第六話:転生しても勇者を継ぐ気は無いでゴザル

 俺は父親にそれとなく聞いてみたことがある。

 俺の父親であるシュバイン・ダートリンク。

 勇者で救国の英雄であり、今はこの国の将軍様だ。

 偉大なる将軍様だよ。俺は将軍Jrだ。国が国なら俺は跡を継ぐことになる。

 どーなのか?


 久しぶりに父親が家にいた。

 俺は椅子に座った父親の膝の上に座った。サービスだった。


「あら、今日はお父さんのところがいいの?」


 母親のルサーナが言った。

 ちょっと焼きもちを焼いている顔だ。

 許してくれ、ルサーナ。今度また、いっぱい甘えるからね。

 俺は心の中でつぶやいた。

 

 シュバインは俺が膝の上に乗ってきてご満悦だった。 

 彼は顔を崩して俺を見つめる。だらしない顔だ。勇者も今や子煩悩なパパだ。

「ニヘラァ」と笑っている。

 

「お父さん」

「なんだ?」

「勇者になるにはどうしたらいいの?」


 俺は訊いた。

 勇者になりたいとか、そう言うことではない。

 逆だ。俺は勇者になりたくないのでゴザル。

 しかし、直球勝負で、「後は継ぎたくないでゴザル」と言えるわけがない。

 世襲制かどうかも分からないのだ。

 まずは、勇者になるにはどうすればいいのかと探りをいれるのだ。


「おお! アインは勇者になりたいのか!」


 喜びを全身で表す俺の父親。

 俺が膝の上にいなければガッツポーズしている勢いだった。


「もう、はしゃいじゃって」

 そう言うルサーナも笑っている。

 なんという、幸せそうな家族なのだ。子どもの中の人はニートだけど。

 

「まだわかんないよ。僕じゃあ成れるかどうかもわからないし~」

 2歳の子どもとは思えない返答をする俺。

 

「ん~ そうかぁ。アインなら成れる! 俺の息子だからな!」

「お父さんの息子だと勇者に成れちゃうの? なにもしなくても?」


 無邪気な幼児を装った俺の質問。誘導尋問。

 ネットで鍛えた対応スキルだった。


「ああ、努力は必要だな! どうしても勇者になりたいか! なら俺が……」

「もう、2歳の子どもの何する気? アナタみたいなのはそんなにいないわよ……」

「いや、アインなら俺を超える。俺が2歳ころなんて『あーう』言って洟(はな)とよだれ垂らしていただけだ」 

 真剣な顔で断言する勇者で将軍のお父様。

 

「アインは勇者になりたいの?」

 淡いブルーの瞳で俺を見つめるルサーナ。


「わかんなーい」

 ヤバい展開になりそうだったので、とぼける俺。

 

 その後も誘導尋問のような会話を続ける俺とシュバイン。

 時々、会話に入ってくるルサーナ。


 楽しげな父母と息子の会話に見えるが、俺は必死だ。

 とにかく、有益な情報が欲しかった。

 小一時間、色々と話した。


 そのおかげで、いくつか分かったこともあった。


 勇者や将軍は世襲ではない。実力主義のようだということ。

 

 シュバインの父親。つまり俺のじーさんは、普通の農家らしい。

 で、シュバインは農家を継ぐのが嫌で、飛び出して武者修行に出た。でもって勇者になったらしい。

 将軍に関しては、言わずもがなだろう。

 勇者だったシュバインが将軍になっているのだから。 


 勇者になった経緯については「お父さんは、天下一勇者トーナメントで優勝して勇者になったんだ」と言っていた。

 なんかよー分からんが、勇者は実力で決まるようだった。しかし、「天下一勇者トーナメント」ってなんだ?

 勇者は世襲という決まりはない。多分正しい。


 しかし、親が後を継がせると決めたらそれを拒否するのは結構厳しそうな感じもある。

 シュバインからは、自分の子どもを勇者にしたいという思いがビシビシと伝わってくる。

 何とかしないとヤバいかもしれない。

 現代の日本ですら、伝統的な世界では世襲が残っている。

 いわんや、異世界だ。もし、流れが出来てしまうと拒否は困難だ。

 そんなことで、2人との関係を悪くもしたくない。しかも、俺が勇者に成れるとも思えない。中の人がニートの勇者では何も救えそうにない。現実は物語のようにはいきそうにない。特に、俺の場合。


 今のところ、シュバインは俺を可愛がってくれる。特に何かを無理強いすることもない。

 ただ、それは俺がまだ2歳だからだ。

 歳を重ねれば、いつか「勇者を目指せ」とか言って猛特訓させられる可能性もある。

 それは避けたい。


「お前も勇者の星を目指すのだ」とか言って、父子二人で夜空を見上げるのは勘弁して欲しい。

 勇者の星ではなく、死兆星が見えてしまうかもしれない。

 勇者養成ギブスとかハメられて、抗議するとちゃぶ台ひっくり返すとかしたらヤダ。

 まあ、この家にはちゃぶ台は無いけど。


 勇者は世襲ではない。これだけは分かった。

 逆に言えば、親の能力が子どもに遺伝するということもないということだろう。

 連綿と続く、勇者の血族がいて、特殊な力を受け継ぐとかは無いと考えた方がいいようだ。

 だって「天下一勇者トーナメント」を開催するくらいだもんな~。

 お父様、農民出身の勇者だし。

 

 で、こんな酔狂なトーナメントを開催する国が「パンゲア王国」だ。

 俺の母親であるルサーナは、王家の人間だ。第三王女らしい。本当のプリンセス。マジモノの「姫」だった。

「銀髪の竜槍姫」って本当の姫だったわけだ。


 というわけで、王様は俺のおじい様ということになる。

 俺も「あーうー」言っていたときに、何回かおじいさんには会った。王様なんで、そんなには会えない。

 なんか、でっかいじーさんだった。世紀末覇者がそのまま歳食ったような感じ。

 まあ、頭撫でられたくらいの接触しかなかったけど。

 闘気というかオーラというか半端じゃなかったのは覚えている。

 

 ただ、正式にはルサーナはもう王族ではない。俺にも母親にも王位継承権はない。

 勇者のシュバインと結婚して、王位継承権は無くなったらしい。当然、俺が王子になる可能性はないということだ。

 勇者は嫌だったが、王子ならなってもよかったかもしれない。

 王子なら、ハーレム作ることが出来たんじゃないかと思う。


 母親のルサーナもあの華麗で繊細な外見から想像つかない戦士だったらしい。

 なんでも、竜槍・ドラゴラン・ファングという連綿と王家に伝わる伝説の武器を使うらしい。

 これは、大昔に祖先が不死の牙から削り出した穂先を持つ槍で、「滅びの【シ】」との戦いでは止めを刺したという槍だ。

 あらゆる邪悪な存在を貫くらしい。

 その戦いぶりは勇者の父親をして「『銀髪の竜槍姫』だけは絶対に敵に回したくない」、「『銀髪の竜槍姫』の咆哮を聞いただけで敵はすわり小便だった」と言わしめるものだ。

 全く想像がつかない。俺には優しくきれいな母親というイメージしかないのだ。

 ルサーナは「もう、オーバーなんだから」と笑っていたが、目は笑ってなかった。俺は気付いた。

 おそらく、この母親も只者ではない。

 

 俺の中はニートとはいえ、32歳だ。ネットの情報を浴び続け、ジャンクな知識を集積した存在だ。

 異世界の情報を収集することで、なんとか楽勝の異世界ライフを勝ち取ろうと考えていた。

 どうすれば、温くて甘くて、女の子たちに囲まれたいちゃラブ世界を作ることができるのか? 


 俺は一つの結論に達していた。

「文武」の「文」だ。こっちで生きていく方が安全だ。

 武勇の世界に進んで命を危険にさらすのは避けたい。

 辛そうだし、俺には向かない気がする。


「お父さん」

「ん? なんだアイン」

「ねえ、僕、本が読みたい。字を覚えたい」

 

 とりあえず俺は「文」の世界に逃げ込んでいく計画を立てたのであった。


 俺のこの申し出に狂喜乱舞するルサーナだった。

「やっぱり、天才なのよ! アインちゃんは天才なの! 2歳でお勉強したいとか! 家庭教師よ! 家庭教師を! 家庭教師選抜トーナメント開催だわ!」

 

 椅子からガタンと跳ね上がり、絶叫しながら、部屋を飛び回る。お母様。

 凄まじい美女なのであるが、どうも感情表現がオーバーなところがあるような気がする。

 しかし「家庭教師選抜トーナメント」ってなんだよ?


「うーん、トーナメントを開催してまで家庭教師を選ぶことはないんじゃないか?」

「何っているの! ウチのアインちゃんは超天才なのよ! もうね、天才すぎて並みの人材じゃダメに決まっているでしょ!」


 可憐な美女という雰囲気のルサーナが感情をあらわにした。


「いや…… でもさ…… トーナメント開催となると、家庭教師決まるまで時間がかかるぞ?」

「うッ…… 確かに、そうかもしれません」


 息子の俺を置いてきぼりにして、シュバインとルサーナは家庭教師の話で盛り上がる。

 つーか、トーナメント開催でなんでも決めるのか? この世界は?

 2歳児に文字教える仕事がなんでそんなにハードル高いんだよ?

 

「あの…… 僕は、すぐ本が読めるようになりたい……です」

 ちょっと、上目づかいで、ルサーナを見つめる俺。

 この目でこの人は簡単に落ちるのだ。俺にメロメロの溺愛だから。


「あああ! 可愛い! アイン可愛い! そうね! すぐね! すぐ! ああ、時間があれば私が教えたい…… いっぱい教えてあげたい」

 ルサーナは、一歩間違えば「フ〇ンス書院」のようなセリフをつぶやく。


「あの―― 私が教えます」

 声がした。


 声の方向をシュバインとルサーナが見た。

 幼女武装メイドだった。 

 長い黒髪、切れ長の涼やかな目をした幼女メイド。

 しかし、その正体は恐るべき身体能力を持って、円形の刃である「チャクラム」装備した武装メイド。

 幼女武装メイドだ。

 

「「ああ!」」


 シュバインとルサーナは納得の声を上げた。


        ◇◇◇◇◇◇


「滅びの象徴」との戦いが終了して、この世界は安定しているようだ。

 人間同士の小競り合いとかは有るらしい。ただ、このパンゲア王国は周囲に属領ともいえる衛星国家を持っている。

 外交関係も安定している。その割には軍事面での責任者ともいえる将軍は忙しいようだ。

 俺の父親であるシュバインは元勇者で今は将軍。多忙なようで滅多に家に帰らない。


『ねえ? お兄さんは、イ〇〇ンダルの女のところにしけ込んだの?』

『ああ、〇スカンダ〇の女は、宇宙を遭難している男を集めているのだ。そして、使い捨てで、使い終わった男の墓がイ〇カン〇ルにはびっしりと並んでいる……』

『恐ろしいわ~ スター〇ャ……』


 本を読む俺の上空を飛び回るサラームだった。

 トンボのような4枚羽の生えた美少女だ。ただ、その羽はキラキラとした光を放っている。

 俺にしか見えない。精霊だ。

 しかも「精霊王候補」らしく、精霊の中でもかなり力のある者らしい。

 とにかく、コイツは俺のアニメ、漫画、ラノベ、ゲームの話に夢中なのだ。

 引きこもりのヲタ知識が非常に役に立っている。


 いつかは、なんとかこの精霊を利用しようと考えているのだが、どうにもうまい方法が思いつかない。

 いきなり、チートな能力を見せつけても、その後が怖い。 

 俺とサラームの関係が変化すれば、その能力は失われる。それは俺の能力ではないからだ。

 まあ、今のところは、地道に友好度を上げていこうと思っている。


「ねえ? これなんて書いてあるの?」

「それは、『精霊』です」

「ふーん」


 俺は本を読んでいた。

 子ども用の絵本のようなものだ。

 この世界にもそのような本があった。結構しっかりした作りで高そうな感じだ。

 やはり、本は上流階級のものなのだろう。


 俺に文字を教えているのは幼女武装メイドちゃん。

 シャラート・アーグザイルというのが彼女の名前。

 今年で8歳ということらしい。俺より6歳年上ということになる。

 

 彼女は年齢以上に大人びた雰囲気だった。

 で、俺にしっかりとこの国の文字を教えてくれた。

 この国の文字は、基本がアルファベットのような表音文字の組み合わせ。

 表意文字もあるようだが、幼児用の本ではお目にかからない。シャラートも日常的には使わないと言った。


 幼女武装メイド家庭教師が、俺に手取り足取り個人教授してくれたのだ。

 おかげで、自力で少しは本が読めるようになった。

 彼女は8歳とは思えないほど、頭がよく、的確に文字を教えてくれた。

 これだけの能力があれば、俺の親も納得するのが分かる。


 異世界にありがちな、ロリババアではないかと思ったが、本当に8歳らしい。

 どんな人生を送ってきたらこんな8歳児ができるのか?


 まあ、いい。

 とにかく、今は情報を収集するのだ。そして「文」の道に進むのだ。

 俺のハーレムのために。


 本を読んでいる俺をジッと見つめるシャラート。

 唐突に口を開いた。


「アインザム様」

「ん? なに?」

「そろそろ、お風呂の時間です」

「ああ、そう」

 

 この世界でも風呂はある。

 ただ、日本のように夜ではなく、昼間に入る。

 多分、照明のためだと思う。

 魔法の力で明かりを作ることはできるが、そんなことをしなくとも、明るいうちに入ればいい。

 お風呂場は滑りやすいし、暗いと危ない。

 魔法の照明を使って夜入るよりも昼間入る方が合理的だった。

 まあ、夜に風呂に入るという習慣が全く無いというわけでない。でも一般的ではない。

 俺のような幼児や赤ちゃんは明るいうちに風呂に入るのだ。


 いつも俺は、女中(メイドというには歳を食っている。俺は認めない)に体を洗ってもらっていた。

 時々、ルサーナと入ることもあった。

 これは、俺にとってご褒美のようなものだった。

 

 おばさんに体を洗ってもらうのは楽と言えば楽だが、そう楽しいものでもなかった。

 だから、俺は気のない返事をしたのだ。


「本日より、お風呂は私がお世話いたします」


 黒髪の幼女武装メイド家庭教師は静かに言った。

 俺の異世界ライフは大きな転機を迎えようとしてたのかもしれない。

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