第5話

 ポスターも提出でき、演奏会も無事終わった。数週間があっという間に経った感じだ。演奏会数日前に顧問の先生が「もう指揮はしない!」と部員たちを叱ったり、部長が涙ながらに、「みんな、もっと真面目にやろう!」と訴えたりで、とても濃密、緊迫、バタバタしていたというか。最終的に部員たちの目の色が変わり、団結し、すばらしい演奏ができた、らしい。先生も褒めて下さった。これが「ちゃんとした部活」であるのだろうか。様々な困難が生じ、それでも最後は団結して乗り越えるというストーリー。これがずっと続いていくのだと思う。みんな演奏会を終えて満足げだ。そして、早くも次の演奏会やコンクールの話をし出す。未来への希望に溢れている。僕はそんな盛り上がりの中、微笑んでいた、ような。不安をどうしても感じずにはいられなかった。

 ある日の帰り道、急に僕のの中で何かが弾けた。

「あああー、うわあー、アアー、ワアー、ドワァー、ううー、ウウー。」

自分でも信じられない奇声を上げていた。なんだよ。ずっと続く部活。絶対心が削られる。楽しいことはあるかもしれない。でも、吹奏楽そんなに好きじゃない。友達も大事は大事。でもなんだか緊張しちゃう。先生の叱責、耐えて心が鍛えられた方がいいだろうな。でも、鍛えられるために吹奏楽やっているのはどうなのだ。ちゃんとした組織に所属し続ける訓練のためだけに行っているのは吹奏楽に対して失礼ではないだろうか。吹奏楽が好きな仲間にも失礼だ。この部活を続けるのがベターな選択だろうけど、もうこの罪悪感をごまかしつづけるわけにはいかない。自分の気持ちをごまかし続けるわけにはいかない。のんびりまったり高校生活は堕落に違いない。それでも、僕の心に聞いてみれば、そっちに傾いているのだ。奇声を上げながら、夜道を自転車で走っていった。三日月が輝いていた。

 次の日から、部活へ足が向かなくなった。古田には「ごめん、なんかダメなんだ」としか言えなかった。顧問の先生に呼び出されて、「弱い心が出ている。逃げてはいけない。」などと説得された。それでも「すみません」と言うしかなかった。親にも同様に。父親にはやはり大いに嘆かれた。そして幽霊部員状態になった。退部する勇気はない。古田と教室で顔を合わせられない。気まずいから。他の部員とも、廊下ですれ違うと顔を背けてしまう。学校生活に支障をきたすことになった。それでも、心が軽い部分もある。のんびりまったり、おそらく堕落した高校生活が始まったのだ。色々とじっくり物事を考える時間があるのは悪くない。宿題に今まで以上に真剣に、余裕を持って取り組める。数学の復習の時間もとれる。これで成績が伸びても、「部活を投げ出して...」などと後ろ指を指されるだろう。それでも、最低限のことを納得いくまでやれるから、それが嬉しい。

 村中さんのことを考える。忘れられているようだが、僕のことをわかってくれるかもしれない人。この気持ちは好きというより、エゴだろう。「わかってほしい」と自分の気持ちを押し付けている。それでも、もう一度しっかり話したい。本当にエゴだけなのか確かめたい。

 ある放課後、久しぶりに「文芸部(たぶん)」の部室(教室)を訪ねた。ノックをして開ける。そこには部活見学期間のときと同じように、村中さんが座っていた。相変わらず長い黒髪が印象的なので、見とれそうになる。

「誰?」

これはいけない、警戒している声色だ。やはり忘れられているのか。

「部活見学期間のときにたまたまここに来たことがある鎌田といいます。部員の村中さん、ですよね?」

彼女の表情が変わる。警戒の色が無くなっていく。

「思い出した、わたしが勧誘したら、断った人ね。そういえば、吹奏楽部を訳がわからない理由で休んでいる奴がいると、吹奏楽部の友達が言っていたわ。」

噂になっているのか。仕方ない、部活加入率100%の高校で、こんなことしてるからね。

「僕は村中さんに問いかけられた通りだった。『それでも良く』なかったんだよ。」

彼女は僕を見つめる。

「どうしてここへ来たの?やっぱり後悔でもしてるの?」

「僕の吹奏楽部へのためらいに気づいて、問いかけてきたのは村中さんだけだから、あの部活見学期間からやり直せないだろうか。どうか僕をこの部活に入れて下さい。」

頭を深々と下げる。下手すると頭のおかしい奴が部室に押しかけて来た、とますます噂され、学校に居場所が無くなるかもしれない。それでも村中さんに頼みたい。このぐちゃぐちゃした気持ちを知りたい。彼女は立ち上がる。そして僕をまた見る。

「わかったわ、『文芸部(たぶん)』へようこそ、鎌田くん。」

その表情は、かつて僕に問いかけたときと同じ、真剣で恐ろしくもあるものだった。

「堕落と希望へようこそ。」

そう付け加えた彼女は、邪悪なような微笑みを浮かべた。

 この入部の先に何が待っていてもいい。わかってもらえなくても、何かがつかめそうな、そういう気がする。僕は彼女に言う。

「よろしく。」




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恋をするレベルに達していないのに好きになっていいのか 黒田寛実 @otoronenayu

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