第三話:幼女武装メイドと精霊王

 寝ては泣いて、おっぱい飲んで、泣いて、下の始末をしてもらい、また寝る。これが赤ん坊の日常だった。普通の場合。

 異世界に転生した俺の状況はちょっと違っていた。


 精霊なのか妖精なのか分からない。

 サラームと名乗った4枚の羽をつけた女の子がやって来た。

 で、俺と話をすることになった。こんなに他の人と話しをするのは初めての経験だったかもしれない。案外悪くなかった。


「ねえ、異世界のパソコンとネットってそんなに凄い?」

「あば、あー、あー、う、う(凄いな、あらゆる知恵と知識の集合体といえるな。俺はその監視者であり調停者ともいえる存在だった――)」

 間違っていないな。うん、大丈夫だ。

 

 こんな感じで、俺と妖精は情報交換を日々行っていた。

 俺は自分の世界の話を聞かせる。

 そして、妖精にはこの世界のことを教えてもらうのだ。

 そして、俺は知識を得た。


 まずは、この家。どんな家なのか。俺の生まれた家だ。

 これについては、サラームもよく分からんということだ。ただ結構でかい家だということは分かった。

「この部屋みたいなのが、いっぱいあるわ」とサラームは俺に教えてくれた。

 このあたりでは、一番でかい家であるとも教えてくれた。とすると、相当な屋敷に住んでいるということになる。


 おそらくセレブだ。俺の異世界の両親はセレブだ。間違いない。


 王族とかまでいかないかもしれないが、貴族か大富豪というのは固い線だろう。実際にこの家には、何人も使用人がいた。


 その他のことは分からない。サラームは、この家の人間のことについてはよく分からないと言った。

 たまたま、この家でフワフワしていたら、俺を見つけたというだけで、この家については詳しくないと言った。

 ただ、それはいずれ分かってくることだ。サラームに確認することもない。日々過ごせば、自然に分かることだし、焦る必要もない。


 それに身近に接している人物については、ある程度は俺の頭の中で整理が出来ていた。

 まずは、銀髪の美人。

 彼女は俺の母親のようだ。これは間違いないだろう。

 最初、乳母という可能性も考えた。しかし、この家には、母親となるような年齢の女の人は、彼女しかいないようだった。これもサラームが教えてくれた。使用人が彼女に接する態度も雇い主に対する物だった。

 そして、彼女は盛んに俺の名前を呼ぶ。その声に慈愛というか深い愛情を感じる。なんというか、本能的なものだ。確信できる。

 ちなみに、この世界では俺は「アイン」という名前のようだった。

 この名前で呼ばれたときに反応してやると、彼女は喜んだ。母乳を飲ませてくれるのだ。これくらいのサービスは苦ではなかった。「あー」とか「うー」とか言っていればいいので楽ちんだった。


 そして、使用人だ。この家には結構な数の使用人がいるようだ。

 サラームは「いっぱいいるわね」と言った。実際の数は分からないが多分、いっぱいいるのだろう。

 女も男もいるとのこと。ただ、若い人はいないと言っていた。


 しかし、一人だけ若いのがいる。いや若いとういよりも「幼い」が正確だろう。俺の世話をやっている女の子だ。

 最初、俺のベッドを覗きこんでいる彼女を見たときは「姉」かなにかかと思った。

 多分、年齢は10歳以下だろう。長い黒髪の幼女だった。

 涼やかな切れ長の目をした幼女だ。大きくなったら「お姉様」と呼ぶのがぴったりの美人になるのが想像ついた。

 将来性抜群の幼女。もし、元の世界の俺であれば、そのままお持ち帰りしたいレベルだ。


 結局、幼女は姉ではなかった。俺のおむつの世話や、掃除とか、色々仕事をしている。

 また、俺の母親に対して話す言葉が使用人のそれであった。

 明らかに幼女メイドだ。

 

 この幼女メイドさんは、俺のおむつなんかも手際よく交換してくれる。

 

 ただ、幼女メイドには変なところがあった。

 おむつを換えるときに、俺の可愛い朝顔のつぼみちゃんを、獰猛な笑顔を張り付けて見つめるのだ。

 今にも涎をたらしそうに見えるのは、俺の脳内補正のせいなのか……

 ただ、そのときの表情は年齢以上の妖艶さを感じてしまう。

 

 俺に関わっているのは今のところこの2人だ。

 他にも、人はいるようだが、直接俺には関係ない。


 父親らしき、男はいない。本当にいないのか、仕事か何かで家に帰ってこないのかその辺りは分からない。

 基本、男には興味がないのでどうでもよかった。


 そして、この世界のことだ。

 やはりここは「剣と魔法」のファンタジー世界だった。

 サラームのような存在がいる時点でその証明なのだったが。

 

 まず俺が訊いたの魔法についてだった。

 ラノベ、アニメ、ゲームを時間の限りやりつくしたヲタのニートであった俺にとっては最大の関心事だった。


 まず、この世界の魔法は「精霊」を使役することで魔法を使うことが出来る。

 サラームの存在はやはり、妖精というより、精霊という概念に近いようだ。


「精霊」を使役するには魔力が必要とのこと。魔力自体は、人間の体の中にあるものを使うか、魔力を帯びた何らかの物で代用することもできるらしい。

 この魔力を与える代わりに、「精霊」が色々なことをやってくれる。

 魔力がなければ、「精霊」は何もしない。


 この「精霊」は、地・水・火・風の四大元素を司る存在とのこと。ちなみに、サムールは「風」とのこと。

 魔力が大きければ、精霊をいっぱい集めて動かせる。より大きな効果の魔法が使えるということだ。

 精霊がエンジンで魔力がガソリンみたいなものだろうか。


 魔力自体は、どの人間にもあるとのこと。訓練で増やすこともできるが、上限はあるようだ。

 ただ、魔力があれば魔法が使えるという物ではない。

「呪文」だ。正しく呪文を使わないと魔法は発動しない。

 エンジンのキーのようなものだろうか。

 免許もってないので、よく分からんけど。

 

「なんで呪文が必要なんだ?」

「なにをしてほしいか、言ってくれないと分からないわよ。それに報酬も分からず、仕事はできないでしょ」


 例えを変えよう。

「呪文」は「求人広告」だ。「精霊」は「フリーター」だ。「魔力」は雇い主が払う「給料」だ。

 うん、これが一番わかりやすい。

 なにをして欲しいのか、報酬はどうなのか。それをきちんと「精霊」に分かるように教えるのが呪文だ。

 そして、それに合意すると魔法が発動する。

 

 つまり、精霊がソッポを向くと、魔力があっても魔法が発動しない可能性もあるらしい。

 上手い「求人広告」を作る能力のある者が優秀な魔法使いということになる。


 俺はサラームを見た。キラキラと光をまとって俺の顔の上をホバーリングしている。


「あぶぅ、ああ~(俺でも魔法使えるのか?)」


「使えるわ。うーん、アナタは面白いから、魔力いらないわ。魔法見せてあげる」

「うパ?(マジ?)」

 

 なんというか、魔力無しで魔法を見せてくれることになった。

 しかし、俺は寝返りも撃てない。生後間もない赤ちゃんだ。魔法を使うというっても視界が限られる。見ることが出来るかどうか分からない。

 また、視力も弱いので遠くが見えない。俺はこのことサラームに説明した。


「大丈夫よ、大きな魔法使えば」

「あばぁ(大きな魔法?)」

「そうよ」

「うまぁ(精霊がいっぱい必要だろ? サラーム一人でできるのか)」

「私、精霊王を継ぐ者だから――」

 

 さらりと、トンデも無い設定を語った気がした。

 なに? 精霊王?

 

「じゃあ、轟雷を庭に叩きこむね! 見えなくても音で分かるわ」

「あばば(ちょっとまて! それは――)」


 俺の言葉をガン無視。精霊王のサラームの全身が淡い光に包まれる。

 

「轟雷!」

 ただそれだけを言った。


 ガッガーーーーン!!

 

 ブルブルと部屋全体が揺れた。

 窓につけてあった木の扉が吹っ飛んだ。

 床に叩きつけられ壊れる音がした。

 

 なにか、黒い影が凄まじいスピードで動いて俺の視界に入ってきた。

 幼女メイドだった。

 黒髪をなびかせ俺の顔を確認。

 ふっと安堵の息を吐くと、背負子のような物を取り出して俺を背負った。

 首が座ってないので頭がガクガクする。

 それに気付いたのか。ベッドにあった掛布団を素手で引きちぎった。

 凄い力だ。

 それを、適当な大きさにして、俺の首を支えるクッションを作った。手際がいい。


 木の扉が、ぶっ飛んだ窓まで走る。俺は首がガクガクする。頭がシェイクされる感じだ。ふとんのクッションがあるが揺れるものは揺れる。

 幼女メイドは窓から外を見た。


「!?(敵襲か――)」


 幼女メイドは小さくつぶやいた。


「ほらぁ! 見て見て! 庭にあんな大きな穴が開いたわ! 私の力凄いでしょ!」

 

 背中に縛られた俺の周囲をパタパタと飛び回る4枚羽の精霊。サラームだ。

 スゴイでしょじゃねーよ。どーすんだよ。俺は目のピント調整ができないから外のことは分からない。首も動かせないので、自由に視界を選べない。


 俺は幼女メイドの背中に縛り付けられ「あう~」と言うだけだった。


「あう~(おま、どーすんだよ)」

 

 バーンとドアの開く音が聞こえた。

 

「Σ!(ちぃ!)」

 幼女メイドが叫ぶ。跳んだ。俺の体にGがかかる。頭がカクカクと震える。

 天井の隅に貼りついたようだ。

 忍者のような動きだった。


 いつの間にか手には円形の刃物を持っていた。もしかしたら両手に持っているのかもしれない。片手しか見えないが。

 その刃物はいわゆる「チャクラム」というやつに似ている物だ。リング型の刃物。投げて斬りつける武器だ。


 幼女メイドは、足の指で体を支えて両手を動かせるようにしているようだ。

 

「!”%&”(アイン! アインは! アインは! 無事!)」


 銀髪の女性が駆け込んできた。

 その姿を見て、すっと殺気が消える。

 幼女メイドは、ふわりと天井から舞い落りた。

 ほとんど衝撃を感じなかった。


「&!(無事です)」

 幼女メイドは言った。

 幼女メイドに駆け寄る俺の母親らしき美人。

 長い銀髪が揺れる。


「@‘+”#%”(あああ、アイン、アインザム…… 無事で、無事で…… よかった……)」

 

 彼女は幼女メイドから俺を受けとり、抱きかかえた。柔らかな胸が俺の顔にあたった。


「ああ、なんでこんな大騒ぎするのかしら?」


 サラームは笑いながら言った。フワフワと俺の周囲を飛んでいる。


 しかし、この幼女メイド…… さっきの動き、それに武器。

 武装メイドとか、護衛メイドなのか? ああ、頭に「幼女」が付く。

「幼女武装メイド」か……

 

 そして、精霊王のサラーム……

 

 なんだこれ?

 俺は混乱してた。状況が飲み込めない。

  

 ただ、母親らしき人の胸の中に抱えられていると眠くなってきた。

 考えるのが面倒になった俺は、そのまま寝てしまった。


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