第3話

村中さんはそのまま立ち去ってしまった。遠ざかっていく彼女の背中を見て、泣きたいような苦しいようなぐちゃぐちゃした気分に襲われた。思わず彼女に対して手を合わせるようなまねをした。自分でも気持ち悪いと思う。これは何の気持ちか。すがろうとしているのか、執着なのか。

 授業中は上の空、とはいかない。聞いていないとついていけないし、聞いていてもわからないことも多い。そして数学の時間であり、僕の苦手科目なのだ。せめて授業態度は良くしないと、救済措置もない。

 放課後も、頭の中で数学の意味不明の記号が躍る。わからなかった。復習したい。だが、部活はある。

「よーし、やっと部活だー!頑張るぞ!」

古田は元気良く教室から出ていった。僕は帰りの準備にもたもたしていたので、後から向かうことにした。教科書は多くてリュックにしまうのが億劫だし、大事なプリントを折らないようにファイルにしまうとか気をつけなくてはいけないと思っているので、よくそんなに早く部室に向かえるなと思う。そもそも、クラスでの時間から、部活での時間によく頭が切り替えられるものだ。宿題は心配だし、数学も心配だしで、本当は部活を休んで勉強に取り組みたいくらいだ。でも、理由もないので、勝手に休むわけにはいかない。

「切り替えは大事だよ〜。僕なんて、楽器吹くのに夢中になると、自然に忘れちゃう。」

部室に到着し、古田に不安を打ち明けると、励まされた。それができれば悩まないのだが...。

「うん、頑張ってみる。」

そう言うしかない。あまりブツブツいうのも良くない。彼は自分が熱心に練習するだけでなく、周りもよく見ている。どうすればより良く合奏できるかいつも考えて、曲のスコアとしょっちゅうにらめっこしている。先輩との仲も良好だ。このまま部活の幹部になりそうなので、仲良くしておいた方がいい。そそくさと立ち去り、自分の楽器を吹き始めることにする。まずはパート練習。先輩の指示が出たら「はい!」と返事をしてその通りにする。だが音程やリズムの指示は抽象的になりがちで、本当に自分が吹いているのはうまくいっているのか、いまいちわからない。そのうちに決められていた時間が過ぎて、部員全員が集まって合奏の時間になる。顧問の先生が指揮をするはずだが、来ない。部長が呼びに行く。理由が判明する。部室が汚いことが先生のお気に召さなかったらしく、ヘソを曲げてしまったようだ。「強豪校は掃除も怠らない」とこの間先生が説かれたばかりだったのに、どうしてきれいにできないのだろう。だが、僕は、人間少し言われたくらいじゃなかなか変わらないと思っているので、半ば諦めている。部長は尻拭いさせられることになる。必死に謝っていたようで、ようやく先生が出てくる。

「みんなで掃除をしなさい。」

先生がおっしゃる。きれいになるまで全員が一生懸命掃除する。ようやく先生が納得なさってようで、一時間後に掃除は終わった。そしてようやく合奏。色々注意されるが、なんとかこなす。予定の時間を大幅に過ぎて部活が終わる。終了後も約一時間は自主練が可能だ。誰に言われたわけではないが、僕はほぼ毎回残っている。少しでも多く練習してうまくなりたいと思っているからだ、と言いたいが、実際は昼練のように、やっていないと何か言われはしないかと不安だからだ。そして自主練も終わると、ようやく帰途につく...。ところがどっこい、何人かは終わった後も駐輪場で曲のことやらその他の噂など話している。古田をはじめ、僕がそこそこ話す人たちはいつも残っているので、僕もなんとなくその輪の近くで聞いている。音楽的なことはよくわからず、誰と誰が付き合ったとかも、多少は面白いがだんだん興味が失せてくる。でも帰るのは惜しいような気がしてずっと聞いてしまう。

「じゃあね〜」

ようやく輪が解けて、帰ることになる。僕は同じ方向へ帰る人がいないので、校門の前でさよならを言い、一人で自転車を漕ぎ始める。ポツポツと見える星は、街明かりでぼやけている。月は半月できれいだった。毎日空はまあまあきれいで、僕はやっと終わったという達成感、また明日もあるという疲労感を持ちながら今日も帰っていく。




 

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