第五話:乳離れしない俺

 俺は2歳になったようだ。

 おそらくだ。

 誕生日らしきお祝いを2回やった。

 そして、月日はこの世界にも四季がある事を教えてくれた。

 夏の暑さは日本の大都市ほどのことはない。冷房なしでも我慢ができる。

 冬は寒いのかもしれないがまだよくわからない。俺は、赤ちゃんだから、家の中で寝てばかりで外の寒さは分からなかった。

 ただ、暖炉の火はガンガンだった。外は寒いのかもしれない。


 もう、この世界の言葉はほぼ問題なく使えるようになった。

 1歳になる前に立って歩けるようになって、1歳半くらいで言葉がでるようになった。

 2歳となった今は普通に話せる。

 

 普通に会話するだけで、親は大喜びだ。

 俺を天才と持ち上げる。

 ちょっと難しい言葉をいえば、歓喜に震えるくらいだ。

  

「ウチのアインちゃんは、やっぱり天才じゃないかしら! すごい!」


 銀髪の超美人の母上様は、部屋の中をピョンピョン飛び回る。

「銀髪の竜槍姫」がその銀髪を揺らして、はしゃぎまわっている。

 しまいには、うれしさで涙目になってしまうのだ。


 俺は黙ってそれを見つめるだけだった。

 あんまり喜ばせると、後の失望も大きくなるんじゃないかとちらっと思った。

 だって、中の人はニートだし。

 ただ、美人の母親がこんなにはしゃぐのを見ると、期待に応えてやろうかと少しは思う。なるべく努力しない方向で。

 努力とか、頑張るとかは嫌なのでゴザル。 


 しかし、なんだろう。生きるモチベーションというか、人生の充実度というか、人に喜ばれる、褒められるというのは悪くなった。

 考えてみれば、俺は小さいころから褒められた経験があまりない。

 同じことをしても、俺はあまり褒められない。多分、ガキのころから可愛げのない態度だったせいだろう。

 美しい母親に褒められるのは気もちいい。そして、もっと気持ちよくなろうとは思う。

 でも、努力とか、辛いのは嫌だった。楽して褒められたい。どうすればいいのか?


「ほらみろ、俺は見た瞬間分かったけどね。アインは俺以上の大物になる」

 

 父親の方も俺を褒めるが、まあ、こっちは比較的どうでもよかった。

 

 真剣な顔で俺の天才ぶりを語る親バカ2人。

「銀髪の竜槍姫」と「雷鳴の勇者」という二つ名を持つ親バカだった。

 俺は、赤ちゃん言葉で年相応を演じることも考えたが、舌がきちんと動くのでそれは止めた。面倒くさいから。

 

 とにかく、会話ができるようになり、行動範囲も広がったことで、異世界に関して分かったことも増えてきた。

 

 まず、俺の両親のこと。どんな人間なのか大体わかった。

「雷鳴の勇者」という二つ名を持つ父親。

 歳は多分20歳の半ばだろう。

 名前はシュバイン・ダートリンク。

 黒い髪に黒い瞳。一見細く見えるが、引き締まったある種の刃を思わせる肉体をした男だ。

 精悍なイケメンだった。通常イケメンに対しては本能的な敵意を感じるのだが、父親なせいか、敵意は感じない。

 基本的に性格は温厚でいい奴だ。ちょっと軽い感じがするが、それは年齢を考えると仕方ないと思った。

 このまま育って誰かに殴られたとき「親父にもぶたれたことないのに!」というセリフが言えるかもしれない。


 そして、「銀髪の竜槍姫」という二つ名を持つ母親。

 キラキラとした長い銀髪の美女だ。大きな淡い青色の瞳に、瞳に憂いを彩る長いまつ毛。文句のつけようのない美女だ。

 歳は10代後半か、20歳になったくらいかなという感じだ。

 名前はルサーナ・ダートリンク。

 俺に対してはメロメロだ。もはや、俺を溺愛しているといってもいいだろう。

 ただし、ちょっと前までまでは飲み放題だった母乳があまり飲めなくなったのがつらい。

 おっぱいをねだると「もう、アインは赤ちゃんじゃないんだから、メよ」と言われる。

 しかし、じっと見つめてねだると、だいたい折れる。

 でもって、おっぱいをチュウチュウさせてくれる。最高の母親だと思っている。


 いずれ、俺が占拠しているおっぱいは、父親専用となるだろう。 

 いつまでもおっぱいを吸うわけにもいかないので、それは仕方がない。

 そもそも、俺はエッチな気持ちでおっぱいを吸っていたわけではないのだ。

 生きるために吸っていただけ。母乳飲まないと死ぬから。赤ちゃんだし。

 しかし、さすがに2歳ではそう頻繁に飲めない。


 ルサーナはとび抜けた美女であるが、俺自身はおっぱい吸ってもエッチな気持ちにはならない。

 ただ、すごく安心できるし、気持ちいい。満たされた気持ちになる。安堵できる。

 暖かい素晴らしく安心な懐に包まれた気持ちになれるのだ。

 スケベ心は全くない。時々舌の上で乳首を転がしたり、歯茎で甘噛みしたりしたけど。


「あんッ! アインたら、エッチな吸い方して、どこで覚えたのかしら、もう」

 とか、笑いながら言っていた。

 

 それに合わせて「ママ、大好き」と言って笑ってやれば、ギュッと抱きしめて「可愛い」連発だ。

 これも楽しかったが、エッチな気はしなかった。

 

 とにかくだ。俺は俺で、大きくなったら俺専用のおっぱいを探せばいい。

 エッチな気分で吸ったり揉んだりできる俺だけのおっぱいだ。

 ルサーナのおっぱいはそういうものではない。もっと神聖なものだった。


 では、俺は将来女の子にもてるのか? という問題がある。

 おそらく、期待できる。


 2歳になった俺は、赤ちゃんらしさが抜け、幼児という感じになってきた。

 俺の特徴は、一目で分かる。

 黒と銀が真っ二つに分かれた髪の色だ。

 シンメトリックに左右真っ二つに、黒髪と銀髪になった。

「雷鳴の勇者」と「銀髪の竜槍姫」のDNAはどうなっているんだ?

 銀と黒のシンメトリーの髪の毛だ。目立つし珍しい。

 母親と父親の遺伝子がせめぎ合ってこの結果だ。すごいね人体だ。


 で、俺は、かなり目つきが悪い。

 赤ちゃん時代の行動に問題があった。

 体が未成長で目のピントの制御ができないのに、物を必死に見ようとしたせいだと思う。

 目を細める癖がついてしまった。

 おかげさまで、常にガンを飛ばしているような、ふてぶてしい目つきになってしまった。

 我ながら、幼児的な可愛らしさが微塵もないと思う。

 こんな子どもを可愛いと言って絶賛する2人はやはり、親バカだと思う。悪い気はしないけど。


 ただ、それは幼児的な可愛さという面の話だ。

 もし、きちんと想定通り成長すれば、ワイルドな感じのイケメンになる気がする。

 シンメトリーの髪の色と合わせ、悪くはない。

 顔の造作自体は、さすがに人類としてS級の2人の遺伝子を引き継いだせいか、整っているのだ。

 親を100点とすれば、俺も90点以上はあると思う。

 外見の基本スペックは高い。

 見た目で女の子に嘲笑されるという経験はしなくてよさそうだった。

 成長した俺に惚れる女の子もでてくるだろう。


 こうなると問題は中身のスペックになる。

 外見だけではなく、俺の両親は中身のスペックも高い。

 2人ともこの世界では「救国の英雄」のような存在だった。

「雷鳴の勇者」と「銀髪の竜槍姫」の二つ名は伊達じゃない。

 単なる厨二病ではなかった。


 この世界は魔王というか、なにか恐ろしい存在がいたらしいのだ。

 このあたりは父親から聞いた。


 こっちが訊かなくとも、父親の方は、自分の武勇伝を語ってくれた。


「アイン、パパとママがこの世界を救った。そして、お前が生まれた――。俺は生きている限り、お前のいるこの世界を守り続ける」

 

 かっこよすぎ。俺のお父様、どこのヒーロー様だよ。

 こっちは、どうやって女の子を集めてハーレム作ろうかとか、楽して生きていくにはどーすればいいかを考えているというのに。

 

 シュバインが戦った相手は「滅びの【シ】」と呼ばれるものだった。

 この世界に絶対の死、滅びをもたらす、邪悪な存在。まあ、魔王とかそんなものだろう。

 俺のパパとママがその巨大な敵を打倒したのだ。他にも仲間はいたらしいけど。

 そして、今は平和に暮らしているというわけだ。

 シュバインは、戦いの後、この国の将軍らしきものにになった。そして俺の母親のルサーナと結婚した。

 将軍の仕事は、平和になったとはいってもそれなりに多忙で、家にはあまり帰ってこない。


 しかし、このような父親はどうなのか?

 あまりに偉大過ぎないか?

 両親揃って2つ名がある英雄。


 両親がいきなりチートだよ。

 両親揃って「地上最強の生物」みたいなもんだよ。

 プレッシャーが半端ないかもしれない。どうなんだろうか。

 俺としては、緩く温く、異世界ライフを楽しみたいのだ。


 こういった能力は遺伝しないのだろうか? 

 生まれつき強いとか、努力しなくても強いとかを俺は熱望している。

 ただし、今のところ、そのような強さの片りんは俺には全くない。


 しかし、俺には他の人間ができないことができた。

 それは、今、俺の周りを飛んでいる精霊だ。

 俺は2歳になっても精霊を見ることができ、話すことが出来た。

 今では、頭で考えるだけで精霊と話せた。


『ねえ! もっと「アニメ」とか「漫画」のこと教えてよ!』

 サラームが俺に話しかけてくる。

 その精霊だ。

 

 俺は今、粘り強い交渉の結果、母親のおっぱいを吸うことに成功していた。

 俺の母親であるルサーナの白い乳房。その先のピンク色の乳首に吸い付き、母乳を味わっている最中だった。

 甘露だった。甘く優しい味が俺の口腔内に広がっていく。

 この、母乳を俺はもう少しで手放さなければいけないのだ。俺はおっぱいを揉んでみる。

 ピュッと母乳の勢いが増した。

 

「ああ、もう! そんな風におっぱい触って…… 誰に似たのかしら?」


 笑いながら言うルサーナ。長いまつ毛が動き、大きな碧い瞳が隠れる。

 とにかく精霊さんの用事は後回しにしてほしい。

 今、俺はおっぱいを吸うという哺乳類の幼生体において最重要な任務を遂行中だった。

 

『ねえ!『ド〇ゴ〇ボール』の続き! 続きを教えてよぉ!』

『いや、おっぱい飲んだら、話すよ――』

『もう、絶対だからね』

 

 パタパタと母乳を吸う俺の上空を飛ぶサラーム。

 俺は、現世で話すことのネタがあっという間に尽きた。

 ニートだから、話すような経験がほとんどないことに気づいた。

 俺にあるのは、ネットで得たジャンクな知識と、18禁も含めたゲーム、漫画、小説、アニメの内容だけだ。

 さすがに18禁の内容を精霊に話すのはどうかと思った。

 そこで、誰でも知ってるメジャーな物からだいたいの筋を話していった。

 

『どこまで話したっけ?』

『ほらぁ、死んだ悟〇が生き返って、奥さんの〇チと会って、〇飯ちゃんの弟を作るところまでよ』

『ああ、「ダメだべ! 〇空さぁ! そこはダメだべぇぇぇ!」、「クリ〇リ〇のことか――!」って絶叫するところかぁ』

『あ、それまだ! ネタバレ禁止なんだからね』

 

 俺の話す内容は記憶違いも多い気がするが、それでもサラームは漫画やアニメ、小説の話に夢中になった。

 こいつの友達が結構くるようになって、精霊さん相手の講演会のようになることもある。

 風の精霊だけではなく、火、地、水と言った精霊も来る。サラームは顔が広いようだ。


 精霊を使って魔法が使えることは分かった。

 しかし、こいつらを上手く制御できる自信が俺にはなかった。

「轟雷」で庭に大穴開けてしまう事件を繰り返すことになるかもしれない。

 

 確かに、精霊を使って両親にスゴイ魔法を見せてやろうかと思ったこともある。自由自在にできるかもしれない。打ち合わせしておけば。

 しかしだ。

 コイツらがいつまでも俺のところにいるかどうかは分からない。

 人間ですら信用できないのに、人外の精霊の気分がどうなるかなど分かったものではなかった。

 今は俺のヲタ話が面白いから、俺のところにいる。しかし、いつまでもいるとは限らない。

 一度、魔法を見せて、その後使えなくなった悲惨だ。


 将来的に両親の期待を裏切るかもしれなかった。

 それは出来ない。


 そして、その結果、2人が俺を見捨てたら…… 

 考えたくなかった。

 だから、俺はあまり飛び出たことはしたくなかった。


 今はただ、母親に抱かれ、母乳を吸っていたかった。

 まだ、俺は2歳なのだ。

 中の人は通算で34歳のニートだけど。

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