1日目 最後の1ヶ月と出会い(2)
夕日の落ちる時間帯の街、反応は十人十色だった。電話中で混乱して誰かに怒鳴るサラリーマンや嘘だよ、ドッキリだよと焦った顔で言い合う学生。無邪気な幼児。泣き出すお母さん。いつも以上に変化し続ける人間の顔と声は僕の気分をさらに悪くさせた。思わず歪んでしまう顔を隠すように目的地に向かう為、僕は人混みを走った。
僕が路上ライブを行う公園には、ほとんどの人がいなかった。完全に夕日が落ちたのもあるがいつも以上に公園には人の気配が無かった。好都合だ、いつもより安心して歌うことが出来る。そう思うと僕の定位置に向かう足が軽くなった。やっぱり僕は愚かで単純だ。みらい公園と彫ってある石碑の前に立ち、ギターの音を合わせ、誰もいない空間に向けていつも通りに歌い始めた。
今日はいい日だ。人はいないし、地球は滅びることが分かったし僕にとって今日はいい日。不思議だな、いつも通り歌ってるはずなのに声がよく響く。嬉しい時の心臓の音がする。今だけはここが僕の濃紺色の楽園だ。
「こんなときに、歌なんか歌いやがって」
ノイズが入るような声だった。僕が歌うのを辞めた瞬間に投げられる卵とビール缶。頭にぶつかった卵は顔を伝って落ちていき、腰に当たった飲みかけのビール缶は僕のズボンを汚した。
「また、邪魔するんですか」
「邪魔なんかしてねぇだろ。お前の歌なんて誰も聞いちゃいねぇのに」
汚く嗤う三人の男達が卵やビール缶を持って立っている。バンド時代からいた過激な僕のアンチ。バンドを抜けた今でもこうして時々現れてくる。忘れたいのに、消したいのに、この人達のおかげでバンド時代を僕の記憶から消し去ることが出来ない。
今すぐ僕の前から消えてくれ。そう言ってやりたいのに弱虫な僕には下品に笑い声を出す男達に立ち向かう勇気が無かった。
ギターケースを背負い、劣等感から逃げるようにその場を去ろうとした時だった。
「凄く綺麗で心に響きました」
突然聞こえたアルトの声。ほんの少しだけハスキー気味の声の持ち主は僕と目があった瞬間、目を細め、口角を上げて微笑んだ。この子はいつからいたんだろう、全く気づかなかった。動揺している僕と突然出てきた少女に疑問を持つ男達を前に少女は落ちていたビール缶に石を詰めた。石が水面を弾く音がほんの僅かに聞こえるのを確認して少女は立ち上がった。
「どうせ明日からは何もかも壊れちゃうかから、許してくださいね!」
「は」
ゴッとビール缶が真ん中に立っていた男の顔面へ命中。それと同時に少女は僕の手を掴んだ。卵で粘つく僕の手を。
「ち、ちょっと」
「逃げんな、お前ら!!」
「ほらほら、あんなことしちゃったんであの人たちすっごい怒ってる」
心底愉快そうに笑う少女は大きなリュックサックを揺らしながらの手を引く。最近の高校生は凄い、大荷物でこんなに走れるのか。いやいや、そんなことより大事なことがある。
「君は誰」
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