第四話:俺は「銀髪の竜槍姫」と「雷鳴の勇者」の息子だった

 それからも、俺とサラームのおしゃべりは続いていた。

 庭に風魔法の「轟雷」を撃ちこまれた件がどう落ち着いたのかは、俺には分からなかった。

 幼女武装メイドは「敵襲」とか言っていたのだけど……


 俺は、サラームに訊いたが、彼女は騒動のことについては全く興味がないようだ。興味のないことは全くやる気がしないというスタンス。少し共感を覚えた。


 しかし、あんな攻撃魔法を家で使用するとかあり得ない。

 精霊だけに人の常識は通用しないようだ。

 俺は、魔法については、もっと穏便なものはないかとサラームに訊いた。


「空飛ぶのがあるわ。一緒に飛ぶ?」

「あば、あぶぅ(確かに、魅力的だけど……)」

 

 ダメだろう。赤ちゃんが空を飛んだら、ヤバい。

 下手すれば、悪魔の生まれ変わりと思われて殺されるかもしれない。

 幼女武装メイドちゃんが、チャクラムで叩き落す可能性もある。

 しばらく、魔法については話だけにとどめた方がいい。 


 幼女武装メイドちゃんも正体不明だ。彼女は一体なんだ?

 今のところ、普通に俺の世話をしている。

 おむつ交換のときに、異様な眼光で俺を舐めるように見るのは相変わらずだったが。


 あの「轟雷撃ちこみ事件」ではっきり分かったことがある。この長い黒髪の幼女メイドが只者ではないということだ。

 チャクラムもった幼女のメイドとか、どうなのか?

 まあ、萌えなくもないが、俺は今のところ赤ちゃんなので、そのような存在にお世話されるというのは、ちょっと怖い。


 おそらくは、メイド兼護衛ということなのだろう。しかし、なんでこんな幼女なのか?

 いや、外見が幼女というだけで、実年齢は大人ということも考えられた。ここは異世界なのだから。


 今のところは全てが推測の域を出ない。


 俺は、日々サラームと話して情報を集めていた。それしかできない。ときどき、サラームだけではなく、友達らしい精霊も一緒に来ることもあった。

 ただ、この赤ちゃんの体というのが持続力がない。すぐに眠くなるのだ。おかげで、一日の時間感覚がさっぱり分からない。

 

 ただ、俺が転生を自覚したときから、結構な時間が経過しているような気がするが、いったい何日経過してるのかさっぱり分からない。


 相変わらず、首は座ってないし、寝返りもできない。

 ただ、手はなんとか制御できるような感覚を掴んできた。目のピントが合う範囲も広がってきた感じがする。

 体の成長度からして、そこそこ時間は経過しているような気もする。


 異世界に来た俺が出来ることは、今のところ、母親のおっぱいを飲んで、寝て、泣いて、垂れ流すだけだった。あとは「あーうー」言ってるだけ。


 サラームとの会話がなければ、退屈で自我が消えていたかもしれない。

 もしかしたら、転生する人間は多いのだが、この赤ちゃん期間の耐えがたい、退屈で自我が無くなって行っているのではないかと思った。


 と、こんなことを考えているとすぐに眠くなるのが、今の俺だった。


        ◇◇◇◇◇◇ 


 ヌッと俺の視界が暗くなったのが分かった。

 ウトウトしていた俺は、目を開けた。

 だんだん目のピントが合うようになってきた。その俺の目に映ったのは男だった。

 あんまり男は見たくないので、泣いてやろうかと思った。


 イケメンだ。黒髪の精悍な感じの男だ。黒い髪に強い光の目。20代前半だろうか。若い男だ。

 一種の刀剣を思わせる美形だった。腐女子の妄想をかき立てるような容貌だった。

 彼女たちの妄想が乱舞しそうなくらいの美形だ。

 恐らくもてる。いや、絶対にもてる。俺は、本能的に敵意を覚えた。

  

「ふぎゃぁぁぁ!! あああああーーーー」


 渾身の力を込めて泣いてやった。

 今の俺にできる抵抗はこれしかないのだから仕方ない。赤ちゃんだからな。


「(ほら、いきなり顔を出すから驚いているじゃない)」


 俺の母親の声が聞こえた。まだ名前も分からない。

 最近は声の音をあんまり意識しないで、言葉の意味だけがするりと頭の中に入ってくる。

 俺の脳が、この世界の言葉に適応しだしたのだろうか。

 

「(そうか? しかし、これだけ元気に泣くとは将来期待できるな)」


 ニンマリと笑顔を見せ俺を見つめる男。友好的な笑顔だ。俺の敵意が少し薄れた。この男は敵ではないかもしれないと思った。


「(おぉぉ! 可愛いなぁ!! 可愛いぞぉぉぉ~)」


 男は俺に手を伸ばし、抱え上げた。大きくがっちりした手をしていた。

 しかし、男に抱かれるというのは勘弁してほしいというのが正直なところだった。


 ジャーーーーーー


「(あああ! おしっこしたよ! おしっこぉ)」


 俺は思い切りおしっこをした。布のおむつなので、簡単に外に染み出す。

 男の服は確実に濡れている。


「(はは! 元気だな! いいな! 大物じゃないか。勇者の俺に小便かけたぞ)」


 男は嫌がるどころか、俺を抱きしめてきた。

 なんか、安心できる温かさがあった。 


「(もう、シュバインったら――)」


 苦笑するような響きのある声だった。

「シュバイン」というのがこの男の名前のようだった。俺は「アイン」だから消去法で、この男だ。

 しかし、どこの宇宙刑事だよ?


 しかし、この男は、今「勇者」と言った。確かに言った。赤ちゃんイヤーでも聞き違えない。

 俺がヲタワードを聞き違えるわけが無い。

 というか、音に関係なく、意味が流れ込んでくるのだ。間違えるはずがない。

 

「(今替えます)」 


 俺の身の回りの世話をしている武装幼女メイドが俺のおむつを交換している。

 この小さな体で俺を背負って天井に貼りつく身体能力をもった幼女。

 どこに、チャクラムを隠し持っているのだろうか?


 この幼女武装メイドにされるがままだった。

 毎日がリアル赤ちゃんプレーだ。まあ、リアルに赤ちゃんなんだけどね。

 いくとこいったら、もうひと財産すり潰すくらいの金を投入している気がする。

 そんな、ことを考える俺の顔を、幸せそうに見つめる2人の美男美女。


 この、男はやはり、俺の父親か?

 俺は思った。


 男は俺に小便をかけられても、全く怒らない。それどころか、俺を見てニコニコしている。

 俺の父親である可能性が非常に高い。イケメン夫婦だ。

 転生前の俺であれば、唾を吐いていただろう。しかも、若い。

 母親の方など、10代かもしれない。


 しかし、これが異世界で俺の両親だとすれば、大歓迎だ。

 セレブでイケメンだもん。

 たぶん、その遺伝子は俺に引き継がれる。

 家が金持ちというのも、最高だ。


 これは、異世界でイケメンで金持ちの勝ち組み人生を手に入れた可能性が大だ。

 

 ただ、一つのワードが引っ掛かる。

「勇者」だ。

 この男が父親だとすると、俺の父親は勇者ということになる。


 これは難しいところだ。

 勇者を目指すため。子どものころから、一子相伝とかできびしい訓練とかされたらいやだった。

「俺は父ちゃんの操り人形じゃないやい」とか思うよ。


 俺は、楽ちんに流されて女の子の囲まれて、キャッハウフフでいちゃラブな日常を送りたかった。ハーレム作ってね。

 血なまぐさいのはごめんだ。辛いもゴメン。

 異世界転生しても、本気を出す気もないし、努力する気もない。楽して生きる方法を探る。

 その点で、勇者の息子というのはどうなのか……


 しかし、勇者の血族というのはモテる可能性も大きい。

 楽して勇者のブランドだけを利用することはできないか……


 まだ、よく分からない。

 こんど、サラームに訊いてみるか。

 俺はとりあえず結論付けた。


「(しかし、自分の子どもだと思うと可愛いなぁ~)」


 決定。この男が俺の父親だ。


「(本当に、すごく可愛い……)」


 この女の人が母親というのも確定だろう。彼女はすっと指を伸ばし俺のホッペを突っついた。

 それも気持ちいい。


「この子は絶対に大物になる」

「もう、親ばか?」

「(『銀髪の竜槍姫』といわれた君と『雷鳴の勇者』の俺の息子だぞ。只者なわけないだろ)」

 

 この銀髪美女が俺の母親であることも確定した。

 見た目は美女というよりまだ美少女と言ってもいい感じだ。子持ちだけどね。


 しかし、まて……

「銀髪の竜槍姫」ってどこのゲームキャラ? 

「雷鳴の勇者」とか大泉学園に住んでいる某漫画家が怒るよ。

 

 こんな厨二マインドを刺激する二つ名を持ったのが俺の両親か。

 まあ、異世界だからいいけどね。ああ、ちょっといいかもしれないな。


「(終わりました)」

 長い黒髪の幼女メイドが言った。

 俺のおむつの替えが終わった。

 すっと下がって俺の視界から消えていく。


 俺の両親の前だったせいなのか、今回はぎらつくような視線で俺の朝顔のつぼみちゃんを見ることはなかった。

 しかし、幼女武装メイドに「銀髪の竜槍姫」に「雷鳴の勇者」か……

 どんな、異世界なんだろうか。


「(ルサーナ、苦労を掛ける)」

 俺の父親が言った。

 俺は母親の名前を知った。

 そして、肩に手を置いた。


「(いいえ、アナタは勇者ですもの)」

 俺の母親が言った。 

 自分の夫の顔を見上げた。身長差は頭半分くらいあった。


 なんか、2人の間がいい空気になってきた。

 チュウか? チュウするのか?

 子どもの前で、親がチュウするのか? どうなんだこれ。

 俺が考えていると、2人はチュウした。軽いキスだった。

 直ぐにすっと離れた。濃厚な奴だったら、泣き叫んでやろうと思っていたが、これなら許容範囲だった。

 また眠くなってきた。どうも、この体はすぐに眠くなる。

 俺は、寝た。

 

「(ふふッ 寝ちゃったわ)」

「(ああ――)」


 両親の声が聞こえた。

 その声は心地よかった。


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