第七話:お風呂で幼女武装メイドと「いけない遊戯」
なんか言ったな。シャラートが。
俺の幼児イヤーは、当然モスキート音も聞こえる高性能なものだ。
「お風呂入るの?」
「はい」
「僕がシャラートと?」
「はいそうです。アイン様」
いつもと同じ涼やかな目で俺を見つめるシャラート。
平然としている。
今まで、俺の異世界の日常は平穏だった。
赤ちゃん時代は「あーう」言って、おっぱい飲んで寝てればいいのだ。
ただ、月日の経過は人を成長させる。幼年期はいずれ終了する。
キタコレ―!!
いきなり幼年期どころか、少年期すら終了しかねないイベントが始まりそうだった。
どーすんだよ。どーすんだよ。どーすんだよ。
だって、俺は2歳だよ。中の人はニートで通算34歳だけど。
「ぼ、僕の体を洗うの……」
「はい―― 隅々までキレイにします アイン様」
ふわりと髪をなびかせ、その幼女は言った。
すっと口を笑みの形にする。8歳の女の子とは思えない魅力的な笑みだった。
いや、8歳だから魅力的なのか? もう、よく分からない。
彼女は、幼女にして、武装メイド。リング状の刃であるチャクラムの使い手だ。
チャクラムは普通は投げる武器だ。ただ、彼女は使っているのは少し違う。
中央に握り手がついており、手に持って使うこともできるようになっている。
なにか、不審な物音がすると、戦闘スイッチが入り、チャクラムを両手に持って第一種警戒態勢に入る。
2歳になるまでの間、何度も見た。
一度は、窓からデカイ蜂が入ってきたのを、チャクラムで真っ二つにしてた。
スズメバチのような蜂だった。
彼女は俺の護衛であり、俺の身の回りの世話をするメイドさんだ。
歳は俺より6歳上の8歳だ。
俺を背負って守ろうとしたときは6歳だったということになる。
今は俺に文字を教えてくれる家庭教師までやっている。
ただ、必要上のことを話さないので、彼女のことはいまだに良く分からない。
「切の良いところで終わりにしてください」
「ああ、分かった」
「支度をします」
彼女の声は凛として気品すら感じられる。
むしろ、俺よりも彼女の方が王族の血を引いているのではないかと思うくらいだ。
常に彼女は周囲を警戒している。
張りつめたような雰囲気をもった幼女だった。
腰まである長い黒髪で、切れ長の鋭いまなざし。彼女も幼女らしい可愛さとは無縁の容貌だった。
ただ、それは「可愛い」というより「キレイ」と表現するような外見だということだ。
おそらく成長したら、凄まじい美貌のお姉様になる気がする。これで胸が成長した日には最強だろう。
「シャラート」
「なんでしょうか。アイン様」
静かな声で答えた。
「なんで、今日から一緒にお風呂なの?」
「ダメですか?」
いや、全然ダメじゃない。大歓迎。土下座してお願いしてもいい。
ただ、なんでいきなりそうなったのか不思議だった。
「報酬です」
「報酬?」
「なんの?」
「家庭教師の」
「はい?」
意味が分からなかった。
家庭教師も労働だ。
お風呂で、俺の体を洗うのも労働だ。
労働の報酬が労働とかあるのか?
ニートだった俺には理解不能だった。それとも異世界だからか?
「分かった。じゃあお風呂行こう!」
「はい」
もう、理由とか背景にある諸々はどうでもよかった。
8歳のとびきりの美形の幼女とお風呂だった。
拒否する理由は無い。彼女は俺の護衛だし、無防備なお風呂の中でも彼女がいれば安全だろう。
俺が動くと、精霊のサラームもついてくる。グラディウスのオプションみたいな感じになっている。
『ねえ、アイン、どこ行くの?』
『ああ、風呂だよ』
『ふーん、私も行っていい?』
『ダメって言っても来るだろ?』
『そうだけどね!』
俺の周囲を飛んでいるサラームは、俺にしか見えない。
かなり魔力の高いものが目を凝らして集中すれば見ることもできるらしい。
まあ、見えると言っても、俺のようにはっきりと人型に見えることはないらしい。
俺のレベルで精霊を認識できる魔力の持ち主は、ほとんどいないとのこと。
サラームは少女の姿をしているが、年齢不詳。そもそも生物かどうかも怪しい。人間的な時間感覚が無いのが、分かった。
彼女は俺が赤ちゃんのときに魔法を見せてくれた。「轟雷」という奴だ。これで庭に大穴を穿った。
コイツは、どうも上級魔法使いでなければ使用できない物らしい。
上級魔法使いというのは、魔法の才能がある人間が、一切を捨てて魔法に取り組み20年以上研鑽をつんだとして100人に1人というレベルだそうだ。
ある者は魔力量が足らず、またある者は完ぺきな呪文詠唱ができず、精霊を集めることが出来ない。
そんなハードルを越えた存在が上級魔法使いということになる。上級魔法使い一人で、小国の軍隊と互角と言われているらしい。
これは、サラームではなく、シャラートに訊いたことだ。
彼女は、こういったことにも妙に詳しかった。
「魔法使いは、距離を詰めれば、簡単に殺せます―― 血の色は同じです」
闇を思わせる黒い瞳で、こんなことを言っていた。
幼女の眼ではなく、完全に人殺しの眼だった。
もう、何人も闇に葬ってきたプロの殺し屋のような眼をしていた。
◇◇◇◇◇◇
この屋敷の風呂はでかい。
無駄に大きい。
日本のファミリータイプのマンションくらいの広さがあるんじゃないだろうか。
そして、構造は日本の風呂とは少し違っている。
全体が蒸し風呂のようになって、温度が高い。
全体がサウナのような感じだ。ただ、サウナほど高温でムンムンするというわけでなない。
湯船もあって、その温度は日本の風呂より温い。
体温と同じくらいじゃないかと思う。
今までは、まず浴室で汗をかいて、体を洗ってもらう。
そして、汗を流して、さっと湯船に浸かる。
長時間浸かるという習慣は無いようだった。
あくまでも、汗を流して、汚れを洗い流すという感じだった。
湯船もそれなりに大きく、ぬるま湯が循環している。
この無駄に大きな風呂に2歳児と8歳児が2人きりだった。
「あの……」
「なんですか? アイン様」
「湯着は?」
「いりません」
幼女武装メイドのシャラートは素っ裸だった。
普段、俺の体を洗ってくれる女中(断じてメイドではない)は湯着を身に着けていた。
胸から足もとまでを完全に隠すような物だ。タオルを巻きつけているような恰好だった。
お風呂に入って体を洗ってくれるといっても、湯着を着ていると思った。
で、ラッキースケベイベントがあって、はらりと落ちて、見てしまうというような展開。
俺は、そのような予測をしていた。
完全、予測のな斜め上。生まれたまんまの姿。
シャラートは堂々と立っていた。逆に自分の方が前を隠してしまう。
なんなんだこの状況は……
日本でニートだった俺がこのような行為を行えば、速攻でお巡りさんが飛んでくる。
しかし、ここでは俺は2歳児だし、お巡りさんもいない。
「シャ……、シャラートってキレイだよね」
とりあえず、俺は褒めた。とりあえず、褒めるという選択が無難だ。
エロゲーやエロ漫画で鍛えたコミュニケーション能力を発揮した。
実際に彼女はキレイだった。
月の光で染め上げたような白い肌。
コントラストをなす、艶のある黒い髪。腰まである長さだ。
見ていると魂が吸い込まれそうなる黒い瞳。見ているだけで俺の魂が自然に屈服したくなる。
すっと鼻筋が通った隙のない顔の造作。
身長に比較しスラリと長い手足は幼女らしくないといえば、そういえる。
ただ、その胸から腰のラインは明らかに幼女のものだった。
するりとした、この年齢だけの幼女が持つ美しいラインを描いていた。
母親であるルサーナとはまた趣の違った美形だった。
おそらく成長したら、ほぼ互角の水準の美女になる可能性が高い。
ルサーナが優しげな「柔の美女」とすれば、シャラートは「鋭の美女」だ。
幼女の時点でその完成形が想像できるくらいの水準の美貌だった。
一瞬で、ここまでの観察を行ったうえでの「キレイ」という評価だ。重みが違った。
彼女は笑みを浮かべただけだった。
その笑みは幼女とは思えない妖艶なものだった。
「アイン様。では、お浄めさせていただきます」
「なに? お浄めって?」
「私の体を使って洗います」
「じゃあ洗って…… って!! なにそれ!」
シャラートはいきなり肌を合わせてきた。
息が荒い。ハァ、ハァいっている。
2歳児相手に欲情しているのか? この8歳児は?
俺は、言い知れない敗北感を感じてしまった。
痴女か?
8歳にして痴女なのか?
幼女で武装してメイドで痴女か?
そいえば、俺のオムツを変えていたときから、異様な目で俺の朝顔のつぼみを凝視していた。
「はい、ここもキレイにしないとダメです。隠さないでください」
「それは、シャラート、ちょっと、それは……」
「恥ずかしくないです。アイン様のオムツを変えていたのは私です。さあその、可愛い物を見せてください」
「自分で洗うから~」
俺はガードする。
お風呂場でこんな、エッチな遊びをしていたらいけないと思います!
俺は体が2歳なのだ。エロい妄想はできるが、体がついてこない。
「はい、分かりました。アイン様」
俺の言葉を受けてスッと離れたシャラート。意外に素直で拍子抜けした。
俺は自分で自分の体を洗った。植物性繊維の「たわし」だ。ヘチマみたいなものだ。
大事なことろは手で洗う。
そして、シャラートは、俺が体を洗っているのをハァ、ハァ言いながら見つめる。
よく見たら首にひもがかかっている。
その紐は背中の方に回って、背中にチャクラムがぶら下がっていた。
裸でも武装解除しない。ヤバいな……
チャクラムで武装した幼女に凝視されて体を洗う経験というのは初めてだった。
こんな経験した人間はそう多くないと思う。
俺は洗い終わると、さっと体を流して湯船に入った。
そして、すぐに出る。
温いので長湯してても気持ちよくない。
「では、洗いの残しがないか、私が確認します」
シャラートが目を光らせて俺に言った。
「え?」
「洗い残しがあれば、私の職務怠慢です。改めて洗います」
シャラートは一瞬で間合いを詰めてきた。
まるで、暗殺者か忍者のような歩法だった。
「いいよ! もう、きれいだよ」
「いいえ―― 大人しく見せなさい アイン――」
雰囲気が変わった。
いきなり、呼び捨てにされた。
8歳と2歳である。体格差は問題にならない。
というか、シャラートの身体能力を考えると34歳のままでも勝てそうにない。
100キロ以上あった俺でも持ち上げられそうだ。
俺は脇下でホールドされ、抱え上げられてしまった。
宙に浮いた足をバタバタさせてもビクともししない。
「ダメだよ! ダメだって!」
「さあ、しっかり見せなさい! いいですか! 洗い残しはダメです」
ハァ、ハァという吐息が俺の濡れた体にかかってくる。
怖いよ。
いくらなんでも怖すぎる。
武装した幼女に抱え上げられるというのは、思いのほか恐怖だった。
しかもいつも「様」付で呼ばれているのが、いきなり呼び捨て。
俺の中ではエロい気持ちよりも恐怖が勝った。
『サラーム! サラーム! 助けてくれ! お願い!』
俺は夢中でサラームを呼んだ。
風呂場の中を珍しそうにフワフワ飛んでいる。
今、俺を助けてくれそうなのは、彼女(?)しかいない。
『ねえ、お風呂特有の「かぽーん」って音が聞こえないけど、あれは日本だけなの?』
俺の教えた無駄な知識を確認する精霊。
『いいから、「う〇星や〇ら」の話はいつでもしてやるから! 助けてくれ』
俺は脳内で叫ぶ。
『分かった! 殺せばいいの? その女?』
『いや! 殺すな! 絶対に殺すなよ! いいか! 絶対にだぞ!」
『ああ、分かったわ。それ殺せってことだよね』
『ダ〇ョウ倶〇部じゃねーよ! マジで、気絶する程度、傷もつけるな。絶対だ』
『じゃあ、弱い雷を頭に叩き込むわ』
『おい、死なないよな! 絶対に!』
『大丈夫よ、気絶するだけだから―― よいしょっと』
サラームは指を1本だけ突き出し、腕を上に上げた。
バチバチと空中放電がその指に集まってくる。本当に大丈夫だよな……
『サ〇ダーブレ〇ク!』
叫ぶ精霊のサラーム。
お前はどこのスーパーロボット様だ。
と、一瞬思った瞬間、俺の全身に衝撃が走った。
ビリビリと体がひきつるような痙攣。
意識が薄れていく。
視界に映ったシャラートも髪の毛が帯電して逆立っていた。
白目をむいて、泡を吹いていた。
俺はとんでもない物を作り出してしまったのかもしれない。
ヲタ精霊だ……
薄れ行く意識の中で、俺はそのようなことを考えた。
バシャ――
俺の顔に冷たい水がかかった。
俺は目を開けた。
視界にはサラームと、俺のヲタ話を聞いていたことのある水の精霊がいた。
名前は知らない。全体に青っぽい色合いで、ボーイッシュな女の子っぽい姿をしている。
『水の精霊の復活の水なら、意識も回復するし、体力も戻るわ』
シャラートが言った。
隣でコクコク水の精霊がうなづいている。
確かに頭がすっきりした感じがする。
俺はゆっくりと立ち上がった。見ると、まだシャラートがひっくり返っていた。
どうするか……
このまま、起こすか。
それとも、人を呼ぶか……
でも、人を呼んだら、シャラートにいろいろ迷惑がかかるかもしれない。
どうなのか。
変態の痴女幼女だけど、有能な護衛で家庭教師であることも確かだ。
俺のオムツを変えてくれた恩もある。
なんというか、この程度のことで、彼女がどうにかなってしまうのは避けたかった。
俺は、水の精霊に頼んで、シャラートも回復させた。
意識が戻ると、シャラートはスパンと起き上がった。
同時に、チャクラムを構え周囲を警戒する。
キョロキョとしてる。その目は完全に人殺しの目だ。幼女の目じゃない。
「敵…… なにが……」
「敵じゃないよ……」
「アイン様」
「敵じゃない」
「もしかして…… 今のは、アイン様が?」
シャラートは、黒い目を見開いて俺を見つめた。
俺は、ただ静かにうなずいた。
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