

『できるのか? あれを……』 

『簡単よ。命ある者は簡単に死ぬわ。笑っちゃうわね』


 笑えねーよ。その邪悪な発言、本当にあなたは精霊ですか?

 

『とりあえず、やって…… 一気にスパンと……』


 俺はサラームにお願いした。

 もう、この現状から早く脱出した方がいい。

 倒すなら倒すで早く倒して終了にしよう。俺はそう考えた。


『スパーン』

 

 俺の肩の上ですっとドラゴンを指出した。

 それだけだった。


 キーンと一瞬耳が痛くなる。

 そして、カオスドラゴンの首が切断されて吹っ飛んだ。一瞬だった。

 巨大な首がクルクルと宙を舞っている。


 どーん

 地響きとともに、地に落ちたカオス・ドラゴンの首。


 ブシャァァァアーーー!!

 切断面から大量の血を吹き出しカオス・ドラゴンがゆっくりと地に伏した。

 

「す…… すげぇ……」


 シュバインがつぶやくように驚きの声を漏らした。


「て…… 天才? え? 精霊使い(マスター)…… スゴイ。もう、アイン…… アイン!」


 ルサーナが俺を抱きかかえて、演習場をピョンピョン飛び跳ねる。

 

「凄いわ! 天才なんてもんじゃないわ! 伝説級なの! 2歳で伝説を超えるわ! 超天才なの! 私のアインちゃんは神にも等しい存在だわ! 愛してる! アイン、愛してるわぁぁ!」


 演習場の中心で愛を叫ぶママ。

 

「俺だって、あんな一瞬でカオスドラゴンを倒すのは難しい…… 2歳で父親超えか……」


 いえ、全然超えてませんし。まったくまだ、登っても無いですから。


 凄まじい血の匂いがここまで漂ってくる。


 俺たちは倒れたカオス・ドラゴンのところまで歩いた。

 倒壊したビルだよ。規模的にはそんな感じだ。

 

『なにしたの?』

『フッ…… バ〇ア家伝統の秘拳、真空拳』


 俺の肩の上でボクシングの構えをするサラーム。

 そのうち、銀河が泣いて、虹が砕けそうだ。


 上体を∞のラインでウィービングさせている。

 それはちょっと違う。


『真空か…… 巨大なカマイタチか……』

『そうね。そんな感じわだ』


 俺の肩の上でデンプシーロールを決めている精霊。

 めまいがしてくる。


 シュッと黒い影が俺たちの前にでた。

 土下座した。

 シャラートだった。


 幼女武装メイドのシャラートがいきなり土下座した。

 

「アイン様を私にください! 結婚させてください!」

 

 唐突にとんでもないことを言い出した8歳で幼女のメイド。

 どこかに、チャクラムを隠し持っている。

 結婚よりも、血痕の方が似合っている幼女武装メイドちゃん。


 なに言ってんだ、コイツ?

 ポカーンとする俺。

 ポカーンとするルサーナ。

 当然だ。

 

 なぜか、シュバインは、プルプルと細かく震えていた。

 顔色が悪い。


「あ~、まだ早いと思うよ。うん、ほら、アイン2歳だしね、君8歳だし……」


 シャラートは、土下座した顔を上げ「ニィィ―」と、どす黒い笑みでシュバインを見つめた。

 ひきつるシュバイン。

 

 明らかに様子が変だった。

 

「シャラートちゃん。あなたがとびきり優秀なのは知っていますが、それは――」


 ルサーナが厳しい顔でシャラートを見つめている。


「あああああーーー!!! ごめんなさい! すいません!」


 今度は「雷鳴の勇者」が土下座した。救国英雄であり、俺の父親のシュバイン・ダートリンクの見事な土下座だった。

 

「すません。シャラートは俺の子どもです」

 

 衝撃の告白だった。


        ◇◇◇◇◇◇


 演習場に風が吹き抜けた。

 血の匂いのした風だった。 

 2種類の血だ。一つは俺というか、俺が頼んで精霊に殺させたカオス・ドラゴンだった。


 もう一つの濃厚な血の匂い。

 そこでひっくり返っている。雷鳴の勇者の血であった。


 惨劇だった。まだ、俺の体はプルプルと細かく震えている。

 まずは、土下座する頭を思い切り踏み抜かれた。

 踏み抜いたのは俺のお母上様のルサーナ。踏まれたのがお父上様のシュバインだった。


 ルサーナは、ハイヒールのような靴を履いていたので後頭部に穴が開いたのではないかと思った。

 ピューーーと音をたてて、血が噴き出した。

 

「あああ、あの、ちょっと話をきいてくれ……」

「死ね! 言いわけは地獄でしろ、この浮気者がぁぁ! 殺してやる! ぶっ殺す!」

 


 片手で襟首をつかみ、ぐっとシュバインを釣り上げた。ふだんの優しく美しいお母様は消えていた。

 修羅。一匹の修羅がそこにいた。 


「浮気じゃない。これは浮気じゃないんだ……」 

「本気かぁぁぁ! 本気だったんかぁぁ! 殺してやる! 死ね! 殺す!」


 ルサーナの放つ殺気が空気を刃のように変質させていた。

 ぶわっと長い銀髪が帯電したかのように宙を舞った。意思をもったかのように動いている。


 その後は、見るに堪えない蹂躙だった。

 ぼろ屑のようになった、シュバインは血まみれでそこに転がっていた。

 多分、生きてはいると思う。

 

「ああああああーん! 裏切られたぁぁ! あああああ! アインちゃん! もう、私と母子で生きていきましょう! あんなクズの事は忘れて」


 ルサーナはギュッと俺を抱きしめ泣き出した。 


 あ~、なんだこれ?

 なんか釈然としないものがあった。

 確かに衝撃の事実だけど。


 シャラートが俺の姉ってことになるのか? 異母姉か?

 俺は、シュバインの言い分を全くきかないことにちょっと違和感を感じた。

 同じだ。

 前世の俺と同じだ。

 俺は、血まみれでひっくり返っている父親を見つめた。

 確かに浮気なのかもしれない。

 でも、シュバインにも言い分があるみたいじゃないか。

 それも聞かずに、一方的な蹂躙はどうかと思った。

 

「ママ、お父さんはいなくなっちゃうの? 僕、嫌だ――」


 俺は言った。


「ああああああん、可哀そう! 可哀そうなアイン! もう、可哀そうすぎて、可愛くて、天才でぇぇぇぇ!! あああーーーん」

 ポロポロと大きな淡い瞳の目から涙をこぼすルサーナ。


 この事態を招いた元凶のシャラートは平然とこの状況を見ているだけ。

 

「お父さんの言うことを聞いて上げて…… ママ、お願い」


 俺はギュッとルサーナに抱き着いて言った。くそ、自由に涙が出ればいいが……


『サラーム』

『なに?』

『なあ、水の精霊をよんでこれるか?』

『いいけど』


 水の精霊が来た。俺は目から少しだけ水が出来るように頼んだ。

 涙の演出だ。うまくいった。

 目から水がこぼれ出す。涙のように見えるが、精霊が作った水だ。


「おねがいだよ…… ママ……」

「アイン……」

 

 ルサーナは俺からゆっくりと手を離し、荒い呼吸を繰り返しているぼろ屑のような自分の夫に向かって歩を進めた。

 

「おあらぁぁ!! アインが言ってるから、訊いてやる! 起きろ! クズ! ぶっ殺ずぞ」


 どがっと転がっている自分の夫に無慈悲の蹴りをぶち込む。つま先が脇腹に食い込んだ。

「めき」とか「ぺき」って音がした。


「あああ…… 浮気じゃな……」


 幽鬼のように立ち上がるとつぶやく雷鳴の勇者。


「くそが! ガキ作って! 浮気じゃねーとか! 殺すぞ!」

「だから、君と出会う前に…… 君を知らない時に出会った女性と……」

「私と出会う前?」

「そう、出会う前だよ、分かるだろ? シャラート8歳だよ……」


 額に指を当てて考えるルサーナだった。

「あー、計算は合うわね。私たちがあったのは……」

「5年前、秋の大の月、4日だ――」

「覚えているの?」

「忘れない。君はキレイだった…… この記憶は俺の宝だ」


 上手いなコイツ……

 

 ここから、シュバインの説明が始まった。要するに、若いときに過ちでできたのが、シャラートだったということだ。

 本人も、それを知らなかったらしい。多分それは嘘ではない。

 

「神は、神を信じる者も、神を知らなかった者も救う―― 知らなかったのなら、仕方ないわ」


 怒りがスコーンと抜け落ちたようにルサーナが言った。

 

「なぜ、言ってくれなかったの?」

「それは……」

「それは、私がお願いしたのです」


 シャラートが言った。


「私の母は既に別の男と結婚してます。ただ、私は勇者の娘だと母から聞かされていたのです」

 

 シャラートは、6歳になるまで、実家で徹底した訓練を受けていた。

 実家は暗殺業。彼女は天才で6歳にして超一流の暗殺者となっていた。

 ただ、最近は世界が平和になり、家業が傾いているらしい。

 それで、丁稚奉公のような形で、俺たちのところに来たのだ。


 そして、娘であることを告げると、シュバインはそれを認めた。証拠を上げろとも言わずに認めたらしい。

 

「父は…… 正直に言うといいましたが、私が必要ないと言ったのです」

「そうなの?」

「はい」


 ルサーナは、ふぅぅっと、大きく息を吸い込んだ。

 夫であるシュバインを見つめる。

 

「なぜ、早く言わなかったのですか?」

「あああ、いつか言おうと思っていたんだけど……」


 血まみれの顔。

 シュバインは抵抗することなく、一方的に殴られていた。

 ボロボロだ。

 でも、コイツかっこいいかもしれないと俺は思った。


「分かりました」

「ルサーナ様!」

 シャラートが言った。


「でも、アインとの結婚はダメです」

 

 そうだよね。

 だって、血縁だよ。腹違いの姉だよ。

 結婚とか普通できないよね。と、思ったけど、ここは異世界だからどうなんだ?

 エロゲーかなにかで、地球でも昔は兄弟姉妹婚でも結婚できたとか見たな……

 確か、王家では珍しくなかったような。

 まあ、ダメならダメで別にいいけど。


「まずは、婚約です―― 物には順番があります」

「はい?」


「では! 私は! ルサーナ様!」

「ルサーナではありません。お義母様とお呼びなさい」


 俺に姉ができた。そして婚約者もできた。2歳の俺に。

 幼女で8歳で武装メイドで痴女の婚約者だった。しかも腹違いの姉だった。

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